ボッとタバコに火を付ける。
大きく息を吸おうと…………そうしようとして、けれど上手く出来ない。
「…………っ、肺がかたっぽ潰れてやがるな」
活性マグが最大限に働いているせいで、そこまで不便を感じなかったが、それでもまだ、一応ギリギリでキョウジは人間だ。
心臓が抉られれば死ぬし、頭がはじけ飛べば死ぬ。まあ最も、心臓が、脳が止まった程度ならば、活性マグの作用ですぐに復活するだろうが。
「………………………………つくづく、貴様とは縁がある」
吐き捨てるように王が呟く。キョウジが壁を背に座り込んでいるのに対して、あちらはまだ立っている。
だが全身焼け焦げて…………満身創痍だ。
まあ当たり前だろう、シャッフラーでカード状態に変化させてからスルトとの合体奥義トリスアギオンを叩き込んだのだ、生きているだけでも不思議かもしれない。
「結局、お前たちが何をしたかったのか、今になっても分からん」
上手く吸えないタバコに苛立ちながら、キョウジが呟く。
それは王に投げかけた言葉のようでいて、けれど独り言のようにも聞こえた。
「何度目の問いかな」
王もそれに、キョウジへの返答のような、それともただの独り言のような、そんな口調で返す。
すでに仲魔たちは死滅していた。
単純に言って、この戦いの趨勢は常に王にあった。
当たり前と言っても良いかも知れない。
何せ、レベルからして、王とはキョウジの完全なる上位互換であるから。
サマナー本人もキョウジよりも強く、仲魔たちもキョウジの仲魔よりも強い。
それでもこの戦いは引き分けだ。
序盤はカーリー、アンズー、クラマテング、スルト、モト、ウリエルの仲魔たちだけの戦いだった。
だが火炎属性が強みの王の仲魔たちに対して、火炎弱点のアンズーがいる以上不利は否めない。
だからキョウジは最初から的を絞っていた。
唯一データの無い敵、ウリエルを集中して狙った。
いくらレベルに劣るとは言え、二十も三十も低いわけではない。
と言うか、レベル70を超えるような悪魔は、最早全員規格外であり、レベル差がそこまで大きく影響しない。
故に、三体の集中攻撃にウリエルが落ちた。
だが同時にカーリー、アンズー、クラマテングも敗北する。
入れ替わりに出てきたのは、トウテツ、オンギョウキ、そしてスルト。
先ほどを超える激戦がそこにあった。
敵の攻撃は全てスルトが受ける。有栖からの情報で、火炎耐性を貫通することはわかっている。火炎吸収のスルトとでも相性が悪いかもしれない。
だが。
スルトが敵の炎でダメージを受けながら、取り込んでいく。
炎纏。それがキョウジの持つスルトだけの特徴。簡単に言えば、自分の、もしくは敵の炎を自ら身に纏い、そして。
放たれる、その右手に持つ炎の剣から。
放たれる、世界を滅ぼす災悪が。
レーヴァテイン。
異界の属性、核熱属性の存在を有栖から聞いたことにより生み出された、文字通り、キョウジのスルトだけのオリジナル。万能属性と火炎属性を両立する最強の炎。
飲み込まれていく、スルトが、モトが。世界を焦がす劫炎へと。
キョウジが持つ、切り札に一枚。
先に切ったのはキョウジ。これでスルトとモトは倒れた。
王は他に仲魔を持たない。
故に、ここからが本番だった。
「何度目の問い…………か。下らん、何度でも問う。お前たちは何を企んでいる…………いや、お前は何を企んでいる…………
瞬間、王の目が見開かれた。驚愕なんて言葉ではまだ生易しいほどに大きな感情の揺れが見えた。
けれどそれも一瞬、すぐに動揺を沈め、王が不敵に笑う。
「気付いたか……………………よく気付いたな。そうだな、気付いてしまったのなら、改めて名乗ろう」
にぃ、と口元を歪め、王が告げる。
「我が名は魔人ソロモン。騒乱絵札の王にして」
そして。
「神を殺さんとするものだ」
そう言い放った。
この現代において、未だに召喚陣なんて古臭いものを使っている人間は非情に少ない。
何せ現代にはその召喚陣の最新鋭たるCOMPがある。これがあれば、召喚陣を使って行うようなことは、ほぼなんだって出来る。
そしてその上で、レベルオーバーの怪物を呼び出せるような召喚術の使い手となると、さすがのキョウジも心当たりが無い。
何せそんなものがいるのなら、どの勢力をもあっさりと塗り替える最強の勢力となるから。
そもそも世界が理として定めた限界…………全ての悪魔の貯蓄マグネタイト量の限界を100としているのだ、それを超える以上、それは世界の理をも打ち崩している。そんな存在は歴史を紐解いても、ほぼ見かけない。
過去の偉人たちの子孫か何か、とも最初は思った。だがそんな存在は、だいたいどこかの勢力に属している。
人は群れなければ生きていけないのだから、特に現代ではそれが顕著だ。
人と人の繋がりが薄くなったなんていっているが、どこにでも行けて、どこにでも繋がる、そんな交通網や連絡網を持つからこそ、薄くなったように感じるだけであり、人の群れとしての大きさを比べるなら、現代は最早過去最大と呼べるのかもしれない。
話がずれたが、とにもかくにも現代において、人一人が孤立して生きることは難しい。
特に悪魔に関わっている以上、誰かしらの目にはつくはずなのだ。しかも腕の良い術士なら尚更。
だがそんな存在が生まれたとも、生きているとも情報は聞いた覚えが無い。
どこかの組織が隠蔽している? だがあの王はその組織の頂点、むしろ探られる立場のはずだ。
人が生きる以上、必ずどこかに痕跡があるはずなのに。
どれだけ探しても、王の痕跡は見つからない。
だからもしかしたら、と言う予感はキョウジにあった。
現代でなく、過去を生きる人間なのかもしれない。
アカラナ回廊などと言った時を越える手段はいくらでもある。
そしてキョウジたちが生まれるよりも前からずっとその痕跡を隠蔽し続けてきたのなら、ここ十年、二十年程度探っても何も出てこないのも納得できる。
そんな推察をしていた時、有栖からもたらされた情報。
それでようやく確信が持てる。
スルトのことと言い、今回のことと言い、本当にどこからとも無く厄介ごとと妙な情報を持ってくる男ではある。
在月有栖。その少年を思うとき、キョウジの内心は少しだけ複雑になる。
だがそれはきっと、誰にも語られる言葉ではない。誰かに語る言葉も無い。
故に何も語らず、物語は進む。
幾多もの思惑を重ねながら。
* * *
「なんだ…………これ…………」
突如発生した光、それが和泉とジョーカーの元から発せられた物だと気付く。
「くそ! 現れないと思ってたら、そう言うことかよ」
ずらり、と目前に並ぶ死霊騎士たちを相手取りながら、思わず毒づく。
ジョーカーとの戦闘中に一度も見なかったと思ったら、あの時もそうだったのかは知らないが、今は自身が相手をしている。
早く和泉の元へ行かなければならないのに。
そんな焦りとは裏腹に、理性は冷静に計算を重ねていく。
続々と増える死霊騎士たちを目前にしながら、たった一言、呟く。
「アリス」
「死んでくれる?」
瞬間、騎士たちが消滅していく。
倒れるわけでもない、死ぬわけでもない。文字通り、消滅していく。
今のアリスはそう言う存在に成り上がった。
あの時とは確実に違う、だから、今度は勝つ。
だから。
「間に合ってくれ」
呟く声に力は無い。
それは。
もう間に合わない、そんな予感を、この時すでに秘めていたからかもしれない。
* * *
「神を…………殺す?」
さしものキョウジも僅かながら驚きを隠せなかった。
その手からタバコがぽろり、と落ちる。
その様子を王が口元を吊り上げながら見、そして続ける。
「そうだ…………元々
王は語る。
そも騒乱絵札とは、理の打破を誓った王、歴史を覆すことを誓った姫君、そして神への復讐を誓った怪物が集まって出来た組織である。その過程で生を欲し足掻く名無しが加わり、騒乱絵札と言う組織の雛形が出来た。
そも葛葉キョウジがいくら調べようと、その痕跡を探すことは不可能に等しい。
何せ。
騒乱絵札は人間社会ではない、悪魔社会によって支えられている。
魔王サタン、怪物と繋がる魔王の存在によって、必要な物や情報を手に入れている。
故に、いくら人間側の痕跡を調べようと見つかるはずが無いのだ。
そんな騒乱絵札の目的とは、端的に言えば神を殺すことである。
怪物はそのために爪牙を砥ぎ続け、姫君はその後を視野に入れて動き、そして王はそのための手段を生み出そうとしていた。
そのための手段はすでにこの世界に存在する。
それが――――――――
「異界属性、そして大罪悪魔」
異世界の理、そして神の不完全さの証明。
「異界属性…………特異点悪魔の存在か」
呟くキョウジの言葉に、王がほう、と目を見張る。
「葛葉キョウジ、二度目の邂逅の時、貴様は異界属性の名を認識できなかったはずだが、どうやら今はできているようだな」
王のその言葉に、何? とキョウジが目を細める。
【だが失敗だなあれは…………異界属性を得たとしても、大罪を宿さなければ何も意味は無い】
ふと、思い出されるのはその言葉。
「っ?!」
思い出し、そして驚愕する。
一瞬で思い出せたこともそうだが、何よりも。
あの時、何を言ったのか、キョウジは確かに聞き取れなかったはずだ。
何かノイズのようなものが入っていた。そのせいで何を言ったのか聞き直し、けれど王が失望したような視線をこちらを見たのを覚えている。
二度目の邂逅…………つまり、あの七不思議の件。
「…………大罪とは、なんだ?」
段々と、体が冷えていくのを感じながら、葛葉キョウジはさらに尋ねる。
そして王もまた、これが最後とばかりに、何の隠し事も無く告げる。
「大罪とは、神の不完全さの証明だ」
語られたのは魔王と呼ばれる七体の悪魔が神から奪った物に関する逸話。
そしてその一つが。
「
「そう、あいつは正真正銘の怪物。神を殺すためだけに、魔王サタンが作り出した最凶の化け物」
それはかつて、とある大魔王が別の世界で一人の人修羅を生み出したように。
神霊/魔王もまた、この世界において一体の怪物を生み出した。
その名を。
「魔人ヴラド」
ヴラド・ツェペシュと言う。
* * *
膝を突く。
「あ、あああああ」
震える手で、そこに倒れた少女を抱きかかえる。
「あああああ、あああああああああああああああああああ」
少女の体にすでに温もりは無く、その鼓動が止まっていることがすぐに理解できた。
「あああああああああああああああ、あああああああああああああああああああああああああああ!!!」
そうして理解したことは一つ。
「う、あ…………」
在月有栖は間に合わなかったと言う事実だけだった。
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ。
けれど涙は止まらない。
慟哭が天を突く。
けれど声は止まらない。
叫んで、叫んで、叫んで。
声が枯れ果てそうなほどに絶叫し、慟哭し、激情が全身から溢れ。
そうして、膝を突く。
「く…………う…………くそ…………くそ! くそ! くそ!!!」
抉れたアスファルトを叩く、何度も、何度も、手の皮が剥け、血が流れても、構わず叩きつける。
周囲一帯は何をすればこうなるのか、と言いたくなるほどに抉れ、荒れ果てていた。
ぽっかりと、空洞になったこの空間だけが、明らかに異常で。
そして、だからこそ。
「くふ…………くふふふ…………くはははははははははは」
それでも生きている、コレがもっと異常なことは理解できた。
「………………ヴラド…………ヴラドォォォォ!!!」
自身の絶叫に、魔人がほう、と哂う。
「俺の名を知るか、どこで知った? まあどこでも良い」
死ね、月の血。
そう嘲る目の前の魔人に。
「……………………アリス」
ぬらり、と立ち上がり、名を呼ぶ。
「……………………有栖」
ぎゅっと、アリスが自身の名を呼び、その手を握る。
「…………大丈夫だ、まだ…………大丈夫だ」
大丈夫だ、と呟き、その手を握り返す。
「あいつを倒すまで、俺は止まれない」
だから。
「行くぞ、アリス」
「…………うん、いくよ、さまなー!」
アリスが返事を返し。
そして。
「「MY WORLD!!!」」
瞬間。