村に、サイレンが鳴り響く――。
爆破された眞魚川水門から流れ出た水は、赤い濁流となって、屍人の巣を飲み込んでいく。
牧野慶は水底があらわになった眞魚川水門に下りていた。足にまとわりつくような泥を踏みながら歩く。ダムの底には、泥を全身に浴びた屍人たちが、フラフラとさ迷い歩いていた。
皆、牧野の姿を見ると、「ああ……求導師様……」「求導師様……お助けください……」「求導師様……お救いを……」と、すがりつくようにそばへ来る。牧野を襲おうとする者などいない。そう。ここにいるのは屍人ではない。羽生蛇村に住む人間。同じ村人なのだ。
皆、助けを求めている。何十年もの
牧野は、宇理炎を力強く握りしめた。
村人が救いを求めている。
ならば、その声に応えなければならない。
今の私は、村の暗部である宮田医院の宮田司郎ではない。
救いを求めるものに応え、村人を導く、求導師なのだ。
振り返った。愛する美奈と、妹の理沙がいる。彼女たちも、救いを求めている。
牧野は、天高く宇理炎を掲げた。
さあ、煉獄の炎よ。
私の命と引き換えだ。
この者たちを――私の愛する村人たちを、救いたまえ――。
牧野の胸の内から、生命の炎が燃え上がり、宇理炎へと吸い込まれていく。宇理炎がまばゆい光を放った。
地面が大きく陥没し、穴が
炎が吹きあがった。
青く、そして白い炎。太い一本の柱だった炎は、一度天高く燃え上がると、まるで雨のように大地に降りそそいだ。
炎を浴びた村人が、燃える。
地面に落ち、その場で燃え上がる炎もある。炎を浴びなかった村人が、競うように身を投じていく。
炎が、村人を焼く。
悲鳴を上げる者はいない。苦しみの声を上げる者はいない。
「……ああ……求導師様……」「……ありがとうございます……求導師様……」「……救いの炎……ありがとうございます……」
誰もが、感謝の声と共に、燃え尽きていく。
生命の炎を燃やす牧野にも、その声は届く。
ああ――。
今、私は、村の人たちを救っている。
求導師として、村を救っている。
私はずっと、彼らの、この声を聞きたかったのだ。
美奈と理沙を見た。彼女たちもまた、自ら進んで炎に身を投じていた。
牧野の放った命の炎は、燃え続ける。
☆
天から、まぶしい光が降りてきた。
煉獄の炎を浴び、屍人から
「……先生……」
光の中で、牧野に向かって手を振っている二人の影。
美奈と、理沙だった。醜い屍人ではない。生きていた頃の、美しい二人。
呼んでいる。
「ああ……いま行くよ……」
牧野は、求導師の法服を脱ぎ捨てた。
私の、求導師としての役割は終わった。
今は、村を救った求導師ではなく、美奈を愛した一人の男として、彼女の元に向かいたかった。
――本当に、待たせたね、美奈。
宮田司郎は、美奈の元へ向かう。
理沙が、そっと身を引いた。顔に笑顔と――ほんのわずかな、悲しみをにじませて。
宮田は美奈を抱きしめた。
美奈も、宮田に身を預ける。
生と死の狭間に引き裂かれていた二人が、いま、ようやく巡り会えた。
「――さあ、行こう」
宮田は、美奈の手を取り。
理沙と、そして、多くの村人たちと共に、光の向こうへ旅立っていった。
☆
宮田は、何人かの村人が煉獄の炎から逃れ、村へ下りて行ったことには気付かなかった。
もっとも、気づいたところで、何もできはしないだろう。
彼らには彼らの思いがあり、屍人としてこの世界に
その選択を咎めることなど、誰にもできはしない。