有栖とアリス   作:水代

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アリスと異界

 紅闇の世界が塗り潰されていく。

 まるでペンキで色を塗り替えるかのように。

 理を塗りつぶしていく。

 

 俺と、アリス。

 

 二人で一つの理。

 

 塗り潰す。

 

 魔人ヴラドの生み出したこの。

 

 吸血鬼の理を。

 

 アリスのための不思議の国。

 

「さあ」

 

 だから、始まりはこの言葉から。

 

「ふしぎのくにへ、ごしょーたい」

 

 以上を持って、世界を結ぶ。

 

 

 * * *

 

 

 変化は劇的である。

 

 最初の変化は空。空を覆う闇、そしてそれを照らす紅い月にぴしり、と突如として亀裂が走る。

 次いで周囲、空に走る亀裂に連動するかのように、胎動し、地響きを立て、ゆっくりとだが景色が虚空へと溶けていく。

 

 そうして気付けば、周囲は真昼のごとく明るくなり、そして目の前には巨大な城が聳えていた。

 自身と、そしてアリスが城を背にして立ち、その眼前にジョーカーが立つ。

 

「攻守逆転だ」

 

 呟きと共に、アリスに命じる。

「きて」

 アリスの小さな呟きに答えるかのように。

 

 ドドドドドドドドドドド

 

 凄まじい音を立てながら、空からソレらが降ってくる。

騒乱絵札(トランプ)には、トランプで対抗ってか」

 横目でそれを見つめながら、現れたそれを観察する。

 

 それはトランプだった。大きな…………人と同じぐらいの大きさのトランプに手を足をつけ、帽子をかぶせたような、そんないでたち。よく見ればトランプには黒い柄の者と紅い柄の者がおり、両者共にその手に槍を握っていた。

 言うなればトランプの兵隊。そして数は都合二十。ちょうど赤と黒で十ずつ分かれているようだった。

 

 そうして場が整ったことを確認し。

 

 こちらが行動しようとするよりも先に、ジョーカーが襲い掛かる。

 速い。まるで瞬間移動したかのような速さ。

 

 そのまま一撃でこちらを砕こうとその剛腕が揮われ。

 

 ぐしゃぁ、と黒いトランプの一枚が自身たちとジョーカーの間に割って入り、代わりに攻撃を受ける。

 お返しだ、とばかりにアリスに視線をやり。

「万魔の煌き」

 放たれた緑の光がジョーカーを…………その体を初めて捉える。

 バァァァン、と爆音を響かせながらジョーカーのその体が吹き飛ばされる。

 すぐ様起き上がり。

 

「メギドラオン」

 

 放たれた黒紫色の光。俺もアリスも、そしてトランプたちごと飲み込まんとする勢いのそれを。

 けれど、今度は赤のトランプが自身たちの目前に飛び出し。

 

 ダァァァァン、と轟音が響く、だがその全ては飛び出した赤のトランプの兵隊へと集約し、兵隊を一体倒すだけに終わる。

 

 そして。

 

「きて」

 

 アリスの言葉で、再び散っていったトランプたちが補充される。

 その光景に、ジョーカーの目が細められ。

 

 嗤う。

 

「足掻け、足掻け」

 

 それで、あとどれだけ持つ?

 

 そんな問いを、暗に投げかけられ。

 

「…………テメエを倒すまでだよ」

 

 呟き、そして。

 

「アリス!!!」

 

 躊躇することなく、切り札を一枚、切った。

 

 

 * * *

 

 

 異界の発生の仕方には、二種類ある。

 例えば、吉原高校旧校舎のような、超自然的発生による異界。

 この手の異界には基本的に、主となる悪魔が居ない。後天的に現れることは在り、それを倒すことで一時的に異界化が解除されるが、それは異界内に溜まったマグネタイトが凝縮し、強大な悪魔となることで起こる。それを倒すことで一時的にマグネタイトの濃度が下がり、結果的に異界化が解除されたようにも見える、だがそれは一時的だ。

 あの旧校舎で例えるならば、地下の龍穴をどうにかしない限りは異界化は決して避けられない。

 

 さて、ではもう片方。

 強大な悪魔が自らの意思で異界化を引き起こす、と言うものがある。

 基本的に生まれる異界は、異界の主たる悪魔の意思によって何らかの法則性を持ったり、変化を引き起こしたり、と通常の異界とはまた違った様相を見せる。

 自然的な異界の発生を、マグネタイトが周囲に染み込んで行くと例えるならば、意図的な異界化は、周囲を塗り潰して行く、と言えるのだろう。

 生まれた異界は、その異界を発生させた異界の主を倒すことで解除される。つまり、基本的には異界の主が自身の力を支配し、維持していることとなる。

 

 話は変わるが、基本的にサマナーと契約して仲魔となった悪魔は、この異界化を引き起こすことが出来ない。

 どれだけレベルを上げようとも、異界を発生させるのは野良悪魔だけである。

 その理由は意外と簡単だ。

 

 理を持たないからである。

 

 基本的に野良悪魔とは、魔界に居る本体悪魔の分霊である。つまり、その接続先は本体悪魔へと直接的に繋がっている。

 だがサマナーと契約した時点でその接続先はサマナーへと変更される。つまり、本体悪魔と分霊の間にサマナーと言う中継器が入ることで、その存在が最適化されるのである。

 その利点は多い、例えばマグネタイトの持続的な供給。そして存在の維持。例えばマグネタイトが無かったとしても、野良悪魔と違って仲魔となった悪魔はスライムにもならないし、分霊を維持できなくなったりはしない。

 技能のあるサマナーなら、その成長にも影響を与えるし、特殊なアイテムを使用すれば本来覚えるはずの無いスキルだって覚えることが出来る。

 だが代わりに、その過程で失ってしまうものもある。

 つまり、魔界の理である。

 言うなれば契約とは、分霊をサマナーを使って現世に調整(チューンナップ)してしまうこと。

 現世に合うよう調整された個体は、魔界本来の気質を欠かすこととなる。

 

 そして異界とは、異界化とは、現世の空間を魔界の気質へと近づけることである。

 だからこそ、野良悪魔には出来て、仲魔には出来ない。

 異界とはルールだ。異界とは理だ。

 

 もしも、もしもだが。

 

 ()()()()()()()、なんてものがあったとしたら、それはどれだけの恩恵を与えるだろう。

 

 そして、それを実際にやってしまった存在がいる。

 

 魔人ヴラド。

 つまり、ジョーカーである。

 

 紅の月が昇る、紅闇の世界。

 

 吸血鬼がその最大の力を発揮する世界。

 だからこそ、ジョーカーを倒すためには、まずこれを剥ぎ取らねばならなかった。

 

 吸血鬼事件。

 この吉原市で最近起きていた事件。そしてその事件で奪われた被害者たちのマグネタイト。そしてその事件を恐れた人間たちが発した恐怖から生まれるマグネタイト。

 気付くべきだったのだ、ここ最近の吉原市のマグネタイトの濃さに。

 そうして大気に満ちたマグネタイトを使って生まれたのがジョーカーが生み出した、ジョーカーのためだけの異界。

 

 吸血鬼の理。

 

 では、どうしてジョーカーだけがそんなことを出来るのか。

 そもそもジョーカーと言う存在は、魔人である。

 魔人ヴラド。つまり、過去に実在した人間、ワラキア公その人である。

 人間から転化した悪魔、そんな存在がどうして魔界の理を持つのか。

 

 簡単だ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 つまりこれは、ヴラドと繋がったサタンから手に入れ、ヴラド本人が改造した理。

 そして、同時に言えることは。

 

 大罪悪魔は野良悪魔と同じ、魔界の理を持っている。

 

 と言うことである。ジャアクフロストがやたらとマグネタイトを消費するのもまた、レベルが高い、と言うだけの理由では無かったらしい。

 ただジャアクフロストはこの異界を生み出す能力は欠けているらしい。その理由は恐らく、ジャックランタンが人為的に生み出された特異点悪魔だからだろう。まあその辺りの考察は今は置いておくとして。

 

 今重要なことは一つ。

 

 大罪悪魔が例外とも言える存在であるならば。

 

 アリスもまた例外と呼べる存在である、と言うことだ。

 

 思い出して見て欲しい、アリスと言う少女の成り立ちを。

 アリスは一度、その魂を四散させ、様々な時間、空間、世界へと散らせた。

 それを魔王ベリアルと堕天使ネビロスがもう一度拾い集めていった。

 そしてその集めた魂を、俺の仲魔のアリスが吸収した。

 

 そう、それぞれの世界に調整され異世界の理を持ったアリスを。

 野良悪魔のままに集めたアリスを。

 

 つまるところ、アリスもまた複数の理を持つ存在なのだ。

 理とはつまり、法則(コード)だ。

 世界と言うコンピューターの命令を書き換えるための指令(コード)

 それを自分にとって最適化するように調整し、最適化し、そしてスキル化したのが。

 

 ヴラドの紅い夜であり。

 

 アリスの不思議の国である。

 

 

 * * *

 

 

 当たり前ではあるが、常にこちらの有利な異界を生成している以上、例え怪物(ジョーカー)と言えど敵うものではない。

「…………ぐ…………う…………」

 月は全ての悪魔にとって重要な意味合いを持つ。特に吸血鬼やウェアウルフはその影響の度合いが飛びぬけている。月が力の源とも言えるほどにあるか無いかが重大なのだ。それを消し去ったことで、かなりの弱体化がかかっているだろうことは予想できる。

 異界を奪い取ってからあの死霊騎士どもの気配を感じなくなったと言うことは、恐らくあの異界の中でしか呼び出せないのだろう、あの厄介な騎士たちを黙らせることが出来たのは僥倖だった。

 そして日は昇らずとも明るくしたことで、夜と言う時間概念をも書き換えた。だからこそ、相当に弱っているだろうことは想像に難くない。

 それでも、これだけ耐えられたことは、さすがの怪物としか言い様が無かった。

「…………くそったれ…………だが、そろそろだろ」

 思わず吐き捨て、そしてアリスに告げる。

 

「やれ」

 

「メギドラオン」

 

 コンセントレイトによって威力を倍加させた黒紫色の光が放たれる。

「ぐ…………がああああ…………があああああああああああああああああああああ」

 光がジョーカーを飲み込み、そして。

「…………ようやく再生能力が尽きたか」

 完全に修復が終わらない、傷や損傷の残ったその姿を見て、呟く。

 あの再生能力は異界の影響だと思っていたが、自前の能力だったらしい。

 五度、六度、七度、と攻撃を重ねてもすぐに修復されるその姿を忌々しく思っていたが、ようやくそれも終わったらしい。

「月の血…………殺す…………」

 ギリギリと歯を軋らせ、ジョーカーが吼える。

「殺す? 殺す? んなもん…………こっちの台詞だあああああああ!!!」

 激情のままにトリガーを引く。アリスに命ずる、殺せと。

 

「あのねー…………死んでくれる?」

 

 呟きと共に、黒い靄のような何かがジョーカーへと殺到する。

 這う、這う、這う、黒い靄が這い寄ってくる。

「が、がああああああああああああああああああああああああ!!!」

 這い寄ってきたソレがジョーカーを捉え、そうして包み込む。

 

 誘いだ。

 

 それは。

 

 死、死、死、死、死。

 

 焼き付けられた死の願望。

 

 死への誘い。

 

 気力も、体力も、根こそぎ奪いさり。

 

 そうして、相手を確実に殺すための。

 

 誘いである。

 

 どさり、とジョーカーが崩れ落ちる。

 

 死んだ、これで。

 

 同時に異界化が解除される。

 当たり前のことだが、世界の理を侵し、塗り替えているのだ。

 ほんの一部分だけとは言え、世界の法則を司っているのに等しいのだ。

 消費するマグネタイトも桁が違う。

 

 だが、これで終わりだ。

 

「…………くそったれが」

 

 暗い夜の風景が戻ってくる。

 見上げる月の色は、白。

 

 世界に色が戻ってくる。

 異界化が解除されるが、人の喧騒は聞こえない。

 事件のせいで、すっかり人通りも少なくなってしまったからだろう。

 残されたのは、俺と、アリスと、ジョーカーの死体と…………そして和泉。

 

「……………………くそっ」

 

 歯を鳴らし、和泉を腕の中に起す。

 その体は冷たく、青白く。

 その鼓動はすでに止まり、目も開かれない。

 

 もう和泉と言う少女が目を覚ますことは無いのだ。

 

「…………くそ、くそ、くそ!!!」

 

 リカームは生命活性、サマリカームを使っても気力活性。

 魂すら残っていない体を蘇生させる魔法など、この世界には無い。

 だからもうどうしようも無いことなのだ。

 

「…………どうしようも無い…………わけあるかよ」

 

 だからって納得なんて出来ない。

 俺が弱かったから、和泉は死んだ。

 俺の決断が遅かったから、俺の判断が間違っていたから、俺の、俺の、俺の、俺の、俺の。

 

 考え始めるとキリが無いくらいに思考が空回って。

 

「畜生…………すまない、和泉」

 

 結局、謝ることしか、出来なくて。

 

 だから。

 

「あの世で会えば良い。今ここで、死んでな」

 

 声が聞こえた瞬間には、もう何もかもが遅かった。

 

 確かに殺したはずの怪物が、気付けばもう背後まで迫っていて。

 

 ぞぶり、と自身の首に牙が突き立てられる。

 

 とくん、とくんと溢れる血。

 

 こくり、こくりとそれを啜る音。

 

 そんな不快な音を聞きながら。

 

「ジョー…………カー…………」

 

 その呟きを最後に。

 

 

 在月有栖は死んだ。

 


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