有栖とアリス   作:水代

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朔良と失踪事件

 * 五月十二日日曜日 *

 

「キミに依頼がある」

 変貌した自身の仲魔のステータスに驚愕している自身に、ルイがそう告げた。

「やつを…………ジョーカーを倒し、サタンの企みを潰して欲しい」

 その依頼は、ある意味自身の目的とも合致している、だからこそ、頷いても良い。

 

 良いのだが。

 

「受けても良い…………が、代わりに質問に答えてくれ」

 分からないことが多い現状で、この機会を逃すことはできない。

 自身の言葉に、ルイが何かな? と返す。

 

「一つ目、大罪悪魔ってのは、俺のジャアクフロストみたいな悪魔のことでいいのか?」

 その問いに、ルイが一つ頷く。

「ああ、そうだね。大罪の名を背負う存在、それが大罪悪魔。その特徴として、それぞれの大罪を司る悪魔の識能の一部を宿している。キミのジャアクフロストが本来使えるはずの無いスキルを持っているのはそれが原因だね」

「なるほど…………ん、司る…………傲慢…………まさかジャアクフロストの持ってる識能は」

 気がついてしまった可能性にはっとなって顔を上げ、ルイが一つ頷く。

 ようやく理解する、何故ルイが俺のことを知っていたのか。

 調べたのか、それとも仲魔越しに情報が届いたのか、それは知らないが。

 七つの大罪…………知識としては知っている、中でも傲慢を象徴する悪魔は…………。

 

「大罪悪魔が大罪を司る悪魔の識能をどれだけ持てるか、それは悪魔自身の容量(リソース)も重要さだが、識能を与える悪魔が基本的な配分を握っている。もし依頼を受けてくれるのなら、キミの仲魔をさらに強化しよう」

 ジャアクフロストはこちらの切り札の一枚である、それを強化できると言うのなら、かなりメリットは高い。

 正直それだけでも二つ返事で受けても良いくらいだ。

 

「さらにもう一つ、これを渡そう」

 そう言ってルイがいつの間にか手に持っていたソレを投げ、少し驚きながらも受け取る。

 受け取ったそれに視線を落とす…………指一本分ほどの大きさの黒いメモリだった。

「…………これは?」

「COMPの改造プログラム、と言ったところか…………知り合いに作ってもらったものでね、キミのCOMPはキミの仲魔たちのレベルに比べて余りにも貧弱だ、それは理解しているはずだ」

 

 否定はできない。COMPバッテリーに溜め込める上限いっぱいまで溜め込んだはずのMAGは、けれど俺の仲魔たちが全力を振り絞れば、僅か一戦で根こそぎ無くなる程度の量しかない。それでも騙し騙しこれまでやってはきたが、あのジョーカーと言う名の怪物を相手にそんな大きなハンデを抱えたまま勝てるか、と言われれば不安しか無かった。

 他にももっと上等なCOMPならあるはずの機能(アプリ)が欠落した今のCOMPは、仲魔たちが全力を出さなければいけない状況において、余りにもサポート機能が不足していると言う欠点がある。

 

 だがそもそもの話、ここ最近出会う敵が異常過ぎるだけであって、本来ならそんな状況、滅多にあるはずが無いのだ。

 今は俺の仲魔のジャックフロスト…………あのレベルの悪魔など本来、十年に一度、発生するかどうかと言う程度の頻度の存在であり、万一発生してもヤタガラスのサポートの元で戦えるはずであり、今のような現状と言うのは余りにも異常事態過ぎた。これを予想していろ、と言うのはどだい無理な話と言うものだ。

 

 とは言ったものの、実際問題起こってしまっているのだから、そんなことを言っても仕方ない。

 ヤタガラスに言って取り替えてもらおうにも、サマナー自身の実力が追いついていないので、対応してくれない。

 国家運営だけあって、とことんお役所仕事である、キョウジを通せば融通してくれるかもしれないが、すでに独立している以上、まともに頼めばどれだけのことを要求されるかわかったものじゃない。

 と言うか普通に断られる気がする、何せ俺はキョウジの弟子と言う立場ではあるが、それは非公式だし、そもそも俺は葛葉のサマナーで無いフリーのサマナーである以上、キョウジがその立場を使って優遇する理由が無い。

 弟子だから、なんてそんな甘えた理由で頼めば、普通に見限られそうな気がする、と言うか見限る。少なくとも、俺の知っているキョウジなら絶対だ。

 

 手の中のメモリを見る…………これを使えば、少なくとも現状よりもマシな機能になる、と言うことだ。

 大魔王がわざわざ作らせた、と言うことはその性能も相当なものになると期待できる。

 正直言えば欲しい…………だがこれを使えば自動的に依頼を受けると言うことになる。

 

 だがそもそもルイからの依頼はジョーカーを倒すこと、衝突が避けられない以上、例え依頼を受けずとも倒さねばならない相手だ。

 だとすればこれは渡りに船、実質デメリットはゼロに等しい。

 つまり、受けない理由など無い…………そのはずなのだ。

 

 だったらどうして俺は即答できないのか。

 簡単だ、余りにも簡単過ぎる。

 

 “あまりにも都合が良すぎる”

 

 たったそれだけ、その一つだけが俺を頷かせない。

 普通に考えれば馬鹿な話だ。

 在りもしない不安に怯え、これだけの美味い話を逃すなんて…………普通に考えば有り得ないだろう。

 だが相手は悪魔だ…………ただの悪魔じゃない、悪魔たちの王だ。

 

 どう考えても罠にしか見えない。

 

 その思いだけが俺を押し留めている。

 そして、だからこそ、次に告げられた言葉に、驚きはしなかった。

 

「それと、依頼とは別に代わりに一つ頼みがあるんだ」

 

 黙って続きを促す、それを受けてルイが微笑む、造詣の整った顔だけに、まるでどこぞの貴公子のように見える…………一見。

 けれど俺にはその笑みが人を堕とそうと企む悪魔の笑みに見えて仕方なかった。

 そんな俺を他所に、ルイが続ける。

 

()()()()()()()()()()()()()

 

 そうしてルイは告げる。

 

()()()()()()()()()()

 

 悪魔の囁きを。

 

 

 * 五月十三日月曜日 *

 

「これで七件目…………さすがにこれだけ事件が続いてるのに手がかり一つ無いと、悪魔の関与を疑うレベルね」

 葛葉朔良は一人そう思案し、言葉を漏らす。

 オフィス街の雑居ビルの屋上。鍵のかかっていたはずのその場所で殺された人間が警察によって運ばれていくのを尻目に、さらに思案する。

 周囲に目を配れば、鉄柵が張り巡らされているが、約一メートルほどと言った高さで、大の大人であれば十分に乗り越えれるだろうことは推察できる。

 だから必ずしも人間の仕業ではない、とは言えないが…………かと言って、鍵のかかったこの屋上にどうやって人一人連れてきたのか、と言う謎は残る。

 鍵が開けられた痕跡が無く、少なくとも、ピッキングなどの類では無い。だが、この屋上の鍵はこのビルの一階に保管されたままで、ここ数日誰も持ち出されていないし、持ち出されていればすぐに分かる。

 

「…………ただ、今回ばかりは決定的かもしれないわね」

 

 だからこそ、自分が遣わされてきたのだろうことは、すぐに理解できた。

 仮にもキョウジがわざわざ直接向かえと言ってきたのだ、何か掴んではいるのだろう。

 実際、今回の事件はそれほど異常だった。

 

 吸血鬼事件。

 

 今回の殺人事件と同系統の、いくつかの事件を総称して巷でそう呼ばれている。

 恐らく今回もそれに入るだろう。

 

 毎回別々の場所で起こるこの事件だが、一貫して共通する部分は三つある。

 

 一つ目、死亡時刻が毎回夜であること。

 二つ目、死因が毎度失血死であること。

 

 今回もこの例に漏れず、死亡推定時刻は深夜、そして死因は失血死。

 だからこそ警察もこれを七件目の連続殺人事件として処理しているのだろう。

 昔ならともかく、現代において、失血死と言うのはそう簡単に起こりうるものではないだろう。

 勿論全く起こり得ないというわけでもない、交通事故などで血管を深く損傷すればそう言ったことも起こりえるだろう…………だが。

 

 三つ目、死体に致命傷となり得る傷が一つとしてないこと。

 

 傷が無いわけではない、だがどれもさして深く無い。

 まるで血管が内から破裂して傷口から流れ出たような…………遺体を解剖した解剖医の誰もが首を捻った謎。

 そして何より不可思議なのが。

 

 失血死していると言うのに、現場に付着した血の量が明らかに少なすぎること。

 

 まるで擦り傷で少し血が流れた程度、と言った感じで、ティッシュ一枚あれば拭いきれる程度の量しか現場で血液が見つかっていないのだ。

 だがどの被害者も、少なくとも、全体の半分以上の血液を抜き取られているとの結果が出ている。

 人間の体の大部分を構成するのは水分であり、全身を巡っている血液の量はそれは相当な量になる。

 だからこそ、分からないのだ。一体それだけの量の血液がどこに行ったのか。

 注射器か何かで抜き取った、とも考えられたが、しかし先ほども言ったように被害者の傷口の血管は、まるで内から破裂したような跡があり、傷口から想像できる出血量と、現場に残った血液量が明らかにつりあっていない。

 

 ここに来て当等ヤタガラスが動き出した。と言うか、ここまで不可思議な結果を幾つも残されると、逆にどうして七件目まで動かなかったのだ、と言いたくなるが、それはさておき。

 キョウジに言われてここにやってきたはいいが、葛葉の里単位で見ると別に自分は葛葉キョウジの部下でも何でもない。上役は同じな以上、むしろ同僚とすら言える…………まあそれでもライドウ()()の自分と、現役のキョウジであるあっちとでは上下が無いとは言えないが。

 だとすれば今回どうしてこうして素直にやってきたかと言えば、これがヤタガラスからの命令だったからだ。

 一応こちらには、葛葉からヤタガラスへの所謂出向のような扱いになっているので、今の上長はヤタガラス、と言うことになる。

 

 だからこそ、こうして現場に来たのだが。

 

「…………いや、どうして今まで誰も気付かなかったのよ、これ」

 

 ため息を吐く。今回ヤタガラスが動きだしてから真っ先にやってきたのが自分なのだから、仕方ないのだが。

 現場にいざ言ってみれば、あまりにも分かりやすいその事実に、顔をしかめる。

 悪魔に関わった人間が先ほど運ばれた遺体を見れば誰でも分かるだろう。

 

 マグネタイトが余りにも少なすぎる。

 

 当たり前だが人間が死ねば人の内に溜まったマグネタイトは徐々に霧散を始める。

 マグネタイトは人間の感情の揺らぎから生まれる産物であり、感情どころか生命を失った人間の内にいつまでも留まってはいないのだ。

 と言っても、ゼロになるわけではない、ほぼ一日かけて半分以上が空間へと溶け出し、残りの半分は体内の留まり、肉や骨に染み付いていく。

 生ける屍(リビングデッド)が生まれたり、死肉や骨を呪術に利用できたりするのは、これが原因の一つとしてある。

 まあ余計な説明が長くなったが、要は人が死んでもいくらかは死体にマグネタイトが残るのだ。

 だが先ほどの遺体には、凡そマグネタイトらしきものが感じられなかった。

 見鬼の(すべ)は葛葉の人間として当たり前のように身に着けている。仲魔の誰かに見せても、恐らく同じ感想だろう。

 

 こうなると今回の一連の殺人事件全てがこの状態であると考えられる。

 

 よくよく考えれば、血など一番マグネタイトが濃厚な部分だ、そう考えればやはりこれはそう言う事件なのだろうことは想像に難くない。

 

「要調査…………かしらね」

 

 まあ葛葉朔良にその手の調査能力は無い。報告だけは上に上げておいて、後はヤタガラスに任せるのが一番だろう。

 百年も前とは違うのだ、テクノロジーの発達した現代社会において、サマナー個人が一つの事件の調査全てを担うなんてことする必要も無い。

 

 そんな言い訳を考えながら、さて、他にも何か手がかりはないかと周囲を見渡した。

 

 

 * 五月十二日日曜日 *

 

「…………………………」

 思わず頬を引き攣らせ、無言のままにルイを見やる。

 俺の視線に気付き、笑みを一層深くして。

「キミに引き取ってもらいたいのは彼女だ」

 そうして半ば諦めつつも、それでも一縷の可能性に賭けていた俺の願いを、あっさりと踏みにじり現実を突きつけてくる。

 

 悪魔を一匹引き取って欲しい。

 

 それが契約。余りにも美味すぎる契約の代償。

 必ず何かはあると分かっていた。それでも契約した、何故ならせざるを得なかったから。

 ジョーカーに勝つために…………和泉を助けるためには、他に手段なんて選んでいられなかったから。

 そしてこれだけのメリットに釣りあうだけの大きなデメリット…………きっと何かしら問題があるのだと言うことは予想できていた。

 だが、さすがにこればかりは予想できなかった。

 

 ルイがパチン、と指を鳴らせば…………いつからいたのか、気付けば店内に置かれた椅子の一つの少女が座っていた。

 白いくすんだ長髪の、外見だけ見ればまだ十にも満たないだろう、人間のような少女。幼女と言っても良いかもしれない。

 悪魔であることは間違いない。先ほどルイ自身が悪魔を引き取って欲しいと言ってたし、俺自身少女がそうであると直感している。

 だが、余りにも弱弱しい。レベルにすれば恐らく5も無いだろう。下手すれば最小と言われる1かもしれない。

「おいで」

 ルイが一つ呟けば、機械染みたまるで生気を感じさせない動きのまま少女が椅子から降り、振り返ってこちらへとやってくる。

 そうして振り返った少女の顔を見て、さらに驚く。

 

 何も無かった。

 

 その目に何の色も無かった。

 

 こちらを認識しているのかすらも怪しい、と言うかそもそも見えているのかどうかすら分からない。

 

 それでも淀み無い機械染みた規則正しい足取りでルイの下まで少女がやってくる。

 その少女の肩を掴み、くるりとこちらへと向けてくる。

 

「キミに引き取ってもらいたいのは彼女だ」

 

 ルイの言葉に、少女を見る。

 少女の瞳は何も映さない。

 そこには何の感情も無く、何の感慨も無く、何の意思も無かった。

 器だけ残した魂の抜けた空っぽの人形。そんな印象が拭えない。

 

「まずは名前だ」

 

 眉根をしかめる俺に、ルイはそう言った。

 

「彼女には何も無い。力も無い、知恵も無い、心も無い、意思も無い、名前すら無い」

 

 だから、とルイが続ける。

 

「キミが名前をつけて欲しい、在月有栖」

 

 名前を、そう問われ、けれど疑問より先に、ふと脳裏に浮かんだ言葉が口をついて出た。

 

「ルイ」

 

 それは目の前の男と同じ名前。

 けれどそれは、男の名前ではない。

 

「……………………る…………い…………」

 

 初めて少女が口を開く。耳に届く言葉はまるで感情は無い、けれど綺麗な…………鈴を転がすような声。

 

「喋った…………」

 

 驚いたように呟いたその声は俺…………ではなく、ルイだった。

「は、はは…………ははははは」

 笑う、笑う、笑う。楽しそうに、愉快そうに、痛快そうに。

「まさか…………まさか、まさか、まさか…………本当にやってくれるとはね、こんなに簡単に」

 その視線がすうっと移動し、こちらを向く。

「在月有栖…………私はキミが気に入ったよ」

 唐突に、ルイがそう告げる。

 

「彼女…………ルイには何も無い。力が無い、知恵も無い、意思も無い。空虚だ、何もかもが無い。空っぽの何かを埋めるための隙間すら無い。詰まっている、詰まっているのに何も無い。これ以上どうにもならない、どうもしない、変化は無く、終わっていく、朽ちていく…………そんな存在だった」

 

 楽しそうに、楽しそうにルイが言う。

 

「だが変わった、少なくとも、名前は手に入れた。そして今、小さくはあるが意思も芽生えた、キミのたった一言で、ただの一言で変わったんだ」

 

 そんな悪魔の深い笑みに。

 

「キミに任せよう、全てキミの思うが通りにすれば良い。その結果を私は知りたい、知りたいと思わされた。先が見たいとそう思ってしまった。だからキミに全て任せよう、キミが思うがままにルイを形作って欲しい」

 

 ああ、やっぱり厄介ごとだ…………そう思って。

 

「またいつでも来ると良い、気が向いたならキミの疑問にも答えを返そう」

 

 こちらを見つめる少女…………ルイの視線に気付き。

 

「少なくとも、私はいつでもキミを歓迎しよう」

 

 まあいつものことか…………そう嘆息し、苦笑した。

 

 




ロリ閣下。ふと思いついたらもう出さずにはいられなかった(

因みに、ヒロインと同じく、LNCルートによって…………

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