暗闇の中、四方田春海は一人で歩いていた。そこは完全な闇だった。自分の姿以外、何も見えない。何も存在しない。村も、屍人も、赤い雨も。あの鳴り響くサイレンの音も、ここでは聞こえない。本当に何もない、無の世界だった。
だが、不思議とそのことに疑問は沸かなかった。ここはそういう世界であり、春海は何度も訪れている。だが、何度も訪れているとはいえ、暗闇の中にたった一人というのは不安であった。誰かいないだろうか? 春海は闇の中を歩き続ける。
しばらく歩くと。
――助けて。
声が聞こえた。
子供の声だ。女の子のようである。
「……誰?」
周囲を見回す。誰もいない。全てを覆い隠す闇があるだけだ。
――助けて。
また聞こえる。
「誰かいるの?」
闇に向かって問いかけるが、返事は無い。ただ、助けて、と、繰り返すのみ。
春海は、声が聞こえて来る方向へ歩いた。やがて、ぼんやりとした明かりのようなものが見えてくる。誰かいる。女の子だ。背中を向け、しゃがんでいる。肩が小さく震えていた。泣いてのかもしれない。
「助けて……お母さん……」
近づくにつれ、声もはっきり聞こえて来る。お母さんを呼んでいる。はぐれたのだろうか?
「ねえ、どうしたの?」
春海はしゃがんでいる少女の後ろに立ち、背中に声をかけた。
「お母さん助けて……おいて行かないで……」
泣き続けるばかりで、少女は応えない。
「お母さんと、はぐれちゃったの?」
さらに声を掛ける春海。
それでも、少女は泣き続けるだけだ。声が聞こえていないのだろうか? お母さんとはぐれて気が動転し、他人の声に耳を傾ける余裕がないのかもしれない。春海自身、一人でいることの不安さ、寂しさは、痛いほどよく判っていた。なんとか力になってあげたかった。お母さんとはぐれたのなら、一緒に探してあげよう。
春海は、少女の肩に手を伸ばそうとした。
その瞬間。
少女が振り向いた。肌の色が青白い。死んでいる。そう思った。
――屍人。
春海は手を引っ込めようとしたが、先に少女に掴まれた。
冷たい――少女の身体は氷のように冷たかった。心まで凍りつくかのような寒気が、春海の小さな身体を駆け巡る。
「お母さん――助けて――」
ものすごい力で引っ張られる春海。
「やめて! 離して!! あたしはお母さんじゃない!!」
叫び、少女を振りほどこうとする。しかし、少女の力はとても子供のものとは思えないほど強く、決して離そうとしない。
その、少女の身体が、闇の中に沈み始めた。
少女の足が沈み、靴が見えなくなった。さらに沈み、すね、膝、そして、腰まで沈んだ。このままでは春海も闇に飲み込まれてしまう。腕を振り、少女から逃れようとする。しかし、少女の力は凄まじく、がっしりとつかんで離さない。
「お母さん――助けて――お母さん――」
少女は助けを求める。お母さんを呼ぶ。身体は沈み続ける。胸まで沈んだ。春海の腕が、闇に引き込まれる。
「いやああぁぁ!!」
春海は、悲鳴を上げた。
そこで――。
春海は、目を覚ました。
☆
「――いやああぁぁ!!」
悲鳴とともに目を覚ました春海。周囲を見回したが、真っ暗で何も見えない。闇の中に飲み込まれた? 一瞬そう思ったが、すぐに思い出した。ここは、押し入れの中だ。手を伸ばすと、指先に襖の感触。少しだけ開けると、わずかに光が差しこんでくる。良かった。いま見たのは、夢だったんだ。
だが、安心してもいられない。今の悲鳴を屍人に聞かれたかもしれない。幻視で周囲の様子を探ると、思った通り、屍人が一人、この部屋へ向かっている。このまま押入れに隠れていると見つかるかもしれない。春海は懐中電灯を持って素早く押し入れから出ると、部屋の窓を開け、外に飛び出した。
田堀地区で屍人となった高遠玲子に追われ、四方田春海は上粗戸に迷い込んでいた。上粗戸は近代的な建物が立ち並ぶ商店街であったが、屍人たちが増築を繰り返し、まるで巨大生物の巣であるかのように大きく膨れ上がり、迷路のように入り組んでいた。幸か不幸か、入り組んだ構造により玲子から逃れることはできたのだが、疲れ果て、精神的にも大きなショックを受けた春海は、それでも冷静に屍人のいない家を見つけ、押し入れの中で休んでいたのである。そこで、夢を見たのだった。
なんとか屍人に見つかることなく家の外に出た春海は、商店街の裏路地を一人で歩いていた。このまままっすぐ行けば、いずれ上粗戸の中央交差点に着くはずだ。しかし、確証は持てなかった。屍人たちが増築を繰り返した結果、商店街の様子は様変わりしている。通れるはずの道が通れなくなり、通れなかった場所に新たな道ができていたりする。それだけでなく、ところどころ、春海には見覚えのない古い家が建っていた。現代の近代的な建物とはまるで違う家屋。それは、現代と昔の羽生蛇村が入り混じっているようである。
南と思われる方向からは、断続的にサイレンの音が聞こえて来る。春海は耳を塞いだ。春海は、あのサイレンの音が怖かった。理由は自分でもハッキリと判らないが、とにかく、聞かない方がいい。そして、ずっと降り続いている赤い雨も危ない気がする。春海は耳を塞ぎ、なるべく雨の当たらない場所を選んで歩いた。幸い、サイレンが鳴っている場所からはかなり離れており、また、屍人が増築したおかげで上粗戸一帯がアーケード街のようになっていたため、雨を避けられる場所は沢山あった。
しばらく進むと丁字路に着き、道が左右に分かれていた。正面の壁にひし形の看板が貼られてある。洋品店の場所を示すもので、矢印で左の道を指し示していた。かなり古く、今にも外れて落ちそうである。看板のすぐそばにはなぜか木の机があり、その上にたくさんの釘が置かれていた。なんだろう? 確認しようと、春海は耳を塞いでいた手を伸ばす。すると、近くでハンマーを打つ音が聞こえて来た。音のした方を見る。左の道を少し進んだところで、人型の屍人が壁に釘を打っていた。作業に集中しているので気付かれてはいないが、恐らくこの釘は屍人が使っているのだろう。と、いうことは、屍人が釘を取りに来るかもしれない。春海は屍人を避け、右の道を進んだ。中央交差点からは遠ざかるが、その分屍人も少ないだろう。
だが、右の道はすぐにバリケードに阻まれ、進めなくなっていた。戻って左の道を進むしかない。そのためにはあの釘を打っている屍人を何とかしなければいけない。春海はいったん丁字路まで戻り、物陰に身を隠して様子を窺った。
しばらく釘を打ち続けていた屍人だったが、打つ釘が無くなると、机の上の釘を取りに看板の所までやって来た。そして、釘を何本か選ぶと、看板をじっと見て、左の道へ進み、また釘を打ち始める。それを、何度も繰り返していた。釘を打っている間は作業に没頭しているから、そのスキに後ろを通り抜けられるかもしれない――そう思うが、勇気が出ない春海。もし見つかると、屍人に捕まってしまう。怖い。でも、やるしかない。でも怖い。
勇気を持てないまま時間だけが過ぎていく。その間も、屍人は釘を打ち、釘が無くなると机の前に来て釘を取り、看板を見て左の道へ進み、また釘を打つ。
「――――」
春海は、パンパンと頬を叩き、「あきらめちゃダメ……あきらめちゃダメ……」と、自分に言い聞かせるようにつぶやいた。そして、屍人の様子を窺い、釘を打っている間に看板の所まで進んだ。ひし形の看板は、上下の角をピンでとめているだけで、今にも外れそうだ。春海が上のピンを持って引っぱると、思った通り、簡単に引き抜けた。上の支えを失った看板は、下のピンを支えにくるっとひっくり返り、洋品店の場所を差す矢印は反対を向いた。春海は、また身を隠した。
釘を打ち終えた屍人が補充に来る。釘を取った後、看板を見た。矢印は逆方向を示している。しばらく看板を見つめていた屍人だったが、矢印に従い、右の道を進んだ。すぐにバリケードに阻まれる。もちろん、そこは、さっきまで釘を打っていた場所ではないのだが、屍人は構わず、バリケードに釘を打ち始めた。春海は物陰から出て、丁字路を左へ進んだ。
だが、左の道も五分ほど進むとバリケードに行き当たった。この道も進むことはできないのか……春海は周囲を見回す。バリケードの右隣は民家の塀だ。バリケードほど高くなく、大人が手を伸ばせば届きそうだったが、身体の小さな春海にはとても無理だろう。だが、塀の下に小さな穴が開いていた。穴を覗き込む春海。大人はとても通ることができそうにないが、あたしなら大丈夫だ。春海は穴を潜り、民家の庭に入った。
民家は廃屋同然のボロボロだった。壁や天井などいたるところが崩れ落ちている。押し入れで少し休もうかと思っていたが、これでは隠れられそうにない。さらに、幻視で周囲を探ると、春海がいる場所から家を挟んで反対側、ちょうど、玄関の前で、屍人が庖丁を研いでいるのを見つけた。庭から外に出るには玄関前の門を通るしかない。屍人は門に背を向けた状態でずっと庖丁を研いでいる。静かに背後を通り抜ければ気付かれないかもしれないが、やはり、怖い。勇気が出ない。さっきの看板のような作戦はできないだろうか? 春海は壊れた壁の穴を通って家の中に入る。居間のようだ。中央に丸いちゃぶ台が置かれてあり、そのそばに春海の胸くらいの高さの小さな茶箪笥、そして、部屋の角にはテレビとラジオが置かれてあった。春海はテレビとラジオを調べてみたが、どちらも壊れていて鳴らなかった。さらに部屋の中を探すと、茶箪笥の上に赤い巾着袋があるのを見つけた。袋には女の人が口元に手を当てて笑っている絵が描かれている。中身は何だろう? 確認しようと袋を手に取ると、カチッと、スイッチを押す感触があった。
その途端、赤い袋がゲラゲラと笑い声を上げ始めたではないか。
――なにこれ!? 意味わかんない!!
どうやらおもちゃのようだ。とにかく止めないと、屍人に気付かれてしまう。しかし、どうやって止めたらいいか判らなかった。袋を開け、中に入っていた四角い機械を取り出した。止めるためのスイッチは無かったが、ウラに電池を入れるためのフタがあった。フタを外し、中の電池を取り出すと、笑い声はピタリと止んだ。
だが、それで安心はできなかった。襖の向こうで、ガラガラと玄関が開く音が聞こえた。足音がこちらへ近づいてくる。包丁を持った屍人だ。春海は機械を茶箪笥の上に戻すと、壁の壊れたところから庭に出て身を隠した。ほぼ同時に居間の襖が開き、屍人が入って来る。危ない所だった。
屍人は居間を見回すと、茶箪笥の上のおもちゃに気が付き、じっと見始めた。今がチャンスかもしれない。春海は静かに玄関へ回り、門から外に出て走った。屍人は追って来ていないが、それでも、少しでも遠くへ逃れようと走る。
だが、しばらくして立ち止まる。先の路地に拳銃を持った屍人が立っていた。幸い見つかることはなかったが、とても進めない。引き返すこともできない。このままでは立往生だ。周囲を探る。左右を高い塀に囲まれた路地で、他に道は無い。右の壁は木の板を組んだ塀で、左はブロック塀だ。どちらも高くて春海にはとても乗り越えられないが、左のブロック塀の下に、小さな穴が開いていた。そこを潜り、反対側へ抜けると、車の整備屋だった。見える範囲に屍人はいない。春海はいったん整備屋の車庫に身を隠した。
この整備屋は春海もよく知っているお店だ。眞魚川の近くにあり、死んだお父さんを始め、車を持っている村の人みんながよく利用していた。ここから少し東へ進めば、
でも、正直に言うと、春海は教会へ行きたくなかった。
春海は物心ついた頃から、どうも求導師様が苦手だった。求導師様は村のみんなから慕われており、春海が教会を訪れた時も、優しくお話ししてくれる。だが、それは上辺だけのような気がしてならないのだ。いざというとき、求導師様は子供なんて相手にしない――そんな気がしてならない。
さらに、求導女様に至っては、苦手を通り越し、どこか恐怖を覚えるくらいだった。怒ると怖い大人の人は沢山いる。死んだお母さんや、春海がお世話になっている親戚のおばさん、玲子先生だって、普段は優しいけど、イタズラしたり宿題を忘れたりすると怖い。しかし、春海が求導女様に感じている恐怖心は、それとはまったく異なるものだった。それは、屍人に抱く恐怖に似ている。いや、むしろ屍人などよりはるかに怖い――ハッキリとした理由は無いが、ずっと、そう思っていた。だから春海は、教会が好きではなかった。
それとは逆に、宮田医院は好きだった。院長の宮田先生は、求導師様や求導女様とは反対で、村のみんなからは避けられていた。村でただ一人の医者なので一応敬われてはいたが、無口で愛想のない宮田先生には、どこか、近寄りがたい雰囲気がある。大人の人は、診察が終わると逃げるように病院を後にするし、子供たちの間では「宮田先生は密かに村の人をさらい、夜な夜な地下の隠し部屋で人体実験をしている」などという怪談話まであるくらいだ。それでも春海は、宮田先生のことが好きだった。確かに無口だが、もともと春海はお喋りが苦手だから、あまり気にならない。それに、病気になった時はすごく心配してくれて、病気が治った時はすごく喜んでくれる――言葉や態度で表すことはないが、春海にはそれがよく判った。宮田先生はとても優しい人だ――これも、ハッキリとした理由は無いが――そう思っていた。
逃げるなら、教会よりも病院の方がいい。そうしよう。
春海は車庫から出ると、路地を東へ進んだ。
少し進むと、大きな車が停められており、道を塞いでいた。横をすり抜けようとしたが、身体の小さな春海ですら通ることができないほど狭くなっている。恐らく、路地に車を停めたのではなく、車を停めた後に増築してバリケードを作ったのだろう。反対側も、そして、屋根の上も同様に通れそうにない。しかし、車の下は開いていた。春海は、車の下を這って進み、向こう側へ出た。
千曳橋の前に来たが、橋の上では犬型の屍人が見張りをしていた。こちら側と向こう側を何度も行き来し、警戒している。橋は周辺の見通しがよく、隠れながら進むのはムリだろう。幸い、橋はここだけではない。少し南に進めば、
だが、身体がビクンと震え、自分の背中が一瞬だけ見えた。犬屍人に見つかった!? かなり離れていたから大丈夫だと思ったが、足音に気付かれたのかもしれない。橋を振り返ると、犬屍人がものすごいスピードで走って来る。決して運動が得意ではない春海に逃げ切れるだろうか? 考えているヒマはない。春海は走り出した。しかし、すぐに立ち止まる。道は屍人が造ったバリケードに阻まれていた。背後から犬屍人が迫る。どうしよう? 周囲を探る。バリケードの下の方に、小さな穴が開いているのを見つけた。そこを潜り抜ける。犬屍人が走って来て、穴に首を突っ込んだが、穴は小さく、身体の大きな犬屍人では潜ることができない。春海は走ってその場を去った。
しばらく走ると肉屋の看板が見えてきた。三蛇橋はもうすぐだ。このまま走っていこうとしたのだが。
「――ううん? 春海ちゃんの臭いがするよ? 近くにいるのかなぁ?」
道の先から聞き覚えのある声。春海は、とっさに肉屋に駆け込んで身を隠した。いまの声は――。
肉屋に隠れて外の様子を窺う。しばらくすると、金属バットを持った屍人がやって来た。屍人――だと思う。身体は屍人だが、頭が変だった。タコのような足が何本も生え、うねうねと動いている。
「あれぇ? 気のせいだったのかな?」
その声。間違いない。校長先生だ。うすうす勘付いてはいたが、やはり、校長先生もすでに屍人になっていたんだ……。
「でも、春海ちゃんの臭いはまだするよ? どこかに隠れたのかな? ようし、春海ちゃん、すぐに見つけるからね。そうしたら、校長先生と、イイことしようね?」
周辺を探し始める校長。匂いを察知するということは、ここに隠れていても見つかるのは時間の問題だ。裏口や窓から逃げ出せないだろうか? 春海は肉屋の奥へ進んだ。奥は生活するためのスペースだった。居間やトイレなど、いくつかの部屋がある。裏口――というよりは家の玄関だろう――があったが、板が張り付けられてあり、開けることができない。窓も同様だ。これでは、脱出することができない。
「うーん、こっちの方から匂いがするねぇ?」
校長が肉屋に入って来たようだ。店舗の中を探し始める。このままではマズイ。何かないか? 春海は居間を探った。棚の上に目覚まし時計を見つけた。あれを鳴らせば校長の注意を引けるかもしれない。さっそくセットしようとした春海だが、時計は動いていない。裏返すと、電池が入っていなかった。これではダメだ、他に何か音が出るもの、もしくは、電池が無いだろうか――?
春海はポケットに手を当てた。そうだ! 電池、持ってる! さっき笑い声を上げる巾着袋の中から抜いて、そのまま持ってきていた! ポケットから電池を取り出す。単二式の電池で、時計で使うものと同じだった。春海は時計に電池を入れると、アラームを一分後にセットし、トイレに隠れた。そのまま息をひそめ、待つ。校長はまだ店舗部分を調べている。決して広くないので、すぐにこっちに来るだろう。アラームが鳴る前にトイレを調べられたら終わりだ。ううん、大丈夫。絶対うまく行く。あきらめちゃダメ。
「春海ちゃん、どこかなぁ? うーん、トイレの方から匂いがするねぇ」
居住スペースの方へやって来た。足音が近づいてくる。ダメだ、見つかる!
諦めかけた時、目覚まし時計のアラームが鳴った。
「んん? 春海ちゃんかなぁ?」
足音が遠ざかって行く。幻視で確認すると、校長は居間に入り、目覚まし時計をじっと見つめ始めた。うまく行った! 春海は静かにトイレから出ると、そっと廊下を通り、店舗の出入口から外に出た。校長は気付かない。春海は南へ走った。
五分ほど走ると三蛇橋が見えてくる。上粗戸の商店街を東西へ走る大通りだ。橋を渡って東へ向かえば比良境、橋を渡らず西へ向かえば中央交差点があり、西の刈割や南の下粗戸へ行くことができる。宮田医院へ向かうには、東の道を進まなければいけない。
しかし、春海は。
――もう……いやだ……。
フラフラと、西の道を進む。すぐに中央交差点に着いた。電気の供給は止まっていないようで、街灯は点いており、信号機も、赤のランプが点滅している。宮田医院へ行くのをやめて、教会へ行こうとしているのではない。どこか別の場所に向かうわけでもない。
もう、どこにも行きたくなかった。
学校で屍人に襲われた。刈割でも屍人に襲われ、玲子先生が死んだ。田堀の民家では知子お姉ちゃんたちに襲われ、外では玲子先生にも襲われた。この上粗戸でも、校長先生の屍人に襲われた。
どこに行っても屍人はいる。どこに行っても襲われる。どこに行っても逃げなければいけない。
安全な場所なんて無い。
逃げ場なんて、無い。
――疲れちゃった……
春海は街灯の下にしゃがみ込んだ。隠れようとは思わなかった。隠れても、どうせ見つかる。どんなに隠れても屍人に見つかるし、どんなに逃げても屍人は追って来る。いずれは捕まって、自分も、屍人になるだろう。だったら、隠れたり逃げたりしてもムダだ。
春海は膝を抱え、顔をうずめた。
――春海ちゃん。絶対に、あきらめちゃダメよ。
玲子先生の言葉を思い出したが、もう、勇気は沸いてこなかった。