SIREN(サイレン)/小説   作:ドラ麦茶

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第七十話 牧野慶 合石岳/眞魚川水門 第三日/十八時三十九分五十八秒※

 村に、サイレンが鳴り響く――。

 

 

 

 

 

 

 爆破された眞魚川水門から流れ出た水は、赤い濁流となって、屍人の巣を飲み込んでいく。

 

 牧野慶は水底があらわになった眞魚川水門に下りていた。足にまとわりつくような泥を踏みながら歩く。ダムの底には、泥を全身に浴びた屍人たちが、フラフラとさ迷い歩いていた。

 

 皆、牧野の姿を見ると、「ああ……求導師様……」「求導師様……お助けください……」「求導師様……お救いを……」と、すがりつくようにそばへ来る。牧野を襲おうとする者などいない。そう。ここにいるのは屍人ではない。羽生蛇村に住む人間。同じ村人なのだ。

 

 皆、助けを求めている。何十年もの(あいだ)、このダムの底に身を沈め、サイレンの誘惑にあらがって来た。身体は屍人となっても、心は屍人とならないように。その苦しみがどのようなものか、牧野には想像もつかない。いっそ屍人になってしまった方がはるかに楽であろう。それでも、この村人たちはサイレンの誘惑にあらがい続けたのだ。もし、この場に牧野が現れなければ、ずっと苦しみ続けていただろう。永遠に、ずっと。

 

 牧野は、宇理炎を力強く握りしめた。

 

 村人が救いを求めている。 

 

 ならば、その声に応えなければならない。

 

 今の私は、村の暗部である宮田医院の宮田司郎ではない。

 

 救いを求めるものに応え、村人を導く、求導師なのだ。

 

 振り返った。愛する美奈と、妹の理沙がいる。彼女たちも、救いを求めている。

 

 牧野は、天高く宇理炎を掲げた。

 

 さあ、煉獄の炎よ。

 

 私の命と引き換えだ。

 

 この者たちを――私の愛する村人たちを、救いたまえ――。

 

 牧野の胸の内から、生命の炎が燃え上がり、宇理炎へと吸い込まれていく。宇理炎がまばゆい光を放った。

 

 地面が大きく陥没し、穴が()いた。地の底まで続いているかと思うような、深く、巨大な穴。

 

 炎が吹きあがった。

 

 青く、そして白い炎。太い一本の柱だった炎は、一度天高く燃え上がると、まるで雨のように大地に降りそそいだ。

 

 炎を浴びた村人が、燃える。

 

 地面に落ち、その場で燃え上がる炎もある。炎を浴びなかった村人が、競うように身を投じていく。

 

 炎が、村人を焼く。

 

 悲鳴を上げる者はいない。苦しみの声を上げる者はいない。

 

「……ああ……求導師様……」「……ありがとうございます……求導師様……」「……救いの炎……ありがとうございます……」

 

 誰もが、感謝の声と共に、燃え尽きていく。

 

 生命の炎を燃やす牧野にも、その声は届く。

 

 ああ――。

 

 今、私は、村の人たちを救っている。

 

 求導師として、村を救っている。

 

 私はずっと、彼らの、この声を聞きたかったのだ。

 

 美奈と理沙を見た。彼女たちもまた、自ら進んで炎に身を投じていた。

 

 牧野の放った命の炎は、燃え続ける。

 

 

 ☆

 

 

 

 天から、まぶしい光が降りてきた。

 

 煉獄の炎を浴び、屍人から(ひと)へと戻った村人たちが、光の柱の中へ進んで行く。

 

「……先生……」

 

 光の中で、牧野に向かって手を振っている二人の影。

 

 美奈と、理沙だった。醜い屍人ではない。生きていた頃の、美しい二人。

 

 呼んでいる。

 

「ああ……いま行くよ……」

 

 牧野は、求導師の法服を脱ぎ捨てた。

 

 私の、求導師としての役割は終わった。

 

 今は、村を救った求導師ではなく、美奈を愛した一人の男として、彼女の元に向かいたかった。

 

 ――本当に、待たせたね、美奈。

 

 宮田司郎は、美奈の元へ向かう。

 

 理沙が、そっと身を引いた。顔に笑顔と――ほんのわずかな、悲しみをにじませて。

 

 宮田は美奈を抱きしめた。

 

 美奈も、宮田に身を預ける。

 

 生と死の狭間に引き裂かれていた二人が、いま、ようやく巡り会えた。

 

「――さあ、行こう」

 

 宮田は、美奈の手を取り。

 

 理沙と、そして、多くの村人たちと共に、光の向こうへ旅立っていった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 宮田は、何人かの村人が煉獄の炎から逃れ、村へ下りて行ったことには気付かなかった。

 

 もっとも、気づいたところで、何もできはしないだろう。

 

 彼らには彼らの思いがあり、屍人としてこの世界に(とど)まることを選んだのだ。

 

 その選択を咎めることなど、誰にもできはしない。

 

 

 

 

 

 

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