「…………………………やっぱりだ、間違いない」
机の上に広げた地図、そこにつけられた赤丸を一本ずつ線で結んでいく。
旧ビジネス街。
赤木小学校。
現ビジネス街。
邪教の館。
市外の森。
駅南の病院。
これら全てを点と線で結べば。
「結界だ」
一つの楕円となる。
実際、異界を起点とした結界と言うのは帝都内にも多くある。
異界と言うのは、ある意味魔力の塊にも似ている。
空間そのものが魔界に近いそこは、それ単体で霊的な意味を持つ。
それを点と線で結ぶことにより、一つの霊的なバイパスを通す。
「だから増えた七不思議に対してアクションが何も無かったのか」
そこに生まれた円を、一つの結界としての作用を持つ。
「多少歪であろうと、結界が張れているなら、どこでも良いってことかよ」
しかもこれは…………。
「歪だがこれは…………六芒星か?」
起点六つを点と線で結び特定の順序で描けば、これは確かに六芒星に見えなくも無い。
だが六芒星はそれ単体では特に意味の無い図形である。
これに何の意味が?
「…………いや、もしかしてこれ、籠目か?」
魔除けの効果があるとされている。それが実際にあるかどうかは知らないが…………。
「伝承があるなら、そこに意味が生まれる」
この籠目は、この結界から魔を払うためにもの?
魔を払う? だが実際にはモウリョウ、チェルノボグ、オンギョウキなどの悪魔が増えている。
何かおかしい。何がおかしい? 何か違和感を感じる。
「…………くそ、分からん。こういうのは探偵の仕事だろ」
少しだけ嫌な予感がする。
それは思ったより規模が大掛かりだったこともあるし、ただの直感的な部分もある。
だがデビルサマナーの勘は大事にしたほうがいいとキョウジからも教わったことがある。
すぐに動いたほうがいいかもしれない。
「…………まだいけるな」
時間を見る。十時過ぎと言ったところか。
携帯を取り出し、番号を打ち込んでいく。
餅は餅屋…………こういうのはあの名探偵にでも任せてしまおう。
そう、考えて…………けれど電話は繋がらない。
「…………寝てる…………わけないよな?」
以前、割合遅くまで起きていると言っていたはずだ。もう寝てる、なんてこと無いはずだが…………。
いや、そもそもだ、呼び出し音すらならない。
電源が切れているのか、それとも
「……………………まさか、だよな」
さすがにその可能性は無いと信じたい。
だが電話は繋がらない。
嫌な予感が止まらない。
「……………………糞ったれ!」
思わず毒吐き、そうして家を飛び出す。
頼むから、ただの考えすぎであってくれ、そう信じながら。
* * *
扉を開けた先にあったのは、暗い暗い空間だった。
暗くて奥までは見渡せないが、見える限りではそれなりの広さがあるようだ。
「…………どうして駅の地下にこんな空間が」
分からない、分からない、分からない。あまりにも未知過ぎて、推理の仕様が無い。
情報が足りない、推理するための情報が。
だがあからさまに怪しい場所だ、何かあるのは間違い無い。
と、その時。
ひゅう、と何かが横を通り去る音が耳元で聞こえる。
「っ!?」
驚き、びくり、と肩を震わせそちらを見る。
一匹のモウリョウが部屋の中央へとすうっ、と吸い込まれていくのが見えた。
「…………当たり、だね」
どうやらここで間違いは無いらしい。
今更ながらに緊張してきた。
と言うか、勢い任せに来てしまったがよく考えれば何と言う危険なことをしてしまったのだろう。
「…………今から戻れるかな?」
ふと振り返る。
そこに不気味に揺らめく何かが浮かんでいた。
「!!!!!?!?!!!?」
驚きのあまり、声を上げることすら出来ず。
その何かが自身へと近づいてきた瞬間、体から何かが抜けていく感覚と共に、自身の意識もまた薄れていった。
* * *
「いねえ!」
どん、と門を叩くとがしゃん、と音が鳴る。
だが誰も反応はしない。当たり前だ、目の前の電灯の消えた真っ暗な建物が全てを物語っている。
あそこで解散した以上、どこかに寄り道していてもとっくに戻っていておかしくない時間帯だ。
真琴は住宅街の南のほうにある小さな空き家だった場所に住んでいる。
つまり帰宅するまでの時間は俺と同じくらいのはずだ。
こんな時間帯に何か用事? 中学生が?
だとしたら何故携帯に出ない? それも電源が切れているか電波が届かない状態になっている。
あの時だけならともかく、ここに来る途中何度も電話したが、一度も繋がらない。呼び出し音すらならない。
帰る途中に何かあった。
そう考えるのが最も自然だ。表沙汰になっていないだけで、今の吉原市で何者かが何かを現在進行形で企てているのは分かっていたのだから。
「だとすれば…………どこだ?」
真琴はどこに消えた?
何者かに襲われた?
否、現ビジネス街から真琴の家までは駅前を通ることもあって、人通りが非常に多い。
しかも解散した時間を考えると、会社帰りのサラリーマンたちとちょうどカチ合う時間だ。
つまり、誰にも目撃されることも無く真琴を襲い、連れ去ると言うのは難しいと言わざるを得ない。
もしそんなことになっていれば必ず何か騒ぎになっているはずだ。
だが現状、至って平穏のままだ。テレビやネットなどでも騒ぎになっている様子は無い。
だとすれば…………逆に考え方をしてみよう。
連れて行かれたのではない、自分から向かったのだとすれば?
自発的な行動なら、逆に人の多さに紛れて真琴一人の印象など薄れるかもしれない。
まああれだけの容姿だ、逆に人目に残っている可能性もあるが、それでも一々どこに向かうのかなど気にしないだろう。
「…………こっちだな」
恐らく後者だ。とにかく今は自発的に動いたと仮定して、だとすればどんな状況なら真琴が自発的に行動したのか、それを考える。
何かあった? 否、先ほども言ったが何かあれば人目に付かないはずがない。
ならば…………何か閃いた? 否、だったら俺に一言連絡を入れて二人で確認してみればいいだけだ。
そう、俺に連絡が無かったのだ。
戦力や安全性を考えれば、俺を連れて歩かない理由など真琴からすれば無いはずだ。
つまり、俺を呼ばないメリットは無いと言っても良い。
基本的には呼ぶ、その基本から外れてしまった、と考えるべきだろう。
つまり例外的状況。
例えば…………何か見てしまった。
「…………そう、例えば、この事件の犯人、もしくは手がかりを見つけたのはいいが、それが何かの理由で紛失しそうになった、いや、寧ろどこかに運ばれていた?」
さすがに犯人を見たとかならば危険性を考えて俺を呼ぶだろう。焦っていても、その程度の判断力はあるはずだ。
と、なれば…………何か手がかりを見つけた?
いや、待て…………運ぶ?
「……………………そうか、吸収だ!」
その時、ふと気づいた。
あの地図を見ていて感じた違和感。
「吸収の術式の陣がどこにも無いんだ」
地面へと吸い込まれたモウリョウ、マグネタイトの抜き取られたチェルノボグ。
つまりこの事件の犯人は、七不思議の場所にいる悪魔、もしくはそれに準じるものをわざわざ自分で配置しておいてそれらからマグネタイトを抜いている。
モウリョウのようなマグネタイトの塊のような存在だからこそ、その姿ごと吸収されていった結果があの地面へと消えていく姿だと考えれば、色々辻褄も合う。
そして吸収したと言うことは、どこかに吸収したマグネタイトを受け取る存在がいるはずだ。
それがどこにいるのかは分からない、だがその吸収されていくマグネタイトの流れを見てしまったと考えればどうだろう?
例えば、モウリョウなどが目の前で吸い込まれていけば、それを追っていこうとするかもしれない。
そしてその結果、電波の届かない場所に行った。そうすれば今の事態にも有る程度説明は付く。
もしこの考えが正しいとするならば…………。
「真琴は元凶の近くにいる…………やばいぞ、これ」
それの危険度がどれほどかは分からないが、これほど大掛かりな仕掛けをした犯人がその大元に何の仕掛けもしてないとは思えない。
「くっそ…………無事でいろよ、真琴」
毒吐きながらもその身を案じ…………そうして夜の街へと走り出した。
* * *
ぼんやりとした意識の中でふと悪魔は考える。
目の前で倒れ伏した一人の人間について。
とは言うものの、悪魔が覚えている範囲など、極々最近のことだけなのだが。
はて、一体自分はいつからここにいるのだろう?
そんなことを考えてみるが自身の最初の記憶はすでにこの場所からだった。
それはともかく、目の前の人間である。
悪魔の知る限り、初めてこの場所で起きた明確な変化である。
迂闊にこの場所に来たせいで、自身にマグネタイトを多量に抜かれ、現在気を失っている。
さて、この人間をどうしよう…………と言うのは別にどうでもいい。
まあだからと言って、何か明確にしなければいけないことがあるわけでも無いのだが。
考える、考える、考える。
どうせそれ以外にすることは無いのだから。
それ以外をすることを許されていないのだから。
退屈だ。
鬱屈とした内心を吐き出すように、悪魔は目の前の人間を無視してふらふらと闇へと消えていった。
* * *
考える、考える、考える。
考えて、考えて、考え抜く。
どこで真琴は消えた?
マグネタイトの集積地点はどこだ?
俺は一体どこに行けばいい?
焦りが思考を空回りさせ、時間ばかりが流れていく。
「くそっ、くそっ、、くそっ」
何度と無く毒吐く、だが答えが出ない、だから走る、走って、走って、走る。
それしか出来ないから、なんて無力なのだろう。
焦る、焦る、焦る。
焦りばかり生まれていく。
どこだ、どうすればいい、どうしよう、何とかしなければ。
思考は回る、回って、回って、そのまま空回る。
それが余計に焦る。
息が切れる、足を止める。けれど思考は止まらない。止まらないままに空回る、いっそ無残なほどに。
だから、直前まで気づかなかった。
「有栖」
呼び声、そしてトンと背中に感じる感触。
いつの間にかCOMPから抜け出したアリスが背後から忍び寄り、自身の背に飛びついてきた、それだけの話なのだが、自身がそれに一切気づかなかったことが問題だった。
それほどまでに、今の自身の意識は散漫だった。
「…………アリス? お前、なんで勝手に出てきて」
「有栖…………おちついて」
「っ!」
耳元で囁かれる感情の無い声に全身から一気に熱が抜けていく。
そうして熱の抜けた頭で先ほどまでの自身を反芻し…………思わず顔の手を当てる。
「…………悪い」
「いいよ、がんばって、さまなー」
端的な言葉に苦笑する。苦笑するだけの余裕が生まれる。
と、同時に背中から重さが消えていく。それを少しだけ物足りなく思いつつ、再び走り出そうとして…………足を止め、立ち止まる。
どう考えたってこの広い吉原市を走り回るより考えて候補を絞ったほうが早い。
だから考える、どこへ行けばいいのか。
まず前提。
あの七不思議はこの街に結界を張るためのものだ。
結界の種類としては、恐らく籠目を編んだ魔除けの類のものだと思われる。
そして同時に、どこかに吸収の術式を隠し、七不思議のある地点からマグネタイトを吸収していっている。
真琴はどこかで何らかの光景を見つけ、自発的にそれを追っていった。
「……………………は、はは」
前提条件を並べ直し、そして思わず笑ってしまう。
一体自分は今まで何をやっていたのだろう、あまりの馬鹿さ加減に最早笑いしか出ない。
「………………駅だ」
結界の…………籠目の中心にあり、そして真琴の帰宅路とも一致する。
どうしてこんな簡単なことに気づかなかったのだろうか、否、それほど焦っていたのだ。
駅のどこか、かは分からない。と言うか、あくまで駅の辺り、であって、本当に駅かも分からない。
そもそも本当に駅なら今頃、誰かが目撃している可能性だってある。
だとすれば……………………。
「電源が入ってないんじゃない、単純に電波が届いてない…………地下?」
駅の、地下…………恐らく地下鉄線よりも更に下。
そこなら確かに誰にも目撃されないだろうし、そこへ真琴が向かったのなら確かに電波も届かない。
「地下鉄線の更に下なんて、どうやって行くんだよ!?」
毒吐き、けれどようやく見えた活路に、全力で走り出す。
帝都の夜はまだ終わらない。
本日学校卒業。投稿ペース…………うん、速くなるといいね(