* 五月十二日日曜日 *
「サタン…………サタン…………都合が良いってのはそう言うことか」
魔王サタン、聞きかじり程度の知識ではあるが、魔界にて魔王ルシファーと覇権を賭けて争っていると言う。
目の前の男…………ルイからすれば、サタンが何を企んでいるかはどうでもいい、とにかくライバルが失敗してくれれば良いのだろう。
「まあそれも一つあるね、だがそれだけじゃない」
そんな俺の思考を読み取ったかのように、ルイが頷き、けれど、と一言付け加える。
「それだけじゃない?」
他にも意図があるのか、そんな風にいぶかしむ俺に、ルイが言う。
「サタンの台頭は決してキミたちにとっても良いものでもない、と言うことさ」
そもそもな話。
「サタンと言う存在について、キミはどれくらい知っている?」
そんなルイの問いに、少しだけ考え。
「神に反逆した堕天使たちの長。後は魔界でアンタと勢力争いをしているらしい、ってことくらいか」
実際問題、有名な悪魔ではあるが、本当に出会うことはまず有り得ない存在なので、伝承以上のことを知っているやつなどほぼゼロに等しい。
逆に目の前の男、ルイは何故か知らないがちょくちょく現世へと姿を現すのが確認されており、その時々に語った言葉の内容からいくらかその実情が察せられることがある。
朔良の話によれば、十四代目葛葉ライドウもかつてルイ・サイファーと名乗る男と出合ったことがあると言う。
まあそんな感じに同じくらい有名な存在でも、その実情は実に対称的だと言わざるを得ない。
余計な話をしてしまったが、要するに俺はサタンと言う悪魔についてほとんど何も知らないと言っても良い。
だからこそ、ルイが語る内容は俺にとって驚愕の連続であった。
「サタンとは、敵対者だ」
始まりはそんな言葉だった。
「あらゆる存在への敵対を定められた存在。それが魔王サタン、サタンは確かにかつて神に反逆し、魔王となった。それは私と同じ、けれどある一点に置いて、サタンは私とはまるで異なる点がある、それが何か分かるかい?」
ルイの問いかけに、考え、けれど首を振る。そんな自身に怒るでも無く、落胆するでも無く、特にこれと言った感情を見せずにルイは答えを告げる。
「私は私の意思によって反逆した。だがサタンはその存在理由から反逆した、不思議に思わないかな? どうして神に反逆したサタンは魔王でありながら、同時に神霊と呼ばれるのか」
そう確かにルイは先ほど言った、サタンを指して。
神霊/魔王と。
「サタンは敵対者だ…………けどね、
言葉を切って問いかけられたその言葉の内容を吟味し…………そして気付く、気付いてしまう。
「…………おい、まさか…………」
俺が気付いたことに気付いたか、ルイが頷き、そして語る。
「そうだ、サタンを生み出したのは神自身だ、だからこそ、その性質は神によって定められたと言っても良い」
神に反逆し堕ちた魔王。
だが同時にそれは神によって定められた予定調和。
どうしてそんなことを?
そんな俺の疑問に、ルイが答える。
「どんな物語にも、敵役と言うのは必要になるとは思わないかな?」
つまるところ、それが全ての答えだった。
「サタンとは神の一面だ、人を守護し、救う救世の神が表の顔とすれば、人を貶め、黄泉へと落とそうとする悪魔が裏の顔、そう神とは決して全能の存在ではない、ただ限りなく全能に近いだけの万能の存在だ。この世界がその証明だ、我々悪魔の存在がその証明だ、神が自身に似せて創った人と言う不完全さがその証明だ」
その言葉はまさに悪魔の言葉だ。メシア教の人間が聞けばきっと激怒するに違いない、神の不完全さを語る、二重の意味での悪魔の言葉。
「今この世界において、かの四文字はかつて無いほどに弱っている」
そうして続いて語られる言葉は。
「その点に関しては、かのサツジンキに感謝しているよ」
どこかで聞いた名前だった。
* * *
「サツジンキ…………?」
鸚鵡返しに呟いたその言葉に、ルイがああ、と顔を上げる。
「そう言えば、キミの家族だったね」
その言葉に、思わず目を見開く。
「やっぱ兄貴の…………なんで知って…………」
「ふふ、まあ教えて良いんだけど…………まああれはキミに関係の無い話だ、割愛しようか。そうだね、要点だけ教えようか」
曰くサツジンキ。
殺神鬼。
つまるところ。
「今の名は篠月天満だったかな? 彼は過去に神を殺した、つまりそう言うことだよ」
神を殺した存在。ルイに知っている限り、そんなもの片手の指で数えるほどしか居ない、と言う。
一人は未来、大崩壊のさらに後の世界に人の手によって生み出された救世主。
一人は現在、邪神に唆されCOMPを手に取っただけの人間。
一人は過去、西洋の街にふと現れたシリアルキラー。
まず最初に言っておく前提として。
神と言う概念は不滅だ。
どれだけの力を持ってしても、神と言う概念は決して失われない。つまり、
だが実際に、神を殺した存在と言うのが本当に極々僅かではあるが、存在する。
だとすれば、彼らは一体何を殺したのか。
答えは神の分霊である。
ただこの場合の分霊と言うのが他と違う。
全ての悪魔にとって分霊と言うのは本体の識能の一部を宿したいわゆる分身体のような存在だ。
分霊が倒されれば多少の痛手はあれど、本体への影響はそれほど大きくは無い。
簡単に言えばトカゲの尻尾を切られた程度の物である。
だが神の分霊だけは例外である、率直に言って。
神の分霊は平行する世界の他の分霊と繋がっている。
例えるなら、人の手足のようなものだ。もし深手を負おうものなら、その世界と隣接する世界への影響すらも出かねない。
その代わりに、各分霊が持つ力は本体に近い。完全に同一、と言うのは難しいが、限り無く全能に近い万能と例えられる所以はここにある。
そして俺の兄は一つとんでもないことをやってのけた。
殺した神の分霊を遡って、唯一神の本体にまでダメージを通したのだ。
先ほどの手足の例えで言うなら、指先でつついていたらいきなり手首ごと切り落とされたようなそんな状況。
神は不滅故に失った分霊もいつかは復活する、だがそれも相当に先の話だ。
当たり前だが、当時のメシア教は狂乱した、いきなり神が消え去ったのだ、当たり前である。
そしてガイア教は狂喜した、最大の障害が何もせずとも消え去ったのだ、当たり前である。
だがここで話は終わらない。
神の消失により混乱しきったメシアの目を盗み、ガイア教は持てる全てを使い、大魔王ルシファーを召喚した。
神を除けば最早最強の存在だった大魔王を呼び出したことにより、趨勢は一気にガイアに傾いた、と思われた。
また兄がやらかした。
今度は大魔王を殺したのだ。
ルイから話を聞きながら俺の頬を引き攣りっぱなしである。
そのせいで当時の兄はメシア教最大の敵にして、ガイア教最大の敵に認定されていたらしい。
まあ殺された当の本人があっけからんと語っているのを見ると、何とも言えない気分になるが。
まあそれはさて置いて。
とにかく兄の為したことにより、この世界の神にまで甚大な影響があり、神は尋常ではないくらいにまで弱っている。
そしてその隙を突いて、ルシファー含む七体の悪魔が神からあるものを盗んだ。
「盗んだ?」
「そう、まさしく盗んだのだよ、掠め取ったと言っても良い」
一体何を? そう尋ねる俺の言葉にルイが口元を吊り上げ、そうして告げる。
「大罪だ」
* * *
メシア教において、人の罪を生み出す七つの感情を大罪と呼ぶ。
傲慢、憤怒、嫉妬、怠惰、強欲、暴食、色欲。
「これら大罪はある重要なものを示す証左だ、だからこそ全ての世界の神はこの七つの識能を封じてきた」
だが兄の所業により弱った神、そしてその隙を突いて七体の悪魔がこれを神の元より奪った。
「そうして七体がそれぞれ一つずつ大罪を司ることで、神からの干渉を避けた」
魔王ルシファーが傲慢を司り。
魔王サタンが憤怒を司り。
魔王レヴィアタンが嫉妬を司り。
魔王ベルフィゴールが怠惰を司り。
魔王マモンが強欲を司り。
魔王ベルゼブブが暴食を司り。
魔王アスモデウスが色欲を司った。
「いかに神と言えど、この七の魔王たちには簡単には手出し出来ない。何より、魔王たちが奪ったのは神の急所となり得るものだったから、余計に神の力は届かない」
「結局…………何なんだ、ある重要な物、とか神の急所とか…………大罪が一体何を示す?」
そんな俺の問いに、ルイが簡単なことさ、と前置きし。
「神の不完全さ、だよ」
そう告げた。
かつて神は自らの形に似せて人を作ったと言われる。
だが神が自らに似せて創ったはずの人はあまりにも不完全でそして愚かな存在だ。
だとするならば、人の元となった神とは、決して完全な存在ではないのではないだろうか。
実際人がこうまで不完全であるならば、神もまた不完全な存在なのではないだろうか。
それを証明するのが大罪。
人に罪を犯させる源となる七つの感情。
どうしてこんなものが残っているのか。存在しているのか。
神が完全なら消し去ってしまえばいいではないか。
それが消すことが出来ないと言うことそのものが、神の不完全さの証明に成り得る。
そして同時に、この大罪は神への切り札とも成り得るのだ。
「人を貶める七つの罪、だとすれば…………神をも貶めることが出来る、そうは思わないかい?」
そうして生まれたのが。
大罪悪魔。
「キミはあの回廊で出会った時に思ったんじゃないだろうか、どうして自分の名前を知っているのだろう、と」
「……………………」
それは正直思った、あの場では聞けなかったが、それでも俺はルイと出合ったのは、初めてここに来た時一回だけだったはずだ。だがあの時、悠希や詩織が俺の名を連呼していたから、下の名前は知っていてもおかしくはないが、上の名前は一度も言った覚えが無い。
だから、どこかで会っているのかとも思ったが、それも覚えが無い。
そもそもアカラナ回廊で出会った時、どうして俺がジョーカーと出会ったことを知っていたのだろう、あの意味ありげな忠告は予め知っていたとしか思えない。
だが先ほども言ったが、俺は出合った覚えが無い。
ならば、どうして?
その答えは。
「キミはキミのジャアクフロストのデータを見たことがあるかい?」
そして唐突に出た質問に、眉根を顰める。
「どういうことだ?」
口に出した言葉にけれどルイは答えない。
いぶかしみつつもCOMPを開き、過去のデータを開く。
ジャアクフロストはすでに何度か使役しているのでデータはすでに完全に開示されているはずだが。
魔王 “■■■■■■”ジャアクフロスト
LV90 HP2380/2380 MP790/790
力95 魔93 体99 速76 運75
耐性:物理
無効:破魔、万能
反射:火炎、氷結、呪殺
ギャラクティカフロストパンチ、ブーメランフロステリオス、メギドラオン、メギドラダイン
■■■■■、メディアラハン、クライシス、バリアブレイク
備考:■■【■■】の権能を持つジャアクフロスト。僅かにだが■■■■■の力を宿す。
■■■■■■ ????
「…………あ?」
文字化けし、言葉の部分部分が黒に塗りつぶされたデータ。
まるでアリスのような。
「どういうことだ、今までこんなもの無かったぞ」
と言うか、今まで深く考えたこと無かったが、そもそもなんでこいつ、分類が魔王なんだ?
ジャアクフロストは基本的に夜魔に分類されるはずだが…………。
「COMPのバグだね、それは仕方の無いことだ。ある意味、大罪悪魔は原種の悪魔とは違う、亜種悪魔とすら呼べない別存在となるからね」
ルイがくすり、と笑ってこちらへとやってくる。
そうしてすっと手を伸ばし、俺のCOMPをこつん、と叩く。
瞬間。
plug-in install
COMPの画面にそう表記され、メーターのようなものが表示され、一瞬でそれが満タンになる。
install complete
「は? ちょ、待て、何した?!」
「普通のCOMPじゃ大罪悪魔は表示できない、だからそのためにプラグインを一つ上げたのさ、もう一度データを開いてみるといい」
ルイに言われるがままにもう一度ジャアクフロストのデータを開き。
魔王 “大罪なる傲慢”ジャアクフロスト
LV90 HP2380/2380 MP790/790
力95 魔93 体99 速76 運75
耐性:物理
無効:破魔、万能
反射:火炎、氷結、呪殺
ギャラクティカフロストパンチ、ブーメランフロステリオス、メギドラオン、メギドラダイン
悪しき輝き、メディアラハン、クライシス、バリアブレイク
備考:大罪【傲慢】の権能を持つジャアクフロスト。僅かにだがルシファーの力を宿す。
大罪なる傲慢 自分の行動終了時、低確率でもう一度行動する。この効果は一度の行動に付き一回発生する。
「…………………………なんだこれ」
表記された内容に、思わずついて出た言葉はそれだった。