「アンタ…………呪われてるわよ」
開口一番の朔良の台詞。その言葉に俺は興味なさ気にふうん、と呟く。
時刻は現在夜九時。場所も学校と言うこともあってそれなりに雰囲気はあるのだが、デビルサマナーたる俺たちはそんなものよりもっと恐ろしいものと戦っているため、そう言った怖さとは無縁だった。
「興味無いのね」
呆れたように呟く朔良。だが本気で興味が無いのだから仕方ない。
「どうせ俺、呪殺属性効かねえし」
アリスとの契約の影響なのかは知らないが、俺は呪の類は一切効かない。
「………………アンタ本当に人間?」
「人間だよ、失礼な」
まあ一回死んだり転生してたりするから、普通の、と言う言葉はつかないが。
「さまなー」
と、その時、アリスがくいくい、と俺の服の裾を引く。
「どうした?」
「なにかきたよ」
アリスの指差す方向を見…………顔をしかめる。
「なんだあれ?」
膨れ上がった肉の塊のようなソレ。取りあえず悪魔なのは間違いないだろうから、銃口を合わせ…………引き金を引く。
パァン、と小気味良い音がし、弾丸がソレへと向かって…………。
ォォォォォォォォォッ
突き刺さった弾丸がソレの肉を弾けさせ、ソレが叫び、悶える。
だが。
ォォォォォォォ!
「なにっ?!」
銃弾は確かに着弾した…………にも関わらずそれは真っ直ぐ突っ込んで来て…………。
「フロスト、止めろ」
「ヒーホ!」
召喚したフロストの両の拳で受け止められ、しっかりとその姿を現す。
「…………朔良。これなんだ?」
「…………分からない、初めて見た」
一言で言い表せば、醜い肉塊。まるで生肉を団子状に捏ね回したような醜悪なソレ。
ォォォォォォォォッ
ソレが唸る。そうして目も口も鼻も無いソレがそれでも何故か、俺を見た気がして。
「もしかして…………さっき言ってた呪いか?」
だがそれが実体を持つなどあるのだろうか。
「…………そうか、この土地の影響か」
この土地の霊穴に干渉したことで、力が増幅して実体を持つまでになった、と言うことなら俺の銃弾で返せなかったのも分かる。俺が銃弾に刻んだ術式は分霊の接続を遮断する、と言うもの。
「そもそもこれが本体なんだ…………だから俺の銃弾じゃ返せない」
と、なれば、普通に倒すしかないだろう。
「新種の悪魔…………なんて珍しいんだが」
下手に生かすと面倒にしかならないだろう。
「フロスト…………やれ」
「了解だホー」
命じ、フロストの拳が下から上へと振り抜かれ…………。
「ライジングアッパーだホ!」
あっさりと、呪いが砕け散った。
肉塊が半透明へと変わり、やがて地面の中へと消えていく。
「…………あれで終わったのか?」
「…………多分。取りあえずアンタへの呪いは消えてるわね」
なら良い。とだけ呟き遅くなったが守役として校舎の巡回を始めることにする。
「んじゃ、行くか」
「そうね」
そうして気楽に構えていたことを、翌日後悔することになることも知らずに。
顔を見合わせ、笑った。
コーン
コーン
コーン
どこかから聞こえてくる音。
コーン
コーン
コーン
金槌で何かを叩くようなその音。
「殺してやる」
聞こえてくるのは呪詛。
妬み、恨む、呪いの言葉。
「殺してやる、殺してやる」
それが、何かを叩くような音と共に聞こえてくる。
「…………殺してやる」
そこにいたのは一人の少年。
その手に握られていたのは一本の金槌。
少年が恐ろしい形相で金槌を振り下ろす。
カーン
振り下ろされた先は一本の木。そこには釘で打ち付けられた藁人形。
丑の刻参り。
恐らく呪いと言われて呪術師でも無い人間が思い浮かべるとしたらソレだろう。
少年は悪魔の存在は勿論のこと、サマナーと呼ばれる存在も、魔法も呪術も何も知らないただの素人だ。
少年は別に本当に呪いが届くと思っているわけではなかった。
ただ日頃の鬱憤晴らし程度、面と向かって暴言を吐くほどの勇気が無く、親に正直に告白する気にもなれない少年にはこれが最後の逃げ場だった。
苛め。
良くある話だ、と少年は思う。
だが実際その当事者からすればたまったものではない、とも思う。
そんな時、一人の少女に助けられた。少女は自身を苛めていた者たちを追い払い、それからたった一言こう言った。
大丈夫?
それだけで心が救われたような気分になった。
少年が少女に恋をするのに時間はかからなかった。
ただ、一つ不幸があったとすれば。
少女もまた別の誰かに恋をしていた、と言うことだろうか。
呪う。自身を苛めていた者たちも。
そして……………………。
少女が恋している相手も。
分かっている、ただの八つ当たりだ。少年もその相手に何かされたわけでも無い。
だがそれでも、分かっていても憎かった。恨んだ。妬んだ。
そいつの傍にはいつも少女がいて。友達がいて。
少女の傍にはいつもそいつと友達がいて。
自分の入り込む隙間なんてどこにも無かった。
憎らしい、恨めしい、妬ましい。
そして。
殺してやりたい。
そんな自身の殺意を抑えること出来ない、だが実際に殺す度胸も覚悟も少年には無い。
だからこうして叫ぶ。
「殺してやる」
殺してやる、と。
「殺してやる…………有栖ぅぅぅぅぅ!!」
少女の想い人の名を…………叫んだ。
明けて翌日。
朝から緊急の要件、と言うことで理事長の爺さんに呼び出された。
「………………死んだ?」
「ああ、急性心不全からの心臓麻痺だそうだ。自宅のベッドの上で眠るように死んでいたらしい」
死んだのはこの学校の一年生の男子。最近体調が悪いと訴え続けていたらしいのだが、病院でも原因不明とされ手の施しようも無く自宅療養。そして昨日の晩突然の心臓麻痺で死亡。
「…………病気だろ、ただの」
突然死んだ、なら分かるが前々から体調の異常を訴え続けていたのなら、ただの病気と見たほうが自然だろう。
病院でも原因不明、と言うのが少し気になる点だが。
「俺はただの病気だと思う…………が、アンタが俺を呼んだ、と言うことは違うと思っているんだな?」
俺の言葉に理事長が重々しく頷く。そうして机の上に置いてある一冊のファイルをこちらに差し出してくる。
「読んでみろ、それで事の不自然さが分かる」
理事長の言葉に従い、ファイルを受け取り、開く。
4月15日 ○○と言う生徒が体調不良を訴える。担任の教師も生徒の顔色が悪いこともありその日は早退させることとなる。
4月16日 昨日早退した○○と言う生徒の親から体調不良による欠席の連絡が届く。
4月17日 同上
4月18日 同上
4月19日 さすがにおかしいと思った○○と言う生徒の親が○○を病院へ連れて行ったが原因不明との診断を下された。気休め程度に点滴を打ち風邪薬が処方されたが、結局その日以降も○○の体調が優れることは無かった。
4月20日 同上
4月21日 同上
4月22日 昨日の夜からにかけて悪化した○○の体調、と言ってもまだ本人の意識はしっかりとしているし、身動きできないほどの重病、と言う様子ではないらしく、けれど気怠さと眠気、微熱が続く。
4月23日 朝○○の親が○○の部屋に入ったところ、既に心臓麻痺で死亡していた。医者の見地から見てもそれほどの重病ではなかったはずであり、昨日から今日にかけて容態が急変したとしてもどうして心臓麻痺なのか、そもそも数日前に取ったレントゲンを見れば○○の心臓を含めた体は正常そのものであり、死に至る原因が見えてこない、と言う。
「…………ふむ? これだけか? 多少不自然ではあるが、違和感のレベルだぞ?」
「そうだな、それだけなら医者の見落とし、最悪の場合、本人が自殺した、なんて可能性もあり得る」
心臓に針を注射して僅かに空気を入れることで心臓麻痺を擬似的に起こせる、と言う話があるらしいが、実際にそんなことをするやつはいないだろう。死にたいなら首を吊ればいいし、殺したいなら心臓を一刺しすれば良い。
と、まあそれはさておき。
「次のページから見てみろ」
疑問を浮かべる俺に対し、理事長が続きを促す。
首を傾げつつ、そうして次のページへと進む。
4月16日 ××と言う生徒が体調を不良を訴え…………
「……………………」
ページを捲る。
4月17日 体調は一向によくならない。一体どうなっているのか、クラスメートの○○と言う生徒もまた同じような症状が出ていることから、集団で風邪でもこじらせたのだろうか。回復の兆しの見えないままに一日が終わる。
ページを捲る。
4月18日 同上
4月19日 同上
4月20日 同上
4月21日 同上
4月22日 同上
4月23日
「……………………こいつは」
目を見開く俺に対し、さらに理事長が続けるよう促す。
4月17日 △△と言う生徒が体調不良を訴え…………
4月18日 一向に良くならず…………
4月19日 同上
4月20日 同上
4月21日 同上
4月22日 同上
4月23日
さらにページを捲る。
4月18日 □□と言う生徒が…………
4月19日 一向の良くならず…………
4月20日 同上
4月21日 同上
4月22日 同上
4月23日
「もう一人分あるが同じだ」
四人目まで捲り続けた俺に対し、理事長が言う。
「分かるか? 私がキミに頼む理由は」
「………………ああ、分かった」
これは異常だ。いくらなんでも、おかしすぎる。
「もしこれが呪術だとしたなら、術者はとんでもなく欲張りな上に相当な恨みを持った素人だな」
「何故そう思う?」
理事長の疑問に、ファイルのある部分を一つずつ指差していく。
それは…………体調不良になった初日。
「最初の生徒が17日。次の生徒が18日、その次が19日、次20日、最後に21日、と体調不良が五日連続で続いている上に、全員が同じ症状で同じように回復の見込みが無く、同じように処置の仕様が無い、そんな偶然があるか?」
あるわけが無い。もうここまで重なった以上これは人の手が介入していると見るべきだ。
「こいつは多分、毎日別の人間呪ってるんじゃねえのか?」
毎日、と言うよりは曜日毎に、か。
「ほら最初の○○って生徒だが最初に体調不良起こしたのが15日。それから悪化したのが22日。ちょうど一週間だ」
そしてとうとうその翌日に死んだ、と言うことは。
「今日の夜までに呪いをなんとかしないと不味いな、さらに一人死ぬことになる」
その言葉に血相を変えた理事長が机を叩く。
「それはいかん!!! なんとしても助けてくれ」
「分かってる…………だが情報が少なすぎる。術者の姿が見えてこない」
最悪、呪い返しでも使えば助けることはできるが、それでは術者が死ぬ。
被害者に共通しているのはこの学校の生徒である、と言うこと。クラスはバラバラだから違うだろう。
そして術者は被害者に強い恨みを持っている。
学生に対して強い恨みを持っている、となると。
「…………この学校の生徒か?」
「なにっ?!」
「クラスもバラバラ、共通点と言えばこの学校の生徒である、と言うことぐらい。そして術者は被害者に強い恨みがある。と、なると同じ学校の生徒でも無い限り早々接点が無いだろ。一応聞いておくが、最悪の場合術者は死んでも良いのか?」
術者、と言ったがその術者はこの学校の生徒の可能性が高い。
それを死なせても良いのか? そんな質問に対し、理事長は重々しく頷く。
「最悪の場合、構わん。これ以上被害が出るのを見過ごすわけにもいかない。だができるなら生かして欲しい。償いの機会を与えて欲しい」
頼む、と頭を下げる理事長に了承の意を告げる。
「承った」
そう言い残し、これ以上話すことも無いので部屋を出る。
屋上にひっそりと出て、理事長室から持ってきた資料を読む。
「…………共通点ねえ…………」
この学校の生徒である、と言うこと以外。何か犯人を絞り込めそうなものを捜す。
そうして15分ほど紙束と睨めっこし…………。
「…………これか?」
それらしきものを見つける。
「…………これに強い恨みをプラスして考えると…………」
何かがあった? いや、それでは恨みが薄れてしまう。
つまり…………何かがあり続けている。
可能性としては…………。
「苛めか?」
学校、恨み、同級生。
この三つから連想できるものは、それしかなかった。
次回、新キャラ登場。
ちょっとした言い訳。
心臓に空気を→空気血栓と言う症状が起こり、血管が詰まる。
心臓麻痺→心臓のポンプが突然働かなくなること。
医学的に心臓麻痺と言う病気は無いらしいです。
突然の心不全による死亡を総称して、みたいな感じの言葉らしいので、空気血栓も入るのか入らないのか……この小説では入る、と言うことにしておいてください。