何だ?
身体が重い......
サソリは異様な寒気を感じながらまるで水の中に沈んでいくような感覚に囚われていた。
水は身体にぴったりと付いていて動きを制限している。
ゼツに捕まって術を掛けられて何かに覆われるような衝撃が走ると息が出来なくなり目の前が暗転していった。
御坂達はどうなった?
湾内や白井達は?
佐天は?
あの世界は?
オレはどう......なった?
それはこの世界に来る時と味わった空間と相違ない。
懸命に手足をバタバタと動かそうとするが思う通りに動かない。
りんごが地面に落ちると同じように
割れた卵が元に戻らないように
自分がここにいるのが不自然ではなく自然な事に近かった。
生きていたから死んだだけ
死んだら元には戻らない
両親に愛情を求めたやりきれない焦燥感にサソリの心は張り裂けんばかりだった。
何が命を賭けて守るんだと
何が第1位だ......
ふざけるなよ
ふざけるなよ
まだ何も......返してねぇじゃねーか
何でもない日常をくれたアイツらに
サソリはどうすることも出来ない状況にただ呆然と打ちのめされていた。
恐らくだがサソリの両親もこのような断腸の想いで沈んで行ったのだろう。
幼いサソリを遺して死んでいくのは筆舌に尽くしがたい感情の大波がサソリの心を掻き回す。
不意に黒い髪の女性がサソリの背中を優しく受け止めた。
「!?」
まだ小さかった頃に足取りが覚束ないサソリの背中に回ってあんよを手伝ってくれた母の温もりを感じた。
「サソリ......」
「おふくろか?」
身体が動かず正体を確認する事ができないが母のトレードマークだった長い黒髪がしっとりと濡れてサソリの身体に暖かく絡み付いてきた。
「良く頑張ったわね......もう休んで良いのよ」
子供の頃、無条件な当たり前が用意されている場所。
遊んで帰って来たら夕飯が出来ていて
当たり前のように母親が台所にいて
父親が椅子に座っている
お風呂に入って暖かい内に布団に潜り込んで、今日あった事を思い出したながら母親の昔話を聴いて明日を考えて幸せの眠りにつく。
当たり前のように日が昇って、明日が来て待ちきれないように朝食を食べて出掛けていく。
当たり前だと思っていたのに
当たり前だったはずなのに
死は容赦無く当たり前を奪っていく。
最悪のタイミングで
このまま下り続ければ家族が待つ冥府に行けるだろうか?
いや、きっと待っているのは地獄だろう
感覚は所詮物理的な効果に過ぎない。
触れている母の腕、艶やかな髪も脳の電気信号を翻訳した結果に過ぎない。
「悪い......おふくろ」
サソリは渾身の力を込めて首から回してある母の腕を掴むと軽く持ち上げた。
「サソリ?」
「オレはまだそちらに行けない......やる事がある」
あの時とは違う答えを出そう
死に逝く者が生者を思うのはおかしいのではなく死んだ者こそ生者を思う者
「そう......だよね」
背後に居る母親の声がしゃがれた声になり身体に蛇が巻き付いてサソリを威嚇し始めた。
「やる事あるんですよね。サソリ様」
「!?そ、その声は!」
「僕ですよ......僕。勝手に死んで貰っては困りますからね。役に立って貰わないと」
「か、カブト......」
眼鏡を掛けた根暗の男が印を結ぶとサソリの身体は塵となり歪んだ穴に渦を巻くように消えてしまう。
いつの世に安寧はなく
人々の諍いや争い、欲望や正義を振りかざして戦いを余儀なくされる
呪われた運命は容易くは断ち切れず、周りの大切な物を巻き込んで最悪の結末まで誘う
抗うは身を滅ぼし
保身は周りを滅ぼす
もはや後戻りできない時間だ
******
暗散たる慟哭のような雷鳴を切り裂き、大地に深く突き刺さる常闇のチャクラを有し全ての秩序を破壊する神ならざるモノがとある建物上空から見下していた。
音も無く切り上がるビルよりも高く焔のようなチャクラが一層悍ましさを強く彩り重ねる。
「......」
顔を覆う程の長い黒髪を振り上げたマダラが身体半分を黒く染められている状態で腕を組んだまま指先を動かし身体の状態を確かめる。
「よっす~。無事マダラの身体が手に入ったみたいっすね~」
マダラの屈強な身体とは対照的に真っ白な髪に細い身体の最強が飄々とした様子で屋上に設置されているフェンスを乗り越えた。
「トビカ......アイツノ様子ハドウダ?」
「んー、あと少しであれが使われるみたいっすからね~」
「ソウカ......ナラ暴レルノハソノ後ダナ」
カタコトの不自然な言い回しをしながらマダラは胡座をかいて座り出し、まだまだ完全に乗り移っていないのか黒ゼツのカケラがスライムのようにコンクリート壁に垂れている。
まるで業火に灼かれ爛れた皮膚のようにも見えた。
「オイラ楽しみにしてたんすけどねぇ~。抹茶の混じったうんこクリームとか」
「彼方デ戦争ガ始マッタカラナ......時流ニ遅レル訳ニハイカン」
「あらら、じゃあ先輩は?」
「無事帰レタダロウナ......死体人形トシテ。モウ此方ニ戻ッテコレナイガナ」
******
研究所の一端にある教室。
表向きは養護施設であるが裏向きは都合の良い実験動物養成所だ。
そこで木山と元教え子が壊れてしまった絆を戻して失った時間を取り戻すように共に過ごしている。
輪廻眼に黒いピアスなどこの2年間で変わってしまう所があるが中身は背伸びをした子供達だと知り嬉しくなる。
自らを低くして子供に近付こうとしていた木山は己の愚かさに心の中で戒めた。
その行為自体が大人にしか出来ない事柄である事を恥じた。
何度思い描いたであろう光景が今目の前で起きている。
「これでハッピーエンドにはならないよね」
「!?」
教室の下から真っ白な身体をした男が静かに浮き上がって来た。相変わらずのギザギザとした笑みで掴み所がない。
「......ゼツ......どこまで知っていたのです?」
天道が鋭い眼のまま掌をゼツに向けて語気を強めて質問した。
「どこまでって、どこまでかな?」
「木山先生の事ですよ?答えてください!」
「ふーん......全部かな?よく動いてくれたよ木山は」
「......」
「あ、言っておくけど君達にもちゃんと教えるつもりだったんだよね~......木山を君達が殺した後でじっくりと」
「!?き、貴様」
修羅道が腕を伸ばして白ゼツの首を握るとそのまま壁に叩きつけた。
黒板はへし折れて壁は大きく抉れた。
「痛いじゃないか」
「テメェだけは許せねぇ!!」
「救いようのない罪深さですね」
「本当のエラーの痛みを」
修羅道が腕を繋いでいる黒いケーブルを引っ張ると六道の前に白ゼツを無造作に投げ捨てた。
六道が袖から黒い棒を取り出しながらうつ伏せに寝かせた白ゼツに狙いを定める。
「先生......今度は私達が貴方を守ります。その為の力です」
「その力は僕達が分け与えたんだけどね。謀反てこんな感じかな」
「よくもまあ、こんな状況でペラペラと喋れるわね!私の可愛い動物で咬みちぎってやろうかしら」
畜生道が掌を教室の床と接着させようとした次の瞬間、街中の電気が一斉に消えて次の瞬間に紅い光が学園都市を照らし出した。
カタカタと木山の持っていた暁派閥のバッチが振動し始めて黒い砂が流れてきて窓を覆い、甲高い音を軋ませる。
「!?」
「ククク」
白ゼツは首を掴んでいた修羅道の腕をレーザーカッターで切り落とすと徐に立ち上がった。
キィィイィィ......
真っ赤に染まる眼球に耳鳴りのような機械音がなり響いて、天道の握っていた黒い棒が勝手に照準が曲がり出して人間道に飛ばしてしまった。
「な、何で!?」
「えっ?」
人間道に迫る黒い牙気付くと木山が咄嗟に動いて人間道を抱きかかえるように飛び退いたが背中に黒い棒が突き刺さった。
「がっ!?」
「せ、先生!?先生ー」
「何やってんだ天道ぉ!?」
「ち、違う!私は何も」
予期せぬ連携の乱れに白ゼツは念力は空き缶入れを持って来ると木山達にパラパラと調味料でも掛けるかのようにひっくり返してばら撒いた。
こ、これは
まさか......
れべるあっぱ
ばら撒かれた空き缶全てにエネルギーが溜まり始めて極限まで圧縮されると教室全体が爆発して火の海に包まれた。
「あは、あははははははー!教え子と一緒に死ねるなんて幸福だね~......木山」
研究室をすり抜けて移動する白ゼツの背後には燃え盛る火柱がまるで遥か上空を突き抜けるように大きく伸びていた。
学園都市を巡回する飛行船のモニターには大きな輪廻眼が開いており、怪しく照らしている。
研究所を後にする白ゼツの頭には無数の白いコードが伸びていて学園都市の至る所から縦横無尽に伸びていた。