東京魔人學園剣風帖 ―黄龍伝―   作:神原和人

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第弐話 揺るがなき信念

「新しい先生?」

 

 早朝から当麻に呼び出された龍麻は、不思議そうな表情で首をかしげた。

 既に鍛錬をはじめてから五年。龍麻は十二歳になっていた。

 恐ろしいことに、この時点で龍麻の実力は当麻のそれを超えつつあった。

 

 まるで覚えていたことを思い出すかの様な成長の仕方だったが、【生前】大きな戦いに身を置いていたことがあると言っていたことを思い出し、納得した。

 ここまで来れば以前の話を信じない訳にはいかない。

 話を聞く所によると、黄龍との決戦時にはこれ以上の力を持っていたというから笑えない。

 

 以前と同じ力を取り戻すことはそう難しくないだろう。

 魂に引っ張られる形で肉体も著しく成長を見せている。基礎鍛錬の時に出た異常な成長スピードがそれにあたる。

 現在も学校に通っている状態なので、これがいかに非常識なスピードかは察せるだろう。

 それに加え、龍麻の言葉を信じるのなら前回以上に氣の通りが良くなっているとのことなので、それ以上の成長も見込めるだろう。

 

 問題は後六年の間に黄龍に勝てる程の力が得られるか、ということだ。

 一見すると長い時間だが、現在の異常な成長スピードはあくまでも前回の龍麻に追いつくまでの物だ。

 ならば通学を辞めてその分の時間を鍛錬にあてるべきだ、とも思うが、黄龍戦後も龍麻の人生が続くことを考慮すると学歴が無いのは非常にマズい。通学に関しては配慮しなければならなかった。

 当麻自身、悠長なことを言っている自覚はあったが、これは彼としても頑として譲れない一線だった。

 

 現時点で龍麻本人としては前回で言う所の対九角戦の時に近い実力を取り戻したと思っている。

 しかし最近になって成長のスピードが目に見えて落ちてきている。

 このままだと前回に近い実力しか手に入れることが出来ないかもしれない。

 龍麻に少しの焦りが見えた当麻は、この状況に一石を投じるべく新しい師をつけようとしているのだ。

 当麻としては学校の時間が削れない以上、苦肉の策と言えた。

 

「私が教えることは殆ど教えきってしまったからな。

 古い知り合いに龍麻の師になって貰えるよう、話を通してある」

「先生っていうことは同じ陽の徒手空拳の使い手ですか?」

「いや、違う」

「……?」

「彼――鳴瀧 冬吾は、本来陰の徒手空拳の使い手だ」

 

 鳴瀧 冬吾。龍麻にも聞き覚えのある名だった。

 陽の徒手空拳と対をなす陰の徒手空拳の使い手。

 そして亡くなった龍麻の父、弦麻の親友。

 拳武館と呼ばれる悪人を抹殺する暗殺組織の館長で、共に戦った仲間である壬生 紅葉の師に当たる。

 同時に前回短いながらも龍麻に簡単な徒手空拳の手解きをした、龍麻にとっても師と呼べる存在の名だ。

 

「無理を言う形でお願いをした。

 とりあえずは会ってくれるとのことだが、彼が龍麻に稽古をつけてくれるかは龍麻次第だ」

 

 強くなりたくばそれだけの姿勢・気持ちを鳴滝 冬吾に見せてみろ。

 当麻の意思に気付いている龍麻は静かに頷いた。

 

「ただし、お前の言う【前回】のことは一切話してはならない。……何故だかわかるな?」

「はい」

「それなら良い。鳴滝さんは一週間後にこちらにみえることになっている。心構えはしておくように」

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 鳴滝ははじめにその話を聞いた時、自分の耳を疑い、次に質の悪い冗談だと思った。

 しかしそんな思いは目の前の少年を目にした時に吹き飛んでしまった。

 今鳴滝の目の前には、一人の少年の姿があった。

 緋勇 龍麻。彼の親友であった緋勇 弦麻の忘れ形見である。

 鳴滝は弦麻の弟、当麻の頼みによってこの場に居た。

 

 二週間程前のことである。

 突然、今まで何の接触も無かった当麻から一本の電話が入った。

 弦麻の葬式以来なのでかこれこれ十二年ぶりか。

 突然の連絡を訝しみながらも話を聞く内に、彼は己の耳を疑った。

 

「弦麻の息子に、陽の徒手空拳を手解きして欲しい?」

「ええ」

「……冗談でしょう? 貴方も弦麻の遺言は聞いている筈だ」

「ええ、聞き及んでいます」

「ならば、何故」

「それが龍麻に必要なことだからです」

 

 話にならない、と思った。その場で電話を切ろうと思ったくらいだ。

 自分も暇だという訳ではないのだ。付き合っている暇はない。

 ――――しかしそれを戯言、とは一蹴出来なかった。

 龍麻には宿星の問題がついてまわる。

 鳴滝とて龍麻が宿星から逃れることは難しいと思っている。

 しかし、かと言って親友の遺言を無視するつもりもなかった。

 いずれ必要になる時が来るかもしれないが、それは少なくとも今ではない。

 それに小さくはあるが、全く必要ない可能性もあるのだ。

 

「直接お会いしたい。今の所在をお聞きしても?」

「……今の所私が直接出るような案件はありません。当分は拳武館に居ますよ」

「明日にでもお伺いします。電話でするような話でもありません。お互いに腹を割って話しましょう」

「私の答えは変わりませんよ」

「話だけでも構いません。どうか、お願いします」

 

 その声があまりにも真剣だった為、鳴滝は思わず了承の言葉を返してしまう。

 結局直接会った際、鳴滝は熱意に押し切られる形で龍麻に会うことを了承してしまった。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 そして今。鳴滝はその龍麻を目の前にして、驚愕していた。

 

(……何という。何という強い意思を感じさせる瞳だ)

 

 否、呑み込まれていたと言っても良い。

 三十四になる大の男。

 それも、拳武館の館長として様々な修羅場を潜り、今も尚裏の世界に身を置く人間がたった十二の子供の意思に呑まれる。

 それは本来ならありえない筈の光景だった。

 

 龍麻はただ彼の前に正座しているだけだ。

 信念を携え、強い意思を秘めた瞳を向けながら。

 ただの一言も喋ってはいない。

 龍麻は口で語るより、明確な態度で己の気持ちを示そうとしていた。

 

 鳴滝としては当初は本当に会うだけのつもりだった。

 いくら当麻の頼みと言えども、龍麻の面倒を見るつもりは微塵も無かったのだ。

 所がどうだ。この少年を見て、今の自分はどう思っている?

 鳴滝は自問自答した。

 

(――見てみたい。強き意思を宿すこの少年が、自由自在に陽の徒手空拳を操り、その先に己の希望を掴み取るその姿を)

 

 鳴滝は一瞬で魅せられてしまったのだ。

 この少年には何かをなそうとする強い意志がある。

 あの弦麻と迦代の子だ。才能も十分に受け継がれているだろう。

 それに加え、現時点でこの年齢にしては破格の力を得ていることも理解出来た。

 恐らく当麻が鍛えていたのだろう。所々に陽の徒手空拳特有の動作が見受けられた。

 

 鳴滝は体が震えるのを自覚した。

 これは歓喜の震えだろうか。それは鳴滝自身にもわからなかった。

 ただわかるのは、自分が既にこの子に陽の徒手空拳を教えようとしていることだけだ。

 

 鳴滝は龍麻の口から明確な意思を聞きたかった。

 この幼い少年は、何故ここまでして力を欲するのだろうか?

 

「君が力を欲するのは何故だ?」

「ただ、護る為に」

「何を」

「大切な戦友(とも)と家族を。そして、戦友の護ろうとした日溜まり(せかい)を」

「――――くは」

「……?」

「――ハハハハハハハハッ!」

 

 突然のことに、龍麻は目を白黒させた。

 果たして自分の回答に、何か笑う部分があっただろうか?

 自問してみるも答えは出なかった。

 

 鳴滝は何も、龍麻の答えを馬鹿にしたのではない。

 むしろ感心さえしていた。

 十二歳の子供が言う台詞ではなかった。語る内容もご大層なものだ。

 何より面白いのは、龍麻自身(・・・・)もその世界の勘定に入れていることだ。

 龍麻の様子から戦友と言うのは相当気のおける間柄なのだろう。

 そう言った相手なら、龍麻自身のことを大切に思っている筈だ。

 それならばその戦友の大切にする世界に、龍麻が入っていない訳はない。

 

 こういった理由で力をつけようとする者は、大抵【自分の身を犠牲にしても】などという自己犠牲の精神を発揮させる。

 鳴滝に言わせてみればそれは後に残される者のことを考慮していない、ただの偽善。自己満足だ。

 そういう風に考える鳴滝からしてみれば、龍麻の自分を勘定に入れた考え方は非常に好感が持てた。

 

「良いだろう」

 

 当初の考えなど最早吹き飛んでいた。

 この逸材を自分の手で育てる。それは何にも勝る、宝の様な気がした。

 龍麻が年齢に似合わない回答を返したことなど頭にない。

 彼の言う戦友が何時出来たものなのか、ということも気付きつつ無視した。

 そういった幾つもの不審な点を気に留めもしなかった。

 しかし龍麻を見れば真剣かつ本気なのは理解出来る。

 答えは得た。それで良い。

 

「陽の徒手空拳。君に伝授しよう」

 

 今はただ、この少年の行く末を見てみたい。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 そんな二人を、部屋の外から見ている存在が居た。

 今はこの家に居る筈のないつばさだ。

 つばさは両親がこの時間、自分を家から離そうといていることに気付いていた。

 当麻が目を離した隙に、好奇心から家へと戻って来たのだ。

 自分が慕う兄が居ないことも帰宅を後押ししていた。

 

 そして今。ここに一人、龍麻の信奉者が出来上がっていた。

 つばさもまた、鳴滝同様龍麻の見せる強い意思に魅せられていた。

 問題があるとすれば、幼いつばさはより強力に魅せられてしまったことだろう。

 紅潮した頬。目には涙さえ浮かんでいる。

 その瞳には、最早龍麻の姿しか映っていなかった。

 

 龍麻が後悔したのは後にも先にも、自分の妹とも言うべき存在を、本来ならば関係のない厳しい戦いに巻き込んでしまった、この瞬間のことだけだった。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 そんなことは今は知らず。

 今現在、鳴滝と龍麻は弦麻のことを話していた。

 弦麻は前回・今回のどちらでも、龍麻が生まれる前に死去している。

 迦代に関してもどうように龍麻の出産と引き換えに亡くなっているので、龍麻は両親のことをあまり知らなかった。

 聡明な龍麻の様子から、鳴滝は龍麻の知らない実の両親に関して伝えることにしたのだ。

 十二歳にしてあの様な回答をした龍麻のことだ。真実も既に知っているだろうと考えての行動だった。

 実際、龍麻の口から今の両親が実の両親でないことを理解していると聞いた時には、またしても笑ってしまった位だ。

 

「弦麻や迦代さんとは幼馴染でな。幼い頃は弦麻と二人、色々とやんちゃをしたものだ」

「母さんとも知り合いだったんですか?」

「正確に言うと、弦麻とつるんでいる内に彼が何処からか連れて来たのが迦代さんだった。

 後になって迦代さんが話してくれたよ。

 自分はある事情で孤立していて、弦麻がそこから連れ出してくれた、と嬉しそうにね」

「父さんと母さんは仲が良かったんですね」

「ああ、傍から見てもお似合いの二人だったよ」

 

 それから龍麻は自分の知らない父のことを色々と教わった。

 

 例えば、幼い頃は近所の悪ガキとして有名で、良く弦麻の父に拳骨を落とされていたこと。

 最初は鍛錬を嫌がって、良く道場を抜け出していたこと。

 当時から、一度決めたことは最後まで貫き通す人間だったこと。

 どんな集まりでも何時の間にか中心に居る、不思議な存在感を持っていたこと。

 弦麻と迦代の二人は、傍から見ればお互い好き合っているのがわかるのに、中々付き合おうとせず焦れったかったこと。

 いざ付き合いだしたら所構わずいちゃつくものだから、まわりの人間は辟易していたこと。

 迦代が子供を身篭った時、すごく嬉しそうにしていたこと。

 

 龍麻はその話を、時に真剣に、時に笑いながら聞いていた。

 

「迦代さんは自分が子を産めば生きてはいられないことを自覚していた。

 それでも尚、君を生むことを迷わなかった。

 弦麻は自分が生まれてくる子供に会えないかもしれない。

 迦代さんともう会えないかもしれないと、薄々理解していた。

 それでも尚、戦いに赴いた。何故だかわかるな?」

 

 幼い子供に何を言っているのか、という自覚はあった。

 しかし今までの様子から龍麻なら大丈夫だという、不思議な安心感があった。

 

「――僕はこんなにも、両親に愛されていたんですね」

「そうだ。君は両親に深い愛情を注がれて生まれて来た。

 そのことを、どうか忘れないでくれ。君が私に語った【信念】、必ず守るんだぞ」

「はい」

 

 その意思の強い瞳は、弦麻にダブって見えた。

 これならば大丈夫だろう。

 鳴滝は改めて龍麻(この子)に徒手空拳を伝授する決意を固めた。

 それどころか、陽の徒手空拳の修練の度合いによっては陰の徒手空拳を教える気にすらなっていた。

 恐らく、この少年は自分の期待に応えてくれるだろう。そんな気がした。

 

「鍛錬は来週からはじめよう。場所に関してはここの道場か私の管理する道場になるだろうが、学校に関してはどうするつもりだ?」

「叔父さんたちとの約束があるので、なるべく通うつもりです。足りない分は休日で補おうと思います」

「かなり厳しくなるが……」

 

 鳴滝は龍麻の表情を見て、言葉を区切った。

 

「……愚問だったな」

「いえ、ご忠告感謝します」

「ふ。本当に弦麻に似ているな」

 

 龍麻は鳴滝のその言葉に、本当に嬉しそうな笑顔を見せた。




鳴滝さんはゲーム本編ではあまり出番がなくてキャラが把握しづらい……。
アニメだともう別人クラスなので宛にはならないですし。
うちの作品内の鳴滝さんはこんなものだということで一つ。
……この場合もキャラ崩壊のタグは必要ですかね?


※会話部分の改行を変更しました。
 長台詞になると読み辛いので改行を増やしてみましたが、微妙な気が……。
 随時修正をかけるので少々お待ち下さい。

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