SIREN(サイレン)/小説   作:ドラ麦茶

31 / 78
第三十一話 前田知子 蛇ノ塚/県道333号線 初日/二十一時二十七分十三秒

 前田知子は蛭ノ塚の県道333号線を、一人、とぼとぼと歩いていた。両親とは、まだ再会できていない。水蛭子神社から脱出した後、教会がある刈割へと向かおうとしたのだが、村中どこも屍人が溢れており、見つからないように迂回したり、隠れたり、逃げたりしているうちに、結局また蛭ノ塚に戻って来てしまったのである。陽はかなり前に落ち、辺りは真っ暗だ。知子はライトで足元を照らしながら、県道を南へ向かって歩く。この先には眞魚川に架かる橋がある。昼間、求導師の牧野慶と一緒に、海へ身を沈める屍人たちを見た場所だ。あの時は橋が崩れ落ちていたためすぐにその場を離れたが、もしかしたら、どこか通れる場所があったのかもしれない。知子はライトで周囲を照らしながら、慎重に進んで行った。

 

 と、ライトの明かりが、道の真ん中に置かれている何かを照らした。

 

 最初はそれが何であるか判らなかったが、近づくにつれ、だんだんと見えてくる。人だった。男性のようである。白髪頭。老人のようだ。倒れている。ピクリとも動かない。酔っぱらって、道の真ん中で眠ってしまったのだろうか? そんなはずはない。老人の顔が、ハッキリと見えた。目は皿のように大きく開かれているが、その瞳は虚空を見つめている。頭の周りには黒に近い赤の液体が広がっている。血のようだ。頭を銃で撃たれ、死んだように見えた。

 

 知子は倒れた男に背を向け、走った。しばらく走って、足がもつれ、赤い雨でぬかるんだ砂利道に転んだ。泥水に埋もれる。起き上がろうとしたが、できなかった。足が震えている。恐ろしい。道の真ん中に、頭を撃たれて死んだ人がいる。しかも、その人の顔には見覚えがあった。合石岳の麓で一人暮らしをしている猟師・志村晃さんだ。無口な老人で、あまり村の人と関わることがなく、道ですれ違ったらあいさつするくらいで、それすらも月に一回あるかどうかという程度だった。親しい間柄ではない。だが、それでも同じ村に暮らす人であることに変わりはない。昨日までは、あの人も平和な村でひっそりと生きていたはずだ。それなのに、銃で撃たれて命を落としてしまった。なぜ、村はこんな恐ろしい所になってしまったのだろう。お父さんとお母さんに会いたい。優しかった両親の笑顔を思い浮かべる。しかし、それが志村さんの死に顔と重なった。お父さんとお母さんも、銃で撃たれ、どこかに倒れているのだろうか? いずれは、あたしも……。

 

 涙が溢れ出す。

 

 怖い。

 

 寂しい。

 

 会いたい。

 

 様々な感情が混じった涙だった。

 

 ぬかるみを踏む音が聞こえた。

 

 誰か来る。屍人か? 顔を上げる。

 

 目に入ったのは、赤い修道服。

 

 この村でその修道服を着ることが許されているのは、一人しかいない。求導女の八尾比沙子だ。

 

「――知子ちゃん。良かった。無事だったのね」

 

 比沙子は優しく微笑んだ。慈愛に満ちた笑顔――求導女の比沙子は、村の人からよくそう呼ばれているが、今日ほどそれを強く感じたことはない。

 

「求導女様!!」

 

 知子は比沙子の胸に顔をうずめ、泣いた。

 

 ずっと一人で怖かった。寂しかった。不安だった。

 

 いろいろな想いが込み上げ、泣いた。

 

 比沙子は知子の想いを受け止めるかのように、優しく抱きしめてくれる。

 

「もう、大丈夫よ。よく頑張ったわね」温かい手が、知子の頭をなでた。「お父さんもお母さんも、無事よ」

 

 知子は顔を上げた。「ほんとう?」

 

「ええ。二人とも、教会で待っているわ。さあ、行きましょう」

 

「――はい!」

 

 知子は、大きく頷いた。

 

 もう、あたしは一人じゃない。

 

 もうすぐお父さんとお母さんに会える。

 

 会って、昨日のことを謝ることができる。

 

 これからは、ずっと、一緒にいられる。

 

 知子は、この日初めて、心の底から笑顔を作ることができた。

 

「さあ、知子ちゃん。こっちよ――」

 

 比沙子が、知子の手を取る。

 

 ――お父さん、お母さん。待ってて。すぐに行くからね。

 

 知子は比沙子に連れられ、闇へ消えた。

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。