有栖とアリス   作:水代

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真琴と暴威

 

 

 パン、と短く乾いた音が鳴る。

「ヒヒヒヒヒヒひひひヒヒヒイヒh――――」

 音が鳴ると同時に、ジャックランタンが仰け反る。

 

 戦うしかない。

 

 それが俺が出した結論だった。

 

 それも相手が攻撃してくるより早く。

 

 幸い、と言うべきか、こう言うケースも想定して武器弾薬はしっかり持っている。

 氷結弾、氷結属性の概念が付与された魔弾でジャックランタンを撃ち貫く。

 ダメージの大きさはともかく、通じてはいるらしく、弱点属性を突かれた敵が僅かに動きを止める。

 

 時間はかけられない。

 

 出し惜しみもできない。

 

 賭けるなら一発で、最大の物を。

 

「アリスゥゥゥゥゥ!!!」

 そんな俺の叫びに答えるように。

「メギドラオン!」

 コンセントレイトからのメギドラオン。今出せる最大火力を叩き込む。

 

 けれど。

 

「ひひひひひひhヒヒヒヒヒヒヒヒヒhひひひひひひひひひひひひひhヒヒヒヒ」

「くそったれが!!!」

 それは先ほどもやった。だが大きなダメージにはならなかった。

 そんなこと、百も承知。けれど現状のアリスでこれ以上に火力が無い。

 だから、縋るしかなかった。これで倒れてくれる、と言う可能性に。

 けれど、そんな意味の無い祈りなで、現実はあっさりとへし折ってくる。

 

 メギドラオン

 

 煌くランタン。もう一度床を掘って逃げるか、一瞬の思考。けれど最早遅い、遅すぎる。

 逃げるなら銃弾を撃ってすぐに逃げるべきだった。最早機会は失われた。

 

 一瞬で部屋を焼き尽くす熱が全身を襲う。

 

「があああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ。口を開けば喉まで焼ける。それでも叫ぶ。

 けれど、それでも、腕の中の少女だけは守ろうと抱きしめる。力いっぱい抱きしめ。

 

 そして。

 

召喚(サモン)

 

 目の前に巨大な壁が現れた。

 

 

 * * *

 

 

 はて、自分は一体何をしていたのだろうか。

 

 七瀬真琴は薄ぼんやりとした意識の中で考える。

 誰かの腕の中にいる感覚。ごつごつとした無骨な感じ、多分男。

 けれど不思議と嫌悪感は無い。それはきっと、抱きしめられた彼の体の温かさに包まれていたから。

 ぼやけた視界の中、彼を見る。

 焦っている、それが分かる。

 それと同時、揺れている。恐らく自身を抱えたまま移動しているのだと推測される。

 ただ方向性は適当そうだ、移動するたびに僅かな逡巡がある。

 焦っていて、移動している、けれど行き先は決まっていない。

 

 逃げている?

 

 そんな考えに突き当たるのはすぐだった。

 ゆっくりと、目を開いている。

 暗い。

 まず最初に思ったのはそんなこと。

 けれどすぐに明るくなる。

 それが何なのか、ぼんやりとした頭が理解するのは少し遅れてから。

 

 火だ。

 

 燃えている。

 周囲が。

 よくよく落ち着いてみれば、熱さも感じる。

 

「くそったれが!!!」

 

 そこではっとなり、意識が完全に覚醒する。

 すぐに現状を把握する。

 自身を抱きかかえるアリス先輩。そしてその視線の先にはカボチャ頭の悪魔。

 

「ひひひひひひhヒヒヒヒヒヒヒヒヒhひひひひひひひひひひひひひhヒヒヒヒ」

 

 ソレの不気味な笑い声を聞きながら。

 

 その手に持ったランタンが煌く。

 

 不味い。

 

 アリス先輩の焦った表情、そして嘆いたような声。悪魔の様子、それらを見て、推理するまでも無く悟る。

 

 何か来る。

 

 だから。

 

「契約を…………果たせ…………最悪の暴威…………怪物たちの王よ」

 

 部屋を燃やしつくし、襲いかかる熱。

 

「メイスンの名の下に…………命ずる」

 

 響くアリス先輩の絶叫に、歯を食いしばりながら。

 

召喚(サモン)

 

 食い込ませた右手の親指の爪が、人差し指の指先の切り裂き、一滴の血を落とす。

 

 そして。

 

「グギャアアアアアアアアアアァァァァァァァ」

 

 暴威の王が呼び出されれた。

 

 

 * * *

 

 

 部屋を埋め尽くす機器を破壊しながら一歩、脚を踏み出し吠える怪物。その巨体は天井を突き抜けるのではないか、と言わんばかりであり、その咆哮は部屋中を震わせていた。

「…………ぐ…………が…………まこ……と……?」

 それが、自身の後輩が召喚した悪魔だと言うことに気づき、すぐに腕の中の後輩を見る。

「アリス先輩…………大丈夫かい? すまない、ボクのせいだね」

 腕の中から抜け出し、自身の様子を見て顔をしかめる後輩に、大丈夫だ、と息絶え絶えながらに返す。

「あり……す………………大丈夫、か」

 傍らに倒れ伏す自身と同じ名の少女に問いかけると、ぴくり、と僅かながら手が動く。

「…………だ、だ……いじょう……ぶ…………」

 自身もアリスも、満身創痍と言った感じではあったが、それでもまだ生きているのなら問題無い。

「少しの間、攻撃を食い止める、だからアリス先輩は早く回復を」

 その言葉と共に、真琴が目の前の巨体の怪物に手を触れる。

「お願いだ、少しの間、ボクたちを守って」

 その言葉に、怪物が答えるように咆哮を上げる。

 

「…………ぐ…………真琴…………こいつ、は?」

 そんな自身の問いに、真琴が僅かに顔を歪めながら。

 

暴威の怪物(テュポーン)、だよ」

 

 告げられたその名に、すぐさまキョウジに叩き込まれた知識がヒットする。

 そして同時に驚愕する。

 何故ならその名は。

 

 ギリシャ神話最強最悪の怪物の名である。

 

 

 * * *

 

 

 メイスン家は探偵の家系である。

 正確には“悪魔”探偵の一族だ。

 まだ二代目、真琴が受け継げば三代目とまだ歴史の浅いメイスン家だが、初代より受け継がれるものが確かにある。

 一つが地位や栄誉、財産などの表世界の物。

 ただこれは実際に受け継いだ時、つまりまだ二代目が健在の現状ではまだまだ先の話だ。

 けれどもう一つはすでに二代目メイスンから三代目たる真琴へと受け継がれている。

 それが初代の仲魔。

 

 初代フォーレス・D・メイスンには二体の仲魔がいた。

 否、二体しか仲魔がいなかった。

 

 一体は堕天使“助言者”クロケル。

 

 フォートレスの智を補佐するための悪魔。

 人に助言を与え、そして謎と解を至上とする悪魔。

 クロケルの役目はヒントを与えることだ。与えられたヒントを推測し、推理し、答えを導くのは探偵の仕事である。

 

 そしてもう一体が、邪龍“暴威の怪物”テュポーン。

 

 フォートレスの力となって戦うための悪魔。

 悪魔探偵とは悪魔を使役する探偵…………ではない。

 悪魔が起した事件を解決するための探偵である。

 当たり前だが知恵だけで全て解決できるはずも無い。犯人となる悪魔を探し出すまでは知恵の領分。

 だが悪魔が関わる事件がそれだけで終わるはずも無い。

 当然と言えば当然だが荒事にも関わる必要が出て来る。

 

 だからこそ、この怪物を使役できるようにならなければならない。

 

 この怪物を完全に制御できるようになること、それこそが初代メイスンが子孫たちの課した悪魔探偵の後継たる条件である。

 

 

 * * *

 

 

 アリス先輩には一度だけ漏らしてしまったことがあるが。

 

 真琴には現在二体の仲魔がいる。

 

 一体はクロケル。真琴を導く助言者。だが完全に制御できていないせいで、与えられる助言の内容や数はクロケルの匙加減で決められている。だが実質的にリスクは無い。だから真琴もクロケルの存在は頻繁に使う。

 

 だがもう一体、ティポーンに関しては、滅多に使わない、これまで生きてきた十三年の中で、実質使ったことは一度だけである。

 クロケルすら制御できていないのに、ティポーンのような強大な存在を操れるはずも無く。

 

「っぐ…………ああ…………」

 

 全身から血が噴出す。それは代償である。

 弱者の身で悪魔を弄ぶ代償。

 ティポーンを完全に操れていない真琴が、それでもテュポーンを暴走させないようにしようとするなら、足りない何かを補うしかない。

 そしてそれは、自らの生命力を削る、と言う形で補われている。

 

「マハザンダインだ」

 

 命ずる、そして命じたままに怪物が嵐のような暴風をジャックランタンへと叩きつける。

 直後、全身を激痛が襲う。指先が切れ、血が流れ出してくる。

 そしてお返し、とばかりにランタンが煌く。

 

 メギドラオン

 

 灼熱が怪物へと襲いかかり、その身を焦がしていく。

 だが怪物はその巨体に降り注ぐ熱を物ともしない。

「やれ、暴威の怪物。叩き潰せ」

 その命令に怪物が矢鱈滅多らに暴れ回り、小柄なジャックランタンはその暴威に飲み込まれる。

「gなsりおんほんひおsrぽいghswsりおhjんそいせhんrへdんろんhgrsぐおんsろうgんws」

 さすがにこれは効いたのか、ジャックランタンが悲鳴染みた叫びを発して、後退する。

 と同時、真琴の目から血涙が流れ出す。

 

 これ以上は不味いかもしれない。

 

 真琴の命の限界が近い。そのことに真琴自身が気づいている。

 後方のアリス先輩を見る、銃に弾を込めている最中で、こちらに気づく様子は無い。

 

「…………トドメを差して」

 

 これ以上は本当に命が危ない。

 それが分かっていながら、けれど真琴は躊躇することなく命じた。

 それは負い目のようなものかもしれない。

 背後の少年が、どうしてあそこまでボロボロなのか分かってしまったから。

 その原因が自身にあることが理解できてしまったから。

 だから、命を賭けてでも守ろうとしているのかもしれない。

 

「やれ、テュポーン!」

 

 そうして命じられた怪物が、少女の命を削りながら動き出そうとした…………その瞬間。

 

「sdんりhそjrんほいswんれおいyhんwそhんrwshwsんhごwsのrんswじょんgwsんrじおgwshんろshごsろんほrsdんrgほrjsw」

 

 ジャックランタンが何かを叫ぶ。

 

 と、同時、周囲の壊れた機器が火花を放ち始める。

 そして直後、それに気づいたアリス先輩が顔色を変える。

 

「真琴!」

「っ!!! 守れ!!!」

 

 アリス先輩の声に、咄嗟に命令を変え、怪物に全力でその身を守らせる。

 直後。

 

 視界が白一色で塗りつぶされるかと錯覚するような光。

 

 何もかもが静止したかのような静けさが広がる。

 

 それはまるで嵐の前の静けさのように、次の一瞬にやってくる物の恐ろしさを示していた。

 

 死んだかもしれない。

 

 ゆっくりと、走馬灯のようにスローペースに流れる時間の中でそんなことを思い。

 

 ()()()、|何()()()()()()()()

 

「………………は?」

 思わず出た声に、けれど答える者は居ない。

 代わりに響いたのは。

 

「ひひひひひヒヒヒヒhイヒヒヒヒヒヒヒhイヒヒhイヒヒヒヒヒヒヒヒhいひひひひひひっひひひ」

 

 狂ったような叫び声。

 

 そして破裂せんばかりに輝くランタンの煌き。

 

 限界と言うか、最早臨界と言う言葉を彷彿とさせるその輝きに、嫌な予感を覚えたのは直後のことだった。

 

「守れえええええええええええ!!!」

 

 獣の眼光

 獣の眼光

 メギドラオン

 メギドラオン

 メギドラオン

 メギドラオン

 

 視界が紅蓮に染まる。

 塗りつぶされる紅、紅、紅。

 そして鼓膜を破らんと発せられた爆音。

 

 体への負担が一気に解除されるのが分かった。

 

 それはつまり。

 

 あの暴威の怪物が、今の一撃でやられたと言う事実に他ならなかった。

 

「あ…………う…………あ…………」

 

 最早言葉も出ない。

 そうして絶句し、完全に硬直している自身の視界の先でジャックランタンが狂ったように嗤う。

 そしてすぐに気づく。その手に持つランタンに光が集まっていると。

 部屋の奥にある上へと伸びる柱、それが光り、剥離してランタンへと集まってくる。

 そして光が混ざると同時に輝きを増し、そして膨れ上がる威圧感。

 一体どこまで膨れ上がるのか、次々と光が集まってき、その度に光度と威圧感が増す。

 

 このまま溜め込み続ければ、もしかして、この街一帯全てを吹き飛ばすのではないだろうか。

 

 そんな予想も、決して間違いだとは言えないだけの迫力がそこにはあった。

 

 動けない、余りにも予想外過ぎて、手も足も、ぴくりとも動かない。

 

 つまりそれが差なのだ。

 

 ここで一歩たりとも動けなかったボクと。

 

 冷静に、弾を込め終えた銃をジャックランタンの手の中のランタンへ向け。

 

「アリス」

「メギドラ」

 

 彼の仲魔が床に大穴を空けるのと。

 

 パァン

 

 銃弾が発射されるのは、ほぼ同時だった。

 

 ぐい、と、彼に手を引かれ、共に穴へと落ちて行く。

 

 すぐに見える下の階。けれど彼は命じる。

 

「アリス」

「メギドラ」

 

 さらに下へ下へと落ちて行く、落ちて行く、落ちて行く。

 

 直後。

 

 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ

 

 上層から凄まじい音が響く。

 

 すぐに理解する、ランタンに蓄積された莫大なエネルギー。

 今にも暴発しそうな、すでに臨界点を超えたあのエネルギーに、放たれた銃弾がランタンを貫き、暴発させたのだと。

 

 まだ都市一つ破壊しつくすほどのエネルギーは無かったかもしれない。

 

 けれど、この地下を丸ごと吹き飛ばす程度の威力はあるだろうことは簡単に予想できる。

 

 それと同時に、地下へと逃げているのはそのためか、とも。

 

 けれど追いつかれる、溢れ出たエネルギーの奔流が上層諸共消し去りながら、迫り来る。

 

「アリス、今だ…………全力でぶっぱなせ!!!」

「メギドラオン!」

 

 並みの悪魔なら存在ごと消し飛ばしてしまいそうな、強大な魔法。

 けれどこの莫大なエネルギーの前には蟻が象と力比べすぐかのような矮小さしかない。

 

 だから、きっと最後に必要なのは。

 

「真琴…………頼んだ」

 

 そうして告げる彼に、ボクは頷き。

 

 さあ、仕上げだ。ボクの命全部を使ってでも良い。

 

 もう一度だけ呼び出されてくれ。

 

 そんなボクの内心の声を知ってか知らずか。

 

 アリス先輩がぐっとボクを抱き寄せ。

 

「後で謝るから、とりあえずは生きろ」

「ん?!」

 

 そう告げて…………唇と唇を合わせた。

 

 




二時間で書きあがったかあ、久々にいいペース。
まあ眠いので、今回出てきた悪魔のデータはエピローグに書きます。
次回で番外編終わりです。

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