SIREN(サイレン)/小説   作:ドラ麦茶

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第六十五話 牧野慶 合石岳/羽生蛇鉱山 第三日/十六時〇〇分五十八秒※

 牧野慶は合石岳の三隅鉱山に来ていた。この鉱山も、二十七年前の土砂災害で消えた地域のひとつだ。屍人が多数いるようだが、それは、さほど脅威ではない。問題なのは、ここが、牧野が初めて訪れた地域だということだ。道が判らない。方角的には、このまま西へ進めば蛇ノ首谷があるはずだ。迷うわけにはいかない。空を見上げた。雨は相変わらず小降りだ。波羅宿地区を覆っていた濃い霧も、ここには無い。薄い雲の向こうにぼんやりと見える太陽は、かなり傾いている。もうすぐ陽が暮れる。間に合うか……。

 

 足を速める牧野。小さな広場に古い倉庫があり、右に曲がるとのぼりの階段があった。倉庫の周囲を蜘蛛屍人がうろついているが、身を隠してやり過ごすような余裕はない。牧野はネイルハンマーを振りかざして容赦なく屍人を倒すと、階段を上がった。

 

 階段を上がった先は東西に道が延び、地面にはトロッコのものと思われるレールが敷かれていた。西の道はすぐに行き止まりになっている。一度東に戻らなければいけないようだ。犬屍人らしき気配も複数ある。くそ、時間がないというのに。牧野はネイルハンマーから拳銃に持ち替え、走った。弾は六発で、予備はもう無い。それでも牧野は、ためらうことなく犬屍人に銃弾を撃ちこんだ。三体の犬屍人を全て一発で仕留め、走る。二階建てのビルの前にやって来た。ビルのそばには、西へ続くトンネルがあった。西の蛇ノ首谷には選鉱所があるから、そこへ鉱石を送るためのトンネルだろう。牧野はトンネルへ入ろうとしたが。

 

 ビルの中から、女の笑い声が聞こえた。

 

 聞き覚えのある声だった。まさか、こんなところまで追って来るとは。

 

「……先生……お姉ちゃんの所へ……」

 

 誘うような声も聞こえる。姉と言っているから、妹の理沙だろう。本当にしつこい女だ。構っている時間が惜しいが、放っておいて後で邪魔をされるのも困る。どうにかして、ここで足止めをしておかなければ。牧野は、拳銃をハンマーに持ち替え、そして、宮田医院の霊安室から持ってきた木の杭を取り出した。

 

 ビルの中から、ナース服姿の屍人が出てきた。頭脳屍人ではない。人型の屍人。理沙だ。 

 

「……許せない……先生……」

 

 理沙が、右手に持つつるはしを振り上げた。それよりも早く、牧野はハンマーを振るう。仰向けに倒れたところに、馬乗りになる牧野。木の杭を理沙の胸に押し当て、ハンマーを振り上げた。振り下ろすと同時に理沙の血が飛び散り、牧野の顔に赤い斑点を作る。同時に、金属を切るような悲鳴が響き渡った。牧野は何度もハンマーを振るい、理沙の胸に杭を打ち込んだ。杭は理沙の身体を貫通し、土の地面にまで突き刺さった。

 

 立ち上がる牧野。地面に張り付けにされ、もがく理沙を、冷たく見下ろす。これで、しばらく自力で動くことはできないだろう。その間に。

 

 牧野は、ビルの中を見た。

 

「先生……こっちに来て……」

 

 別の声が聞こえる。美奈だ。

 

 牧野は、ハンマーを拳銃に持ち替え、慎重に、ビルに足を踏み入れた。薄暗い通路の向こうに屍人の気配がする。触手の生えた醜い顔になっていても、すぐに判る。宮田司郎が心から愛した、美奈。

 

 美奈は牧野の姿を見ると、シャベルを振り上げて襲ってきた。

 

 いや、それはどこか、待ちわびた恋人がようやく現れ、喜んで迎えようとしている姿にも見える。

 

 牧野は銃口を向け、引き金を引いた。一発、二発と、胸に命中するが、美奈は倒れない。銃弾の衝撃に怯むことさえない。まっすぐに、向かって来る。それほどまでの、愛。

 

 牧野は最後の銃弾を撃つ。

 

 銃弾は、美奈の(ひたい)(はじ)いた。

 

 美奈は、ゆっくりと倒れた。

 

 牧野は銃を投げ捨てた。

 

 そして、波羅宿の井戸の中で見つけた手榴弾をひとつ、取り出す。

 

 ビルは古い。ここで手榴弾を爆発させれば、簡単に倒壊するだろう。美奈は生き埋めになる。それで、かなりの時間を稼げるはずだ。

 

 牧野は、手榴弾のピンに指を掛けた。

 

 ――――。

 

 だが、その手が止まる。

 

 美奈が、触手のうねる頭を上げ、こちらを見ていた。

 

 泣いている。

 

 血の涙ではない。目は触手に埋もれており、美奈は涙を流すことができない。

 

 それでも牧野には、美奈が泣いているように見えた。

 

 牧野は、ピンを抜くのをやめた。

 

 そして、美奈のそばにしゃがみ、そっと、抱き寄せた。

 

 ――すまない、美奈。私はまだ、君の元へは行けないんだ。

 

 美奈に、語りかける。

 

 求導師の牧野慶としてではなく。

 

 美奈を愛した、宮田司郎として。

 

 その胸の内を、語る。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 美奈――私には、この村でやらなければいけないことができた。

 

 私はもう、宮田司郎ではない。

 

 村での役割を終え、誰からも必要とされなくなった、哀れな医者ではないのだ。

 

 あの日――神迎えの儀式が行われる前日。

 

 役割を終え、村から去ろうとした私と、一緒に居てくれると言った美奈。

 

 君だけを先に行かせてしまったことは、本当に申し訳ないと思っている。

 

 だが、もう少し待っていてくれ。

 

 私も、すぐに行く。

 

 必ず、君の元へ行く。

 

 君を救う方法も見つけた。

 

 だが、今はまだ、それを使うことはできない。

 

 私が成すべきことが終わったら。

 

 必ず、君の所へ向かう。

 

 約束する。

 

 だから、もう少しだけ、待っていてほしい。

 

 

 

 美奈。

 

 

 

 愛している――。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 牧野は、ビルの外へ出た。

 

 足元には、胸に杭を打ち込まれた理沙がいる。

 

 牧野は杭を持つと、力を込め、一気に引き抜いた。

 

 拘束から解かれた理沙だが、牧野を襲おうとはしなかった。何かを訴えかけるような目を向けた後、姉の所へ向かった。

 

 牧野は、西のトンネルを抜けた。

 

 蛇ノ首谷の林道を、北へ向かって進む。

 

 やがて、樹々の合間に、大きな白の建造物が見えてきた。

 

 眞魚川の上流で水を蓄え、村人に生活水を供給し、村を水害から護ってきたダム、眞魚川水門だ。

 

 牧野は、手榴弾を握りしめた。

 

 

 

 

 

 

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