有栖とアリス   作:水代

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有栖と扉

 

 

 * 五月三十一日金曜日 *

 

 

 週末の放課後。学校帰りに病院へと寄ってみる。

 病室の中では一人の少女がベッドの上で雑誌を読んでいた。

「よっ」

 声をかける、声に気付いた少女がこちらを向き…………にこり、と微笑む。

「いらっしゃい…………て、言うのも変なのかな、有栖」

「いいんじゃないのか? 良く分からんけど、まあ好きなように言ってくれ、詩織」

 病室の主、上月詩織はぱたん、と手の中の雑誌をたたむと、机の上に雑誌を置いてこちらへと向き直る。

「調子はどうだ?」

「うん、もうばっちりだよ、まあ念のため一週間は静養らしいけど」

「まああんな事件に巻き込まれたんだ、爺さんだって心配するさ」

 実際一度本当に死んだのだ、なんて言わないが。

 

 事件の後…………俺があの神霊を倒した後はとにかく大変だった。

 まずジョーカーの異界、あれに隔離された人間の中に一般人が紛れ込んでいたこと。

 入れる人間は選別していた…………のだろうが、それでも落ちてくる…………つまり迷い込んでくる人間まではどうしようも無い。

 異界とはそう言うものだ。

 ただこちらは今代の葛葉ライドウが対処してくれたらしい。

 

 実を言えば朔良と一緒に途中までは来ていたらしいのだが、民間人の気配を探して途中で分かれたらしい。

 まあ居てくれれば神霊との戦いが有利になったかもしれないが、かと言って迷い込んだ民間人を放っておく、と言うのもさすがに無理だろうし、仕方の無いことなのかもしれない、ライドウと言うのはそう言う性質の存在なのだ。

 

 そして次の問題は、ジョーカーの起したと思われる連続殺人事件。

 吸血鬼事件などと呼ばれるそれら一連の事件のせいで、街に恐怖などのマイナス感情が溜まり、吉原市一帯の街中のMAG濃度が上がっているらしい。マグネタイトとは感情の産物だ。故に、プラスだろうがマイナスだろうが、感情が昂ぶればその量も増大する。そして少しずつ、人間は生きているだけでマグネタイトを放出している。器から溢れ出た分、とでも言うのだろうか。葛葉のサマナーでもない限り、今時この体内MAG容量を増やす人間など居ない、サマナーであってもだ。COMPのMAGバッテリーで代替できる以上別に必須と言うわけではない。

 サマナーたちですらそうなのだ、一般人たちはほぼ垂れ流し状態である…………まあ量は微々たる物だが。

 それでもその量が増大すれば、大気に溶け込んだMAGの濃度も上がる。

 

 所謂GP(ゲートパワー)と呼ばれる物が上昇するのだ。

 

 GPとは現世と魔界との繋がりの度合い。GPが高いほどその場所は魔界に近い場所となる。

 GPの高い場所として一番分かりやすいのは異界だろう。

 

 そのGPが高まっているせいで、本来悪魔など現れるはずも無いヤタガラスの結界内で悪魔が発生したりで市内のサマナーたちが対処に慌しい。

 実際俺もこの一週間内で三度ほど出た。俺からすればなんて事のない雑魚悪魔でも、駆け出しサマナーや一般人にとっては十分すぎる脅威となる。

 これがヤタガラスの頭を痛めている要因の一つ。

 

 そして最後にして、最大の問題。

 こっちは俺も無関係とは言いがたいのであまり言いたくは無いのだが。

 

 神霊が出現する前後に異界化が解除されたせいで、神霊との戦いの余波をもろに受けて破壊しつくされた旧ビジネス街。

 さしものヤタガラスもこればかりは完全に隠蔽するのは不可能だった。

 

 何せ吉原市の二割近くを占める広大な廃ビル群がほぼ瓦礫の山と化しているのだから。

 

 思い出せばジョーカーを倒した時。

 俺とアリスはジョーカーの異界を上書きして自分たちの異界を展開させた。

 そしてジョーカーを倒したと思った俺は異界を収束させ、そして殺された。

 俺が殺された後に神霊化したジョーカーはけれど最早異界化を引き起こすほどの理性も残っていなかった。

 

 つまり……………………。

 

 神霊化したジョーカーとの戦いで引き起された惨状は全て現実に還っているのだ。

 

 すでにこの一週間、連日のように一夜にして起こった大破壊の爪痕は新聞の一面に取り沙汰されている。

 

 さしものヤタガラスも規制に手間取っている状況である。

 まあそれでも、結局は何らかの説明が付けられ、騒ぎも収まっていくだろう。

 人の噂も七十五日、と言うが、人間と言うのは新しいものに飛びつく生き物だ。また別の話題が起こればすぐに今の事件を忘れてそちらに目移りしてしまうだろう。

 

 それはさておき。

 

「そろそろ…………決める必要があるな」

「え? 有栖、何か言った?」

 

 なんでもない、俺の独り言への問いはそんな簡素な答えで流れていく。

 少しだけ憂鬱な気分になりながら、俺は詩織と話していた。

 

 

 * * *

 

 とどの詰まり。

 

「強すぎる」

「強すぎる?」

 

 それに尽きる。

 

 ヤタガラスの支部の一つ。

 ()()()()()()()に与えられていた個人事務所の最奥に置かれた机、そして椅子に腰かけるのは葛葉ナトリ。

 机を挟み、相対するのは少女、葛葉朔良。

 

 事件から凡そ一週間弱。常人とは違う、マグネタイトで強化された肉体を持つ彼女たちはすでに各々の仕事を再開している。

 と、言っても現状まだ(くだん)の事件の後始末に奔走している状態だが。

 

 そしてその案件の中でも気になったものが一つ。

 

 在月有栖の処遇。

 

 どういうことだ、と葛葉ナトリ…………()()()()()()()に問いかける朔良の言葉に、返って来たのがそれだった。

 

 強すぎる、それがどういう意味が問いかけようとして、けれどすぐに理解する。

 それを察したかのようにナトリもまた答えを告げる。

 

「私は告げる、兄様…………在月有栖は強すぎる。私は思考する、現状で兄様に勝てる人間がこの街に居ない」

 

 つまり。

 

「兄様の抑止力となる人間がこの街に存在しない」

 

 在月有栖は知らない人間からはヤタガラス…………葛葉関連のサマナーだと認識されている。前葛葉キョウジの唯一と言っても良い弟子なのだから当たり前なのかもしれない。

 だが知っている人間は知っている、在月有栖がフリーのサマナーであることを。

 

 つまり。

 

「私は告げる。兄様はどこにも縛られていない、神霊を殺すほどの力を持ちながら、どこに所属していない、誰の依頼でも受けることが出来る」

 

 勿論、彼自身が平和を望み、騒乱を望んでいないことは朔良も…………ナトリもまた知っている。

 あれは極めて普通の人間だ。あれだけ馬鹿げた状況に身を置きながら、それでも一皮剥けばただの一般人とそう思考が変わらない、極めて所帯じみている、とでも言うのか。

 彼のそんな部分を好ましく思う人間もいるし、惜しいと思う人間もいるし、嫌っている人間もいる。

 

 だがそんなことは…………在月有栖の思いなど、最早関係が無いのだ。

 

 言うなれば、自分で自分の爆破スイッチを押せる核爆弾が誰にも所持されずに街中を歩いているような危険性。

 最早この街…………どころか、この世界でも最強クラスのサマナーとなった少年は、最早これまでのように静観させることは出来ない。

 実際、在月有栖が周到に準備を重ねれば街どころか、帝都を滅ぼすことも出来る。それほどの戦力を彼は個人で所有している。

 

 ヤタガラスは基本的にフリーのサマナーには干渉しない。依頼を出し、それを受け、依頼を解決し、そして報酬を渡す。国家機関としてはこれだけの構図があればそれで良かったのだ。それがどんな人間だろうが、国が出した依頼をきちんとこなすのならそれで良かった。

 だからフリーのサマナーはほぼ全員がヤタガラスに所属していながら、ヤタガラスの配下ではない。そんな曖昧な関係がまかり通ってきたのだ。

 

 だが、それが個人で他の組織と同等の力を持っている、となると全く話は違ってくる。

 

 座して放置は出来ない。そんな強大な力、野放しには出来ない。

 例え現在何もしていなくとも、これから何かする可能性があるのなら、その時に起こる被害を予想し事前に対策するのは鎮護機関ヤタガラスの役目である。

 

 とは言っても、現状ヤタガラスに敵対しているわけでもない、どちらかと言うと前葛葉キョウジを通じて、葛葉…………引いてはヤタガラス寄りだったのだ、あまり機嫌を損ねて敵対されても困る。

 

 国家機関たるヤタガラスだ、切り札の一枚や二枚無いわけでもないが、不必要に切れるような札ではないのも事実だ。

 

「告げる、故に――――――――」

 

 

 * * *

 

 

「彼を取り込む必要がある…………ねえ」

 

 さてどうしたものか。

 それが少女、河野和泉の正直な感想だった。

 

 死を覚悟して、実際死んだはずで、けれど気付けば息を吹き返していた。

 ふと胸を抑える、今でもそこに暖かい何かが感じられる。

 

 “和泉…………和泉!!”

 

 そうしてふと、聞いたはずもない、見た覚えもない光景を思い出す。

 自身の死骸を抱き寄せ涙を流す思い人の姿。

「…………ふふ」

 自分が思ってた以上の反応。死んだはずの自身が覚えているはずのない反応。

 色々思うことはあるが。

「…………なーんだ…………ちゃんと思ってくれているのね」

 それが例え親愛、友愛の思いだとしても、それでも和泉にはそれが嬉しい。

 

 縁とは糸だと、この国では言われる。

 

 つまるところ、繋がり。

 だとするなら、和泉から伸びた糸はそれは少ないだろう。

 少なくとも、和泉自身はそう思っている。 

 そしてその中でも和泉が大切にしているのはたった一つだけ。

 彼との絆だけなのだ、その彼が同じ感情でないとしても自身を思ってくれていて嬉しくないはずがなかった。

 

 まあ、もどかしくはあるが。

 

「…………って、考えがずれてるわね」

 

 ガイアの本拠上野総本山の一度戻ってきた和泉に待っていた言葉が冒頭のそれだった。

 

 在月有栖をガイアに取り込め。

 

 つまるところそう言うことだ。

 個人的には賛成とも反対とも言い難いところである。

 現在の教主は基本的に個々人の自由を許している。和泉も実際に好き勝手やっているが、そんなものが許されるのはフリーのサマナーか、もしくはここガイアくらいだろう。

 だが同時に組織に組み込まれると言うことは、時折個人の意思を曲げる理不尽を強要されることがある。

 例えばついこの間の、聖女の殺害指令のような。

 あれは未だに有効である、ただ対象となる聖女の捜索に手間取っているだけで、見つけ次第殺すように言われている。勿論和泉としては殺すつもりはないが。

 ガイア教に結束や連帯なんて言葉はない。だがだからこそ、いつでも裏切って良いし、いつでも裏切られる…………切り捨てられるかもしれない。

 

「有栖くんが傍にいてくれる、それも良いわね」

 

 彼が同じガイアに所属するなら、共に過ごす時間は確実に増える。それは非情に魅力的なのだが。

 

「でも有栖くんがこちらに来ると言うことは」

 

 あの日常を捨てるに等しい。

 彼がフリーのサマナーでい続けているのは、その本質を日常のほうに置きたいから。つまりデビルサマナーの在月有栖ではなく、学生の在月有栖でい続けたいと言う思いの現れなのだろうと思っている。

 本人から聞いたわけではないが、有栖が日常を求めているのは知っているので、恐らく間違ってもいないだろう確信がある。

 だとするなら、ガイアに所属すると言うのは彼のその思いを壊すことにも為りかねないのではないだろうか。

 

「…………悩ましいわね」

 

 結局、自分の一存では決まらないことではあるが。

 

 まあ、彼がどう言う道を選ぼうと、河野和泉は何時だって在月有栖の味方である。

 

 彼に拾い上げられた日から、和泉のその気持ちだけは、一度だってブレたことは無いのだから。

 

 

 * * *

 

 

 さて、ここに三つの扉がある。

 

 一つは青の扉。

 

 一つは緑の扉。

 

 一つは赤の扉。

 

 青の扉はキミの右手に。

 

 緑の扉はキミの正面に。

 

 赤の扉はキミの左手に。

 

 三つの扉はキミがこれから辿る可能性。

 

 どれを選んでも良い。

 

 どれも選ばずとも良い。

 

 でもキミは選ぶのだろ?

 

 だってキミは前に進むしか無いのだから。

 

 なに?

 

 それぞれの扉の違いについて?

 

 それを言ってしまうのは未来を告げるに等しい。

 

 私は予言者じゃないのだから、それを言わせないで欲しい。

 

 ああ、でも今のままでは判断しようにも基準が無いかい?

 

 私としては別に勘でも構わないのだがね。

 

 …………おや、怒られてしまった。

 

 随分とキミに懐いているようだね。この短い間に良くぞここまで。

 

 ふむ…………では彼女に免じて少しだけ説明をして上げよう。

 

 青の扉は法と秩序の世界を目指す物語だ。

 

 キミの友人にとって重要な分岐点が訪れるだろうね。

 

 どういう選択をするか…………それはキミ次第なのかもしれないよ?

 

 緑の扉は中庸と中立の世界を目指す物語だ。

 

 憧れを追いかけ続ける少女の苦悩と挫折が待つ。

 

 乗り越えれるかどうかは…………やはりキミ次第だね。

 

 赤の扉は自由と混沌の世界を目指す物語だ。

 

 過去を負い続ける少女の破滅と終末が待つ。

 

 彼女の禍福がどういう結末を迎えるのか…………分かっているだろう? キミ次第さ。

 

 さて、ではもう一度問おう。

 

 

 

 キミは、どの扉を選ぶ?

 

 




と言うわけで、メガテン恒例のLNC選択の時間です。


L(ロリ)、N(ナイチチ)、C(チャイルド)と言う感想あったが上手すぎワロタwww

さて、どこから行こう?

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