有栖とアリス   作:水代

48 / 103
和泉と影

 

 

 全長十メートル以上にも及ぶ巨大な蛇が王へと襲いかかる。

 ウリエル、モト、スルト…………そしてベリアル、四体もの強大な悪魔を失っている王。あれほどの強大な悪魔たちだ、最早手持ちは無いのだろう、そう予想し、蛇に噛み殺される未来を予想し…………。

 

 だからこそ、その予想が外れたことに目を細める。

 

「………………………………く、くく」

 あくまで余裕を崩さない男。その片手で蛇の…………その巨体を押し留めている。

 

 人間じゃない。

 

 ようやく、というべきか、ようやくそれに気づく。

 いくらマグネタイトがあろうと、いくらなんでも人間離れし過ぎている。

 魔法系統で攻撃を防ぐなら分かる…………が、純粋な腕力であの巨体を押し留めているのは、いくらなんでも人間には不可能だ。

 

 蛇を押し留める男の片手。拮抗していたように見えたその力比べは、けれど男がぐいっ、と腕を伸ばすとあっけなく蛇が押された。

 仰け反る蛇、そして男はそんな蛇の上口を掴み……………………真上に投げる。

 

「…………………………は?」

 

 唖然とする。呆然とする。どんな怪力だ、どんな化け物だ。

 だがそんな化け物相手に………………けれど蛇も化け物であった。

 

 翼がはためく、と同時に蛇がふわりと宙に浮かび…………。

 その口から光が漏れる。

 黒紫色の光、それが何なのか、即座に気づき、走り出す。逃げ出す。

 

 メギドラオン

 

 蛇の口からあふれ出した光が地上に降り注ぎ…………。

 男の居た場所を中心に半径数十メートルが吹き飛んだ。

 そこにあった一切合財全てが塵と化し、焦土と化す。

 俺の仲魔たちの使うメギドラオンとは一線を隔す、ジャアクフロストのメギドラダイン級の攻撃。

 ()()()()()()()()()()()()()としても馬鹿げている。

 

 どうする?

 自身に問う。行動の選択、この場合、あの蛇と共に男を倒すか、それとも蛇を倒すか、それとも様子見に徹するか。

 問題はあの蛇だ。目の前で和泉が蛇へと変わった、あの蛇が和泉である限り見捨てるのは論外、だがとても正気とは思わない以上迂闊な真似はできない。

 ただ傍にいた俺ではなく、男のほうに向かっていたことを考えると敵と味方の区別はできていると見るべきか、それとも単純にあの男に対する敵愾心が高いだけだったのか。

 様子見に徹すれば少なくともこちらを狙ってくる気配はない。さきほどの一撃を考えるに単純に眼中に入ってないだけのような気もするので近づけば巻き添えを食らうかもしれないが。

 

 メギドラオンによって一掃されたその場所の中心で、けれど男は嗤う。

 嗤い、嗤い、両の手を天にかざす。

「落ちろ、ジオダイン」

 言葉と共に降り注ぐ雷、それに打たれ蛇がもがき、地に落ちる。

「残骸が、これで終われ」

 男が右腕を振り上げ、蛇へとそれを向けて…………。

 

 男の右腕が撃ち抜かれる。直後に聞こえるパァン、と言う短い音。

 

 俺ではない………………正確にはまだ俺ではない。

 銃は構えていた、が俺はまだ撃っていない。

 だとすれば今のは…………。

 

「先ほどのやつか…………まだいたのか、鬱陶しい」

 

 男が表情を崩す、不満そうな、憮然とした表情。

 そして男が手を遠くのビル群に向けてかざし…………。

「「「「「シャアアアアアアアアアアアアアアア」」」」」

 その直後に蛇がその胴へと噛み付く。深く牙を突きたて、そのまま空をへと放り投げる。

「ぬう」

 僅かに驚いたような男、けれどまだ慌てるほどではないようだった。

 だから…………。

 

「アリス」

「メギドラオン」

 

 狙い撃つ。理解する、この場で最も厄介な相手を。

 この蛇だけでは勝てない、この男はそれほどの相手だと。

 メギドラオンが直撃する。その衝撃で男が地に叩きつけられ、蛇がその隙を狙い、さらに追撃しようとして。

 

「くははははははははははは、やはり俺には戦闘は向かないな」

 

 男が嗤い、蛇が弾かれる。一体何に? そう思い、目を凝らせばうっすらと見える。不可思議な紋様。宙に文字が描かれそれが不可視の壁となり、蛇を弾いていた。

 

「くははははは、では魔術師は魔術師らしく、高みの見物とさせてもらおうか」

 

 男が笑い、片手を突き出す。その手には、いつの間にか古びた本があり…………。

 

「さあ来い、地獄より、魔界より、世界の果てより、いざ集え、魂の契約に従いて、汝らの王が今呼びかけん」

 

 男の足元に全長百メートルはあろうかと言う超巨大な魔方陣が一瞬にして築かれる。

 手に持った本が光輝き、魔方陣が蠢き始める。

 

「地獄の王が七十二の悪魔を従え、百八の悪意の霊を従え、六六六の獣が地に宿らせる」

 

 魔方陣の内からざわめく陰が沸いてくる。蠢き、ざわめき、その手を伸ばし、這い出てくる。

 

「万軍招来、悪意を満たせ」

 

 やばい、やばい、やばい、やばい、やばい、やばい、やばい、本能が最大級の警戒音(アラート)を鳴らす。

 もう遅い、とばかりに男が嗤う。そして魔法陣の輝きが一層強くなり…………。

 

「さあ、いざ来たれ」

 

 最後の一節を男が紡ごうとした、その時。

 

「燃やせ、スルト」

 

 男の声を遮り、聞こえた別の声。直後、周囲一体に炎が吹き荒れ、地面に浮かび上がった魔方陣が焼けていく。

 決して物理的なものではないはずの魔方陣である、だが炎が魔方陣に喰らいつき消し去っていく。

 

「楽しそうだな、俺も混ぜろよ」

「私は思う、ただの地獄絵図でしかないと」

 

 現れたは一組の男女。俺と共にここに来た少女と、少女が待ち合わせていた男。

 即ち……………………。

 

「遅かったな、キョウジ」

 

 葛葉キョウジと、葛葉ナトリの二人がそこにいた。

 

 

 * * *

 

 

 醜い、浅ましい、なんて最低な女だろう。

 それがよりにもよって、自分なのだから。

 

 救いようがない。

 

 本当に…………嫌になる。

 

 自身の見たくない、目を逸らし続けていた部分をまざまざと見せ付けられて。

 絶対に認めたくはない。

 だが認めざるを得ない。

 

 あの時殺した二人は誰かの幸せの可能性で。

 自身は誰かの幸せをあの時に奪ってしまった。

 なのに、それなのに。

 他人の幸せを奪っておきながら、自身の幸せを欲している。

 欲しい、欲しい、と心の中では子供のように駄々をこねているのだ。

 身勝手に、勘違いであっただろう他人の幸せを壊しておいて。

 

 それでも、渇望している。

 

 他人のものを奪ってでも、欲しいと思う。

 

 この感情に名前をつけるなら。

 

 嫉妬、そう呼ぶのだろう。

 

 許されない、許されるはずもない、そんな身勝手な感情。

 押し留めていた、押し殺していた。

 

 だが認めざるを得ない。

 

 この感情を。

 

 結局、それが和泉と言う存在の根底なのだから。

 

 泣き喚いて駄々こねようと。

 違う違うと否定して暴れようと。

 変わらない、何も変わらないのだ。

 

 だったら、受け入れるしかないではないか。

 背負って生きるしかないではないか。

 

 罪も咎も欲も情も恨も何もかも一切合財。

 

 自身の手を下したことの結果なのだ。

 もう過去は変わらない。

 

 前へ進む以外に、もう道は無いのだから。

 

【我は汝、汝は我】

 

 赤い蛇がそう呟く。

 

「あなたは私、私もあなた」

 

 同じように自身も呟く。

 

 ペルソナとは…………自身の心の在り様そのものなのだから。

 

「受け入れましょう、全てを」

 

 けれど。

 

「求めましょう、何もかも」

 

 考えてみれば、何も変わらない。全て受け入れてみても、何か変わるわけではない。

 

 ただ、ほんの少しだけ、自身に正直になった。

 

 ただ…………それだけの話である。

 

 

 * * *

 

 

「葛葉キョウジ…………なるほど、かの葛葉の掃除屋が出てきたのでは、さすがに分が悪いと言わざるを得ないな」

 不敵、あくまでも余裕を崩さず男が呟く。

 自身のとって最高の技だっただろう魔法を打ち消され、蛇、俺、そしてキョウジにナトリとこれだけの人数に囲まれ………………それでも、男は余裕を崩さない。

 

「悪いが今度は逃さない。大人しく捕まってもらおうか………………なんて言ってもどうせ抵抗するんだろ? だったらとっととくたばって大人しくなれ」

 

 まさに問答無用。一方的に言い放ち、即座にキョウジは攻勢に出る。

 封魔管からすでに召喚しているスルトに加え、さらに一体の悪魔を呼び出す。

「クワァーーーーーーー!!!」

 出てきた悪魔、獅子の頭を持つ鷲のような悪魔、アンズーだった。

 それに対し、男は即座に先の古びた本を右の手に持つ。

 そして、キョウジがニィ、と笑ってそれを見ている。

 男が嗤いながら本を掲げ…………。

 

 ドスッ、と男の右手に刃が突き刺さった。

 

 大きく開いた手のひら、そしてこぼれ落ち地を転がる書物。

 直後、その本目掛けて降り注ぐ影。

 ぞぶり、と残った刃で本を貫くのは………………先ほどまでベリアルと戦っていたメシア教の男。

「き、さま…………?!」

 そうして、初めて男の表情が変わる。追い詰められたからなのか、それとも本を傷つけられたからなのか。

 パキン、とひび割れるような音が共に、本が崩れ落ちていく。

「貴様ああああああああああ!!!」

 瞬間、本の中から弾け飛ぶように黒い何かが抜け出していく。

 凄まじい形相の男が宙に向かって指で何かを描く、と同時に黒い何かがするすると男の中へと吸われていく。

 だが、出だしが遅かったせいか、いくらかの黒い何かは虚空へと消えていってしまう。

 そして黒い何かが虚空へと消えていった同時に。

 

 ()()()()()()()

 

「っく………………かくも止む無し、か。来たれ我が僕、19の軍団を指揮する序列24番の勇猛なる侯爵」

 

 空間が開く、まるで口のようにぱっくりと。

 

「汝その名、ナベリウス!!」

 

 その名を呼んだ…………途端。

 

 ウオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!

 

 穴の開いた空間の奥から声が響いてくる。

 

 そして、それが穴より這い出してくる。

 

 大きい…………それがソレを見た最初に感想。

 

 全長十メートルは越すのではないかと思うほどの巨体。

 

 それを一言で言い表すなら犬だ。

 

 ただし、首が三つほど付いているが。

 

 ナベリウス…………別名ケルベロス。

 

 魔獣の王が天に向かって咆哮を上げた。

 

 

 * * *

 

 

 ああ、行かなきゃ。

 

 まどろみの中で、そんなことを考える。

 理解している。今がどんな状況か。

 体に一切の自由が無くとも、今何が起きているのか把握はできている。

 だから、行かなければならない。

 

 行って、それから…………助けるのだ。

 誰を?

 そんなもの決まっている。

 助けを求める人たちを、だ。

 

 奉仕。

 

 それもまた、和泉と言う存在の根底に違いは無いのだから。

 だから、目を開け。

 手を握れ。

 足を動かせ。

 肩を揺らせ。

 頭を回せ。

 指の一本にいたるまで休ませることなく。

 

 さあ…………では行こう。

 

 

 * * *

 

 

 拳を握り締める。

 固く、固く握り締め、やがて手のひらに食い込んだ爪が皮膚を突き破り、血が流れる。

 

 思いが足りない、祈りが足りない、信念が足りない、覚悟が足りない…………何よりも、力が足りない。

 

 有栖たちと共に行こうとした自身へとかけられた言葉。

 分かっている、自身はまだ未熟なのだと。

 そもそもつい先日まで平和の中にいたのだ。仕方ないと言ってしまえばそれまででしかない、が。

 

 この世界にいる限り、仕方ないなんてあり得ない。弱いことはそれだけで罪なんだよ。

 

 突き刺さる言葉の数々。弱い、それだけで自身は有栖たちと共に戦うどころか、後ろをついていくことすら許されないのだ。

 

 それが…………悔しい。

 

 ジコクテンは何も言わない。何かを期待していたわけではない、が…………それでもこの沈黙は辛かった。

 すっかり暗くなった街を歩いていく。

 関わることすら許されない以上、自身に残された行動は帰ることだけだった。

 

 俯き、黙って歩く。

 

 時々すれ違う人たちが一瞥するのが分かる、がそれすら無視して歩くと、やがて彼らも歩いていく。

 

 車道を車が走っていく。ヘッドライトに照らされ、目が眩みそうになり、思わず足を止める。

 

 腕で目を覆い、やり過ごそうとした、ところで。

 

「…………悠希?」

 

 自身の傍で止まった一台のタクシー。窓が開き聞こえた声に顔を向ける。

 

「……………………詩織」

 

 そこに、自身の親友がいた。

 

 

 

 




葛葉はメシア教と共闘しました。

これにより、騒乱絵札は今この場において、有栖、キョウジ、ナトリ、ストレイシープ、和泉の5人に包囲。これでもまだ互角なのだから恐ろしいな、王。
といっても和泉ちゃんが覚醒しましたので、均衡は崩れますけど。

あと4話前後で3章終了(予定)。







魔人 ××××

LV90 HP1670/1670 MP2280/2280

力108 魔113 体93 速79 運81

耐性:火炎、氷結、電撃、衝撃、万能
無効:破魔、呪殺

マハラギダイン、ブフダイン、ジオダイン、マハザンマ
仲魔召喚、偽典××××の書、究極召喚、召喚陣作成


備考:騒乱絵札の王。詳細不明

魔人 人を超越しながら、悪魔に染まりきらぬ半端者。人外存在でありながらも、悪魔を従えることができる。

仲魔召喚 デビルサマナーの基本技能。契約を交わした仲魔を召喚する。

偽典××××の書 遥か昔、××××が読んだとされる××××の書の写し。自身の記憶を知識として抽出し呪言により記した×××××の記憶そのもの、原典より大幅に劣化しているが、そこに書かれた知識は一行で世界を歪める。この書を使用した場合のみ、究極召喚を使用できる。

究極召喚 かつて契約を交わした×××の悪魔をレベルオーバー(レベル100以上)の状態で召喚する。レベルは最大120までで呼び出すことができ、呼び出した悪魔のレベル×20分MPを消費する。

召喚陣作成 召喚と名のつくあらゆる行為の補助となる召喚陣を作る。究極召喚の必要MPを呼び出した悪魔のレベル×15に変更し、一度に最大合計レベル1000までの召喚を行える。ただし、召喚陣を発動させるの自体に最大MPの半分を消費する。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。