有栖とアリス   作:水代

76 / 103
有栖とアカラナ回廊

 

 

 門倉悠希は葛葉ナトリが戦っている姿をこれまで一度たりとも見たことが無かった。

 強いのか、弱いのか。

 否、弱いはずが無い、あの有栖が自身の護りとして配したほどなのだ、弱いはずが無いのは分かっていた。

 それでも、どこまで強いのか、どこまでやれるのか、それは知らなかった、何せ一度も戦ったことが無いのだ。

 

 だから、目の前で起きている光景に唖然とした。

 

 夜の闇に煌く白銀。ヒトキリと名乗った魔人が振りかざす大降りな太刀を、けれどいつものゴシックドレスを着たまま、手に持ったナイフ一本で捌いているナトリ。

 きん、きんと短く断続的な音が響く。

 

「きひひひひひひ」

 

 魔人が嗤い、太刀を振りかぶる。その動作にナトリが警戒を表し。

 

「ブレイブザッパー」

「斬り払い」

 

 放たれた鋭い太刀の一閃を、けれどあっさりとナイフで払う。

「きひひひひ…………くそ詰まんねえなあ、なんだそりゃあ」

 攻撃を払われた魔人の呟きに、けれどナトリは表情を変えることなく、ナイフを構え。

 

「ブレイブザッパー」

 

 ナイフの刃から、何かが飛び出し、魔人へと飛来する。

「なんだそりゃあ」

 再度魔人が呟き、飛来したそれを斬り払う。

「きひひひひひ、人の物真似が趣味かあ?」

 魔人が太刀を振り下ろすとナトリがその銀の髪を揺らしながら回避する。

 お返しとばかりに振り払ったナイフは、けれどそのリーチから魔人が僅かに後退するだけで掠りもしない。

「鬼神薙ぎ」

 横一文字に振り払われた太刀を、けれどナトリがナイフであっさりと斬り払う。

「鬼神薙ぎ」

 そうして同じ技を繰り出すナトリだが、魔人のそれと違い、ナトリの技はどうしてか飛ぶ。

 先ほどのもそうだったが、振ったナイフから斬撃が飛び出すのだ。

 鬼神薙ぎは自身のジコクテンも使うスキルだが、あんな風にはならない。

 だから先ほどから何が起こっているのか、悠希にはわからない。

 けれど、ナトリがあのナイフ一本であのジコクテンでも敵わないだろう魔人と互角に渡り合っていると言う事実だけがある。

 

「斬り払い」

 遠距離攻撃は全て斬り払われる。ナトリもそんなことは分かっているはずなのに、どうしてかナトリは全て遠距離でスキルを撃つ。

 と、そこで、スキルを放ったナトリがそのままこちらに後退してくる。

「私は請う。悠希の仲魔を召喚して欲しい」

 その言葉にはっとなる、そうだ何を悠長に眺めているのだ。

「ジコクテン」

 

 SUMMON

 

 COMPを操作する、ジコクテンが目前に現れる。先ほどまで西野にやられていたせいか、多少ダメージは残っているが、それでもまだいけると言った気概に、一つ安堵の息をこぼす。

 と、それを見たナトリが一つ頷き。

「私は頼む。ジコクテンに攻撃をして欲しい」

「けどジコクテンの攻撃じゃ、あいつには…………」

 恐らくそれほどのダメージにはならない。悔しいが、ここまで見ていれば分かる。ジコクテンとあの魔人ではレベル差が大きい。それはそのまま能力の差に直結する。

 けれどそんな自身の言葉に、何も問題無いと告げるナトリ。

「私は願う。私を信じて欲しい」

 じっとこちらを見つめるナトリの蒼の瞳が自身を射抜く。

 そしてそう言われれば頷くしかなかった。

「ああ、分かった…………俺は、お前を信じるよ」

 ありがとう、とナトリが告げ、薄く笑う。その表情に、とくん、と心臓を高鳴ったが、すぐに収まる。

 ちらり、と自身の後ろにいる詩織を見る。

 不安そうにこちらを見る幼馴染に、なんとして守らないとと決意を固め。

「いくぞ、ジコクテン」

「承知した、召喚師殿」

 一歩、足を踏み出した。

 

 

 葛葉ナトリと言う少女について、知っている人間は実はそう多く無い。

 キョウジの秘蔵っ子とすら呼ばれるほどに、多くの人間に秘匿され、次代キョウジとして育てられていると言う事実を知っているのは、本人たちを含めても、両の手の指で数えられるほどでしかない。

 そして、ただでさえ少ないその中でも、ナトリと言う人間を知る存在はさらに限られる。

 

 葛葉名取。本名は不明。と言うよりも、最早与えられたナトリと言う名を自身の名としている以上、彼女にとってナトリと言う名こそが本名と言うことになるのだろう。

 生まれはイギリスだと思われる、本人すら知らない、ただ気づいたらロンドンの街の路地裏にいた。

 生みの親の顔は知らない、死んだのか、生きているのか、それすらも知らない。

 物心ついた時から路地裏に住み着いた孤児として生きていた。いつから持っていたのか、誰のものかすら知らないナイフだけが手元にあり、それだけを頼りに生きていた。

 血に汚れ、錆び付き、けれどその切れ味を損なうことの無いそのナイフをいつも手放さず、肌身離さず持っていた。

 

 葛葉キョウジに出会ったのは、何時の頃だったか。

 ナトリは元来、過去に執着しない。何せ執着するほど大した価値が無いからだ。

 だからいつからキョウジと共に行動するようになっていたのかは覚えていない。

 元来人を排斥して生きてきたナトリにとって、他人とは警戒すべき自分とは別のナニカであった。

 そんなナトリがいつの間にかキョウジの隣にいたのだから、そのことだけは正直、自分自身で驚いている。まあ最も、そんなことを口にも表情にも出さないのだが。

 キョウジと生きていく中で、ナトリは人の姿を取り繕うことを覚えた。

 それは社会と言う人の集団に混じるための知恵であった。

 

 人の皮を被った怪物が、こうして誕生した。

 

 葛葉名取。葛葉キョウジの後継者。

 その実力を知るものは少ない。本当に少ない、片手の指で数えるほどしか居ない。

 だから知らない、その天性の強さを。

 

「鬼神薙ぎ」

 

 ジコクテンの放つ一閃を、けれどヒトキリががちり、と太刀をあわせ、鍔迫り合いになる。

 ジコクテンの剣は剛の剣、力に頼る部分が大きいため技量としてはヒトキリのほうが高い。

 あっさりとジコクテンの剣を跳ね除けると、その首を刎ねようと太刀を返し。

 

「鬼神薙ぎ」

 

 いつの間にか真後ろに立っていたナトリ放った一撃に対処が遅れる。

 しかもそれは、先ほどまでの飛来する斬撃、遠距離攻撃ではない、直線刃を合わせた近距離攻撃であるが故に、斬り払いは難しい。

 結果的に。

「ぐううううう」

 背中に一撃もらった魔人は仰け反り、そして素早く背後へと太刀を振る。

 だがすぐ様移動していたナトリに当たることは無い。

 さらにもう一発、当てようとナイフを振るが、魔人がすぐさま後退する。

 

 葛葉ライドウをして、葛葉名取は天才であると称した。

 葛葉キョウジをして、葛葉名取は怪物であると称した。

 

 その所以が、その眼にある。

 

 他者が使うその体捌き、どころか、その技すらも写し取り、即座に自身の糧とするその眼こそが、ナトリが天才と呼ばれる所以であった。

 

 非情に簡単な言い方をすれば。

 

 葛葉ナトリは敵味方関係無く、そして人間と悪魔の区別すらも無く、他者が使った技、魔法関係なく、全てのスキルを写し取る。

 

 そして、写し取った技を自身の糧とし、そして自身の都合が良いように改変するその応用力こそが、ナトリが怪物と呼ばれる所以であった。

 

 葛葉ナトリは写し取ったスキルを自身の都合が良いように改造できる。例えば、近距離攻撃スキルを遠距離に変えてみたり、本来遠距離攻撃しか無効化できないはずの斬り払いを、近距離用に改造してみたり。

 

 故に、葛葉ナトリは他者が増えれば増えるほど強くなる。

 

 本来は。

 

 それが本来の葛葉ナトリの性質のはずであった。

 

 けれど、その血が、その血統が。

 

 葛葉ナトリの本質を決定した。

 

 それを知るのは、まだここではない。

 

 

 * * *

 

 

 走っていた。

 夜の街を、紅い闇に照らされたアルファルトを。

 走って、走って、走って。

 

 そうして転んだ。

 

「はあ……はあ…………はあ……はあ…………」

 

 無様なくらい、足が震える。もう走れないと、悲鳴を上げる。

 それでも立とうとして、崩れ落ちる。

 限界だ、限界だと、全身が叫んでいる。

 けれど立て、走れと感情が叫ぶ。

「…………くそ、立て、立てよ、寝てられないんだよ!!!」

 早く、早くしないと。

「早くしないと、和泉が!!!」

 叫ぶ、叫ぶ、だがそれでも震える体は動かない。

 

 無理矢理立とうとして、また転ぶ。

 

 転んだ拍子に、からん、ころんと何かが転がり落ちる。

 視線をやった先にあったそれは、

 

 長い、二十センチほどの四角形の細長い棒のようなソレ。紅闇に照らされよく分からないが、なんだかカラフルな色合いをしているように見える。

 

 そうだ、それは…………別世界から帰って来た時にポストの中に入ってたものだ。

 

 結局、それが何なのか分からず、けれど重要なもののような気がして、何となく荷物に詰めて持ってきていたのだが。

「…………なんだこれ、光ってる」

 闇の中で、棒が光っていた。明らかな異常。だがそれを不思議と危ないとは思わない。

「……………………」

 そっと、光る棒に手を伸ばす。伸ばし、伸ばし、伸ばし、そして…………触れる。

 

 瞬間。

 

 景色が反転していた。

 

「…………………………は?」

 

 唐突、と言えばあまりにも唐突な出来事に、咄嗟に出た漏れた声は、その一文字だった。

 

 

 そこは白と黒の空間だった。

 空間全体が漆黒に覆われており、先など一切が見通せない。

 けれど、足場、そしてそこから続く通路や階段は真っ白に光っている。

「…………なんだ、これ」

 思わず呟くが、けれど答えはどこからも返ってこない。

 少しだけ体が癒えて来たので、立ち上がり、一歩を足を進めれば、かつん、と空間に足音が響く。

「……………………アリス、こい」

 

 SUMMON

 

「どこ? ここ?」

 呟きと共にアリスが召喚される。そしてその第一声に自身も分からないと答える。

「この棒が関係しているのは確かなんだがな」

 手の中に持った棒に視線をやる、だがすでにそこから光は失われており、触れても最早何の効果も無い。

 白く輝く通路を歩いていく、その度にかつん、かつんと音が響いている。

 静かだ。ここには何も無い、ただ通路だけが延々と広がっている。

 何の音もしない、何かが動く音も無ければ、生命の鼓動すら感じられない。

 歩いて、歩いて、歩いて。

 そうして、通路の突き当たりにナニカを見つける。

 

 ゆらゆらと揺れ動く、炎のようなナニカ。

 けれど青白い炎が宙に浮かんでいるなんてどんな不可思議であるか。

 少なくとも、ただの炎ではない。

 炎の中に影が落ちていた。

 青白い炎の中に暗く伸びたそれは、まるで人の目と鼻と口を形作っているようで。

 

「やあ」

 

 炎が口を開いた。

 

 かちん、と即座に銃を構える。

 そんな自身の行動に、炎が笑う。

 

「おやおや、何をそんなに警戒しているんだい?」

「……………………何者だ、お前」

 

 そんな自身の問いかけに、炎が揺れる。

 笑っているのだと、そう気づいたのは直後。

 

「私が何者か、逆に聞きたいが、私が何なのか、そんなことがキミに関係あるのかな?」

 

 ――――キミは未来を変えにここに来たのだろう?

 

 そんな炎の言葉に、一瞬、呆然となる。

「未来を…………変える?」

「そうさ、ここはアカラナ回廊、過去、現在、未来の全てを行き来することのできる唯一の場所さ」

 

 アカラナ回廊!!! ここが!!!

 

 周囲を見渡す、黒と白に綺麗に分かれたこの空間こそが、アカラナ回廊。

 つい数時間前に自身が通ったらしい場所。

「私はね、キミに警告しに来たんだ」

 自身の驚愕などお構い無しに言葉を続ける炎。

「アカラナ回廊は全ての時間に繋がっている。過去へ行くこともできる、未来へ行くことだってできる、今に戻ることだってできる。けれど、過去は現在に、現在は未来に、そして未来は過去に全ての時間は繋がっている」

 

 そして、だからこそ、すでに決定された未来は変えられない。

 

 その言葉に、息が止まりそうになる。

 

「例え未来にキミの大切な誰かが死ぬとしても、それを変えることはできない。何故なら未来は過去と現在の延長戦だから。一度引かれた線を変えることはできない」

 

 そして。

 

「もしそれを変えてしまえば、世界はそれを許さない。つまり、過去を変えようが現在を変えようが、世界がその矛盾を許さない。そしてそれを消し去ってしまう」

 

 つまり。

 

「キミはこれから過去へ向う。だが、キミの知る過去と結果が変わってしまえば、その時、未来にキミの居場所は無くなる。世界がそれを許さない」

 

 そんな絶望的な言葉を、炎が告げる。

 未来を変えられない、和泉は、あのままでは死ぬ。その結果を変えられない。

 

「だが」

 

 そんな俺の絶望を他所に、炎が言葉を続ける。

 

「決定されていない未来は変わる」

 

 その言葉に、俺は自然と顔を上げる。

 

「キミが観測した場面までが世界にとって確定された未来だ。だが観測がそこで途切れた、だからキミならば、キミだけはそこから先が変えることができる」

 

 だとするなら。もしそうならば。

 

「だから心することだ、もし過去や未来のキミが今のキミを観測してしまえば、それだけでキミと言う存在は消滅する。同じ時間の中で二人の人間が存在すると言うことはそう言うことだ」

 

 気をつけたまえ。そう言うと同時に炎が少しずつ、色を失っていく。

 

「…………お前、どうして俺にそんなことを言うんだ」

「キミに勝ってもらったほうが都合が良いからだよ」

 

 色が抜けていく、失われていく、徐々に、空間に溶けていく。

 

「お前は…………誰だ」

「さあ、誰だろう…………知りたかったら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、キミも一度は会っているはずだから」

 

 その言葉に、脳裏に浮かんだのは…………。

 

「そう言う、ことかよ」

「おや、よく気がついたね?」

「わざわざそんな言い回しされたら分かるさ…………アンタほどのやつが、俺が勝ったほうが都合がいい? そりゃ、あの魔人に何かある、ってことか」

 

 そんな俺の言葉に、炎が揺らめく、驚いているようだと何となく理解した。

 

「ふふ、そうだね、色々語ってあげたくなってきたが、どうやら時間のようだ」

 

 そう言って、炎が消えていく。

 と、同時に、俺と隣のアリスの色まで抜け落ちていく。

 

「なんだこれ」

「回廊から追い出されているだけさ。なに、問題は無い」

 

 そう言った炎の姿は最早ほとんど薄れて今にも消えそうであり。

 

「では、これでさようならだ。そしてまた会おう、在月有栖君。キミの名は覚えておくよ」

 

 そう言って、完全に消え去った。

 

「……………………そうかい、どうして俺の名前を、とかは言わないで置くさ」

 

 そうして。

 

「行くぞ、アリス」

「んー…………わかったわ、さまなー」

 

 俺たちは。

 

「じゃあな、大魔王サマ」

 

 その空間から消えた。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。