「――お父さん……お母さん……開けて……お母さん!」
娘の呼ぶ声で、前田真由美はまどろみから目を覚ました。しばらく、自分の置かれている状況が判らない。ここはどこだろう? 周囲を見回す。木製の椅子がたくさん並んだ広い部屋だった。奥には祭壇があり、壁に大きなマナ字架が掲げられている。教会の礼拝堂だった。真由美のそばには夫の隆信が眠っていた。なぜこんな所で眠っていたのだろう? 少し考え、すぐに思い出した。そうだ。知子が家出をした夜、村は、屍人が襲ってくる恐ろしい場所と化した。自分は隆信と共にいなくなった知子を探し、教会まで来たのだ。
「お母さん! ドアを開けて! お母さん! お父さんも起きて!」
窓ガラスを叩く音と共に、娘の声が聞こえた。知子が近くにいる! 椅子から立ち上がり、声のする方を見た。
「――――!!」
言葉を失う真由美。
見慣れた娘の知子が、窓の外にいた。
だが、それはもう、知子ではなかった。
「お母さん! 早く開けて!」
知子が、血の涙を流す目で、こちらを見ている。
「お母さん!」
知子が、死を思わせる暗い肌の色の手で、窓ガラスを叩く。
「早く開けて! お父さんも起きて!」
知子が、死の淵へと落ちてしまった者の姿で、助けを求めている。
真由美には、それが、屍人になった知子が自分たちを襲おうとしているように見えた。
「――いやあああぁぁ!!」
真由美は、声の限り叫んだ。
悲鳴に驚いた隆信が飛び起き、周囲を見回す。そして、屍人となって襲って来ようとしている娘の姿を見て、そばに置いてあった鉄パイプを握りしめて立ち上がり、威嚇するように振り上げた。
☆
前田知子は、泣き叫ぶ母と、こっちへ来るなと言わんばかりに鉄パイプを振り上げる父の姿を見て、窓を叩くのをやめた。
ようやく会えた家族、これからは、ずっと一緒にいられる……そう思ったのに。
母は泣き叫び、父は鉄パイプを振り上げる。
あたしを、拒絶している。
一人でここまで来たのに……どんなに危険な目に遭っても、どんなにくじけそうになっても、諦めないで、ここまで来たのに。
お父さんも、お母さんも、あたしを受け入れてくれない。
きっと。
二人は、怒っているのだ。
成績を落とし、勝手に家出をし、心配をかけたあたしのことを。
だから、中に入れてくれない。
あたしはもう、家族じゃないんだ。
やっぱり、あたしは一人なんだ。
これまでも、これからも、ずっと。
そう思った。
知子は窓を叩くのをやめた。
――ごめんね、お父さん、お母さん。
知子は、教会を後にした。
どこに行こうとしているのかは判らない。両親に拒絶されてしまった以上、行く場所なんて無い。
知子は一人、丘を下りた。
途中、屍人に見つかったが、やはり襲われることはなかった。