有栖とアリス   作:水代

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隔日投稿と言いながら、先日は投稿出来ず、すみません。
実はここ三日四日風邪でダウンしてて、予約投稿の準備できてませんでした。
そして今日の9時に投稿しようと思ってたんですが、いきなり作業用のPCが「スタートアップの修復」がどうのこうのと言って、ウィンドウズの起動すら覚束ず、先ほどようやく起動ができました。

というわけで、本日よりまた更新を開始します。


和泉と吸血鬼

 

 その場にたどり着いた時、自身が見たのは…………ぐったりと力なく倒れる有栖と。

 

 その有栖に手を伸ばす、怪物の姿だった。

 

「っ! どきなさい!」

 

 両手に構えた銃の引き金を引くと同時、銃口から弾丸を吐き出される。

 ダンダンダンダンダンダンダンダン、いくつもいくつも撃ち出された弾丸、だがその一発足りとて、目の前の怪物を仕留めるには至らない。

 と、同時に有栖が負けただろう理由が即座に理解できた。

 

 速過ぎる。

 

 音速を超えたその速度は、人間の目から見れば瞬間移動と何も変わらない。

 有栖は確かに強い、だが自分たちのような異能者でもなければ特別修行を積んだわけでもない典型的なサマナータイプの人間だ。

 思考するより早く動き、目に留まる前に攻撃され、気づけば打ち倒されている、目の前のような相手との相性は最悪中に最悪と言っていいだろう。

 だが、ただ速いだけなら有栖だって五年以上サマナーをやっている、このデビルバスターのごった返す街でも最高クラスのデビルサマナーだ、本当にただ速いだけならきっと何か対処方法を考えただろう。

 実際、自身だって音速、とまでは行かずとも、並の人間なら目の前から消える、程度錯覚させることは容易なほど高速で動くことはできる。

 速い、だが自身でも対処できるレベルの速さでしかない。それだけなら有栖だった負けなかった。

 だが、そこにただの一撃で地面のアスファルトに五メートル以上の亀裂を入れるほどの怪力と、銃弾に貫かれても即座に傷口が塞がるほどの再生能力を持ち合わせているとなれば話は別だ。

 ただ単純に強い、それは有栖のような、創意工夫で強さを埋めるタイプにとって、最もやりにくい相手なのだ。

 何せ、付け入る隙が無いのだから。

 何らかの仕掛けがあって強いのではない、ただ単純に自身の持ったものだけで強い。

 だからこそ、切欠が無い、自身の策謀に相手を嵌めるための切欠が。

 

 守らないと。

 

 倒れ付した有栖を見て、胸中に宿った思いはそれだった。

 ずっと昔も、つい最近ですら、彼は自身を助けてくれた。

 辛くて、泣きたくて、挫けそうで。けれど、まだ大丈夫だって、手を引っ張ってくれた。まだ立てるはずだと、起き上がらせてくれた。

 たくさん、たくさん感じてきた恩。その僅かでも返せる機会があるなら。

 自身の全てを賭けてでも返そうと、ずっと思っていたのだ。

 

 だから、守らないと。

 

 せめて彼が意識を取り戻すまで。

 そうして、彼が目の前の敵に勝つための道筋を見出すため。

 そのために、自身は喜んで捨て駒となろう。

 

 だから。

 

 起きろ。

 

「ペルソナ」

 

 ―――――――――サマエル

 

 紅い紅い、三対六枚の翼を持った蛇が、とぐろを巻いた。

 

 

 * * *

 

 

「月が…………紅い」

 上月詩織は空を見上げ呟いた。

 その瞬間は、まさしく一瞬にして、何の予兆も無く現れた。

 前触れも無しに突然消える家の照明。

 そうして暗くなって初めて気づく、窓の外の異常。

 紅い月。血が滴り染まったかのような、紅蓮と呼ぶにはあまりにも生々しいその色は、まさしく鮮血のような紅。

 人の名を呼ぶ。いつも家にいる祖父や、住み込みで働く家政婦の人たちの名。

 けれどその声に答えるものはいない。夜中でも大概誰か起きているはずのこの家なのに、けれど今は、誰の声も聞こえない。

 明らかな異常事態。けれど、それでもそれほど取り乱していないのは、これが二度目だからだろうか。

 

「……………………悪魔」

 

 呟いたソレが直感的に正解なのだと気づく。

 自身の幼馴染が深く関わっているソレ。

 自身の親友が巻き込まれたソレ。

 即ち、悪魔と言う存在がこの異常事態を引き起こしていると考えれば全て納得がいく。

 すぐに携帯を手に取る。餅は餅屋に。自身に手に余ると即座に判断し、有栖へと電話しようとする。

 それはきっと正しい判断だった。本来なら、常時ならば。

 けれど、繋がらない。空間ごと隔離されているのだ、電波など届くはずも無い。

 それでもすぐに部屋に置かれた固定電話を取り、電話をかけようとする。

 こちらなら届くはずだ、電気が通っていたなら。

 うん、ともすんとも言わない受話器を静かに置き、端整な顔を僅かに歪める。

 どこか困ったような表情。どこか逡巡するような表情。

 けれど、それもほんの一秒ほどのこと。

 

 一つ問題があったとすれば。

 

 それは、知らなかったことだろう。

 

 この世界が異界と呼ばれる、悪魔の跋扈する危険な場所であり。

 異界化と言うのはそう簡単に起こるものではなく、このように突然起こった場合、強大な悪魔が意図的に引き起こしたものであり。

 これほど大規模な異界化と言うのは早々起こるものではなく、これほどの規模の異界化を起こせる悪魔などどれほど強力なのか想像もつかないほどであると言うこと。

 そして、そんな異界の中で何の自衛手段も持たない少女一人と言う状況がどれほど危険であるかと言うこと。

 

 知らなかったのだ。

 

 だから、有栖の家へと向けて家を飛び出した。

 知らなかったのだ。

 上月の家には、詩織の祖父からの依頼で、有栖によって結界処置が施されていることを。

 だからこそ、外にいるよりは格段に安全なはずだった、そうだったのだ。

 知らなかったのだから仕方ない。なんて言葉で済むような問題ではない。

 

 その蛮行の代償はすぐに訪れる。

 ぱからっ、ぱからっ、と聞こえてくる何かの音。

 まるで時代劇で聞いた馬の走る音のようで。

 同時に聞こえてくるのは、がしゃん、がしゃんと言う金属音。

「…………あ…………ぁ…………」

 音が聞こえていた方向を向き…………絶句する。

 そこにいたのは騎士甲冑を着込んだ鎧の騎士。

 馬上槍を構え、今にもこちらに飛び出してきそうな様子で。

 逃げないと、そう思うのに、脚が竦む。

 当然だ、上月詩織はただの女学生だ。

 有栖のような生きるために戦い続けてきた存在でもなければ、悠希のように戦い抜くための覚悟を決めたものでもない。

 ただ異常に巻き込まれたことのあるだけの、ただの女学生だ。

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

「やだ…………来ないで…………」

 

 呟く詩織の声に、けれど騎士が耳を傾けない。鎧兜に覆われその表情を伺うことは出来ないが、それでもその騎士からは死の気配だけが伝わってきた。

 死ぬ、このままでは。

 それは絶対であり、確実である。

 そう、()()()()()()

 

 カーン、と空っぽの金属バケツを叩いたような音。

 

 騎士の甲冑に当たり、地面に転がり落ちたそれは…………一発の銃弾。

 

 SUMMON OK?

 

「鬼神薙ぎィィィ」

 

 銃弾に一瞬動きを止めた騎士へ向けて振りぬかれた刃が騎士を真っ二つに断ち切る。

 ほんの一瞬の出来ごと。

 詩織が目を見開く。だってそうではないか。そこにいたのは、良く知る人物だった。

「っぶねえ! 間に合ったか、間に合ったよな?」

 なんで、どうして? その事実を知らなかった詩織の口から、そんな言葉が漏れる。

 どこかバツが悪そうに頭をかきながら目を反らすその姿は。

 

 紛れも無く、自身の親友(カドクラユウキ)だった。

 

 

 * * *

 

 

「面倒ね」

「私は忠告する。けれど、このままにしては置けないと」

 分かっている、と葛葉朔良は答え、隣の少女、葛葉ナトリへと視線をやる。

 葛葉の名を冠しながら、日本人にはあり得ないその容姿に、朔良自身思うことが無いわけでもないが、キョウジの名を受け継ぐものなのだから、そんなものか、と言う思いもある。

 兎角今重要なのは、この少女が強いと言うことだ。

 突然生み出された異界。だが朔良もナトリもそれに取り込まれることは無かった。

 完全に虚を突かれていた、防ぐ術など無かった。

 それでも、この異界は()()()()()()()()()()()()()()()

 

 場所は吉原高校の屋上。夜の空には、暗い闇と星の光、くっきりとした満月が映し出されている。

 そこに立つのは二人の少女。葛葉朔良と葛葉ナトリ。

 二人がそこにいたのは、簡単な理由である。

 偶々今日、この二人がこの学校の守の番だった、と言うだけだ。

 

 吉原高校の裏には、異界がある。

 それもただの異界ではない。龍脈と龍脈の交差する点、霊穴の上に存在し、霊穴と龍脈の流れを操る異界である。当然そんなもの野放しにはできない。

 だからこそ、ヤタガラスが異界の主を交渉し、管理してもらっているのだ。そしてその異界が正常のまま保たれるように、守役として葛葉から何人かこの地に送られてくる。葛葉朔良はその一人であり、この学園を守ることこそが、今の自身の役目だった。

 葛葉ナトリに関しては、次代葛葉キョウジと言う立場であり、本来なら守役をこなすような立場ではないのだが、現葛葉キョウジから出向のような扱いで貸し出されている状態であり、今日この日この場所にいたのは本当に偶然であった。

 

 否、本当に偶然だろうか?

 少なくとも、今日この日、何か起こることを、葛葉キョウジは予見していた。

 そしてその義娘たるナトリをここに置いた意味を考えれば…………。

 

 最も、起こったことを考えれば、この街にいる限り、どこにいようと巻き込まれただろうが。

 

「この件に関しての葛葉キョウジの意見は?」

 朔良のそんな問いに対し、意図を察したナトリが「介入」とぽつりと答えた。

「そう、ならやることは決まったわね」

 つまらなそうな表情で、朔良が吐き捨て…………幾枚かの符を取り出す。

「一応聞くけれど、あなたは行けるの?」

 何を、と言う言葉の無い朔良の質問に対し、ナトリが数瞬考え。

「私は答える…………力ずくでいいのなら、と」

 却下、と即座に朔良がナトリの答えを切り捨てる。

「異界を無理矢理破壊なんてすれば、どれだけ影響が出るか分からないわ…………これだけ大規模な異界よ。最悪の場合、内部に溜まったMAGが暴発して、街ごとドカン、なんて目も当てられないわ」

 そんなこと許せるはずも無かった。ライドウは守護者だ。それを候補とは言え、目指す身なのだ。

 その辺りが掃除屋たるキョウジとの方向性の違いである。

 

 最も、今代のキョウジをただの掃除屋などと思っている葛葉は恐らく存在しないだろうが。

 

 まあそれは今は置いておこう。問題は目の前の異界である。

 とにかく巨大で、とにかく膨大で、とにかく絶大だ。

 こんなバカげた異界を作ろうとすれば、一体どれほどの準備期間が必要になるというのか。

「……………………まさか、とは思うけれど」

 ()()()()()()()()()()()()()は今回のことに繋がっていたと言うのだろうか?

「…………………………………………」

 全てはこの異界の中に答えがあるはずだ。だが、まともに入ろうとするのは無理だろう。力ずくで破れば大惨事だし、一部だけ破っても何重にも隔離された空間の壁を越えて向こう側までたどり着けるとは思わない。最悪、時空の狭間に取り残されることすらあるかもしれない。

 だから、方法としてはすり抜けるしかない。

 言うのは簡単だが、実際には難しい。だがその程度何だと言うのだ。

 忘れてもらっては困る。

 

 葛葉ライドウとは元々、葛葉最高の術士の称号である。

 

 ライドウを目指すこの身ならば、(まじない)の一つや二つ操って見せよう。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」

 

 口から出た言葉の体を為してない、()の羅列に呼応するかのように、手の中の符が光りだす。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」

 

 光る符を、屋上から投げ捨てるように、虚空へ向かって投擲する。

 

 瞬間、ふわりふわりと落ちかけていた符が何かに引っ張られるように一点目掛けて飛来する。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」

 

 最後の仕上げ、とばかりに口調を強め、けれど言葉にはならない音の羅列をその口より紡ぎ、朔良が右手を翳す。

 

 瞬間。

 

 パチン、と音が弾けた。

 

 ふわっ、と一瞬感じた浮遊感。と同時に下へ下へと落ちていくような感覚。そして体中から感覚が抜けていくような、そんな気持ちの悪さ。暗転する視界。

 

 けれど、それも数秒で終わり。

 

 すとん、と体の感覚が戻ってくる。暗転した視界が開け、景色が戻ってくる。

 

「……………………悪趣味ね」

「私は思う。中々趣味が良いと」

 

 空を見上げ、真反対の意見を述べる。

 そこにあったのは。

 

 血が滴り染まったかのような、赤い紅い月だった。

 

 

 * * *

 

 

 もくもくとタバコの煙が沸きあがり、空へと消えていく。

 口を開けば口の中いっぱいに溜まっていた白煙が噴出し、夜の闇に溶けて消える。

「……………………来たか」

 人も閑散とした、都市郊外も近いビル群。二週間ほど前に倒壊したばかりのビルのあった場所。

 今となっては瓦礫が積みあがるだけのその場所に、男、葛葉キョウジはいた。

 辺りには今までにキョウジが吸ってきただろうタバコの吸殻が散乱しており、その様子を見るに、かなりの時間ここにいたのは間違いないらしく、ソレに対し、ようやく、と言った感じで安堵した様子を見せ、胸ポケットに入ったタバコの箱から最後の一本を取り出し、ライターで火をつける。

 内容物の無くなったタバコの箱をくしゃりと握り潰し、投げ捨てると同時に呟く。

「随分遅かったな…………(キング)

 そこにいたのは、一人の男であった。青年と言うにはあまりにも老成しすぎていて、けれど老人と呼ぶには、あまりにも若い。

 

 それは王であった。騒乱絵札の王。けれど違う、その身から滲み出るのは、そんな役割など関係の無い、本物の王の風格。

 

 傍らに巨大な本を抱えており、その表情は以前のものとは違う、とても鋭い目つきであった。

「どうしたお前らしくも無い…………随分と余裕がねえな」

 キョウジの言葉に、けれど王は答えない。そんな王に、さすがにキョウジも多少いぶかしむ。

 数秒沈黙が続き、けれどやはりやることは変わらないか、とキョウジが結論を出した時、王が口を開く。

「最早一刻の猶予も無い」

 何の、と言う言葉は無い。

「お前との決着…………急がせてもらおうか、葛葉キョウジ。貴様は、ここで殺す、来るべき終末、そこに貴様に居座られても困るのでな」

 王からの重圧(プレッシャー)が増す。来る気だった。()る気だった。()る気だった。

「それは俺とて望むところだ…………この街に貴様のような(やから)に居座られるのはこちらとしても困るのでな。ここで死んでいってもらおうか」

 だがキョウジとて、それは望むところだ。ここで殺す、そう決めて今ここにいる。

 

 例え…………その後、自身がどうなろうとも。

 

 だが構わない。

 

 それが自身と王との最大の違いだ。

 

 全て己一人で推し進める王と。

 

 自身の代わりのいる…………後を任せる器のあるキョウジ。

 

 だから、この結末はきっと。

 

 最初から、決まっていたのだ。

 

 

 


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