1%の勝機。創作世界では偶に聞く言葉ではある。
別に1%でなくとも、構わない、用は可能性はゼロではないが、果てしなく低い、と言うことを言いたいのだろう。
現実において、1%の勝機などゼロと変わらない。結果は常に百と零なのだ。
だから、重要なのは1%を2%に2%を4%に、行動の積み重ねによってその確率を限りなく100に近づけていく努力であり、そして見えた百に手を届かせるタイミングを見計らうこと、そしていざ手を伸ばしたら一切の躊躇をしないことだ。
そう言う意味で、葛葉朔良と言う少女は確かに失敗した。
格上との戦闘経験の少なさ、葛葉と言う守られた地にあって、十四代目の血族と言う上位の位に生きてきた少女は、同格以下との戦いに慣れ親しみすぎている。
要は、目算が甘いのだ。戦術的観点と言う意味で、少女は有栖と言う名の少年の足元にも及びはしない。
けれど少女にはそれを補って余りある能力があった、だから今日までやってこれた。
直感。
言葉にすると余りにもあやふやで、余りにも頼りないそれは、けれど間違い無く、複数同時召喚に並ぶ、葛葉朔良の凶悪な武器である。
時に未来視とさえ間違われんばかりのその直感を全力で振り絞り、十の仲魔を操り破壊神をいなしていくその姿を見れば、確かにそれはライドウ候補として実力面では十二分に期待を抱かせるものだったかもしれない。
だが、だからこそ、理解してしまう。
「……………………詰んだ」
余波だけでボロボロになっていく仲魔たちを見ながら、葛葉朔良がぽつりと呟く。
頭の中で何度考えようと、直感が告げ知らせてくる。
このままでは詰む、勝てない。
けれど朔良にはもうこれ以上の手が無い。出せる力全てを振り絞っての行動なのだ。
破壊神の一振り。仲魔の一体を召し寄せで自らの手元に戻しながら、再び解き放つ。
剛撃が地を穿つ。砕け飛び散った破片が頬を斬り、一筋の血を流すが、最早全身傷だらけで、今更そんなもの一つでは気にも留めない。
生まれた破壊神の隙を突いて、仲魔たちが攻撃を繰り出す。十体もの同時攻撃、だが圧倒的な能力差により僅かにダメージを与えるだけ。こんなことを何度も繰り返している。
確かにダメージは与えている。後どれだけ残っているかは知らないが、このままならばまだしばらくは戦える。勝てるとは最早思えないが。
このまま、ならば。
ダメージを与えるごとに、その存在感を増す破壊神に、だからこそ、朔良の嫌な予感が止まらない。
脳内では常に
そうして、ついにその時は訪れる。
オオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォ
破壊神が一際大きな雄叫びを上げ。
そうしてその手に持った鉾を振り上げる。
瞬間、気付く。
そこに篭められた莫大なエネルギーに。
全ての仲魔を帰還させよと、朔良が動き出した、直後。
破壊神が鉾を地に叩きつける。
そして。
轟音。
異界が大きく揺れた。
* * *
かちん、と時計が時を刻む。
かちん、かちん、と時計が時を刻む。
かちん、かちん、かちん、と時計が時を刻む。
上を見ても、下を見ても、右を見ても、左を見ても、見えるのは時計、時計、時計、時計、時計。
半透明で、薄っぺらい、紙切れ一枚ほの厚さも無い、そんな不思議な時計が時を刻んでいた。
柱時計、振り子時計、砂時計、置き時計。
ありとあらゆる時計が…………否。
“時”がそこにあった。
* * *
未来は無限に分岐する。
時間を越えると言われるアカラナ回廊とて、それは例外ではない。
未来から来て、過去を変えてしまえば、未来への道は閉ざされる。
つまり、過去=現在=未来は全て一つの時間によって繋がっているのだ。
例えば、葛葉朔良がこのままここで破壊神によって殺されると言う未来がある。
仲魔は全て必殺の一撃に倒され、半数は死亡、半数は戦闘不能。
辛うじて生き残った葛葉朔良だが、けれど彼女自身の戦闘技能はそれほど高くない、まして破壊神相手に一合とて持つはずも無い。
それでも彼女はライドウ候補として立ち上がり、太刀を持って決死の戦いを挑み。
そして死ぬ。
あっさりと、何の抵抗も許されることすらなく、無慈悲に、無価値に、一撃で破壊神に殺される。
それが未来。
すでに確定された未来。
このままでは最早変えようが無いはずの未来。
だから。
捻じ曲げる、因果を。
かちん、かちん、かちん、と時計が時を刻む。
かちん、かちん、と時計が時を刻む。
かちん、と時計が時を刻む。
そして時計が時を止める。
かち、と時計の針が遡る。
かち、かち、と時計の針が遡る。
かち、かち、かち、と時計の針が遡る。
そうして、時を超え、因果を捻じ曲げ、一つの事実を付与する。
時計が時を止める。
かちん、と時計が時を刻みだす。
かちん、かちん、と時計が時を刻みだす。
かちん、かちん、かちん、と時計が時を刻みだす。
そして時は動き出す。
その様子を一匹の黒猫が見つめていたことを、けれど誰も知らない。
* * *
「…………く…………つ…………」
ゆっくりと息を吸い込み、吐き出す。そうしてゆっくりと全身に力を入れていき、徐々に上体を起していく。
体へのダメージは…………深刻だ。だが何よりも。
「…………全員、やられた」
全滅してしまった仲魔たちである。
葛葉朔良は個人としての戦闘技能はそれほど高くない。
で、ある以上、仲魔が居なければ ろくに戦えない。
つまり。
「詰んだ…………わね」
破壊神はまだ問題無く動きそうな様子だ。
絶望的である、どう足掻いても葛葉朔良の勝利はここからは有り得ない。
1%の勝機すら失ってしまった以上、最早これまで…………。
「なんて言えるわけないわよね」
ゆっくりと体を起し、腰に差した刀を杖代わりに立ち上がる。
しゅっ、と鞘から刀身を抜き。
ぐっと握り締め、構える。
「例えこの身が滅びようと」
敵は倒す。
帝都は護る。
「それがライドウを目指した私の覚悟よ」
震える手で刀を握り。
一歩、足を踏み出す。
オオオオオオオオオオオオオォォォォォォ
破壊神がトドメの一撃をくれようと、再び鉾を振り上げる。
数瞬後には、自身は哀れな肉塊へと変わり果てている、そう言う確信がどこかにあった。
それでも良い。
ここで背を向けることだけは、出来ない。
そう覚悟し、太刀を構え。
「見事」
聞こえた声に固まった。
すざぁ、と破壊神の真上から巨大な雷の柱が降り注がれる。
オオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォ
叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ。これまでに無い強大なダメージに、破壊神が叫ぶ。
「行くぞ」
声が聞こえてきた直後、朔良の真後ろから超高速で何かが通り過ぎる。
『…………刹那五月雨撃』
直後、破壊神の元に一瞬にして到達したソレが手に持った刃を揮い。
すぱっ、と何の抵抗も無く、破壊神の腕が切り落とされる。
オオオオオオオオオオオオオォォォォ
絶叫する破壊神、けれど攻撃は…………蹂躙はそれでは終わらない、その程度では終わらない。
「幾千の呪言」
破壊神の影の中から突如飛び出した黒い影で出来たような腕が切り落とされた破壊神の腕を飲み込み影の中へと持ち去っていく、と同時にその傷口を狙い影の腕が伸び、そうして。
するり、と傷口から腕がもぐりこんで行く、と同時に破壊神が初めて、その足を止め、膝から崩れ落ちる。
『…………メギドラオン』
破壊神の目前で形成された黒紫色の光が、ソレが腕を揮うと同時に放たれ、破壊神を飲み込む、
『…………終わりだ』
刃を上段に構えたソレの周囲、雷が迸る。
破壊神は動けない、それまでに受けたダメージが大きすぎた。
交差は一瞬。
振り上げたそれを、前進しながら振りぬく。
『…………幾万の真言』
直後、破壊神の全身に迸る雷が走り…………。
オオオオオオオオオオォォォォ……ォォォ………………
破壊神が崩れ落ち、そのまま姿を消していく。
ようやく立ち止まったソレの姿を、葛葉朔良は知っている。
否、葛葉の人間で
『…………変身解除』
呟きと共にその姿が変わっていく…………否、戻っていく。
一人は人間に、そしてもう片方はその傍に浮かぶ一体の悪魔へと分かたれる。
それは元は合体技から生まれた発想だと言う。
合体技とは、悪魔が自身の力の一旦をサマナーに託し、両者が力を合わせることにより放たれる強力な攻撃だ。
つまり、一時的とは言え、サマナーの体は悪魔の力を受け入れることができる。
これにかなり近いのがペルソナ、そして
だがこれには二つとも問題点がある。
どちらも悪魔の能力を使える、と言うだけであり、人間の側が何の意味も無い、単純にサマナーが悪魔を使役するのと対して戦力的な違いが見えないのだ。
だが合体技は違う、一時的とは言え、サマナー本人よりも、その仲魔よりも大きな力を発揮することができる。
だからこう考えた、ペルソナや悪魔変身者のように常時展開でき、それでありながら合体技のように本人たちよりも大きな力を得る方法は無いか、と。
そうして生まれたのが
サマナー本人の能力に、対象となる仲魔の
つまり、一時的ではあるが、レベルブーストが出来るのだ。
それも、強力な仲魔ほどその上昇量は大きい。
欠点は勿論ある、だがそれ以上に、その力のみをサマナーに貸し与える、つまりその強大な力の全てをサマナーの意思のみで扱える。
それは従来のペルソナや
そうして彼は最強へと至った。
現葛葉四天王が一人。
そしてキョウジと並ぶ、葛葉最強の一人。
つまり。
「葛葉…………ライドウ…………」
朔良が憧れたその人であった。
* * *
恐らく、何らかのカウントがされているのだろう。
仏の顔も三度まで、そう言っていた。
つまり、三度カウントされてしまえばあの一撃でジコクテンを葬ったスキルが飛んでくる。
そしてカウントの条件は恐らく、魔人の口にした禁止事項を破ること。
つまり現在自身のカウントは2。あと一度であの攻撃が飛んでくることになる。
しまった、と内心で呟く。
次に何が禁止されるか分からない以上、迂闊に動けない。
何よりもジコクテンで居ないと、相手のスキルを盗むしか攻撃方法が無い。
故に、動かない、動けない。けれど相手はそんなナトリをあざ笑うかのようにあっさりと口火を切る。
「ブレイブザッパー」
放たれた斬撃を回避しようと、動き。
「回避ヲ禁ズ」
直後に聞こえた言葉に、動きが止まる。
けれど斬撃は止まらない、止まってくれるはずも無い。
受け止める? この怪我した腕で? この頼り無いナイフで?
逡巡の惑い、それが致命的となる。
「ぐぅっ!!!!!」
ばっさりと、肩口からわき腹にかけて斜めに切り裂かれ、思わず呻き声を漏らす。
血が溢れ出し、白のフリルを赤く染めていく。
とくん
震える手で反撃をしようとし。
「攻撃ヲ禁ズ」
「ブレイブザッパー…………っ!」
こちらの攻撃と同時に開かれた魔人の言葉に、目を見開く。
最早遅い、攻撃は止まらない。
三度目の禁を破ってしまった。
さらに体が重くなる、最早この辺りが限界と言ったところか。
とくん
「きひっ、きひひ、きひひひひひひひ」
狂ったように嗤う魔人、そしてこれで終わりだと言わんばかりにこちらへ背を向ける姫君。
終わる?
終わるだろう、次の魔人の攻撃、先ほどジコクテンを一撃で殺したあの攻撃、これだけ条件をつけて放たれる攻撃なのだ、恐らく魔人の必殺の一撃に違い無い。
こんなところで?
死、死が迫り寄る感覚に、ぞくり、と背を震わせる。
けれどそれは、恐怖ではない。
それは。
それは――――――――
歓喜だ。
「くひっ…………ひひ…………ひははははははは」
笑う、哂う、嗤う。
傷の痛みに、血の臭いに、迫り寄る死に。
ついに“ナトリ”が目を覚ます。
「くひ…………くひひ…………ひはははは、ひあはははははははははははははははは」
「きひひ、ついに狂ったかぁ?」
けれど。
「これで終わりだぜ」
魔人が刃を振り上げ。
そうして。
あっさりと。
振り下ろす。
葛葉ナトリの首が落ちた。
「あ…………」
後ろでその光景を見ていた少年がその光景に絶句し。
そして、次の瞬間。
「…………が…………あ…………」
「
驚愕と言った様子で振り返った魔人の目に映ったのは。
着物の上から貫かれた腹部から血が流れ出す姫君と。
大振りなナイフを振り上げた銀の少女…………ナトリの姿だった。
「や」
どうして生きている、そんな疑問を抱くよりも、先に。
「やめ」
ナトリのナイフが振り下ろされる。
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
魔人の叫び、そして振り上げた太刀がナトリに届くよりも早く。
ずぶり、とナトリのナイフが姫君の首を半ばまで切り裂いた。
「…………が…………か…………あ…………ここ…………で…………おし…………ま…………」
ぱくぱくと陸に上がった魚のように口を開きながら、何かを呟いた姫君は、けれど最後まで言葉を告げることなく。
どさり、と崩れ落ちた。
そして。
「嘘だ…………姫様、姫様ァァァァ!!!」
魔人が絶叫し、その身が崩れていく。
「姫様アアアアアアアアアアアアアアアアアア」
その姿が粒子と消え、虚空へと溶けていく。
それが――――――――
最後まで主を呼び続けた魔人の。
終焉だった。
そして恐らく一章の回想以来、現実だと初めて登場の葛葉ライドウ=サン。
ライドウ=サンもそうですが、四章終わってから全データ公開します。
憑魔の元ネタ⇒ネトゲのメガテンの某システム