風が吹き渡り、大地を覆う草が波うった。空は晴れ渡り、雲ひとつ浮かんでいない。陽の光のまぶしさに、思わず目を覆う。
須田恭也はどこまでも続く草原の中にいた。見渡す限り草と風と空しかないが、ぽつんと、ひとつだけ、ポストが置かれてある。旧式の丸い郵便ポスト。そこにもたれ、座っていた。そばには、美耶子もいる。
「綺麗だね……」
草原の彼方を見つめながら、美耶子がつぶやいた。そうだね、と、恭也は返事をする。
「あたし、知らなかった」
「――え?」
「世界が、こんなにキレイだったなんて。恭也の目を通してみると、こんな風に見えるんだね」
美耶子を振り返る恭也。美耶子は目が見えない。草原の彼方を見つめているようだが、実際、その目は何も映していない。この景色を見ているのは美耶子ではなく恭也だ。美耶子は、恭也の目を通して、世界を見ているのだ。
美耶子が、さらに言葉を継ぐ。「初めて会った時ね、恭也は、光に包まれてた」
「光? 何のこと?」
「あたし、目は見えないけど、近くに誰かがいるのは判るんだ」
「うん」恭也は頷いた。目が見えない分、他の感覚が敏感なのだろう。聴覚や他の感覚を使い、気配を察知できるのだ――そう思った。
「でもね、恭也だけは、光って見えた。すごく、温かい光」美耶子は、寄り添うように、恭也の肩に頭を乗せた。「あんなの、初めてだった」
「なに言ってんだよ……」恭也は、照れくささを隠すように笑う。
「あたしね、生まれた時からずっと、屋敷に閉じ込められて育ったの」
「……うん」
「時が来たら、神の元へ嫁ぐ――お父様から、ずっとそう言われてきた。そういう運命なんだって」
「…………」
「姉は屋敷の外に出られるのに、あたしは出られなかった。姉は自由に生きられるのに、あたしは自由に生きられなかった。神代のお手伝いの中には、あたしに同情してくれる人もいたけど……結局何もしてくれなかった。お父様には逆らえない。あたし、みんなのこと、恨んでた」
「……しょうがないよ……そんな状態だったら……俺だって……」
恭也は、草原の先を見つめる。この村で何が行われているのか、いまだによく判らない。そんなワケの判らないもののために命を差し出せと言われても、納得できるはずもない。恨んで当然だ。
美耶子が――。
「……あいつらも……この村も……全部消して」
消え入るような声でつぶやいた。
「え――?」
恭也は、視線を美耶子に向ける。
しかし、隣にいたはずの美耶子の姿は、無かった。
美耶子だけでなく、ポストも、草原も、陽の光も、空さえも、存在しない。
恭也は、暗闇の中、一人で座っていた。
ただ――。
――あいつらも……この村も……全部消して。
美耶子の暗い言葉だけが、胸に残っていた。