プロットにこうなるとは書いてなかった(迫真
談話室。見憶えのある部屋の中でただ違うのは、転げまわる少女であろうか。
「ふげぇっふげっごーふひひひひひキキキケケケケケごふぅっヒューッヒューッ死ぬぅ!死んでしまうぅ!」
瑞希はその模様を不満そうに見つめる。あれほどひどい目にあったというのに、なぜこんなにも楽しげなのだろうか。頭を洗い終えた後の濡れた髪を拭いながら、瑞希はジト目で彼女を見つめた。
アルティナはひとしきり笑い終えると、深呼吸を何度かして、ゆっくりと立ち上がった。
「そうかそうか、つまりお前は?異教徒だなんだと言われ?染髪した髪色を取る薬剤をぶちまけられ、マジ切れした、と?」
「あぁ、そういえば全力で殴ったなぁ」
火事場の馬鹿力、といったところか。人が軽々と吹き飛んでいた気がする。
「あれ、捕まるんじゃね、俺?」
「そんなことあってはなりません!ミズキさんの行動は正当なものです!」
アイリスは声を大にしていった。
「まぁ落ち着けアイリス。ミズキ、君が捕まることはない」
「本当ですか?」藁にもすがる気持ちで、瑞希は訊いた。
「あぁ、そうだ。まぁ捕まえろと言われても、捕まえることはできまい」
「は、はぁ」
だから気にするな――と言わんばかりに、アルティナは胸を張った。ケラケラと無邪気に笑う。
「まぁ面倒な目にあったものだな」
「……それは完全に同意ですけど」
思い出すと、怒りが再燃するのを感じた。
「あれはないですよ。あれがあったら何をやってもダメですよ。終わっちゃいますよ。よりよくしようと思ってるのに、台無しだ」
町おこししているというのに、あの要素がすべてを塗りつぶす。宗教問題は日本人の記憶に鮮明に残る事件がある。その事件については度々バラエティにも取り上げられるのだから、
「――ほう、ミズキも現状を理解しているようだな」感心したように、アルティナは言った。
瑞希は頷く。
「宗教を理由にした差別とか、カルトもカルトじゃないですか……」
「あぁ、この地に根強く残り、そして終わりへと導く下らぬものだな」
吐き捨てるような口調に、瑞希は、アルティナさんもかかわっているものなと頷いた。
「ああいうのやめたほうがいいですよ。碌なことにならない、というかなった、さっき俺がなりました」
「――やめたほうが、いい?ミズキさんはそう思っている?」
うん、と瑞希が言うと、アイリスはぶつぶつとつぶやき始めた。瑞希はどうしたのかと眺めていると、アルティナの声で視線をそちらへと向ける。
「それだけ聞ければ十分だ」
アルティナは本日最大最高の笑顔だ。
「彼方が霞むほどに長い人生に、華が彩られることがわかった。――あぁ今日はもう屋敷から出るなよ」
「え?」
彼女はそのまま外へと出ていった。困惑顔の瑞希はそれを見送る。
「黒の民はそう言っている。ならばなんで、なんで、なんで、なんで、なんで」
アイリスの声に気が付き、身体を向ける。
「そう、そう、私は間違ってはいない。間違ってはいないの。間違っているのはあっち、あっちなんだ」
「あの、おーい」
「そうよええそうよ、――ならなんで、なんで、なんで、なんで、なんで――わたしは、わたしはどうして、おかしい、どうして、あんな風に、みじめで、苦しくて」
言葉の意味はわからないが、思い詰めていくのはわかった。
瑞希は叫ぶような大声をあげた。
「アイリスさん!」
「ッ――!?……ミズキさん」
アイリスは驚くほどに穏やかな笑顔を浮かべ、瑞希を見た。
瑞希は一変したことに驚きながらも、安堵のため息をつく。
「大丈夫ですか?」
「はい?大丈夫ですよ、心配してくれたのですね」
何事も無かったかのように、アイリスは言った。
「そ、そう?ならいいんだけど……」
「まもなく昼時ですね。お食事の用意をしなければなりません。ミズキさんもどうでしょうか」
「え?あ、あぁ――いただきます」瑞希は手を合わせていった。
アイリスは「それでは、少々お待ちください」といって出口へと歩き始めた。
と、思えば突然歩みを止めた。振り向かず、訊いてくる。
「――ミズキさんは、しませんよね。差別。――私、とか」
「え?いやしませんよ、する理由がないじゃないですか」
「ですよ、ね。ふふ、そうですよね。銀髪、綺麗って言ってくれましたものね」
「うん、まぁすごく綺麗だと思ったけど」
「ありがとうございます……ふふ」
アイリスは扉を開けて、その向こうへと消えていく。その瞳は、怪しげな光を放っていた。
――なんだったんだろうか?瑞希は首を傾げながらも、これからどうしようかと考える。アルティナの言葉は、危ないから外に出るなということだろう。
屋敷の中、歩いてみようか。
昼食を終え、アルティナはとある男二人を迎えた。場所は屋敷ではなく敷地内にある小さな建物である。
男二人の名前はアレックとディラン。アレックは精悍な顔つきをして、理知的な瞳を持つ男で、ブラウンの髪は刈上げられている。ディランは恰幅の良い大男で、アレックよりも白っぽい髪色をして、髪は後ろへと流している。若干広いおでこが、外から差し込む太陽の光に白く輝いていた。
談話室の皮張りのソファよりかは、些か劣る椅子に座らされ、アルティナと対面する二人の表情は悪く、気まずそうにしている。対するアルティナは面倒くさそうだ。青葉親子と対面するよりも、明らかにダレている。
「まぁーた同盟云々のことかね」
気だるそうな声色でアルティナは言った。二人は同時に頷く。
「はい、お答えを返していただきたい、と」
「いただきたいのかね?真実かね?」
「――延長してほしいです、はい」
アレックは胸中をそのまま吐露した。
よろしい、とアルティナは体勢を立て直し、普通に座った。
「お前たちが必死になってるのはよくわかるが、詰み食らわされた国と同盟したいわけもあるまい」
小さな国エヴレム。隣接する国は大国。
どちらも、この国を攻め込む気満々と言うありさま。
「生き残るには亜人と同盟を組むしかない。そう、大国様様に同盟や不可侵を交渉しても無駄だったからな。消去法でそう考えるのは当然と言えるかもな。うむ、頭おかしいだろう、宗教でがんじがらめになっているのに、なんで亜人の国に同盟を結ぼうとするのだ、藁をもすがる気持ちだろうが、そんなことを考える国王の首を切って差し出したほうが、国民のためだと思うぞ」
歯に衣を着せぬ言葉に、二人が絶句したが、回復は早かった。各々そう思ったことがあったのだ。
たしかに亜人の国は強大である。黒の民と原住民が交わり1800年ほどの年を経た。それから人間は国を創った。それから度々人間と亜人の間での戦争は行われている。
亜人の国は今ある国を合わせても負けぬほどに強い。ハッキリ言って底知れぬ力を持っている。
同盟できれば他国と不和になろうとも、怯えることはない。が、国内は別だ。
宗教は強大だ。扇動される可能性がある。それが起これば、ただの足手まといに変わる。
「扇動されないようになってから同盟を言え」とつまりはそういうことである。
「失敗すれば滅びる。この同盟の動きで国家丸ごと異教徒認定されるか、大国に滅ぼされるか、国民が扇動されて滅びるか。同盟の成功はそちら側がなんとかしなければならないというのに、そちら側が四方ふさがってなんもできない。……同盟する価値があるか、逆に問いたくなるぞ?ちなみに私はここの館をもらって、三日目くらいで諦めたから」
「……ならばなぜここに今でもいるのですか?」
「理由はあるが――一番は占いといったところだ」
「占い?」
「親父殿から、火を見るよりも明らかだというのに、確かめてこいというお達しがあってね、しかしそれを見に行くだけでは楽しくないと思い、占い師へと訊いたんだ『おもしろいものはないかな』とね。そしたら面白いことを言われた」
二人は少し身を乗り出し、食い入るように聞いている。
「無垢なる黒の民が現れ、国は変わる――とね」
「黒の民……?」
「ああ、昨日見た。というか館を訪れた」
二人は言葉を失った。そんな二人をよそに、楽しそうにアルティナは追い打ちをかける。
「真っ黒だった。朝日を浴びても黒く光っていた。家を探すなんて言っていたな。そういえば面白いことを聞いたぞぉ、宗教連中に染色というあらぬ容疑をかけられて、薬品をぶっかけられたとか、あぁどうしたものか」
アルティナは頭をかかえる仕草をする。
「宗教連中は現実を知っているのに変わろうとしない、ならば神様でも降臨すればと思ったが、その神様がこうも虐げられたのとあれば――はぁ望み薄といったところか。この国が同盟を組めるようになれば、人の間での戦争も頻度が減るであろうと期待したのだがな」
ちらり、とアルティナは目の前を見る。
アレックは眉をひそめている。ディラクは狼狽している。
「真実なのですか、その……黒の民が現れたということは」アレックは真剣な眼差しでアルティナを見た。
「――吸血鬼は、人をからかうが嘘はつかないんだ」
「どこに行ったかは知っていますか」
「朝は学校に行くといっていたな」
「――わかりました。事実確認後、また参ります」
「好きにするといい」
アルティナの返答を聞くと同時に二人は立ち上がった。一礼して外へと出る。
その背中をにやにやと最後まで笑いながら、アルティナは見届けた。
門へと続く道を歩きながら、ディランから口を開いた。
「あれ、事実なんでしょうか?」
アレックは苦虫をかみつぶしたような表情をする。
「――半信半疑だ。黒の民が本当に居れば頭は痛いが希望が生まれるかもしれない。俺はへらへら笑い靴を舐め媚びを売る。お願いします、宗教事情をなんとかしてください、とな。問題はあるだろうが、可能性はでてくるもんだ、賭けに出る理由はある。あらぬ罪がというやつが本当であれば――俺の人としての尊厳を豚に食わせるだけだ。……ただでさえ、糞の上司が糞の外交して、向こうの心証最悪だってのに、増えるのか、もっと増えるのか」
「……押し付けられましたものね」
亜人との同盟は、元はアレックの上司が担当だった。
が、結果は最悪である。
上司は「こいつら亜人とかいう下等生物だし、金ちらつかせれば頷くだろう」という態度で外交を行った。相手は国であることをわかってはいない。そもそも亜人の国は一国で賄えているため、金をちらつかせようとも動くわけもない。動いたとしたら、それは傭兵だ。
その不遜な態度が不興を買った。難易度ナイトメアで始まった外交は、焦った上司がアレックに投げてきたことから、災難が始まった。
「馬車馬のように働いて、誠意を見せて、相手方の動向必死に見て、好感度稼いで、国内の問題を解決して、失踪したい」
「俺に全部かぶさってきます。やめてください」
「どっちにしろ失敗すれば俺のせいにされて処刑されんだろ、これ。今のうち見捨てて逃げたほうがいいんじゃないかって思うんだ」
「――冗談ですよね?」
「冗談だ」
「で、ですよね」
「家族や友人、恩人と色々といるからな」
「それ、いなかったらさっさと見限ってるって言ってないですか?」
「そう聞こえたか?――っとなんだこれ」
アレックはふと足を止めた。視線の先には青葉親子の乗ってきた車がある。
そっと手を触れてみる。ひんやりとした感触で、力を込めるとべこんとへっこんだ。
車輪が四つついていることから、動かすものであることはわかる。
ガラス越しに中をのぞき込むと、前に二席、後ろに三席と椅子があり、前には奇妙な設備があるようだ。後方へと視線を向けると、箱や棚らしきものがある。
「変な形状ですね、馬にひかせるものではなさそうですが、かといって人力で引くものでもなさそうです」
アレックは同意した。
「黒の民が乗ってきたものだったりしてな」
「ハハハ、どうやって乗るんですか、マジックアイテムだったらわかりますけど、魔力の気配なんて一ミリも感じませんよ?」
ディラク同様、アレックも笑った。しかし、妙に気になって再び車の中へと視線を向けた。
「――何をやってるのですか」
アレックははじかれたように顔を上げると、銀髪のメイドの女性が立っていた。
「す、すまない気になったもので」
「あら、外交官のお二人ですか。お茶の一杯もお出しできずに」
「……呼ばれていなかったのだろう?」
「――ええ、はい」
この言葉だけでもよくわかる、どれほど期待されていないか、ということを。
肩を落としたい気分半分、驚き半分がアレックの心中にあった。驚きは目の前の女性に対するものである。前に話したことがある、びくびくとしている、銀髪の人によくある態度だった。
しかし、目の前の女性は怯えがない。淡々とした表情で
「……主様は大変警戒しておられます、人間の動向をすべて報告するようにとの命令をいただいております。不用意な行動をしないほうがよいかと」
「――すまな」
いな、ありがたいと続くことはなかった。
「シロが偉そうな口をきくもんだな」と、ディラクは吐き捨てるように言った。
「おい!」
シロ――髪の色素が薄い人を指す差別用語である。ディラクの言葉に思わず声を荒げた。
睨みで口を噤ませ、女性へと向き直り頭を下げる。
「す、すみません」
「別に、いいのですよ?」
「い、いえ忠告は必要なことだったのですし、それで侮蔑を投げるなど、もってのほかです」
「もう気にしませんから、――えぇ、永遠に」
アイリスは銀髪を撫でるように触れる。目が据わり、瞳は黒い光を放つ。
妖艶だが近寄りがたい雰囲気で、二人の本能が告げている。
毒がある、と。
「綺麗だ、と……言ってくれましたから」
恍惚とした表情へと変わり、身体はビクンと震えた。はぁ……という吐息の音が、沈黙した二人にも聞こえた。男を刺激するが、人としての全てが逃げろと命令してくる。
「そ、それはよかった。それでは本日は帰りますので、失礼いたします!」
アレックはディラクの腕を強引につかみ、歩き出す。
門が見え、女性の姿が見えなくなってから、ディラクは我を取り戻した。
「あ、あれなんだったんですかね」
「知らん――だが予測はできる。帰ったらすぐに確認だ。今日は帰れると思うな」
「マジっすか」
「うるせぇお前のせいだチクショウ」
アレックは理不尽なことを言いながら、門へと歩いていった。
「あれ、早いね」
屋敷からでるなと言われていたので、手持無沙汰な瑞希は、屋敷内部を歩いていると、玄関口から父が現れたことに気が付いた。
「あぁ、なんかすぐに終わったんだ」
「へぇ、初日だし気を使ってもらったんじゃない?」
「そうかもな、まぁ会社間違えてたんだけどな」
「……ん?ごめん、もう一回言ってくれない?」
「……会社間違えた。無断欠勤した」
恐ろしいほどに重い沈黙が周囲へと落ちた。
「なんでぇっ!?」ホールに瑞希の叫びが響いた。
「いや、地図通り行ったんだよ。で、小さな会社があってさ、あれ、小さいなと思いつつも、建物に入って挨拶したんだよ」
「最初から気づくよね!?看板無かったの!?」
「いや、文字がわからなかった。すごい匠の技すぎて、意味わからなかった」
「じゃあ会社の名前聞けばいいと思うんだけど……」
「時間ぎりぎりだったし、本日この会社で勤めさせていただくことになった青葉ですって駆けこんでいって、――なんか普通に経理やってたんだけど……」
「ガバガバすぎるだろ!?」
「経理の人がなってなかったから、一応基本的な表を作って見せて、教えてたな。これでも資格は持ってるから、すごく喜ばれた。上役の人もすごく驚いていた」
瑞希は頭が痛そうに、軽く額を抑えた。
「あー簿記1級持ってるって言ってたもんね――でそんなことはどうでもいいんだよ、それでどうしたの?」
「慌てて聞いたんだよ。就業時間が恐ろしく早く終わって、パソコン一つ無い時点でおかしいなって思ってたんだけどさ。なんとなく言いづらくて、でも疑念が膨れ上がってたからさ、で返答が」
――え、どこそこ?って言われた、と父は語った。
「会社を間違えていたことを説明したら、すごく驚かれた」
「驚くわ!そして今父さんが慌てていないことにも驚いてるわ!」
「クビになったらこいって言ってくれたし」
「だからといって落ち着いていられるわけじゃないからね!?」
「電話も使えないから、事情説明もできないし、だったら人に訊けばいいかなって思ったんだけど、みんな知らないっていうんだよね」
「結構大きかったよね?」
「うん、だから僕思うんだけど。……ここ、住む町じゃないんじゃないかなって」
瑞希は沈黙した。何言ってんだこいつ、と思ったのだが、町名をハッキリと確認したわけではない。
「……マジで?」