SIREN(サイレン)/小説   作:ドラ麦茶

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第十九話 宮田司郎 大字粗戸/バス停留所付近 初日/七時二十二分四十九秒※

 宮田司郎は徒歩で山を下り、上粗戸の商店街まで来ていた。ここから北東へ進めば、自分が院長を務める比良境の宮田医院がある。一刻も早く戻りたいところだが、変わり果てた上粗戸の街並みに驚き、その場に立ち尽くしていた。近代的な建物が立ち並ぶ商店街だった上粗戸は、今にも崩れ落ちそうなボロボロの家屋が並ぶ古い商店街へと姿を変えていた。道路わきに立つバス停留所の標柱には、『大字粗戸』と記されてある。区画整理が行われるより以前、二十七年前の地名だ。いったいこれは、どういうことなのか。

 

 背後に気配を感じた。屍人か? ラチェットスパナを構えて振り返る。若い女性だった。息を飲む宮田。

 

「……美奈」

 

 女性は、宮田医院で働く看護師の恩田美奈の姿をしていた。四時間ほど前、蛇ノ首谷で行方不明になり、探したが、見つからなかった。ここにいたのか、美奈。スパナを強く握りしめる。苦しまないよう、一撃で葬るつもりだった。スパナを振り上げようとした。しかし――。

 

「――先生? 宮田先生、ですよね?」女は覗き込むような視線を向けた。「あたし、恩田美奈の妹の、理沙です!」

 

 女の言葉で手を止めた。美奈の妹? そういえば美奈には、何年か前に東京へ就職した双子の妹がいた。改めて女性を見てみる。美奈と瓜二つであるが、血の涙は流しておらず、肌も色白で健康的だ。屍人ではない。ということは、美奈ではない。

 

「……失礼。ヤツらかと思ったので」宮田はスパナを下ろした。「恩田理沙さん。お姉さんから話は伺っているよ。会うのは初めてだったかな?」

 

 記憶を探る宮田。二年前までは村にいたはずだから病院に来たことはあるだろうが、少なくとも宮田が診察をしたことはない。

 

「はい。あたしも、お姉ちゃんから先生の話をよく聞いてました。先生、お姉ちゃんはどこにいるんですか? これ、何がどうなってるんですか?」

 

 理沙は昨日の夜からのことを話した。美奈の帰りが遅いので探しに出たこと。サイレンが鳴って気を失い、気がついたら目の前に知らない家があったこと。そこで、銃や包丁を持った頭のおかしな男に襲われたこと。目を閉じると幻覚のようなものが見えること。なんとか逃げ出したものの、ここに来る途中にも同じように頭のおかしな人たちに襲われたこと。いったい、何がどうなっているのか?

 

 宮田は、自分の判る範囲で答えた。と言っても、詳しいことは宮田にも判らない。襲ってくる連中は屍人という化物で、目を閉じると見える幻覚のようなものは幻視という能力だということくらいである。この二つも、あくまでも宮田の想像にすぎない。確かなことは、美奈は無事ではないということだけだったが、それは言わないでおいた。

 

「私も美奈さんを探していたところだ。ひとまず一緒に病院へ戻ろう」

 

 宮田がそう提案すると、理沙は、はい、と、小さく頷いた。

 

 宮田はバス停の時刻表を確認した。宮田医院を経由し、合石岳のふもとまで行くバスだった。つまり、この道を進めば病院に着くはずである。街並みは変わっているが、地形は同じようだ。

 

 続いて宮田は、幻視を使って道の先の気配を探った。多くの屍人が見つかったが、ほとんどが民家の中や屋根の上で釘打ち作業をしていた。大通りを巡回しているのは、拳銃を持った屍人と包丁を持った屍人の二人だった。また、もう一人拳銃を持った屍人がいるが、どこか食堂と思われる建物の中で食事をしており、しばらく外に出て来ることはなさそうだ。障害となりそうな屍人は二体。宮田にとっては大した脅威ではなく、始末しながら進むこともできたが、その姿を村人に見せるのは得策ではないだろう。幸い、バス停のすぐ近くに大通りと並行して進める裏路地があったので、そちらを通ることにした。裏路地にも鎌で草を刈っている屍人がいたが、作業に没頭していたので、しゃがみ歩きで静かに背後を通過した。そのままさらに進む。古い食堂の裏口の前を通ったところで右に折れ曲がり、表通りと合流していた。この先に屍人の気配は無い。そのまま大通りを進もうとしたのだが。

 

「え……? 何、これ……?」理沙が驚きの声を洩らす。

 

 大通りは、木の板を張り合わせて作ったバリケードで塞がれていた。屍人が作ったのだろうか? 宮田はバリケードを調べてみた。高さ五メートルほどで、とても乗り越えることはできない。頑丈で、スパナで殴ったくらいではビクともしないだろう。これ以上進むことは難しい。宮田は周囲を見回した。道路のそばには堤防があり、その向こうは川になっているようである。

 

「先生……あいつらが来ます」

 

 理沙がバリケードの反対側を指さした。包丁を持った屍人がこちらに来ているようである。幸いまだ見つかってはいない。一度、どこかに隠れた方がよさそうだ。その場を離れようとして、道端に金づちが落ちているのを見つけた。片面が釘抜きになっているネイルハンマーである。屍人が忘れっていった物だろう。武器としてはスパナよりも強力そうだ。宮田はネイルハンマーを拾った。

 

 裏通りに戻った宮田と理沙。幻視で表通りの様子を探る。包丁を持っている屍人は、バリケードの前まで来ると、しばらく周囲を見回し、来た道を戻って行った。裏通りまでは巡回していないようだ。ここに隠れていればしばらくは安全だろう。

 

「あのバリケード、あいつらが作ったんですよね……」理沙がつぶやくように言った。「あんな事して、何が目的なんでしょうか?」

 

 宮田もそれは気になっていた。あのバリケードだけではない。この地域には、やたらと大工作業をしている屍人が多い。家の玄関や窓を板でふさいだり、屋根の上にさらに部屋を作ろうとしている者もいる。それが一軒だけではなく、全ての家屋で行われているのだ。まるで、街そのものを増築し、大きくしようとしているかのようだ。何のために、そんなことを? 考えてみても、判るはずもない。

 

 ヤツらのやることなど気にしても仕方ないかもしれない。それより、病院へ向かう方が先決だ。大通りが進めないなら、他の道を進むしかない。だが、他に道はあるのだろうか? 今いるこの商店街は、宮田の知る上粗戸の商店街ではない。どこをどう進めば病院まで行けるか判らない。だが、街並みが変わっていても、地形が変わっていないなら、北東方面に進めばいいはずだ。ならば、川沿いに進めばいいだろう。あの川は眞魚川だ。川上へ進めば、比良境付近へ着くはずである。

 

 だが、それにはひとつ、問題があった。

 

 川へ下りるためには堤防を越えなければならない。堤防を越えるための階段は、食堂玄関の正面にあるのだが、食堂の玄関は開け放たれており、中で、拳銃を持った屍人が食事をしているのだ。食事をしながらも店の外には注意を払っており、堤防を越えようとすると見つかる可能性が高い。理沙を伴って突破するのは少々危険だ。

 

「なんとか、あいつの気を引きつけられないでしょうか?」理沙が言った。

 

 裏通りには食堂の裏口がある。そっとドアを開け、誰もいないのを確認して中に入った。八畳ほどの縦に長い部屋で、手前に大きな冷凍庫、奥には流し台と、その隣に食器棚があった。食堂の調理場だ。入って左側に扉があり、屍人は向こうのフロアで食事をしているはずである。

 

 宮田は理沙を見た。「私がここで大きな音をたてて、ヤツの気を引きつける。その隙に、理沙さんは堤防を越えて川辺に下りるんだ」

 

「え? 大きな音をたてるって、どうやって?」

 

「何でもいい。叫んでもいいし、そこの――」宮田は、食器棚の上に置いてあるブタの貯金箱を、ネイルハンマーで示した。「その貯金箱を叩き割ってもいい」

 

「でも、それだと先生が……」

 

「大丈夫。音をたてたら私もすぐに逃げ出して、後を追うから」心配させないようにそう言った。

 

「ダメです。先生をそんな危険な目に遭わせられません。何か、いい方法があるはずです。待っててください」理沙は厨房の中を探り始めた。

 

 心の中でため息をつく宮田。本当のことを言えば、たとえ相手が拳銃を持っていようとも倒す自信があった。大きな音をたて、様子を見に来た屍人を不意打ちすればいい。宮田にしてみればその方がはるかに簡単で早いのだ。ただ、そういう姿を村人に知られるのはまずいので、理沙の見ている前ではやらないだけだ。

 

「あれ? これは……」

 

 冷凍庫を開けた理沙。(なか)から何やら赤い塊を取り出した。どうやら、濡れたタオルを凍らせたもののようである。誰が何のためにそんなことをしたのかは判らない。

 

 しばらく凍ったタオルを見ていた理沙だったが、何かを思いついた表情で、食器棚の上のブタの貯金箱を見た。

 

「これ、使えると思います」

 

 理沙は凍ったタオルを持ってきた。そして、流し台と食器棚の間の一〇センチほどの隙間の上にタオルを置き、さらにその上にブタの貯金箱を置いた。

 

 なるほど、と、感心する宮田。こうしておけば、時間が経つと同時に凍ったタオルが溶け、やがて貯金箱が床に落ち、割れる、という仕組みである。

 

「先生、(おもて)で待機しておきましょう」

 

 理沙と宮田は外に出て、食堂の横で息をひそめて待った。それから五分ほど経ったとき。

 

 がちゃん。

 

 貯金箱が割れる音がした。幻視で中の屍人の様子を探る。音に気付いた屍人は、拳銃を持ち、調理場の扉を開けた。そして、床で割れている貯金箱を発見し、じっと見つめる。

 

 (ほか)の屍人の気配も確認する。大通りを巡回していた屍人は、ちょうど、バス停付近にいるようだ。

 

「今です。先生、行きましょう」

 

 駆け出す理沙。宮田も後に続くが。

 

 ――うん?

 

 ふと、食堂の中を見て、足を止める。

 

「ちょっと、先生。何してるんですか? 早く来てください!」

 

 階段を上りかけた理沙が呼ぶが、宮田は無視して、食堂の中に入った。屍人はすぐ隣の調理場にいる。もし戻ってくれば見つかってしまうが、それでも、中に入らずにはいられなかった。

 

 宮田が気になったのは、テーブルの上に置かれている広報誌だった。手に取って確認する。羽生蛇村役場が定期的に発行しているもので、眞魚川水門改修工事のお知らせだった。眞魚川氾濫による洪水被害への対策として、眞魚川水門の改修工事を行うとのことである。眞魚川水門とは、眞魚川の上流、蛇ノ首谷よりもさらに北の山奥にあるダムのことだ。改修工事が行われたのはもう何年も前の話である。広報誌の日付を確認すると、昭和五十一年六月となっていた。随分と古い広報誌だ。二十七年も前の物である。だが、その割にはあまり痛んでいない。最近発行されたもののように見える。

 

 昭和五十一年は、羽生蛇村で大規模な土砂災害が発生した年だ。その土砂災害で、大字粗戸をはじめとした多くの地域が消滅している。

 

 土砂災害が発生した原因は、その前日、神迎えの儀式に失敗したことにある。それを知るのは、宮田をはじめとした一部の有力者だけだ。そして恐らく、今回も同じ儀式に失敗した。

 

 ――もしかしたら、いま私は、二十七年前の羽生蛇村にいるのかもしれない。

 

「先生! ヤツらが戻って来ます! 早く!」

 

 外で理沙が呼んだ。宮田は広報誌をテーブルの上に戻すと、外に出て、堤防の階段を上がった。そのまま河川敷へ()り、理沙と共に、川沿いを北へ向かった。

 

 

 

 

 

 

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