「ちょ、ま、待った、どういうことだ!?」
聞き逃せない一言に、思わず声を荒げ問う俺の言葉に、真琴が少し首を傾げ。
「だから、今回の七不思議の仕掛け人は、ヤタガラスだってことだよ…………いや、仕掛け人の一人は、かもしれないけど」
「だからどういう思考を辿ったらそうなったのか説明しろ」
俺の問いかけに、真琴がふむと呟き、少しだけ考える素振りを見せる。
そうして思考を纏めたのか、こちらに向き直って口を開く。
「そうだね、まず本当にここが七不思議の一つの場所だと仮定して話を進めるよ? 二人の反応を見たけど、多分間違ってないだろうしね」
そう言って真琴が微笑むと、キラが少しばつが悪そうに顔を背ける。
「さらに前提としてこの場所はヤタガラスの影響を大きく受けた場所だ、これはアリス先輩自身の言ったことだよ。さてそんな場所が七不思議の一つとされている。これまでの廃ビル群や学校の校庭とは違う、立ち入れる人間がかなり制限された場所だ、もしこの七不思議が誰かの意図があって作られているとすれば、こんな場所を選ぶメリットって何だと思う?」
そう言われ、少し頭を捻ってみる。
だが答えは出ない、正直、この場所を選ぶメリットが無い。
七不思議とは、あやふやだからこそ恐怖を煽るのだ、明らかに個人所有の普通のビルを指定しても、何の面白みも怖さも無い。
確かに言葉面こそ一見しただけでは分からないように変えられているが、分かる人間には分かる程度のものだ。
いや、逆に裏の世界の人間にしか分からないと言う点もあるだろうが、だからと言って、それがメリットになるだろうか。
「分からない? そうだね、そもそもそれを考えるためには何のために七不思議を作って広めたのか、それを考える必要があるしね」
そんな自身の様子を読み取った真琴の苦笑に、頬をかく。
「じゃあ仮にさ、どういう目的があるかは分からない、けれど何らかの目的があってこの七不思議を広めている存在がいるとする。その誰かはボクたちも知っての通り、実際に悪魔を知っている人間の可能性が非常に高い」
廃ビル群や、校庭での出来事を考えるに、この七不思議は確かに悪魔が関係している。可能性ではなく、確定だ。
そしてそれを意図的に広めているのなら、当然何が起こっているかも理解しているだろう。
「そんな相手に対して、アリス先輩ならどうする?」
「どうするって…………」
「言い方が悪かったね、この街で悪魔関連の何かが起こるかもしれない、そんな風に思ったならアリス先輩がヤタガラスの立場ならどうする、ってことだよ」
その場合、当然ながら調査だろう。ヤタガラスは護国の立場だ。裏の世界の…………悪魔の存在を表に知らしめないように苦心する立場。
それを告げると真琴が一つ頷きさらに話を続ける。
「じゃあ調査はした、何かあることは確定した、その上で犯人とその意図が分からない。なら…………どうする?」
続けざまの問いに、けれど答えは出ない。
さすがにその領域の思考は自分には出来ない。
そこは自身の領分ではない。だが真琴にとってはそここそが自身の領分なのだろう。
「そうだね、例えば犯人の意図はどうあれ七不思議を媒介に何かをしようとしているのは分かっているのだから、余計なものを付け足してみてはどうだろう?」
そこまで言われ、ようやく自身にも理解が出来た。
「だからここか、この場所なのか」
ヤタガラスの干渉の及ぶ、七不思議の舞台としては
噂と言うのは意図的に広めるのは簡単だが、故意に沈めるのは難しい。
一度広まった七不思議はそう簡単には収まることは無いだろうが、逆に言えばこちらも広めてみれば犯人側だって簡単には収めることは出来ない。
「この思考…………キョウジだな」
別の噂を作ってそちらへと興味を移す、七不思議を暴いて何も無い風を装うなど、他にも手段はあった中で、あえて犯人の意図に乗って相手の真意を探っていくようなこの攻撃的な手法、間違いなくキョウジのやり口だ。
「アリス先輩がそう言うのなら多分そうなんだろうね。残念ながらボクは葛葉キョウジについてそれほど知らないからね、判断についてはそちらに任せるよ」
真琴がそう呟きつつ、天星とキラへと振り返り。
「さて、どうだい? ボクの推察は、当たりかい?」
そう問う。天星のニヤニヤとした笑みと、キラの引き攣ったような笑みが対照的だった。
* * *
「邪教の館…………後は森らしいぞ」
キラたちの反応から、真琴の推理に確証を得た俺は、邪教の館を出るとすぐにキョウジへと連絡を取った。
『ほう、もう気づいたのか…………いや、それとも気づいたのはメイスンのほうか?』
などとあっさり認められた時はさすがにイラッと来たがそれは置いておいて。
キョウジから得られた情報は次の通りである。
一つ、キョウジたちが流した七不思議は二つ、邪教の館を題材とした百貨店の噂、そして森を題材とした噂。
一つ、これに対して他五つの噂を流しただろう犯人からのアクションは特に無い。
一つ、キョウジ側で把握している七不思議の実態は三つ、内二つは俺たちが報告したものであり、これについては後日まだ別の人間が調査するらしい。
一つ、残り一つは病院。七不思議の中で言うところの、死体安置所で動きだす死体、と言うやつだ。
「ふむ、思ったより情報が出揃っているね」
「七不思議の中で分かっている六つのうち五つがこれで判明したわけだな」
キョウジからは残りの一つ、別世界へと繋がる抜け道、について調査して欲しいと言われている。
「けれど、別世界へと繋がる抜け道、かあ…………」
「……………………解釈の一つとして考えて欲しいんだが」
そんな俺の呟きに、真琴がふむ? と首を傾げ、そうしてこちらに耳を傾けてくる。
「別世界ってのは、異界のことじゃないか?」
今回のことを悪魔関連の事件として見た場合、そう解釈することが出来る。
そんな自身の考察に、真琴が何か考え込み。
「ならアリス先輩、もし先輩の考えが正しかったとして、これ、どこのことだと思う?」
「…………もしそうだったとしたら」
この街の異界は森の奥にある葛葉の修験場か、もしくは吉原高校の旧校舎にある異界、後は現ビジネス街にある異界の三つくらいだろう。
その上で、修験場は当然ながら葛葉の管轄下。そして吉原高校旧校舎の異界もヤタガラスの管理下。と、なると…………。
「現ビジネス街にあるやつだな、あれも一応ヤタガラスによって規模が調整されているとは言え、特に重要な場所でも無いので新人サマナーたちのために解放されている、一番何か仕込みやすい場所だ」
「ふむ、それなら行ってみようか」
真琴の言葉に一つ頷き、二人で現ビジネス街へと向かった。
* * *
現ビジネス街。過去旧ビジネス街がまだ隆盛を保っていた時代に、ほとんど手付かずだった土地の数々を買い取ったいくつかの企業が中心となって、駅の移転で旧ビジネス街が廃れると同時にその規模をどんどんと拡大していったこの吉原市最大の人口密度を誇る場所である。
立地だけ見れば旧ビジネス街と比較しても駅との距離は変わりはしないのに、こちらだけがどんどん拡大していくのは理由がある。
と言っても簡単な話で、この現ビジネス街が吉原市と一つ上のほうにある市との境目近くにあり、すぐ近くに別の市の駅があるせいでそちらから人が流れてきているのだ。
二つの市から人が大量に流れ込んでくるせいか、この場所は存外に人の情念が渦巻いており、悪魔が発生しやすい場所となっている。
そこで発生した悪魔が異界へ収束するように、ヤタガラス側で管理された異界が一つ用意されているのだ。
異界の中は環境が人の世界より、悪魔たちの世界に近いとされている。そのせいで悪魔は異界のほうが生きやすいらしく、力の強い悪魔は異界を作ろうとするし、弱い悪魔は作られた異界へと集まってくることが多々としてある。
ヤタガラスの側も下手に異界を潰して、野に放たれた悪魔たちによって人間が次々に襲われるなどという事態は避けたいものであり、さらにそれほど規模の大きい異界ではないので、新人サマナーたちが訓練したり、仲魔を見つけたりするのに格好の場所となっているため、両者の利害は一致し、現在に至るまで残されている。
「確かここだったはずだ」
見上げるのは、並び立つビル群の間にある裏路地。
そのマンホールを開いた先にある、地下通路だ。
「地下、かい…………これは確かに普通じゃ見つけられないね」
「地上じゃ普通の人間も紛れ込む可能性があるしな、さすがにそんな危険なところにヤタガラスも作らねえよ」
一歩。異界の中へと踏み入れる。
瞬間、景色が一転する。
「ここが異界ヨコマチだ」
そこは一つの街だった。
狭い狭い道が一本、真っ直ぐに伸びている。その脇にどこか古めかしい背の低い建物が並び赤い提灯が暗い薄闇の景色の中で浮かび上がっている。
昭和か大正にタイムスリップしたような錯覚すら覚えるそこは、ここが異界だなんて信じられないくらい営みや生活臭に溢れている。
「えっと…………ここが、異界?」
さしもの真琴も戸惑った様子でヨコマチを眺めている。
「ああ、異界だよ。平穏を求めた悪魔が多く集まり、訪れるサマナーや悪魔を相手に商売を始めた結果いつの間にかこんな風になってたらしい」
勿論買い物もできる。人間の通貨では無く、
「つっても本質的には悪魔だ。騙す、脅す、襲う、なんでもあり場所だ。全員が全員、平和主義ってわけでも無いしな、あまり油断してるとばっくり行かれちまうぞ」
そんな自身の忠告にこくこくと頷きながら、さらに一歩、足を進める。
そうしてヨコマチの入り口にあたる門を潜る前に。
「出て来い、アリス」
SUMMON
「はーい」
COMPから呼び出したのは、俺の唯一の仲魔であるアリスだ。
そんな俺の行動に真琴が不思議そうにこちらを見てくる。
「示威行為だ。こいつ出しとくだけで厄介事が向こうから避けていく」
「調査目的なのに脅してどうするんだい?」
少しだけジト目の真琴だが、けれど俺は首を振る。
「残念ながらそれは人間相手だな」
この後輩は、確かに探偵としては優秀だが、サマナーとしてはまだまだだ。
「悪魔になめられたら付け上がらせるだけだ、あいつら相手に自身の意見を通したいなら絶対に力を見せつける必要がある」
それが武力なのか、知力なのか、それは悪魔によって違うが、どの道、自身が対話するに値する人間であることを示さないことには、交渉の糸口すら見つからないのが、悪魔と言う存在だ。
「
アリスの頭にぽんと手を載せてそう告げる。とにかく人間とは違う相手なのだ、コミュニケーションの取り方だって違う。
「その辺、人間を相手する感覚でやってると痛い目見るぞ、例えどれだけ人間に見た目が近くてもな」
行くぞ…………真琴にそう言って、アリスと共に門を潜った。
* * *
カチン、と音を鳴らしライターに火が灯る。
咥えた煙草の先端を火に近づけてやると、先端が燃え、すぐに煙が溢れてくる。
右手の指二本で煙草を持ち、深く息を吸い込むと、紫煙が肺に充満していく感覚。
数秒息を止め、紫煙を十二部に堪能すると同時に、深く息を吐き出し口から煙が溢れていく。
さて、今日何本目だっただろう。
そんなことを考えつつ、机の上に投げ出した足を組みかえる。
先から落ちそうな煙草の燃え滓を灰皿に落とし、もう一度咥える。
と、その時。
「私は問う、落ち着かないのかと?」
かけられた声に、少し考え。
「いや…………そうじゃない」
簡素に答える。
そうじゃない、そうじゃない、そうじゃない。
「私は思う、けれど兄様から電話が着てから喫煙量が増えたように見える」
良く見ている、と苦笑する。
確かにすでに三本目。いつもよりペースが速い。
そう言われれば確かに普段通りである、とは言いがたいかもしれない。
けれどそれは、先ほどの電話の主が心配だからだとか、そんなくだらない理由ではない。
「嬉しい、のかもしれないな」
ふと零した内心。
そうして同時にすぐにしまった、と後悔する。
これは彼女に聞かせるべきことでは無かった、と。
「私は問う、何が嬉しいのかと」
だがもう今更か、とも思う。
少なくとも、自身の後継として育てようと思った。そうして育ててきた。
だからいつかきっと、自身は…………。
「そうだな…………追いついてきたな、とな」
きっといつか、彼を殺そうとするだろう。
思ったより巻けた。あと三話くらいで終われるかも。
《告知》
活動報告にも書きましたが、新しくメガテンの安価型小説書きます。
毎週土日のどちからに更新して行く予定です。
とりあえず記念すべき第一話は明日28日土曜日の夕方6時に投稿するので、よければ参加していってください。