再び生まれてから六年の月日が流れた。
その間、龍麻は現状把握に時間を費やした。
薄々感づいてはいたのだが、信じ難いことにどうやらここは過去らしい。
恐らくあの黄龍との激突の際に生じていた、空間の歪みが原因だろう。
今はそれ以上のことはわからない。
結局この六年で理解できたのはその程度のことだけだった。
あの後、仲間はどうなったのだろうか。
それだけが気がかりだったが、こうなってしまった以上それを確かめることも出来ない。
出来ることなら元の時代に戻りたい。
何度もそう思ったが、その為の方法がわかる筈もなく、また仮に戻れたとしてもこの世界がどうなるかは想像に難くない。ここが【過去】である以上、いずれ黄龍との戦いが起こるのだ。
黄龍の器である彼が居ない場合、対抗することは非常に難しくなるだろう。
居た状態で辛うじて引き分けに持ち込めたようなものなのだ。結果は見えている。
だから龍麻は元の時代に戻ることを諦めた。無論、完全に納得した上での答えではない。
現実的な問題として、戻る手段がない以上諦めるしかないのだ。
加えて、死の間際の母の姿を思い出すと罪悪感にかられるのも原因の一つだった。
もはや自分はこの時代の人間なのだ。
そう考えることで、龍麻はようやく気持ちに整理をつけた。
今度はこの後、つまり未来のことを考える。
黄龍との戦いのことだ。
それまでに以前の自分を越える強さを身につけなくてはならない。
強くなる為の手段。龍麻はそれを実父、緋勇 弦麻の弟である緋勇 当麻の存在に求めた。
龍麻の母である迦代の最後を看取った後、彼は迦代の遺言通り龍麻を引き取った。
弦麻が陽の徒手空拳の使い手であったように、当麻もまた、陽の徒手空拳の使い手なのだ。
弦麻には多少劣るものの、かなりの実力者であることを以前、師に聞いたことがあった。
前回以上の強さを手に入れる為には、早い段階から陽の徒手空拳や氣に触れる必要がある。
同じ行動をとっていては同じ結果にしかならないだろう。
龍麻はすぐ行動に移った。
◇◇◇◇
「龍麻。話というのは何だ?」
今、この家に居るのは龍麻と当麻の二人だけだった。
当麻の妻である棗と、娘のつばさは近所の公園へと出かけている。
無論、この状況を作ったのは龍麻だった。
これから当麻に頼むことを考えれば、棗が反対することは目に見えていた。
つばさに関しても、まだ幼い。真似をして危険なことをするかもしれない。
一度、二度と深呼吸をする。
当麻はその様子に、今からされるのは何か重要な話であることを理解した。
「父さん。……いえ、叔父さん」
当麻はそれである程度のことを察したようだった。
少し眉尻を下げ、軽いため息をついた。
「いつ、気がついたんだ?」
当麻の言葉に、龍麻の表情が暗くなる。
それはどこか罪悪感を抱いているようにも見えた。
実際、龍麻は元々生まれる筈だった【子供】の存在を乗っ取っているようなこの状況に、罪悪感を感じていた。嘘偽りなく体と精神が【緋勇 龍麻】のモノであったとしても、だ。
それこそが龍麻が母に対して持っていた罪悪感の正体だった。
「僕は母さんが死んだ日のことを、覚えています」
その言葉に当麻は目を見張った。
それはつまり、生まれた時からの記憶があるということ。普通なら考えられないことだった。
「いつかこんな日が来るだろうとは思っていたけれど、想像以上に早かったな」
そう言ってまた一つ、ため息をつく。
そして龍麻の顔を見た。その真剣な眼差しを見て、当麻は覚悟を決めた。
龍麻が何を望んでいるのか、察したのだ。
「何が望みか聞いても。……いや、その必要はないか」
その眼差しが全てを語っていた。
明確に、強くなりたい、と――――。
既に宿星のことを、自分の成すべきことを理解しているのだろうと思った。
弦麻からは宿星に関して、龍麻には何も伝えるなと頼まれていた。
親として、息子にそのような過酷な運命を背負わせたくなかったのだろう。
仮に宿星から逃れられないとしても、少なくともそれまでは普通の人生を歩んで欲しい。
無論当麻にもその心情は理解できた。だからはじめは伝えないつもりだった。
ところが龍麻本人は、そのことをどの様にしてか既に知っている。
当麻は心の中で兄に詫びた。
「……陽の徒手空拳を、学びたいのだな」
龍麻はその言葉に頷いた。即答だった。
覚悟を決めたその瞳。一度決めたら頑として譲らないその姿。
当麻はそこに弦麻の姿を見た。そのことを少し嬉しくも思った。
「僕にはやらなければならないことがあります。その為に、どうしても必要なんです」
前々から年の割には大人びていると思っていた。
違和感を感じてはいたが、これといった問題がある訳でもない。そうやって放置してきた。
だが、いかに特殊な宿星を背負って生まれて来た子といえども、成熟しているだけでは説明出来ない。
「今から荒唐無稽な話をします。出来るなら、最後まで聞いた上で返答を聞かせて下さい」
そうして龍麻は自分の【一度目】の人生を簡単に説明した。
嘘をついたり、隠しごとをしたまま教えを乞うことも出来た。
しかしそういったことに敏感な叔父を説得するには、全て正直に話すべきだと判断したのだ。
簡単に、とはいえ話は三時間にも及んだ。外は夕暮れに染まり始めている。
龍麻の話はまさに荒唐無稽なものだった。
既に一度緋勇 龍麻として生を受け、陰の器や黄龍と戦い、そして過去に戻ってきたと言われてもにわかには信じ難い。
しかしこれが事実であるなら、龍麻が早熟な理由の説明も出来る。一概に嘘とは言い切れない。
何より当麻には、龍麻の話す最中の真剣な表情が嘘だとは思えなかった。
「返答は少し保留させて貰って構わないかな? そろそろ、棗たちも帰って来る」
龍麻はその言葉に静かに頷いた。
その翌日。
結論から言えば、当麻は話の内容ではなく龍麻自身を信じることにした。
仮に話そのものが嘘であっても、あの表情から遊びで習おうという様子では無かったのも理由の一つだ。
鍛錬はその日の内からはじめることになった。
まずは無理のない程度に体力作りと簡単な型、そして氣の使い方を習いはじめる。
氣に関しては、主に内氣功を応用して効率的に体力回復をはかる為に必要なので、重点的に教わる。
そうして上手く体力回復をはかれるようになるにつれ、徐々に鍛錬の量を増やしていく。
当面の目標は、この体力作りで少なくとも平均的な成人男性並の体力を手に入れることだった。
◇◇◇◇
地道な鍛錬に一年を費やし、龍麻は目標の体力を手にすることに成功した。
これは氣を用いた回復を使用していることを踏まえても、かなり異常なスピードだった。
どうも生前が影響しているのか、氣が使いやすい感じがするのだ。
それに加え、内氣功を使った際の氣の通りが非常に良い。恐らくはこれらが原因だろう。
この現象は前回以上の強さを欲する龍麻にとって、歓迎するべき事実だった。
体力作りから一変し、この頃から本格的な鍛錬がはじまった。
型の練習より組手の数が増えていく。
それに比例して龍麻の体にも生傷が増えていった。
流石にここまで来ると、棗やつばさに対しても隠しきれなくなってくる。
当麻と龍麻は先手を打ってまずはこのことを棗に打ち明けることにした。
既に一年鍛錬を積んでいる以上、色々と言われることはあっても無理にやめさせられることはないだろう、と判断してのことだった。
「……という訳だ。最近、本格的な鍛錬をはじめた」
「二人でこそこそとしていたのは、それが理由ですか」
棗は軽くため息をついた。
龍麻としては隠し事は後ろめたいものだったので、少し居心地が悪い。
それに相手は普段からお世話になっている人物だ。傍から見ても今の龍麻は落ち込んでいるのが良く見て取れた。
そんな龍麻の様子に、棗は微笑んだ。
「別に龍麻さんのことを悪く言うつもりは無いんですよ?」
「……え?」
「第一、貴方たちは隠しごとが苦手でしょう? すぐに顔に出ますから、何かしていることはわかっていましたよ」
そう言われて顔を触る龍麻。
そんな龍麻の様子を見て、棗はクスクスと笑った。
「そういう所は二人共そっくりなんですから」
思わず顔を見合わせる龍麻と当麻。
二人共自覚は無かったが、傍から見ればバレバレだったということだ。
以前龍麻が話した時に当麻が事前に気づいてなかったのは、単に当麻も性格が似ているからだろう。
龍麻自身は上手く隠せていたと思っていただけに、少し赤面してしまう。
「龍麻さんがあれを習うということは、当麻さんのことを知ったのですね?」
「ああ。無論、私が教えた訳ではない。龍麻が自分で私に言って来た」
「……以前から龍麻さんがしていた隠しごとはそれですか」
龍麻はその言葉に違和感を覚えた。
そんな龍麻の様子を見て、棗は再び微笑んだ。
「貴方たちの隠しごとはすぐに顔に出る、と言ったでしょう?」
「……そんなにわかりやすかったですか?」
「私たちを見る目に罪悪感が見え隠れしていました。
大方、迷惑をかけているとでも考えていたのでしょう?」
龍麻は素直に頷いた。事実、その通りだったのだ。
ここに至ってようやく自分には隠しごとが向いてないことを理解する。
「龍麻さんがどうやってこのことを知ったのかはわかりません。
それに、他にもまだ何か隠しごとがあるみたいですけれど、それを無理に問い質すつもりもありません。
その代わり、別のことを一つだけ聞かせて下さい」
棗は姿勢を正し、より真剣な眼差しで問いかける。
「陽の徒手空拳を学ぶことは、龍麻さんにとって【大切なこと】なのですね?」
「はい」
そこに迷いは無かった。
そう、龍麻はこの時代で生きていくことを決めた時、他でもない自分自身に誓ったのだ。
同じ轍は踏まない。今度こそ仲間と、彼らの生きるこの世界を護る。
前回は負けも同然の相討ちだった。あれでは護りきったとは言えない。
そこには自分も居る必要がある。
それは龍麻の自惚れではない。それだけの絆が彼らの間にはあった。
そうでなければ命がかかったあの場面で、仲間たちは龍麻を助けようとはしなかっただろう。
龍麻はそのことを誇りに思う。
だからこそ、今度は完膚なきまでの勝利を手に入れる。
その為には貧欲に力を求めるつもりだった。
「良くわかりました。つばさに対しては、私が誤魔化しておきます。くれぐれも無茶だけはしないように」
その言葉に龍麻はただ頭を下げ続けた。
陽の徒手空拳を学ぶということは、自ら戦場へ赴くということ。
怪我どころの話ではない。正に命がかかる戦いに向かう。
棗はそれを理解し、その上で龍麻がそれを学ぶことを認めたのだ。
六年間も育てれば、棗にとっても龍麻は息子同然といえた。
心配しない筈が無い。それでも尚、認めてくれた。
そのことに対して龍麻はただ感謝する。
齢七歳。
この時、龍麻の戦いは静かに始まった――――。
という訳で第壱話をお送りしました。いかがでしたでしょうか?
地の文がちょっとくどいかなぁ、とは思いましたが、作風ということでご了承下さい。
※改訂履歴
修正前だったので修正版の物に差し替え。
パソコンにて改行の確認。見にくい所、文章の修正。