有栖とアリス   作:水代

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アリス……ちゃん……かわいい……よ……。


有栖と竜の騎士

 

 

 * 五月十一日土曜日 *

 

 校庭と言うのは、とかく広い空間だ。

 薄暗い夜。月明りが照らす校庭で、ぽつりとアリスと二人佇んでいた。

「………………来ると思うか?」

 夜とは言え、五月半ばに差し掛かるこの時期、多少の暑さにじわりと汗ばみながら拳銃を片手に佇む。

 その静けさとは反対に、自身の心の内は暴れ狂っている。

 そんな自身の心の荒れようを誤魔化すように、隣に佇むアリスにそう尋ねる。

「…………うん、くるよ、ぜったい」

 そんな自身の心境を知ってか知らずか、アリスが能天気な声でそう呟く。

 ぐっ、と拳銃を持っていない左手で拳を握る。

 固く、固く握り締め、爪が食い込むほどに握り込む。

 自身のそんな様子を見て、アリスが嗤う。残忍で、残酷で、非道的な、悪魔の笑み。

「ふふ…………たのしいよるになりそうね、さまなー」

「………………ああ、そうだな。精々楽しい夜にしようか」

 そう、呟いた瞬間。

 

 ()()()()()()()

 

 赤い景色。轟く雷鳴。そこが何なのか、それを確認することすらせず。

「ぶちかませ、アリス!」

 ()()を認識した瞬間、意識もせずに、口から命令が出る。

「メギドラオン」

 破滅的な黒い光が、()()を包み込み、大爆発を起こす。

 けれど、()()の状態すら確認せず、次の命令を下す。

「アリス、溜めて、ぶちかませ。出て来い、ランタン、フロスト、ミズチ」

 

 SUMMON OK?

 

 電子音が響き、その場所に召喚されるのは、ジャックランタン、ジャックフロスト、そしてミズチの三体の仲魔。

「っぐぅぅ!!」

 COMPを使用している、とは言え、三体同時召喚、四体同時制御と言う荒業に苦痛が伴う。心臓を締め付けられるような痛みに、けれど歯を食いしばって耐える。

「全員…………いけ」

 端的な言葉、けれど全員が確かにパスを伝ってその意思を感じ取り、動く。

「マハマカカジャだホ!」

「マハマカカジャだホー!」

「マハガルダイン!」

 ジャックランタンとジャックフロストが魔力を高める補助魔法を全員に掛け、ミズチが暴風を巻き起こす。

 何の抵抗も無く、それらの攻撃が()()へと直撃し、けれどまだ攻撃の手は止まない。

 寧ろここからが本番と言っても良い。

 コンセントレイト、極限の集中による魔法威力の大幅な上昇をさせる補助魔法だ。自身の指示により、アリスが使ったコンセントレイトにより、次に行う魔法はおおよそ倍の威力となる。

 魔法威力上昇のマカカジャを二つ、さらにコンセントレイトによる魔法威力の倍加。

 そこから放たれるのは。

 

「メギドラオン」

 

 アリスの持つ最強の魔法。

 ジャアクフロストのメギドラダインにも匹敵しようかと言う威力の大魔法が大爆発を起こす。

 たった一発で()()()()()()()()()()が揺らぐほどの威力。

 手を止める。決まった、そう確信する一撃。

 

 けれども。

 

「テラーソード」

 爆煙の向こう側から、振り払われた一閃、飛来する斬撃。それを認識した瞬間。

「ぐっ」

 突き刺さる。斬撃が自身の体へと突き刺さり、その身を易々と切り裂く。

 吹き飛ばされる。転がる、立ち上がる。咄嗟に交差させた腕が切り裂かれ、濁々と血を流していた。

 見ればアリスも、ランタンも、フロストも耐え切っていた。唯一、まだレベルの低いミズチだけが大きなダメージを負ったらしく、ぐったりとしていた。

「ランタン」

「メディアラハンだホ!」

 全体回復魔法により、自身の損傷箇所が再生していく。ミズチも活力を取り戻し、再び動き始める。

 だが、そんな状況にも関わらず、自身の目はすでに仲魔を見ていなかった。

 ただ一点、斬撃の飛んできた方向だけを睨んでいた。

 

「手荒い歓迎じゃのぉー」

 

 赤い馬。黒い襤褸。十年前の姿そのままで。

 

「じゃが、見違えるように強くなったのぉ…………あの子供が」

 

 憎たらしい老人のようなその喋り方。人の癇に障るその声。

 

「あの時は逃げられたからのぉ…………また出会えるとは思わなんだ」

 

 心の底から溢れ出る感情…………即ち、殺意。

 

「世に聞こえし死の担い手たる四騎士が一人、鮮血の騎士レッドライダー…………今度こそ、お前の息の根を止めてやろうぞ!!」

 

 口元を歪める。覚えていてくれたとは、好都合だ。

 

「こっちの台詞だ…………この骨野郎、今回はこっちがテメエの息の根止めてやるよ!!」

 

 吐き捨て、銃の引き金を引いた。

 

 

 

 * 五月二十六日日曜日 *

 

 

 赤い夜。

 赤い月の下。

 全速力で走る。

 道中に出てくる痩躯の異形を撃ち抜きながら、走って、走って、走る。

 目指すは、吉原高校…………理由は簡単だ。

 緊急時のデビルバスターたちの集合場所だったりする、あの学校。

 正確には旧校舎のほうの異界が、だが。

 そう、普通のデビルバスターならきっと集まってくるだろう。

 問題は…………普通じゃないデビルバスターだ。

 例えば…………サマナーになって日の浅い悠希、とか。

 

「…………知らない、だろうな。学校のことなんて」

 

 願わくば悠希がこの異界に取り込まれていないように祈るばかりである。

 

 …………………………ん?

 

 今、何かおかしな…………違和感、そう違和感だ。

 何がおかしいのか、自分でも分からないが、何かおかしな…………。

 考える、が思考が空回る。

 こんな状況で考え事などできない、すぐにそう悟り、思考を破棄する。

 とにかく今は学校へと急ごう。

 そう決めた…………その時だ。

 

 パカッパカッと言う音。

 

 まるで時代劇で馬が走るような。

 

 と、同時に聞こえてきたのがカシャン、カシャンと言う金属が擦れるような音。

 

 聞こえた方向を向く。薄暗い異界の中、最初はそれが何なのか理解できなかった。

 だが徐々にそれが近づいてくるにつれ、その姿がはっきりと認識できるようになっていく。

「な…………に…………?」

 そして、それが何なのか、はっきりと認識した瞬間、口から声が漏れ出す。

 あまりにも場に似つかわしくない、否、時代に似つかわしくないソレを見れば、誰だってそう思うだろう。

 

 鎧甲冑の騎士。

 

 そんなもの、この現代に存在するはずが無いのに。

 けれど、否定しても現実は変わらない。そこには確かに甲冑を着込んだ重装備のまま馬に乗った騎士風の何かがいて、兜で隔された顔からは表情は伺うことはできないが、明らかにそれはこちらを敵視していた。

 ぱかり、ぱかり、と馬の走る音がこちらに近づいてきて。

 すれ違い様、俺が咄嗟に放った弾丸が騎士に着弾し弾かれるのと、騎士が持っていた長槍が伸ばされ身を捻って避けた俺の肩を掠めるのは同時だった。

 

「な、なんだ今の?!」

 

 ベリスと言う悪魔がいる。

 甲冑を着込み、馬に乗って槍を持ったまさに目の前の騎士と同じような姿の悪魔だが、けれど目の前のこれは違うと断言できる。

 悪魔特有の瘴気が無い。マグネタイトで形作られた体であることは確かだが、魔界の悪魔は存在しているだけで人を害する瘴気を振りまく。それが無い、と言うことはこれは悪魔ではない、と言うこと。

 だが、だとすればこれは何だと言うのだろうか?

 考えているうちに、自身を通り過ぎて言ったきびすを返し戻ってくる。

 槍を構え、馬を駆って突進。さすがにここで出し惜しみする理由も無い。

「来い、フロスト」

 

 SUMMON OK?

 

 俺と騎士の間に挟むようにして、ジャックフロストを召喚する。

「吹っ飛ばせ、フロスト」

「ヒーホー! まかせるホー!」

 フロストの拳に冷気が宿る。突進してくる騎士に向かい、フロストが拳を構えて…………。

「ブーメランフロステリオスだホー!」

 突き出した拳の先、十メートル以上が一瞬で凍りつく。突進していた騎士もまた、氷の彫像と化し、動きを止めていた。直後、パリィィィン、と氷が砕け散る。

「……………………」

 騎士は何も語らない、声すら漏らすことなく、けれど全身を震わせて…………瞬間、爆音を立て、その姿が弾ける。

「なっ…………くそ!」

 咄嗟に後退し、両腕を交差させて爆発の威力を軽減させる。

「…………な、なんだ今の」

 オンリョウなどの自爆攻撃に近いソレに目を見開く。

 爆発で舞い上がった土煙が晴れ、後に残ったのは抉れた地面だけ。

「……………………なんだったんだ今のは」

 軽い戦慄を覚えながら、心の内にある不安を潰すかのように拳銃を強く握る。

「さまなー」

 っと、その時突然、アリスがCOMPの中から出てくる。一体何事か、と尋ねればアリスが答える。

「さっきのひと、しんでたよ」

 端的なその言葉に、僅かに小首を傾げ、すぐに意味に気づく。

「さっきの騎士みたいなやつか。死んでた…………そうか、死霊か」

 死者の霊だ。マグネタイトで形作った生前の姿に悪魔の分霊の代わりに死者の魂を憑依させたゾンビ。

 一応アリスも出来なくもない。だがマグネタイトを消費し過ぎる、こんな効率の悪いこと普通はしない。まあ確かに人間である分、悪魔よりも消費するマグネタイトは遥かに少ないが…………。

「代わりに、弱い…………人間の魂を無理矢理呼び出した程度の存在じゃ、いいとこレベル20ってところだろ」

 つまり普通に戦えばまず負けることは無い。だが問題は、倒すと自爆することだ。ただでさえマグネタイトの塊なのだ、それを…………死んでる存在に対してこの言い方が正しいのかは知らないが、自身の命すら捧げて、全てを開放してくるのだ、厄介極まり無い。

「できるだけ遠くから倒すしかやりようは無いか…………」

 となると、魔法か銃撃かだが、銃撃は先ほどあの鎧に弾かれた。無効、もしくは耐性はあるようだ。

 だとすれば魔法しかもう選択肢は無い、のだが。

「あの程度の敵に魔法…………リソース削りにしかならないんだがな、もしかしてそれが目的か?」

 魔法は使うたびにマグネタイトを消費する、できれば温存しておきたい。

「さて…………どうすべきかな」

 そんなことを考えつつ、そろそろ進もうか、とそう思った…………その時だ。

 少し話は変わるが、虫などが時折持つ機能の一つで、自身の危機に際しフェロモンなどを発して、仲間を呼ぶことがある。

 蜂などがこの例に当てはまったりするのだが、まさかこんな死霊にまで似たような機能がついているとは思わなかった。

 どうやら死に際の自爆。あれは目印だったらしい…………敵がここにいるぞ、と言う。

 

 パカッ、パカッ、パカッ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ

 

 どこから現れたのか、右を見ても、左を見ても、360度、全方位を騎士が囲んでいた。

 一、二、三、四、五…………ざっと見ても百はくだらない数の騎士。

 つぅ、と頬を汗が一筋伝う。

 そんな俺の緊張とは他所に、騎士たちはけれど俺を囲んで動かない。

 下手に攻撃すれば自爆される俺は、どうしても攻撃を躊躇してしまう。

 そうして立ち止まっている俺の心境を知ってか知らずか、騎士の中から数名が一様に何かを取り出す。

 

 それはラッパだ。何故か黒く塗られたトランペットのようなそれを甲冑の兜の上から押し当て。

 

 パーーーーーーーーーーン、と音が鳴った。どうやってもそんな鳴らし方できるはずの無いラッパから、どうしてか甲高い音が鳴り響き、周囲に響く…………そして。

 

 パカッ、パカッ、パカッ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ

 

 後ろから、前からと新しい騎士たちがやってくる。

 

 それが仲間を呼ぶ行動なのだと気づいた時には、時すでに遅く。

 

 倍近くなった騎士たちがこちらに馬上槍を向けて構え、その後ろでまたラッパを吹く騎士の姿。

 

 パカッ、パカッ、パカッ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ

 

 増える、増える、増える。頬が引きつるのを自覚する。

 無理も無いだろう、だって目の前の騎士たちがどこからとも無く次々と増えていき…………。

 すでにその数は目算で五百以上と言ったところか。

 自爆が怖いだのどうの言っている場合ではない…………のだが、どうせならこのまま増えていってくれるほうが都合が良いのも確かで、けれどそれは失敗に伴うリスクの大幅な上昇も意味し、俺を悩ませる。

「…………………………行けるか? アリス」

「…………うふふ、いつでもおっけーだよ」

 けれど結局、俺は自身の相棒を信じることにする。

 増え続ける騎士たちを他所に、こちらはこちらで動かさせてもらう。

 前回の新月の時の魔人との戦いのためにMAGを溜めに溜めていたのが生きたな。

 だからこうして…………バカみたいな魔法、使えることだし。

「転ばぬ先の杖、なんてよく言ったもんだな…………アリス、()()

 俺の命令に、アリスが笑い、呟く。

 

「ねくろま!」

 

 途端、こちらに槍先を向けていた騎士たちのうちの数名がその槍先を仲間の騎士たちへと向ける。

 

 そして。

 

「やっちゃえ」

 

 連鎖するように、爆発が起こり、周囲一帯を爆煙が包み込んだ。

 

 


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