【キツネの時間】   作:KUIR

6 / 13
【6】 先手の相性

 

 数日後、一色の提案通りに部活終わりの葉山を待ち伏せした。

 進路について尋ねてみたものの、奉仕部に来た依頼であることが一瞬で見破られ、達成することが出来なかった。

 

 俺が葉山を待っている時、彼は女子生徒に告白されており、断っていた。

 一色の情報によれば、最近の噂のせいか葉山は女子に告白されることが増えたらしい。が、それも全て断っているようだ。

 

 好意を受け取らず、拒否する行為。

 それは由比ヶ浜が迷惑と判断し、過去行った行為であり、そして過去俺は、拒否される側だった。

 

 人が人に歩み寄る行為は他人にとって迷惑となり得る。

 葉山に進路選択を尋ね、それが依頼であることを見破られた時、彼は「じゃあ、俺からも頼んでいいか」とおいたあと、

 

「そういう煩わしいの、やめてくれないか」

 

 そう言ったのだ。

 彼はこの依頼が三浦からのものであるとは知らない。が、三浦や彼らのグループのメンバーが尋ねても答えることはしないのだ。それは告白などと言った明確な好意の意思表示ではないにせよ、人が人に歩み寄る行為の拒否に他ならない。

 

 ではいったい、人は人に対して、どこまで踏み込んで良いのか。

 

 俺はこの問いに答えを出すことができなかった。だからこそ他人に期待をせず、他人と接することを避け、一人であろうとした。

 しかし俺は、他人を知ろうとしなかったことで失敗をした。それが文化祭のことの発端であり、修学旅行の時、ひいてはその後奉仕部に大きく影響を及ぼす原因となった。

 

 俺がこの問いについて改めて考えているとき、三浦優美子が奉仕部の扉を叩いた。

 

 彼女は奉仕部へ来て、改めて葉山の進路について知りたいと依頼した。

 葉山から嫌がられる可能性もあると忠告する俺に対し、三浦は「知りたい」と答えた。

 拒否されても知りたい、歩み寄りたいと彼女は願ったのだ。

 俺はそれをなんとしてでも叶えようと思った。

 

 

 葉山隼人の進路選択。

 俺はそれを知るために、葉山の思考をトレースし、「彼だったらどちらを選ぶか」を思索しようと考えた。

 スポーツの観点は戸塚から、女子との接触の観点は材木座から、家庭環境の観点は川崎から、など、一見葉山とは縁がなさそうな連中からも収穫があった。

 しかし、まだ足りない。葉山隼人を追ううえで最も近道となるのは誰なのか。

 年始の雪ノ下や陽乃さんのことが思い浮かぶ。葉山と過去を共有してきた彼女たちであれば、もしかすると葉山のことを最も理解しているのではないだろうか。特に、葉山や雪ノ下を振り回していたであろう陽乃さんは。

 

 そんな折、進路相談会の手伝いをすることになった。

 と言っても準備のみだ。文化祭やクリスマスイベントのように行事の進行には関わらず、相談会に使う部屋を模様替えするのみ。三浦の依頼もあったが、この程度ならば楽なものである。

 

 

 

 総武高校三年生を対象に、OB、OGをまじえた進路相談会。

 雪ノ下の姉である陽乃さんも、たまたまそこに来ていたのである。

 

 葉山の進路に最も近い人物であるかもしれない陽乃さんは、しかし、当の葉山の進路選択にはなんら興味がないようで、知る気もないようだった。

 愛情も敵意も感じさせない声音で、「雪乃ちゃんなら私に頼らなくてもわかるでしょ」と言い残すだけ。

 

 だが、その真意を目の前の人物から聞き出すわけにもいかなかった。

 

「すまないな、時間をとってもらって」

「何の用だよ」

 

 葉山隼人。進路相談会の準備を終え、部室に帰ろうとした際、彼に呼び止められた。

 雪ノ下と由比ヶ浜には先に行かせ、人目のつかない廊下に二人立つ。

 

「進路相談、お前はいいのか」

「俺は、優美子や戸部の付き添いで来ただけだから」

 

 わかってるだろ、というように葉山が肩をすくめる。ぼっちにはわかってても口にしなければならない時がある。具体的に言うと間が持たない時。そんな時は知ってる内容でも話題に挙げて喋らなければならないのだ!

 嘘だ。プロぼっちなら間が持たなくとも気にしないしこと葉山にいたっては気まずくさせたい。なにこれただの嫌な奴じゃん。

 

「さっき、陽乃さんと話していたんだろ。俺のこと」

「……なんで知ってるんだ」

 

 驚き、つい本当のことを口走ってしまう。言った後にとぼけておけばよかったと気付く。

 陽乃さんと話していたのは葉山が会議室に来る前のことだ。聞こえた聞こえないの話ではなくそもそも知りようもないはずなのに。

 まさか盗聴器!? とか映画みたいなことを考えていると、葉山が説明してくれた。

 

「陽乃さんからメールが来たんだよ。比企谷たちに俺の進路について聞かれたって」

 

 本人からのタレコミがあったらそりゃ守秘性も何もねえよな! とぼけなくて良かったぜ!

 大魔王陽乃さんの動きの制御は不可能だろう。よしんば口止めをしてもあの人が言いたくなったら無駄になることが予想される。この辺は覚悟しておくべきだった……まあ、こんなことをわざわざ葉山に言うと思っていなかったのは事実だが。

 はあ、とため息をついて頭をがしがしと掻く。目の前の葉山が微笑んだ。

 

「あの人はああいう人だから」

 

 葉山の口ぶりは俺に同情するようでも、陽乃さんの人となりを伝えるだけであるようにも、昔を懐かしむようでもあった。ふと正月の雪ノ下家の二人と葉山のやり取りを思い出す。ある種の理解であることだけは感じられた。

 

「別に比企谷たちの妨害をしたかったわけじゃないと思うよ」

 

 妨害じゃないならなんなんですかね……。何かほかに目的があったからとか? うーんわからん。

 陽乃さんがわざわざ行動したとなると、雪ノ下関連だろうか。

 

「そうか」

 

 だがまあ、この際陽乃さんについてはどうでも良い。今は目の前の葉山から妙な釘を刺されて動きにくくされないようにしておきたい。

 

「俺たちは確かに陽乃さんにお前の進路について聞いたよ。それで? やめてくれって言いたいのか」

 

 後手に回ると話の結論を思うように持っていかれると思ったため、あえて少しの攻撃性を含めて先手をとる。

 

「やめてくれって言われてもやめねえけどな!」と言わんばかりの先手である。小学生の頃こういう感じで言われまくったけど、先に言われるときっついんだよなー。どう言ってもやめてくれないのが目に見えてるから何かをする気が全く起きなくなる。

 苦い思い出を武器に葉山に立ち向かおうとするものの、とうの彼は武器など構える様子もなかった。

 

「……いや、違うよ。やめてくれって言ってもやめてくれないんだろ?」

 

 葉山は諦めたような微笑を浮かべ、俺の矛先をおろした。諦観の表情が「あの人はああいう人だから」と言った時のものと被る。それは人を理解した上での表情なのだろうか。それとも諦めてそういう人なのだと考えているのだろうか。

 

「じゃあ、なんだよ」

「一応伝えておこうと思ってさ。俺は誰にも教える気はないから、調べても無駄だよってね」

 

 宣戦布告ともとれる宣言。「お前がどれだけ嗅ぎまわろうとも俺は情報を漏らすことはない」と言われたようなものである。宣戦布告とか言うけど、実際葉山が誰にも教えないとなるとこっちに勝ち目ない気がするんですよね……。

 葉山が微笑を崩さないまま言った。

 

「それに、正直、比企谷は俺の進路なんて興味ないだろ」

「ねえな」

 

 即答しつつ俺は心の中で全力で頷いた。あるわけないんだよなあ。

 葉山の進路などどうでもいい。それよりも来週のプリキュアの内容の方がよっぽど気になる。

 

「じゃあ、なんでわざわざ調べているんだ」

 

 柔らかな微笑から出たのは凍てつくような一言だった。

 不意に顔を出した攻撃性に面食らい、返答がワンテンポ遅れる。

 

「そりゃ、部活に来た依頼のためだ」

「その依頼はそんなに大切なものなのか?」

 

 食い気味に葉山が質問する。俺は思わず目を逸らした。

 

「大切も何もねえよ、部活だからやる、それだけだ」

「じゃあ、部活は大切なものなのか?」

 

 俺はその質問への答えが見つけられず、一瞬沈黙が舞い降りた。

 違う。見つけられないのではない。答えはすでにある。

 奉仕部のあの空間は、俺にとって大切だ。そうでなくては生徒会選挙以降、亀裂が入った関係性を気にすることもなかったし、そもそも亀裂が入ることもない。いつぞやの橋の上で平塚先生にもらったヒントを思い出す。大切であるということは疑いようがなかった。

 俺の中ですでにあるその答えを、葉山隼人、目の前のこの人間に伝えることにどうしようもない抵抗を感じた。気付けば葉山の顔から微笑は剥がれている。

 

「なんでそんなこと、お前に言わなきゃならねえんだよ」

 

 少しの静寂の後、ようやくしぼりだした。何か言わなくてはとだけ考えて放った言葉だが、答えになっていない、ただの拒否にも関わらず俺の中ではしっくりときた。

 それを聞くと、予想していたかのように、葉山の顔にまた微笑が戻った。

 

「人の質問に答える気がないなら、人に質問するべきじゃないんじゃないか?」

 

 やられた、と思った。

 正論である。あちらからの質問に答える気もないのにこちらから質問だけするのはフェアではない。先手はとったつもりが、いつの間にか攻守逆転していた。

 

「それを言うなら、先にお前が俺の質問に答えてから言えよ」

 

 苦し紛れに反論する。もしも俺にさきほどの質問を答えさせたければ、俺の質問に答えてから問いかければ俺は答えざるを得ないだろう。

 だが、彼がそれをしなかった理由はとっくにわかっている。葉山は悪いな、とでも言うように肩をすくめた。

 

「比企谷は、興味ないんだろ?」

 

 一貫してフェア。どうも俺は先手と相性が悪いらしい。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。