「俺はこの後用事があるが、後から二人ほどここに来るだろうからお前はそこにいろ」
と、一方的に告げて去っていくキョウジ。そのあまりの自然にハッと気づいた時にはすでにキョウジの姿は見えなくなっていた。
「いや、まあ今日は一日ここにいるつもりだから良いんだが」
病院に無理を言って付き添わせてもらっている。有栖の両親はすでに他界しており、親戚筋も有栖以外誰も知らない、と言うのも病院側を納得させる一因となった。
すでに自身の両親に話は通してある。こういう時は割合放任主義な両親に感謝する。
ピッピッピッ、と断続的な機械音だけが病室に響く。
電灯もついていない暗い病室の中で、窓から差し込む僅かな月の光だけが有栖の姿を映してくれる。
そうして先ほどまでキョウジと話していて騒がしかった病室に、一気に静けさが戻ると先ほどの会話が脳裏に浮かんでくる。
「二つ目の用件だ…………お前に門倉の遺産を継いでもらう」
目の前の男、キョウジがそう言った。
対して自身は困惑していた。
門倉の遺産ってなんだ?
なんでこの男がそれを自身に告げるのだ?
それに対する答えをキョウジが答える。
「知らない、と言った顔だな。なら説明するが、日本には代々クズノハと呼ばれる集団がいる。遥か昔よりこの国に根付いてきた異能集団と言ったところか。平安の時代では陰陽師たちと覇を競い合いそして現在までその血を残してきたこの国でもっとも強い退魔集団だ。門倉と言うのはな、その葛葉の分家の一つだ。名乗ることを許されなかった他の分家とは違い、唯一役割を与えられたが故にその名を変えた分家。お前の祖父、門倉道三はその役割を担っていた、そして孫のお前がそれを受け継がなければならない」
言われた事の大きさに数秒理解が追いつかなかった、がすぐに理解する。
それは自身がサマナーであると言う非常識に交わったが故の理解。
「その言い方から察するに、サマナーでなければいけない?」
そう尋ねると、キョウジが少しだけ驚いたように声を漏らす。
「くく、そうだ…………道三が何を思って自身の子たちにソレを伝えなかったかは知らないが、今日にいたるまで役割に誰も着いていないと言うのは里よりもヤタラガラスの連中が動揺していてな、お前がサマナーであると有栖から連絡をもらうとすぐさまお前にその役割を担うことを命じてきた」
「それって他の人に任せれば良かっただけの話なんじゃあ? だって俺、まだサマナーになって一日目ですよ?」
そんな自身の問いに、けれどキョウジはすぐ様返す。
「それが出来れば上ももっと安心していられただろうな。力量の問題じゃない、その血筋こそが問題なんだよ」
「血筋?」
「葛葉にはな、代々葛葉宗家の血を引く者だけが開くことのできる扉、と言うものがある。同じようにお前の…………門倉の家系にしか出来ないこと、これはそう言う分野の話だ」
自身の理由は分かった、がもう一つ分からないことがある。
「だったら、親父たちに要請すればよかったのでは?」
そう、血筋なら自身以外にも幾人かいる。父親には兄弟も数人いるし、その子供もいる。
そう言った人たちに役割とやらを任せればそれで済んだ話ではなかったのだろうか?
「ダメだな…………お前以外では全く意味が無い」
「何故?」
「そもそもお前が門倉の遺産を継承しているからだ」
「…………は?」
脈絡の無いその言葉に、あっけに取られる。
だがそんな自身を無視してキョウジが話しを続ける。
「ジコクテン…………サマナーになって一日目でそんな悪魔と契約していることが最大の証拠だ。そいつがお前の仲魔になったのは偶然じゃない、お前の持つ因果に惹かれてやってきたんだよ」
思わず自身の携帯を見つめる…………正確にはCOMPを、だが。
「お前の祖父が何を思ってお前に継承させたのかは知らないが、どうやら後任を作る気はあったようだな」
「爺さんが俺に? 一体何を?」
「門倉を、だ」
キョウジの告げた言葉の意味が分からず首を捻ると、いずれ分かる、とだけ意味深な言葉を告げてキョウジが話を区切る。
「さて、ではお前も知りたいだろうことを言おう」
ここまでキョウジがあえて伏せていたこと、そして俺も聞かなかったこと。
「お前の役割は、帝都の守護者に仕えることだよ」
* * *
「この程度?」
告げられた言葉の内容に、神父が顔を顰める。
現状自身に一方的に殺されそうになっている男の言葉ではない。
戯言だ、そう切って捨てるのは簡単だ…………だが。
「くく、知っているか? 古来より、悪魔を召喚する術と言うのは数多く存在している。だがそのほとんどが実は無意味なものである、と」
それをさせない何かが王にはあった。
「
王の口にした言葉。その言葉に神父は聞き覚えがあった。
悪魔を呼び出すための祈祷文の最初の言葉。
そして、それを口にした、と言うことは。
「させるかっ!!!」
次の行動を予想し、神父が飛び出す。
けれどその行動は立ちふさがるウリエルに阻まれ…………。
「やつらを呼び出すのに本来呪文など必要は無い。必要なのは識ることだ。悪魔を知ることは即ち悪魔に知られること。悪魔を識ることは即ち悪魔に識られること」
大仰に両手を広げ、王が続ける。
「そして最も重要なのは名を呼ぶことだ。つまり、こういうことだよ」
そうして王が手を宙にかざす、と同時にその手の中に一冊の書物が現れる。
それをフロア全体に燃え盛る炎へと向け、こう呟いた。
「来よ…………汝、炎獄の王なるもの、無価値なるもの、悪なるもの、反逆せしもの」
その言葉に、フロア中で燃え盛る炎が王の目の前に収束していく。
「汝、その名、ベリアル」
その名を呼ぶと共に、炎が弾け…………一体の強大な悪魔が存在していた。
『ぬう………………我を呼ぶは汝か、久しきものよな、王よ』
悪魔が口を開き、言葉を紡ぐ。
たったそれだけのことで、フロア全体が吹き飛んだ。
和泉も、神父も…………王とその悪魔以外の全てが吹き飛び、崩落を始めた廃ビルから弾き飛ばされる。
ワンフロアを丸々一瞬で失った廃ビルが倒壊を始める。
だが王も悪魔も動かない。さもそれが何の意味も持たないかのように、いつも通りの笑みを浮かべ、それを眺めている。
そして。
ビルが崩落し、王と悪魔の姿が消えていく。
瞬間。
廃ビルが消し飛んだ。
* * *
ガシャン、と自販機の中から缶が落ちてくる。
それを取り出し口から取り、プルタブに指をかけ飲み口を開く。
「…………ぷはぁ」
中に入った炭酸飲料を一気に飲み干し、悠希が息を吐く。
正直、キョウジに言われたことの半分も理解しているとは言いがたい、だがそれは後回しにすることにした。
後日有栖に相談しよう、そう思いながら、今は頭を切り替え、有栖のことを考える。
「大丈夫かな…………有栖」
一命は取り留めているらしい、だがそれでも心配にはなってしまう程度には親交は深い。
それと同時に思うのは、一体誰が? と言うこと。
最初、有栖は銃で撃たれたらしい、と言うことでその可能性は考えていなかったが………………。
「あんな暗い森の中で銃なんて使えるのか?」
今思えばおかしい、有栖が撃たれた時、ぱっと見、周囲には誰もいなかった。
月明かりがあったとはいえ、ぱっと見て誰も見て取れないほどの距離で、有栖を撃つことなどできるのか?
そもそも何故キョウジが来た?
最初は混乱していたことと有栖の上司だと聞いて納得していたが、悪魔も絡まないただの事件で一々やってくるものなのか?
俺に話しを伝えるため? それだったら俺を呼び出せば良い。実際、有栖は一度先の青海町での事件で呼び出されたと聞いている。
有栖が部下だから? その可能性は無くも無いが…………だったらあの警告はなんだ?
いくらサマナーだからと言って、表の事件で負傷した人間を表の病院に運んだだけなら警告などされるだろうか?
警察や病院を介入させたことに問題があるようなあの言い方、それが示すことは即ち…………。
「有栖を撃ったやつは、サマナー?」
もしくは悪魔、と言うことになるのではないだろうか?
それに気づくとすぐさま、キョウジの携帯に電話をかけた。
だがキョウジは電話に出ない。
それが分かると病院を飛び出す、どこに向かへばいいのか、正直分からない。だがじっとはしていられなかった。
そして病院を飛び出し、舗装された道路を走り出そうとして…………。
それに気づく。
少女はじっと見つめていた。
目の前の…………自販機を。
千円札を入れるところに、お金を入れようとして、けれど入らないことに首をかしげている。
悠希が立ち止まる。
少女を見て、目を見開く。
月の光を受けて輝く銀糸の髪。
黒いゴシック調のドレスを着た少女。
まるで夜の妖精であるかと錯覚するほどの幻想的な光景。
その立ち姿に、見惚れていた。
綺麗な子だな、素直にそう思った。
そしてそんな少女の姿を見て、ぐるぐると渦巻いていた感情が全て吹き飛ばされたことにより、不思議と落ち着いてきた。
全力疾走で跳ねていた心臓の鼓動が、徐々に落ち着く。
ふう、と呼吸を整えると、ふと疑問が浮かび上がる。
現在、午後九時半と言ったところだろうか?
こんな時間に何故少女が外を…………しかも一人で出歩いているのだろうか?
首を傾げ、けれど所詮他人が口を出すことでも無いか?
そう考えた時。
自販機の前で何度入れても戻ってくるお札に、少女がやがて一つ頷き…………。
「私は理解する。この機械は、壊れている」
そう言って、彼女は懐から一本のナイフを取り出す。
そうして、手に持ったナイフを振りかぶり…………。
「って、ちょって待てえええええ」
慌てて声をかけると、少女が動きを止め、顔だけこちらへと向ける。
そうして少女の傍へと駆け寄り、ナイフを持ったその手首を掴む。
「…………………………私は思う、あなたが誰であるか」
「俺は門倉悠希だ。いや、そんなことより」
「私は名乗る、ナトリであると」
少女の名はナトリと言うらしい。ナトリ、名取かと思ったが、少女がどう見ても日本人ではないので、素直にカタカナでナトリでいいのだろう。
「そんなことよりも、何してるんだよ」
「私は言葉を返す、あなたこそいつまで握っているのか」
ナトリのそんな言葉に、ずっとその腕を掴んでいたことを思い出し、そして目の前の美少女と言っても過言ではないその容姿の少女の目と鼻の先にいることを意識して、思わず顔を赤らめる。
「私は疑問に思う、どうして顔が紅いのか。私は考える、体調でも悪いのだろうかと」
「あ、いやそうじゃなくてだな…………と、とにかくごめん」
改めて思うと、妙な言葉の使い方をする少女だ。だが不思議と似合っている。
こんな無表情で流暢に話されても違和感しかないだろうことは簡単に想できるのだが、それ以上、この少女の雰囲気がその珍妙な言葉遣いに違和感を感じさせない。
「そ、それで、結局何しようとしてたんだよ?」
ナトリの持つナイフを怪我をしないように抑えつけ、動かせないようにする。
そうするとナトリが首を傾げる。
「私は思う、あなたは不思議なことを聞くと」
「俺からすると、そっちのほうが不思議なんだが」
「私は考えた、この機械は壊れている。けれど私は思う、ここにあるものが欲しいと」
そう言ってナトリが自販機に展示されている乳酸飲料のラベルの貼られたペットボトルを指差す。
「私は考える、壊れているせいで出てこないなら直接取るしかないと」
「なんでその発想が出てくるんだよ…………ていうか、どこが壊れてるんだ?」
自販機を見て首を傾げる。どこもおかしなところは無い。もしや札でも飲み込まれたのだろうか?
と、そんなことを考えていると、ナトリが一枚のお札を取り出し、自販機に通す…………がすぐに戻ってくる。
「私は告げる、この通りこの機械は壊れていると、私は回顧する、以前見た時はちゃんと使えていた」
「………………いや、あのな?」
一連の行動を見ていた、一つ気づいたことがある。壊れているのは自販機じゃない、ナトリの頭のほうだ。
「それ…………明らかに外国の紙幣なんだが」
千円札に似た色合で、100EUROと書かれた紙幣。EURO…………つまりユーロ。
「あのな、自販機で使えるのは日本のお金だけだぞ? それユーロって外国の紙幣だろ」
そう言うとナトリは目を丸くして人差し指を下唇に当てる(その動作にドキリとしたのは秘密だ)。
「私は理解する。この金銭はこの機械に対応していないのだと」
案外あっさりと理解したナトリを見て、勘違いに気づく。
この少女は頭が壊れているのではなく、単純に知識が無いだけなのだと。
話し方はおかしいが、日本語の使い方は間違っていないし、発音も違和感が無かったので長く日本で生活していたのだと勘違いしていたが、どうやら日本について詳しくないらしい。
数瞬思考し、そして自身の財布から百円硬貨を二枚取り出すと自販機に入れ、ナトリが先ほど指差していた飲料のボタンを押す。
ガシャン、と音を立てペットボトルが転がり落ちてくるのでそれを取り出し口から取り。
「ほら、これでいいのか?」
ナトリに渡す。そしてそれを受け取ったナトリがどこか困惑したような表情を作った。
「私は考える、あなたが何故これを渡してきたのかを」
「やるよ、欲しかったんだろ?」
「…………私は思う、どうしてあなたは見ず知らずの人間にそんなことをできるのか、不思議であると」
どうして、と言われればどうしてだろうか?
ナトリに見蕩れたから、と言うのは理由としては違う気がする。
と言うかそんな理由のある行動ではなかったのだが、強いて言えば。
「かっこつけたかったから…………かな?」
昔からずっと、憧れていたのだ。
つっけんどんな癖に、どこか優しくて、いつだって自分たちが困っているような時は助けてくれる。
自身の親友に、昔からずっと…………それこそ、出会った時からずっとずっと憧れていたのだ。
「私は思う、あなたは不可思議である」
「お前にだけは言われたくない」
自分がこの少女以上の不思議キャラだなんて絶対に認めない。そこだけは絶対にだ。
困惑していたナトリの表情が、けれど今はふっと軽くなり。
「私は認める、あなたが私の名を呼ぶことを」
「え?」
唐突なその言葉に、意味が分からず答えに窮する。
「私は思う、あなたに私の名前を呼んで欲しいと。私は感じた、あなたはそれに値する人間であると」
「えっと………………ナトリ、って呼んでいいってこと?」
恐る恐る、と言った感じでそう呼ぶと………………。
「Noelle Taylor Reid」
その口から出たのは間違いなく日本名とは違うそれで…………。
「私は告げる、頭文字を取ってナトリ。それが
* * *
暗い暗い病室。
月明かりだけがその部屋に眠る少年…………有栖の姿を映し出す。
たった独り、眠るはずのその部屋に。
けれど今は、それ以外の人影が存在していた。
のそり、と人影が有栖の眠るベッドの上に乗り…………。
「…………………………」
無言でその寝顔を見つめる。
「…………………………」
沈黙が十秒、二十秒と続き…………やがて人影がその手を、眠る有栖の顔へと向けて伸ばす。
ぴたり、とその小さな手が有栖の頬に当たり、動きを止める。
「…………………………」
「…………………………」
瞬間、ふとした拍子に開いた有栖の目とその有栖に跨る人影…………アリスの目が合う。
「おはよう、有栖」
「おはよう、アリス」
けれど互いに一切の動揺も無く、まるで日常の一部であるかのように言葉を交わす。
だがそこから互いにまた言葉を無くし、沈黙が続く。
重苦しい、のかは分からない。それが分かるのは有栖か、それともアリスだけなのだろう。
「死ななかったねー」
沈黙を破ったのはアリスのほうからだった。
そんなアリスの言葉に、けれど有栖はハン、と鼻を鳴らす。
「そう簡単に死ぬかよ。少なくとも、今のままじゃ死ねないっつーの」
呟き、ゆっくりとだが、体を起こす。必然的に有栖に跨っているアリスとの距離がぐっと近づき、互いの顔が目と鼻の先まで近づく。
けれど、互いに一切の表情の変化も無く、互いの瞳を見つめあったまま話を続ける。
「俺を撃ったやつは確認できたか?」
「ううん、だーれもいなかったよ、わたしのみたかぎりでは、ね」
「ってことは、お前の感知範囲外ってことか」
アリスは別に探索型の悪魔、と言うわけではないが、それでも高レベル悪魔だ、基本性能からして高いならば、必然的にその知覚範囲も広くなる。
特に魔力を感知することには長けているはずの俺やアリス、両方が感じ取れなかった、と言うことは。
「相当遠くから撃たれたな、となると必中の加護でも持ってやがるのか?」
あんな遮蔽物の多く、視界も悪い暗い森の中で俺たちの感知範囲に引っかからないような位置で、正確に俺の心臓を狙ってきた、そんなこと普通の人間なら不可能だろう。
「………………まあ考えても仕方ないな、まだ情報が少ない。悠希を探してから俺たちも動くぞ」
「はーい」
有栖は自身の上からアリスをひっぺ返し、ベッドから降りる。
いつの間にか着替えさせられていた患者服からベッドの傍にあった自分の荷物の中の私服に着替えると、自身の荷物を漁る。
いくつか装備がなくなっているが、ここは一般の病院のようではあるし、悠希が隠したのかもしれない、と考える。
残った装備を持ち、荷物を片付けるとすぐさま病室を出ようとし…………。
ふと脳裏に浮かんだ疑問を後ろからついて来ているアリスに投げかける。
「なあアリス?」
「なあに?」
「俺が死ななくて残念か?」
その言葉に、アリスが足を止める。
そして有栖も、アリスの言葉を聞き逃すまいとしその表情を見つめ。
「…………ううん、いまはそうでもないよ」
そう答えたアリスを数秒見つめ。
「………………そうか」
そう言い、今度こそ振り返らず病室を出て行った。
総合評価がそろそろ7000になる。
評価してくれてる人はありがとうございます。
だがそれにしてはどうして感想が一件も来ないのだろうか…………。
感想ぷりーず。
むう、りゅーちゃんのように140話近く書けば感想もいっぱい来るのだろうか?