街を歩けば頭上から人間の頭すら割ってしまいそうな鉢植えが落ちて来る。
買い物に行けば暴れ馬が突進してきて。
街の外を歩けば雷が降り注ぐ。
少女と出合った一月の間に少年がそうした死の危険性のある出来事に出くわした回数、凡そ十四回。
アバウトに計算して、二日に一回辺り死の危機に瀕していることになる。
最初は少女のみを怖がっていた街の人間たちも、やがては少年をも怖がるようになっていた。
死の危機に晒されても生き残れる、と言うのは少年だけの話で。
例えば少年の避けた暴れ馬がそのままの勢いで走って轢かれた人もいれば。
たまたま少年の近くにいた、と言うだけで落雷に巻き込まれた人もいた。
そう、少年と言うクッションを間に挟むことにより、間接的にだが少女の放つ死が街中に蔓延するようになったのだ。
少女は無理でも少年だけでも、と考えた街の人間たちが数十人から徒党を組み、少年を街から追い出そうとしたこともあったが、この少年が恐ろしく腕が立ち、数十人からいた街の人間をあっという間に追い散らしてしまった。
そんなある日のことだ。
「ねえ、ルーナお兄ちゃん」
少女、アリスが少年に問う。
「どうして私の傍にいるの?」
今更な話だが。自身の傍でこれだけ死が続けば少女だって自覚する。教会から出ず、日がな一日呆けているのは、自身が存在することにより他人に迷惑をかけないためでもあった。そう、少女自身は極めて善良な性質だった。
だからこそ分からない。自身の傍にいれば死が付き纏うのは自明の理だと言うのに、いつまでも自身の傍にいるルーナの気持ちが。
すでに何度も危機的状況にありながら、未だにこんなところにいるルーナの思いが。
それに対し、ルーナが少しだけ意外そうな表情をしながら言葉を返す。
「お前も他人を気にするんだな…………この一月、俺について聞いてきたことは最初に名前の時だけだったからな、俺のことなんて興味無いのかと思ってたわ」
「別に…………ただ、どうせお兄ちゃんもすぐにいなくなってしまうと思ってたから」
アリスの言葉にルーナが納得したように頷く、それから立ち上がってアリスの傍までやってくると、その小さなな頭に手を載せ、撫でる。
「俺は死なねえよ…………少なくとも、俺の…………
だから、それまではどこにも行かない、優しい声でそう呟くルーナの言葉に、不意に押し込めていた感情を湧き上がりそうになり…………。
咄嗟に頭上の手を払いのけた。それから泣きそうなことを悟られないよう、出来るだけ不快そうな表情を作り。
「もう、子供じゃないんだから、止めてよ」
そう言って自身の部屋へと戻っていく。
誰も来ない教会の会堂。一人残された少年は、頭がぐわしぐわし、とかき回し、失敗した、と呟いた。
* * *
大天使、魔王、死神。
どれも強大な種族であり、強敵しかいないだろうことは明白だった。
だがそれよりも驚くべきは…………。
大天使……Law
魔王……Chaos
死神……Neutral
普通はLaw悪魔とChaos悪魔と言うのは最悪的に相性が悪い。
中でも神の使いである大天使と、神に堕とされた存在である魔王は犬猿の仲と言う言葉ですら生ぬるいほどに、互いが互いに殺意を抱いている。
死神種族はNeutral属性ではあるが、どちらかと言えばDark寄りの悪魔である以上、大天使とも相性は悪い。
正直、大天使と魔王がいる時点で、組み合わせとしては最悪の部類だった。
というより、あり得ない。大天使がいたら魔王は契約しないはずだし、魔王がいたら大天使が契約するはずがない。
だと言うのに、目の前の王と名乗った人間は両方を従えている。
だから、あり得ない。そしてそのあり得ないはずのことを遂げている目の前の男は、危険だった。
「貴様あああああああああああああ、貴様、貴様、貴様!!! 我らが神の御使いを、どうして貴様らが!!!」
ウリエル、と言う大天使の存在を看過できない神父が叫ぶ。
それに対し、男がはっと鼻で笑い、答える。
「それはお前の勘違いだよ、ストレイシープ」
ストレイシープ、と呼ばれた神父が驚きに残った片目眼を見開く。
「俺のウリエルは大天使じゃない………………」
魔王だ。
その言葉は、轟々と燃える炎の中にあって、一際良く聞こえた。
「魔王…………ウリエル…………?」
意味が分からない、とでも言うように神父が呆然と呟く。
かく言う私も一瞬思考が停止した。
魔王ウリエル…………そんなものが存在するはずが無い。
大魔王と恐れられガイア教に崇められるChaos悪魔のトップ、ルシファーとて元を正せばルシフェルと言う名の天使だった。
最も有名な例を挙げたが、他にも幾人も、神話の時代、神に背いた天使は存在する。
だが仮にもウリエルだ。神の炎、懺悔の天使、最後の審判にて役割を与えられた、神の御前に立つ四人の天使の一人だ。
それが魔王として…………神の敵対者として存在しているなどと言うこと、メシア教には決して容認できないだろう。
否…………メシアだけではない。
そも、世界が許容しないはずだ。
「ウリエルを魔王として召喚だなんて…………そんなことできるはずが無いわ」
「だが事実だ……………………確かに、この世界の理から言えばそんなことは不可能なのだろうがな」
私の呟きに、けれど王と名乗った男は肩を竦めて私の言葉を肯定する。
「だがそれを可能にする理が存在する。所詮、お前たちには到底与り知らない話ではあるがな」
どこか馬鹿にしたようなその様子に、一瞬怒りがこみ上げそうになるが、すぐに抑える。
「それで…………あなたは一体、ここに何しに来たのかしら?」
「ああ…………メシアの処刑人に、ガイアの白死。その両方が戦い、弱っている。この絶好の機会に邪魔な存在を両方とも消しておこうと思ってな」
あっちの神父のことと…………それから、自分のことも知っているらしい。正直、その二つ名はそこまで広まっているわけではないはずなのだが。
「あら、随分とせこい真似をするのね、王なんて名乗ってる割に」
そう言うと、王は鼻で笑って言葉を返す。
「阿呆が…………王の戦いとは即ち戦争。戦争に正々堂々などと言うものがあるわけないだろうが」
開き直っているのではない、心底そう思っているのだとその表情が物語っている。
厄介な…………まだ全力ではなかったとは言え、さきほどまで神父と殺しあっていただけに、今は快調とは言い難い。
ここはやはり退くべきだろう…………無理して戦っても特に得るものも無い。
そうして、退却しようと私が喰奴化を解き、炎を突っ切ろうと姿勢を屈めて…………。
「スルト」
王の言葉に、黒い炎を纏った魔王が私の周囲をその漆黒の炎で埋め尽くす。
「逃げられては困るな…………折角こうして俺が出てきたのだ」
「知らないわよ、あなたの都合なんて」
状況の打開策を思いつくまでの時間稼ぎに軽口を叩くと、王がふむ、と何か考え込む。
そうして数秒思考し、やがて口を開いてこう言った。
「では…………そうだな、お前たちの都合に合わせてやろう。もし俺の仲魔を一体でも倒せたら」
お前等の探し人の情報をやろう。
その言葉に、私は驚愕に目を見開き…………。
「ペルソナアアアアアアアア!!!」
正真正銘の全力で、黒い炎を切り裂き、男へと襲い掛かった。
* * *
神とは何だろうか?
全知全能の存在?
人の作った偶像?
その答えをまだ自身は持ち合わせていない。
だが自身のこの体質は神によって定められたものだったらしい。
けれど、少女アリスはそれを知っても神を恨まなかった。
別に少女が優しいだとか、神を崇めているだとか…………そういう話ではない。
ただ、イタミに慣れ過ぎていた。
ただ、悲しみにまみれ過ぎていた。
何かに恨みを抱くには…………少女の心は弱り過ぎていた。
きっと、だからこそ…………だろう。
少年、ルーナは立ち上がった。
まるで近所に夕飯の買い物でもしに行くような気軽さでこう言った。
「じゃあ、ちょっと神様とやらを殺してくるか」
* * *
「ペルソナアアアアアアア!!!」
響く自身の声。その声に反応するように自身の背後に現れたのは五対十枚の翼を持つ赤い蛇。
蛇は長い胴をくねらせながら宙を泳ぎ…………。
「メギドラ!!!」
その口から放たれた破壊の魔法が黒の炎の一瞬で吹き飛ばし…………。
「神の悪意!」
瞬間、王とその仲間たちの周囲が光に包まれる。
直後、轟音。そして爆発。
周囲に煙が蔓延し、相手の姿を隠す。自身の最強の一撃を下した相手を、けれど一分の油断も無く見つめる。
そして。
「
聞こえた声。途端、爆煙の向こう側から炎が噴出す。
ごう、ごうと音を立てて燃え盛る炎が、まるで流水のごとき勢いで広がっていく。
コンクリート作りのはずのビルに引火した炎がビルを駆け上っていく。
下へと降り、一階を燃やし尽くした炎は外へと広がり…………。
僅か数秒で、ビルを中心とした半径数百メートルほどの範囲を炎で覆う。
炎の中、私は耐えていた。全身を焼く熱さを、けれど火炎耐性を持つペルソナだったが故に焼け死ぬことなく耐えた。
体はヴァンパイアのままだ…………だが、一度ペルソナを発現させればその耐性はペルソナが優先される。
耐性が変わる、と言うのは非常に便利な力だったりするのだが…………今回ばかりはこれが無ければ本気でやばかったかもしれない。
「ほお…………まだ生きていたか」
そして、その元凶が揺らめく炎の中から現れる。
王はまだ生きている私を見て、驚いたように、嘲るように呟く。
「それにしても…………ガイアの白死がペルソナ使いだったとはな。なるほど、メシアの実験は成功だったらしい」
その言葉に、ぞわり、と全身に怖気が走る。
何故知っている?
「五対十枚の翼を持つ赤い蛇…………くく、メシアの実験の産物としては随分と皮肉なものを呼び出す。いや、あの狂信者共に相応しいとも言えるか?」
どうして? 何故それを知っている? 記録にも、記憶にすら残っていないはずのソレを、どうして?
「
その言葉に、私は凍りつく。
「げん…………きょう…………?」
「なに、あの狂信者共を唆し、実験の元となる情報を渡したのが俺だった…………それだけの話だ」
体が震える。言葉が出てこない。それは、怒りからか、それとも恐怖からか。
「しかし俺はお前に感謝するべきなのかもしれんな…………お前たちの犠牲にお陰で」
王が懐から一枚のカードを取り出し、かざす。
と、同時に…………その背後からソレが現れる。
「こうして…………俺もまた、ペルソナを手に入れたのだから」
ソレは一見すれば王冠のようなものを被った古めかしいいでたちの男。
だがそこに存在するだけで全てを威圧するかのような圧倒的な存在感があった。
果たして人の身でこれに勝てることなどあり得るのだろうか?
そんなことを想像してしまうほどに、ソレは隔絶していた。
先ほどまで感じていた怒りが、全て恐怖に押しつぶされる。
『…………グ…………ガ…………』
短く、短く、ソレが言葉を発する。
その四肢に力を宿らせ、やがて、目を開く。
その眼が、その視線が自身を射抜く。
体が硬直し、一ミリとて自由にならない。
「さあ…………いけ、バアル」
王の言葉と共に…………66の軍団を率いる序列一位の大いなる王が動き出し。
顔面蒼白になりながら、後ずさる自身へと襲いかかってくる。
その魔の手が、自身へと迫る、直前。
バアルの体が見えない糸に縛られたかのように、突如動きを止め…………。
直後、すぶり…………とバアルの体を刃が貫く。
「おお、わが主よ。あなたの他に私のためになるものはありません」
刃が薙がれ、バアルの体を易々と切り裂く。
「また、あなたのおそばにはべる以外、有益なることもありません」
切り裂かれよろめくバアルの体が、背後からの蹴りに吹き飛ばされる。
「ご自身の他になにものがなくとも存在し給う、その豊富な御豊かさにより懇願いたします」
蹴り飛ばされ、窓を突き破って外へと飛んでいったバアルへと見向きもせずに、王へと接近しその剣を振るう。
「あなたの方へ顔を向け、あなたに仕えようと立ち上がった者のひとりに私を数え給え」
そして。
「Amen」
王を目掛け、その二刀が振り下ろされた。
閃の軌跡のあまりにも酷過ぎるラストに衝撃を受けてたけど、ようやく立ち直ったのでこれからはちゃんと更新しようと思います