読みにくいかもしれないと、少し不安です。
アドバイスなどあったら、いただきたいです。
英雄に定義はない。
武力があろうとも
頭脳があろうとも
性格がよかろうとも
英雄になれるとは限らない。
それはまた
吹けば飛ぶほどに弱かろうとも
左右すら知らぬ阿呆であろうとも
性格が劣悪であろうとも
英雄になれる可能性があるということである。
彼にはなにもなかったし、何も知らなかった。
なにもなかったからこそ
なにも知らなかったからこそ
彼は英雄たり得た。
机を挟み座る目の前の彼は、不思議そうな表情をしていた。
その顔をみると、はじめて会った時を思い出す。
父子共に不思議そうな顔をして、礼儀正しく、ただ少し慣れていない感じではあったが、悪魔と呼ばれる私に少しでも礼を尽くそうとしていた。
私が己をいかに愚かな種族と呼ばれているかと、皮肉めいた口調で言い放つと、彼らは不思議そうな顔をした。
思い出し、くすりと笑みを浮かべてしまう。
――のう、お主。この国を救う価値があると思うかね?
突然の問いに、彼は目を見開いた。少しばかり考える様子をみせたかと思うと、唸り声をあげつつ、口を開いた。
山道の、それも悪道を一台のワゴン車が走っていた。ガタガタと盛大にゆれ、中にいる父子、特に後部座席に座る少年は盛大に揺さぶられていた。
「本当にこっちであってんの!?」
青葉瑞希は戦々恐々といった様子で、父へと声を荒げ尋ねた。父である和人は分厚い地図を開き、困ったように頭を掻くばかりで、
「まぁたぶん」とか「こ、ここで真っすぐいけばいいはず、たぶん……」
としっかりとしているとは言い難い返答で、お茶を濁すばかりである。
だがその様子はすぐさま一変することなる。
「お、あったあった!」
和人はトンネルを指さした。
続けて「お父さんの言った通りだろう?」やら「ふふふ、お父さんすごいだろう」と大威張りとなる。
ただそれを聞く瑞希は、呆れた様子である。
それもそのはず、普通にいけば一時間前には町についていたのだ。
近道だなんだと言って、結局は遅れてては話にならない。
ただ見つけられたことは不幸中の幸いだろう。辺りはすでに薄暗く、もう少しすれば夜の帳も下りてしまう、そうなれば本格的に遭難し、安い中古のワゴン車の頼りないカーライトで、闇に包まれた森を通り抜けることになる。それは今よりも恐ろしいことだ。そんなものがよろしいはずもない。
安堵しながらも、父の得意げな声に、瑞希は若干イライラしていた。
トンネルへとワゴン車が入っていく。
照明はひとつもなかった。カーライトだけが、真っ暗なトンネル内部を照らしていた。
瑞希は扉へと背中を預け、横に座った。ちらりと、日用品の入れられた段ボール箱を見た。
高一の夏休み、父の転勤が決まった。クラスがようやくおちつき、一学期が終わろうかと言うときに決まった。
当然、一人暮らしを希望した。今更ほかの学校へと編入したくはない。しかし、父子家庭である青葉一家には余裕などない。半ば無理やり転校が決まった。
ちょうど父の仕事場近くに、編入試験を行う高校があったのは幸いだった。
……瑞希はその学校を呪い殺してやろうかと思ったが。
すでに朝早くから車に乗り続けている、座るだけではあるが、いい加減苦痛だった。山に入ってから携帯は圏外で、暇つぶしさえできない。
なにか考えようと無理に頭を動かしても、すぐに思考がそれてしまい、「ベッドに入りたい、風呂に入りたい、飯食いたい」と当分は叶わないであろう欲望が、虚しく心の中で響くばかりだ。
ふああと大あくびが思わず出た。前方へと視線を向けると、トンネルの終点が見えた。橙色の夕焼けの光が瑞希の眼に飛び込んでくる。
――と、その時である。突然疲労が吹き飛んだのは。気だるい身体が、まるで新しくなったかのように活力が満ち溢れた。思わず飛び跳ねたい気分だ。車の外に飛び出して、大自然の中「ひゃああああっほううううう!」とやればどんなに清々しいだろうか。やるわけないが。
トンネルが終わった。オレンジ色の光に包まれ、思わず目が眩む。
「よし!ここでまっすぐ行けば道路にでるな!」
父の声も、心なしか明るく、活力に溢れていた。ようやく目が慣れてきて、周囲を見回す。変わらぬ森が続いているが、先ほどとは違う、遠くには街並みが広がっていた。
瑞希の心中に安心感が満ちていく。
そういえば、今の感覚はなんだったんだろう。瑞希は走ってきた道のりへと視線をやった。ダンボールに隠れて良く見えないが、トンネルが無かったように見えた。
不思議に思ったが、すぐに思考を切り替えた。どうせ物陰に隠れていたのだろう。目下、彼の興味は街にあった。
風呂!飯!布団!
できればラーメンを腹いっぱい食べたい。
街に入ったら、父にそう提案しようと瑞希は心に決めた。
「……まっすぐ行けば道路にでるんだけど」
前途多難を感じさせる到着となった。
道路にはでなかった。ただ山道を進んでいると、土が踏み固められた程度の路があっただけである。目の前には町があり、ここが町のどこであるかはわからない。
瑞希はおもむろに携帯を取り出した。去年出たばかりの機種である。電源を入れ、地図アプリを表示しようとした。が、彼が考える理想通りにはいかなかった。
「父さん、ここ圏外だ」
「え、本当に?……マジか」
折り畳み式携帯を開いた父は、唖然と画面を見ている。
「とりあえず、走って似たような道を探すしかないな。瑞希、地図見てくれ」
瑞希は了承して、地図を受け取った。そこから完全に暗くなり、薄い黒の布越しに見ているかのように暗くなるまで走り続けたが、結果は最悪、場所すら特定できなかった。
ワゴン車は街並みを当てもなく駆け続ける。携帯の時刻は夕飯時をさしている。苛立ちも募り、瑞希の足は貧乏ゆすりが止まらない。
街並みは美しい、まるで西洋のようだ。恐らくは高級住宅街といったところであろう。
ただ――
「それっぽく見せようとして、電灯無くしてんのかこれ……」
苛立ちと共に、瑞希の声が吐き出された。
ガス灯が稀にある。ほんの稀に。
足りてない、誰が見てもわかるだろう。
光量が足りない、見ればわかるだろう。
西洋風を貫きすぎて、不便になっている。金持ちの考えることはようわからん。
目印は暗闇に遮られ、発見できず。道路は狭く、舗装は微妙。アスファルトなどなし、石畳が広がり、車はひどく揺れる。やっと山道からでれば、さらに追い打ちだ。
もう車乗りたくない。
父子共に思考が一致したが、降りるわけにもいかなかった。
気が付けば畑が広がる道を沿うようにして、車は走っていた。一本道で、左右の畑は土がかなり柔らかそうで、突っこめばタイヤをとられること間違いないことは、見て取れた
「あ、塀かな?すごい屋敷がありそうだ」
父の声に反応し、瑞希は視線を前に向けた。ツタを巻き付けたような装飾の施された鉄格子が遠くへと伸びていた。田園風景広がるであろう場所に、なんとまぁ物好きなヤツがいたものだ。
走っていくと、煉瓦造りの高い柱が二本と、その間に鉄の頑丈そうな扉が見えた。
玄関口であろう、一本道よりかは道幅が広く、反転できるかもしれない。
なんとか試行錯誤する。バックして前進してを続けるが、少々道幅が足りない。
瑞希はめんどくさくなって、ドアのロックを開けた。
「俺、ちょっと屋敷の人に反転させてくれないかって聞いてくるよ」
そう告げて、外へと出た。夏の夜の熱気がぶわりと身体を包み込んできた。
今日は少し涼しいようだ。久しぶりに二本の足で歩きながら、扉へと近づいていると煉瓦造りの柱に設置された鉄の扉が鈍い音を立てて開いた。
そこには銀色の髪をした初老の男性が、たいまつを片手に立っていた。
男性は目を丸くして、驚いている様子だ。
瑞希はたいまつを使うという徹底ぶりに驚いている。現代ではなく近代か中世をイメージされているようだ。
「く、黒の民でいらっしゃる……!?」
男性は意味不明な言葉を述べると、たいまつを掲げた。暗闇がかき消され、瑞希の困惑顔が鮮やかに映し出された。
「や、やはり黒の民。こんな時刻に、悪魔の館の近くに、神聖たる黒の民が現れるのか……!?」
「あの車を」
「あ、あ、申し訳ございません。失礼な言葉でした。貴方のような高貴なお方が来るような場所ではございません。この国も、この町も、貴方ほどのお方がこられるような場所ではないのです。汚らわしくも、悪魔どもと契約をなさねばと、浅ましい男たちが画策しています」
「えーと車を」
男性はわなわなと震え、拝むように手を組むと、言葉を続ける。
「もしやその行いを批判しておられるのでは……!申し訳ありません!申し訳ありません!この国も滅びを拒絶しているのです。愚かしくも罪深い行いではありますが、お願いいたします。裁きを下すのは、私の命でもなんでも差し出しますので、お願いいたします!」
先ほどから積もり続けた苛立ちを土台に、話も聞かず、口を開けば意味不明な言動の男が乗り上げ、最後の一押しを繰り出した。
――ブチッ
瑞希は何かがキレる音が聞こえた気がした。
「車ぉぉぉ!反転したいのでえぇぇぇ!敷地貸してくださァァァアアアアアアいッッッ!」
叫びが響き渡り、周囲に溶けていった。
ヤバイと瑞希は我に返り思った。目の前の男が青白くなり、わなわなと震えてるのである。今すぐ土下座せんとばかりに大地へと膝をついた。瑞希が男の肩を掴み、それをギリギリで止めた。
自分が土下座させたものだと思われるわけにはいかない。
「申し訳ございません!申し訳ございません!」
「い、いや、俺こそすいませんでした!だからこそ、土下座するのをやめてください!その扉を少し開けて、車を反転させる場所を作っていただければ満足でございます!謝罪をやめてください!」
そこへ異常に気づいた父が、車を降り、駆け寄ってきた。
「おい瑞希!お前このおじいさんになにをやったんだ!?」
「申し訳ございません、すべては私が悪いのでございます!この国は愚かしくも愛すべき祖国でございます!お願いします!お願いします!なにとぞご慈悲を!」
瑞希の家が見つからないという現状への焦りや苛立ち、そして混沌とした目の前の状況。
なんだか瑞希は泣きたくなってきた。
「俺が全部悪いので!冷静になってくださあああああい!」
瑞希の叫びは特に結果を生むこともなく、どこへやらと抜けていった。
彼らが落ち着くのは、今から数分後のことである。
疲労感をありありと感じさせる父子は、丁寧に男性へと説明した。
男性は困惑顔で復唱する。
「そ、それでは、街へと住居を探さなければいけないため、あのクルマとかいう乗り物を反転させたい、そのために敷地を使わせてくれと?」
父子は共に頷いた。どうして目の前の男は不思議そうな顔をするのか、一切わからなかった。
「え、えぇと失礼ではありますが、その、この館の主人にですね、一応聞いておかなければならないのです」
「はい、お願いします」と父が言うと、男性は恐縮しながらも中へと入っていった。
二人は顔を見合わせ、同時に首を傾げた。
最初の口を開いたのは父。
「なんだったんだ?」
「知らない。最初からそうだった」
「なんていうか……俺がプーチン大統領にあったらあんな感じになるかな」
「怯えられてたってこと?なんで?」
「さぁ?」
「……まぁとりあえず、家に行きたいね」
「引っ越し業者も多分到着してると思うんだが――」
それから他愛のない会話へと変わっていった。時間はそこまでかかってはいなかったであろう。
再び扉が開いた。先ほどの男性だろうかと見ると、たしかに男性がいたが、もう一人いた。
長い、腰まである銀髪の女性であった。息をのむほどに美しく、まつ毛が長く、瞳が大きい。スカートの長い正統派のメイド服を着こんだ彼女は、緊張した面持ちで父子の前へと現れた。
「あ、あ、アルティナ様にお伺いしたところ、許可を得ました、が……その、一つ提案がございました」
「提案?なんでしょうか……?」父が訊き返した。
メイド服の女性は、言いにくそうに口をもごもごさせたかと思うと、口をゆっくりと開き言った。
「すでに外は暗く、家を探すには些か面倒ではないでしょうか。よろしければ屋敷へと泊まりませんか――とのことです」
「なッ――!?」驚いたのは男性である。
「悪魔の館に高貴な黒の民を一泊でも泊まらせるですと!?身の程を知りなさいッ!」
男性は激昂したように叫んだ。女性はびくりと怯えてしまっている。
なんでこの男、こんなに怒っているんだろうかと父子には理解できない。
そもそも人前で女性を怒鳴りつけるなよ、と瑞希は些か不快だった。
「あの落ち着いてくれませんか?」
瑞希は宥めるように言った。父も続いて「私たちのために言ってくれたんですから」と付け足した。
言われた男性はというと、怒りの矛先を変えるわけもなく、何故か感動したように、父子を称え始めた。
「おお、慈愛に満ち溢れた黒の民よ――」
女性も感動したように瞳を潤ませる。
その様子に父子は共に困惑するばかりである。
これはおちょくられているのだろうか、と瑞希は疑惑を抱いた。
「なぁ瑞希、どうする?」
「え、なにが?」
「いや、屋敷に泊めてくれるって」
「いや、確かに車中泊はいやだけどさぁ……」
正直嫌だった。というのも、なんか変なのだ、特に目の前の初老の男性。
嫌な予感がしていた。例えるならミステリーでありそうな、館の中で起こる奇妙な事件とやらに巻き込まれそうな感じだ。偏見であることはわかっているが、その恐怖は幽霊みたいなものだ、信じているわけでも見たことがあるわけでもないが、なんだか怖いのである。
「やめておいたほうがいいです。この屋敷は吸血鬼の住まう館。悪魔の領域でございます」
思わず父と瑞希は顔を見合わせた。
「やっぱ全力で西洋いってる感じなんだけど……」
「町ぐるみでイベントなのかな?」
あぁ、と瑞希は合点がいった。そう考えると無駄な恐怖を感じていたようだ。
「西洋風の街並みを作って、町おこしって感じ?テレビで地方ががんばってるって言ってたし。黒の民とか外から来た人のこととかじゃない?それっぽい感じなんだよ」
「へぇ……前来たときはなかったし、急ピッチなんだなぁ……こういう風にがんばってるんだし、いい人なんじゃないかな。町のためにがんばる人って悪い人はいないと思う」
瑞希はたしかに、と頷いた。
じゃあ、と父は一歩前にでた。
「すいません、泊めてください」
「え、あ、よろしいので?」
「え?まぁ、はい」
頷く父の後ろで、瑞希は拒絶するなよ?と心の中で願う。
「お、お考え直しください」と尚も男性は言ったが、父は再びお願いしますともうひと押しを言った。
女性は目を見開き、カタカタと震え始めた。
「は、はい、では案内しますので……」
声も震えていた。
すげぇ演技力だ、と瑞希は思った。この街のために全力で練習したのだろうか、これほどまでに街を愛する人がいるんだ、この街もきっと良いところなのだろう。一人目ではあるが、女性は美人だし。
大急ぎで男性が鉄門を開いた。地鳴りのような音を立てて扉が開いていく。父は車へと大急ぎで戻り、エンジンをかける。
「えっと車を置く場所はありますか?」
「クルマ?」
「あの、父さんが乗っているやつです」
「え、ええ、すごいですね動くんですか」
「え?――あぁはい。とりあえずおける場所ってどこにありますか?」
女性は考えるそぶりを見せると、コクコクと小さく何度も頷き、
こちらです、と誘導をはじめた。
背後の父へと瑞希はジェスチャーで女性が連れて行ってくれることを伝えると、父はサムズアップで応えてくれた。
青葉一家は、吸血鬼の館へと入っていく。