有栖とアリス   作:水代

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遅くなりました。
メイポ久々に始めたら予想外に面白かった。


有栖と狙撃手

「……………………………………………………は?」

 唇に残る柔らかな感触に、無意識に指で唇をなぞる。

 呆然としたまま目の前の和泉を見つめる。

「…………ふふ、女の子と一緒の時に他の女の子のことなんて考えるなんて失礼よ、有栖くん?」

 どこか悪戯っぽく、和泉が笑う。

「ふふ、先に帰ってるわね」

 そうして、それ以上何を言うわけでもなく、あっさりと和泉が俺を残して去っていく。

 後には呆然とする俺、ただ一人が残される。

「…………………………むー」

 ふと傍で聞こえた声。気づけばいつの間にか俺の横にアリスがいて。

 ジト、とした目で俺を見ていた。

「……………………なんだよ」

「……………………べっつにー」

 どこかふて腐れたような表情でぷい、とこちらから顔を逸らすとまたCOMPの中へと戻っていった。

「…………なんだよアイツ」

 ふと呟いたその言葉に。

「サマナーは女心が分かってないんだホー」

 やれやれ、と言った様子で答えたのは勝手にCOMPの中から出てきたジャックフロストだった。

「仕方ないホ、サマナーヘタレなんだからホ」

 そして続けてジャックランタンが現れそう言う。

 と、言うか。

「うるせーよ。なんでお前ら勝手に出てきてんだよ」

「サマナー動揺しすぎだホー」

「お陰でCOMPの制御がガタガタだホ」

 けらけらと笑う妖精二匹に、思わず銃を手に取り、そこで自制した俺は大したものだと思う。

「もういい、戻れ」

 COMPを操作し、勝手に出てきたバカ妖精二匹を戻す。

「ったく…………勝手に出てきやがって、人に見られたらどうする気だ」

 軽く探ったが人の気配が無いことは知っていても、それでも愚痴らずにはいられない。

 それが半ば図星を指された八つ当たりでしかないことに、多少の虚しさを感じていても。

 

 それでも、今更ながらに自身のされたことを理解し動揺したこの心を鎮めるのは、そうするしかなかった。

 

 

 * * *

 

 

 心臓が弾けそうだった。

 周りに誰もいないから良かったものの、今の自身を誰かに見られでもしたら悶死してしまうレベルで顔が赤い。

 というか一体自分はどんな表情をしているのだろうか。

 喜びとか後悔とか恐怖とか全て通り過ぎて、もうひたすらにパニック状態が続いている。

 人間離れした超速度で有栖の家に戻った和泉は、貸し出された一室にある布団の中でひたすら悶えていた。

 今だから言えるが。

 

「衝動的にやってしまった、後悔はしているが、反省はしていない」

 

 やってしまった、今の心情を言い表すならその一言だろう。

 何故自分はあんな軽はずみなことをしてしまったのだろう。

 いや、いつかはしたいと思ってはいたのだが、そういう妄想をしてしまったことだってあるが。

 それでも、あれは反則だった。

 自身のひた隠しにした想いを伝えることもせず、相手の想いを確認することもなく、ただ感情のままに自身の想いを有栖に押し付けた。

 自身にとって凡そ考えうる限り最低なやり方だった。

 

 あまりにもバカらしい話ではあるが。

 ガイアなどと言う組織に身を置きながら一体何を寝言を言っているのかと言われるのかもしれないが。

 それでも尚、()()()()()を宿しながら、それでも尚。

 和泉と言う少女の性質は善であった。

 自身より他者を考えてしまう。それが大切であればあるほど、自身を犠牲にしようとしてしまう。

 奉仕の精神。相手に尽くすことに価値を感じる時が時なら聖女にさえなりえたはずの器。

 聖女の写し身。

 だがそこに宿ったのは感情の権能。

 だからこそ、暴走する、釣り合いが取れない。

 他者を第一とする理性と、自身を第一とする感情が矛盾し、許容しきれない。

 心の中で感情が暴れ狂っている、それが精神にどれほど負荷をかけるのか。

 けれどそれをおくびにも出すことはない。

 強大な精神で感情をねじ伏せる。

 そうして今日まで歪な心で過ごしてきた。

 だが。

 

「………………うん、そうね。後で謝るわ、それから」

 

 それから…………どうするのだろう?

 もう一度きちんと伝える?

 それもアリなのかもしれない、今となっては。

 だが、その前に一つ清算しなければならないものがある。

 

「……………………………………」

 

 一つ目標を決める。

 たったそれだけのことなのに。

 心が軽くなる。

 自身に未来がある、それだけの話なのに。

 それがどれほど大切なものであるのか、それを自身は知っていて。

 ようやく一つ満たされる。

 誰もが持っている、けれど自身が持っていなかったもの。

 

 ユメを手に入れた。

 

「……………………ふふ」

 それだけで嬉しくなる。

 それだけで心が弾む。

 

 それは希望だ。

 

 誰もが持てるはずのもの。

 けれど自身には無かったはずのもの。

 あの日彼がくれたもの。

 今度は、自分が見つけたもの。

 

 気づけば心は凪いでいた。

 

 

 * * *

 

 

 薄暗いマンションの一室。

 豆電球一つだけがつけられた部屋の片隅。

 壁に寄り掛かるようにして男は息を吐いた。

「……………………侭ならんな」

 自嘲じみた笑みを浮かべながら、男がそう呟く。

 全く侭ならないものだ。

 結局、自身の死に場所はここではなかった、そういうことなのだろうか?

 否、それはないだろう。

 

 あの人がここだと言ったのだから。

 

「…………全く、あの人も人使いが荒い」

 代償ではあった、だがそれだけの願いでもあった。

 その結果に文句はない、が。

「実の弟を撃ち殺せ? 正気じゃないな」

 自身の言えたことではない、だがそれでも言わせてもらえるなら、狂っている。

 愛してる、大切にしている、そう言ったはずなのに。

 だが、それももう終わった。

 絶対の一度。確実である一発。それで終わらせろ、それがあの人から課せられた命。

 だが失敗した、生きていた、殺せなかった。

 それとも…………分かっていてそれを命じたのだろうか?

 そんなことがあり得るか?

 ()()()()()に狙撃を命じ、それでも相手が生きているなどと、本気で確信できるものか?

 だがそれならば一発で終わらせろ、と言ったその意図も分かる。

 殺さないため?

 だがだとすれば何故生きていると分かった?

 そもそも何故あの弾丸を受けて生きている?

 必中必殺の魔弾。

 あの王のように圧倒的な力で受け止めるのなら分かる。

 必中とは避けれないことであって、防げないことではない。

 必殺とは当たれば必ず殺すことであって、当たらなければそもそも意味がない。

 だが、たしかに心臓を弾丸で貫いておいて、その手ごたえを自身で感じておきながら生きている。

 それが理解できなかった。

 

 何故あの少年は…………生きてる?

 何よりも、あの少年は…………。

 

 ピンポーン

 

 思考を切り裂くインターフォンの音。

 

 目を見開く。

 

 誰だ?

 

 同じマンションの住人と言うのはないだろう、こんな夜中に来るはずがない。

 だがそれ以外の人間でこの場所を知っている人間などいないはずだ。

 

 ピンポーン

 

 だが今実際に誰かがこの場所にやって来ている。

 だが何故インターフォンを押してこちらに気づかせるような真似をする?

 敵ならばわざわざこちらに気づかせるはずがないが、自身に味方などいるはずもない。

 だとすれば一体…………?

 慎重に、細心の注意を払いながら狙撃銃を抱え、ゆっくりと玄関へと向かう。

 

 ピンポーン

 

 三度目のチャイム。

 玄関の傍まで近寄りそっとドアスコープから外を見る。

「……………………?」

 だが外には誰の姿も見えない。

 おかしい、明らかにおかしい。

 っと、その時。

 

 ごとん

 

 ドアに何かがぶつかる音。

 即座に戦闘態勢に入る。

 狙撃銃をドアへ向けて構え、その引き金を引こうとし…………。

 

『うぃーっく、うーい』

 

 声が聞こえた。中年の男の酔っ払ったらような声。

「…………………………」

 耳を澄ませる。扉の向こう側から微かに聞こえてくる声。

 

『うーい、飲みすぎだたなあ』

 

 ひっく、ひっく…………と聞こえる声の調子からして、相当に泥酔している様子が伺える。

 酔っ払いが部屋を間違えただけか?

 銃を降ろすと同時に、ガチャガチャとドアノブが無遠慮に回される。

『あかねーぞー、ひっく』

 このまま玄関先で騒がれて目立つのも面倒だ。そう考え玄関の鍵を開ける。

 それからチェーンロックを外し、扉を開き…………。

 

「ドア越しだと録音でも分かりにくいだろ?」

 

 そんな言葉と共に、目の前が光に包まれた。

 

 

 * * *

 

 

「く…………くく………………く、あはははは」

 堪えきれない、そんな様子で男…………王が嗤う。

 そんな王の様子を、姫君が目を細め、名無しが睨む。

「く、あははははははは、くははははははははははははは!!!」

 心底楽しそうに、嬉しそうに、王が嗤い、哂い、笑う。

「負けて帰ってきた割に随分と楽しそうね」

 冷静、と言うよりは冷徹な姫君の言葉に、けれど王はその吊り上った口元を崩すこと無く答える。

「ああ、笑うしかないだろう、数千年探し続けていたものがたった一日で二つも見つかったのだからな」

 やっと見つけた二つの牙。そしてそれの繰り手もまた都合が良い。

 これで自身のものと合わせて五つ。残り二つの所在はまだ分からないが、五つもの欠片が集まったのだ、ならば残りが現れるのも時間の問題だろう。

 ならば次こそは、そう意気込んで…………。

 

「次は、オレだ」

 

 その声に、ピタリ、と場が静寂に包まれる。

 王の嗤い声も、姫君の不機嫌そうな声もピタリと止む。

 名無しにいたっては、ソレの存在感だけで顔面を蒼白にし体を震わせた。

 

 そこにいたのは白く、赤く、黒かった。

 

 月の白。

 

 血の紅。

 

 闇の黒。

 

 王を持ってしてこれほどの存在は数えるほどしか知らないと言わしめる。

 

 正真正銘の騒乱絵札最強。

 

 神霊に匹敵する力を持つ過去類を見ない月の化物。

 

 怪物(ジョーカー)がそこにいた。

 

 

 * * *

 

 

 ドアごと体が吹き飛ぶ。

 それが魔法だと気づいた瞬間、体が臨戦態勢に入ろうとし…………。

「チェックメイトだ」

 言葉と共に、発砲音。直後、体に感じる痛み。

 撃たれた、それを自覚すると共に、その場所が両腕だと気づく。

 狙撃手が腕を封じられた、最大の武器が使えない。それが分かると共に、相手が自身を知っているのだと気づく。でなければ真っ先に腕ではなく頭か腹を狙っているだろう。

 逃げようと体を動かした瞬間、足を撃ち抜かれ床を転がり、起き上がろうとするほんの一秒で頭を足で踏まれ、床に体を固定される。

「だ…………れ…………だ…………」

「誰? 誰ってことはないだろう? 人の心臓撃ち抜いといてよ」

 その言葉で気づく、こいつは…………。

 

「篠月…………有栖」

 

「……………………何?」

 

 呟いた言葉に、自身の頭を踏みつけている少年…………篠月有栖が怪訝な声を挙げる。

「………………お前、何でその名前を知ってる?」

「………………………………」

「答えろ」

 カチン、と後頭部に銃口が突きつけられる。

 

 ああ、やっぱりそうだ。

 

 あの人の言ったことは間違いではなかった。

 

「お前を撃ったのは、あの人から命だった」

「…………あの人?」

 

 やはりオレの死に場所は…………。

 

「あの人からお前に伝言だとよ」

 

 もし生き延びたら、なんて言ってたが、やはりこれを最初から予見していたのだろう。

 

「篠月有栖は一度死ななければならかった。篠月有栖は一度死んで有栖になる」

 

 けれどもし、もしも。

 

「二度死ねば、その時は…………

 

 ――――――――――――」

 

 その一言に動揺した有栖の隙を付き、後頭部に突きつけられた銃に手をやり…………。

 

 パンッ

 

 そのまま、自身の後頭部を撃ち抜いた。

 

 

 * * *

 

 

 人目に付く前にマンションから抜け出す。

 コツン、コツンとアスファルトを叩く音だけがあたりに響く。

「…………………………………………」

 重苦しい沈黙。

 

 始まりはミズチの一言だった。

 

「見つけたよ、サマナー」

 和泉と分かれたしばらく。どんな顔して帰れば良いのか分からず、戸惑いながらあえて回り道をしながら帰っていた時、ふとCOMPの中から現れたミズチが呟いた。

「見つけた? 何をだ?」

「サマナーを撃った人」

 一瞬、思考が止まる。何を言ったのか、今こいつは何て言ったのか。

 即座に理解し、ミズチにどういうことか尋ねる。

「この街が龍脈の上にあるせいか僕の力の戻りも早い、お陰で多少できることが増えてね…………あの時感じた魂と同じものをこの街の中で見つけたよ」

 魂、この場合、マグネタイトの波長とでも言うのだろうか?

 それを、感じ取る?

「龍脈の上にいれば、だけどね。この街の龍脈は誰も管理していないみたいだったから、けっこう自由が利くみたいだしね…………龍脈の上で暮らしている以上、どんな人間でも意識的、無意識的問わずに龍脈の影響を受ける。龍神たる僕はその龍脈を少しだけ操ることができる…………まあ詳しく言っても多分分からないだろうけどね」

「ああ、分からん…………とにかく俺を撃ったやつを見つけた、それだけ分かってれば良い」

 吐き捨てるようにそう呟き、それから怪訝な表情を作る。

「しかし良く見つかったな、この街にだって相当な人間が住んでるが」

 俺の問いに、ミズチが苦笑しながら答える。

「サマナーが撃たれてすぐに見つけてずっと追跡してたからね、サマナーの命を優先したからあの場では言わなかったけど、逃がさないようにずっと気を張ってたんだよ」

「ああ…………そう言うことか」

 成り行きで仲魔にしてしまったミズチだが…………どうやら俺の想像以上の拾いものだったらしい。

「だからさっきの戦闘で召喚するなって言ってたのか」

 病院から廃ビル群に向かう途中でミズチに言われた召喚するな、と言われていたのだが、それもこのためだったらしい。

「で、そいつはどこにいる?」

「うん、案内するよ」

 するり、と人に化けたミズチが俺を先導して歩き出す。

 そのゆったりとした歩みを見ている限り、どうやら相手は一箇所に留まっているのか、急ぐ必要は無いらしい。

 

 そうしてたどり着いたのは街中にあるとある小さなマンション。

 

「ここか?」

「ここだねえ」

 確かに、こういうどこにありそうなマンションなら隠れ家としてはうってつけだろう。

「で? どうするの? まさか正面から行くとか言わないよね?」

 ミズチが首を傾げながら尋ねる。その問いに、俺は笑って答える。

「何言ってるんだ、正々堂々、正面から、罠にかけにいくぞ」

 そんな俺の滅茶苦茶な答えに、ミズチが苦笑して。

「それでこそサマナーだよ」

 そう言った。

 

 そうして踏み込んだマンション、そしてそこで死んだ一人の男の残した言葉。

 

 ぐるぐると頭の中で渦を巻く。

 

「なんで…………なんであいつがあの名前を知っている」

 

 篠月有栖。

 

 だってそれは…………。

 

「俺の…………転生前の名前、だぞ?」

 

 

 

 




そしてついに三章終了です!!
次の四章で前章は全て終了になります。まあ四章入る前に登場人物紹介とか悪魔全書とかあと番外編とかやりますので、四章入るのは年明けかなあ?

設定が複雑って言われた。
正直、その場のノリで増えたものが非常に多いので、実は作者すら把握してない設定が意外とあったり…………。
まあ大風呂敷広げてちゃんと畳めると言われたこともあるので、大丈夫だと思います、うん、大丈夫…………多分。

そして隠すことでもないので言っておくと、今回出てきたジョーカーが四章ボスです。
有栖とアリス、そしてジョーカーが中心となって四章は進む予定。
何故予定ってまだ四章の内容ほとんど考えてないから。



ところで今、オリジナルストーリーのペルソナ二次書こうかと思ってたり。
なんかこの小説って強い敵ばっかり出てくるので、たまにはレベル1からゆっくり成長する話が書きたい。
今設定を煮詰めてるのでそのうち気まぐれに投稿するかもしれません。

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