SIREN(サイレン)/小説   作:ドラ麦茶

59 / 78
第五十九話 須田恭也 ―――― 第三日/二時十三分十七秒

 風が吹き渡り、大地を覆う草が波うった。空は晴れ渡り、雲ひとつ浮かんでいない。陽の光のまぶしさに、思わず目を覆う。

 

 須田恭也はどこまでも続く草原の中にいた。見渡す限り草と風と空しかないが、ぽつんと、ひとつだけ、ポストが置かれてある。旧式の丸い郵便ポスト。そこにもたれ、座っていた。そばには、美耶子もいる。

 

「綺麗だね……」

 

 草原の彼方を見つめながら、美耶子がつぶやいた。そうだね、と、恭也は返事をする。

 

「あたし、知らなかった」

 

「――え?」

 

「世界が、こんなにキレイだったなんて。恭也の目を通してみると、こんな風に見えるんだね」

 

 美耶子を振り返る恭也。美耶子は目が見えない。草原の彼方を見つめているようだが、実際、その目は何も映していない。この景色を見ているのは美耶子ではなく恭也だ。美耶子は、恭也の目を通して、世界を見ているのだ。

 

 美耶子が、さらに言葉を継ぐ。「初めて会った時ね、恭也は、光に包まれてた」

 

「光? 何のこと?」

 

「あたし、目は見えないけど、近くに誰かがいるのは判るんだ」

 

「うん」恭也は頷いた。目が見えない分、他の感覚が敏感なのだろう。聴覚や他の感覚を使い、気配を察知できるのだ――そう思った。

 

「でもね、恭也だけは、光って見えた。すごく、温かい光」美耶子は、寄り添うように、恭也の肩に頭を乗せた。「あんなの、初めてだった」

 

「なに言ってんだよ……」恭也は、照れくささを隠すように笑う。

 

「あたしね、生まれた時からずっと、屋敷に閉じ込められて育ったの」

 

「……うん」

 

「時が来たら、神の元へ嫁ぐ――お父様から、ずっとそう言われてきた。そういう運命なんだって」

 

「…………」

 

「姉は屋敷の外に出られるのに、あたしは出られなかった。姉は自由に生きられるのに、あたしは自由に生きられなかった。神代のお手伝いの中には、あたしに同情してくれる人もいたけど……結局何もしてくれなかった。お父様には逆らえない。あたし、みんなのこと、恨んでた」

 

「……しょうがないよ……そんな状態だったら……俺だって……」

 

 恭也は、草原の先を見つめる。この村で何が行われているのか、いまだによく判らない。そんなワケの判らないもののために命を差し出せと言われても、納得できるはずもない。恨んで当然だ。

 

 美耶子が――。

 

「……あいつらも……この村も……全部消して」

 

 消え入るような声でつぶやいた。

 

「え――?」

 

 恭也は、視線を美耶子に向ける。

 

 しかし、隣にいたはずの美耶子の姿は、無かった。

 

 美耶子だけでなく、ポストも、草原も、陽の光も、空さえも、存在しない。

 

 恭也は、暗闇の中、一人で座っていた。

 

 ただ――。

 

 

 

 ――あいつらも……この村も……全部消して。

 

 

 

 美耶子の暗い言葉だけが、胸に残っていた。

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。