有栖とアリス   作:水代

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有栖とルイ

 * 五月十二日日曜日 *

 

 アリスとジャアクフロスト。この二体の仲魔を使えば、ジョーカーともまともに戦えるようにはなるはずだ。

 残念ながらミズチはレベルがまだ圧倒的に足りないから、出せないが。

 問題は…………ようやくまともな勝負にはなりはする、だがそれでも勝てるわけではない、と言うことだ。

 実際のところ、過日だって最初からジャアクフロストを使っていれば、あそこまで一方的にやられることも無かっただろう。

 だがだからと言って、勝てたかと言われれば無理だと確信して言える。

 

 実際、まだ俺自身、勝てると言う自信が無い。

 というか、勝つためは足りないものがあると思っている。

 

 一つは継戦能力。

 と言うと分かりづらいから簡単に言えば、マグネタイトだ。

 

 正直言えば、あの新月の日の魔人との戦いからここまで戦ってばかりでCOMPのマグネタイトバッテリーはすでに空っぽだ。先日のビルでも、あのままアリスの機嫌を損ねて戦闘になっていれば、途中でマグ不足で敗北していたかもしれない程度には不味いレベルでマグが足りない。

 しかも、アリスがこれまでより大幅に強くなっている、つまり必要とするマグネタイトの量も跳ね上がっていると言うことであり、これまで以上に多く貯めないといけないだろう。

 特に圧倒的な物理破壊力を持つジョーカー相手の場合、物理耐性を持つジャアクフロストをどれだけ長時間召喚していられるか、と言うのが一つの分岐点となることは明白である以上、これを欠かすわけにはいかない。

 

 そしてもう一つが情報だ。

 そもそもほとんどの悪魔はその伝承にこそ全てが詰まっていると言って良い。

 その悪魔がどんな存在なのか、それは全て伝承が決定付けている。

 特に、分霊がこの世界に現界する時、その分霊の強さや覚えるスキルと言った諸々は、その世界の伝承に依存する部分が多い。

 だからこそ、その悪魔がどんな悪魔なのか、それが最も重要だろう。

 

 とは言ったものの。

 

「分かってるのはあの圧倒的な強さと…………ジョーカーって名前だけか」

 

 あとはあの紅くて、黒くて、白い、そんな不可思議な容姿…………いや、高位の悪魔ならいくらでも容姿を変えれる。それで探るのもあまりにも無意味かもしれない。

 ただ…………一つだけ、手がかりが無くもない。

 

 がたんごとん、と電車に揺られながら向っている先、そこに手がかりが…………今回のことを知っている、かもしれない、人物がいる。

「…………人、と言っていいのかは知らんがな」

「へー」

 どこにいくの? 電車の座席に座る俺の膝に寝転びながら尋ねてくるアリスにそう言って返す。

 六本木でアリスの魂を回収してからと言うもの、こうやって何かと勝手にCOMPから抜け出て引っ付いてくることが多くなった。

 その理由は恐らくだが、吸収した少女(アリス)の魂の影響ではないかと思われる。

 孤独の少女の寂しさが詰まったあの魂を吸収したことで、感情が引っ張られているのではないだろうか。

 まあ、特に害は無いだろう。見た目だけならアリスは日本人離れした容姿ではあるが、人間の範疇だ。

 そも外国人と言うのも、平成の世にあってこの首都東京ではそれほど珍しいものでもない。

 実際、電車に乗る他の乗客たちも、金の髪のアリスに一度目を惹かれ、けれどすぐに興味を失っていく様子だった。

 ぎゅっと俺のズボンを掴んでしがみつくように引っ付いてい来るアリスに、やれやれ、と内心で思いながらも苦笑してその頭を撫でる。

 気持ちよさそうに目を細めるアリスに、笑みを深くし。

 

 目的地が見えてきたことで、目を細めた。

 

 

 * * *

 

 

 まさかこの短期間でまた訪れることになるとは。

 それが俺の正直な感想だった。

 俺の仲魔のミズチのこともあるので、いつか彼女に会いにまた訪れるだろうとは予想していたが、まさか一ヶ月経たずまた訪れることになるとは思わなかった。

 以前訪れた時に寄った、あの喫茶店。

 目的地はそこだ。

 

「ここだな?」

 

 目的の店を前にして、一つ言葉を零す。

 それに、COMPの中から魔王ベリアルが是と返してきた。

「やっぱ、そう言うことか」

 以前来た時感じた感覚に、間違いが無かったことを確信しながら、店の扉を開く。

 

「やあ、いらっしゃい…………来ると思っていたよ、在月有栖」

 

 朝日の差し込んだ店内で、カウンター席に座りグラスを傾けていた男…………店主がこちらへと向き直り、そう言った。

「…………よう、大魔王サマ」

 告げた瞬間。

 

 喫茶店内の風景が一変した。

 

 黒紫色に彩られた店内、そして脈動するかのように蠢く床、今しがた入ってきたばかりの扉越しに見える外は、闇に覆われ一寸先とてその様子が伺えることは無かった。

 

「ようこそ、良くここまでたどり着いたね」

 

 ぱちぱち、と男が手を叩く。

 その姿がいつの間にか変貌している、確かに日本人とした黒い髪だった店主は、いつの間にか金髪の紳士風の男へと変化していた。

「すでに別の私がキミとは出会っているようだが…………まあここではルイ・サイファー…………ルイとでも呼んでくれればいいさ」

 そうして、いつの間にか置かれていた紅茶か何かが注がれたカップを手に取り、一口、口を付ける。

「さて、キミとしても私に聞きたいこともあるだろうが…………その前に少しだけ語らせてもらおうか」

 両手を広げ、少し大げさな…………どこか芝居がかった風に男…………ルイは続ける。

 

「運命とは幾つもの分岐の先に続いた結果のようなものだ。あの時ああしていれば、この時こうしていれば、そんな幾つもの選択から成り立つ一本の線、それを運命と人は呼ぶ。一度選べばそれは過去となる、一度決定されればそれは最早覆ることは無い。だが人と言うのはいつだって心の片隅、どこかで願っている…………過去を変えたいと」

 

 男の…………ルイの視線が、その微笑を浮かべた表情とは対象的な、鋭く、冷たい視線が俺を射抜く。

 

「だが過去とは変えられないものだ。なにせ世界がそれを許さない。過去を覆す、それは歴史を塗り替えると言うこと、だが歴史とは世界の記憶だ、つまりそれは世界の根底を揺るがす大事なのだよ。それをされれば世界が立ち行かなくなる、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。何故なら、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 何を言っているのか、何を言いたいのか分からないまま、ルイの言葉が続けられる。

 

「だがそれでも過去を変えたいと願う人間は少なからず居る。けれど実際に過去を変える方法を手に入れた人間はほんの一握り、その大半は失敗し、歴史の闇へと消えた。そしてだからこそ、彼女は考えた」

「…………彼女?」

「過去を変えるにはどうすればいいのか? 知る人間ならまず最初に思いつくのが、アカラナ回廊だろう」

 俺の口にした疑問には答えないまま、ルイが話を続ける。一体何を言いたいのかは分からないが、何となくそれが重要なことだと言うことだけは理解できた。

「だがすでにそれは失敗していることが歴史が証明している、大正の世に起きたその騒動は十四代目葛葉ライドウの手によってそれは防がれた。それが何故かを考えてみる、強者がいたから? ではより強者となって行動を起せば結果は変わったか? 答えは否だろう。何故か、それは先ほども言った言葉が全てだ…………この世界よりも上位の存在を作らせない、そのために世界は全力でそれを阻止しようとする。世界一つを相手にするには個人と言うのは余りにもちっぽけな存在だ。だから彼らは考えたのだ、世界が自分たちを邪魔すると言うのなら、まずは世界を壊すことから始めよう、と」

「……………………は?」

 あまりにも突飛の無い、飛躍したその発想に、考えに、思わず間の抜けた声が漏れ出る。

「世界を壊す、それは即ち神を殺すことだ。だから彼女は彼らと出合った」

 そこでルイが一度言葉を区切る、ここまでが一つの話だと言うかのように。

 そうして、俺を一瞥し、ふっと笑うとまた口を開いた。

 

「運命の悪戯、なんて言葉がある。人間は独力で運命を変えるほどの力は持っていない。あってもそれはほんの一部の人間だけだ。まして自分で運命を選択できる人間など極めて稀と言えるだろう。どれだけ力が大きかろうと、それは運命と言う名の世界の意思…………そう、神には抗うことなどできない。神は与える、助ける、祝福する。だから人は神に感謝する。その神の気まぐれのような意思に。神は奪う、殺す、呪う。だから人は神を畏れる。その神の天災のような気紛れさに。けれど、ほとんどの人間が神に弄ばれるだけの運命を迎合した中で、彼はそれに反発した。結果、手にした力も、地位も、名誉も、何もかもが奪い去られ、彼は野に捨てられた。神に敗れた愚か者の末路。けれど彼はそれで終わらなかった。神を呪い、呪いの言葉と共に魔人へと至った。そうして彼は永劫の時を生きる。神への呪詛をその身に溜め込みながら、かつて失った力を取り戻しながら」

 今度は彼、先ほどとは違う人間らしい。と言うことは分かるが、それが誰のことかは分からない。

「運命を打破する、それは即ち神を殺すことに等しい、だから彼は彼らと出合った」

 とうとうと語れる言葉の意味を必死に考える、それが誰のことなのか、そして何故今語るのか。

 そんな風にして、必死に頭を回転させていると、さらに次の言葉が語れる。

 

「生まれた意味などは誰も持っては居ない。それは生きていく中で見つけていくものであり、最初から目的を持って生まれてきた存在など、そんなものそれこそ神によって作られた救世主くらいだろう。だが彼は救世主ではない、そもそも神に作られた存在ですらない。ただ科学の輩の叡智と欲によって生まれてきた。それこそを生まれた意味とされた。だがそんなものは他人に後付けされた意味の無いものでしかない。ただ彼は生きていたかった。そのために力と智を欲した。つまり彼は自由が欲しかったのだ、何せ彼には自由に生きることすら許されない。百に届こうという死者の群れは彼を死の淵へと連れて行こうと、引き摺ろうとしてくる。だから彼は力を欲した、だから彼は異端だった」

 何となく、だが…………理解できてきた。ルイの言っている言葉の意味、それが誰を指すのか。

 そのことをルイが察したのかどうかは知らないが、言葉は続く。

「彼だけは異端だった、彼だけは目的が違う。それでも力とそして智を欲し、何よりも仲間を欲し、彼らと出合った」

 

 これで三人。きっと後、一人居るはずだ…………そして、俺が最も知りたがっていた情報が、そこにある。

 言葉を止めたルイは、けれどすぐには次を話そうとはせず、再びカップに口をつける。

 

「狂信、と言うのは厄介なものだ。どこまで盲目的に信じ続ける。それは言葉にすれば簡単だが、どこまでも難しい。キミは聖書を読んだことがあるかね? 神は時に人にとんでもない試練を貸してくる。父親に、自らの一人息子を生贄として殺せと強要する話だってある。神は人を試す、人の信仰を試すためならば神は悪魔の言葉にすら乗る。そうした数々の苦難を神の試練を考え、乗り越えることができたならばそれは立派な狂信者だ。だってそんなもの狂っているではないか、自身の生すら神のために捨てることができる存在なんて、生物として存在そのものが間違っている。だが世界にはそんな存在がいる、確かに存在する。けれどそんなもの少数だ、ほんの僅か、一握りの人間の中のさらに一握り。狂信的と呼ばれる人間の大半はどこかで気付く、自身の無意味さに。そして我慢できなくなる、どうして神はこれほどの苦行を自身に与えるのだろうか、と。傷が浅いうちはまだ良いさ、失ったものは多少あっても、取り戻せないほどでも無い。信仰の道を捨て、一人で自らの足で立って歩いていくことはできる」

 

 だがもし。と、少しだけ声音を変えてルイは言う。

 

「もし狂信一歩手前で気付いてしまったらどうだろう。何もかも失って、何もかも奪い去られて、そこまで耐えてきたのに、最後の一線を越える前に気付いてしまったら…………もう手遅れだ、正気で居られるものじゃない。狂う、狂う、狂う。なまじ強く信じていただけに、裏切られた時の喪失感、そして虚無感、何よりも憤りは常人の比ではない。それこそ、感情が荒ぶり、人の身を捨ててしまうほどに猛り狂った怒り、やがて彼は神への報復を誓う。奪われただけ神から奪おう、失っただけ神から奪い去ろう」

 

 ことん、と手に持ったカップを置く。

 そうして、一度目を閉じ、そうして再び開く、視線を俺のほうへ。

 

「彼の怒りは世界の許容を超え、世界に穴を穿つ、そこから流れ込んできたのは怒りの理。憤怒の権能」

 

 即ち、大罪。

 

「手に入れた権能からの繋がりを使い、彼は一体の悪魔と契約を交わした、その契約内容は」

 

 ()()()()()()

 

「そうして彼は絶対の力を手に入れた、天界魔界、どちらにおいても最強とされる悪魔」

 

 神霊/魔王サタンの権能を。

 

 

 




今回と次回は、ネタバラシ回。

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