神様にヘラクレスの十二の試練を貰って転生した主人公がぼくらの世界で十二回死ぬ話   作:ルシエド

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「 」(から)様の周りに何か怪しい影がチラチラ見える模様




 

 

「我輩は真実を求める」

 

こんな姿(コエムシ)になったのも、こんな運命を仕組んだ『神』とやらの正体を、知りたかったからだ」

 

「たとえ、邪悪な愉快犯だったとしてもな」

 

「君に力をくれた『神様』とやらは、どんな奴だったのだ?」

 

 

 

 

 

○ルール1

 この星の人間は、ロボットの操縦者となる。

 操縦者はロボットを操り、不定期に現れる『敵』のロボットを倒さなければならない。

 『敵』は一度の戦闘につき一体出現する。

 『敵』は操縦者の操るロボットでなければ、特例を除き倒せない。

 『敵』はその体の中に球状の弱点を持ち、それを潰すことで倒せる。

 

○ルール2

 ロボットは、念じることで動かせる。

 子供だから動かせないということはない。

 動かし方はどのロボットも同じだが、ロボットには性能差や個性が存在する。

 

○ルール3

 『敵』は平行世界の地球である。

 戦闘に勝利した場合、『敵』の地球を含む宇宙は消滅する。

 戦闘に敗北した場合、操縦者の地球を含む宇宙は消滅する。

 戦闘開始から48時間が経過すると、両方の宇宙が消滅する。

 この戦いの目的は、こうして宇宙の可能性を淘汰することである。

 

○ルール4

 球状の弱点は、『敵』の宇宙人がロボットを操るコクピットである。

 戦闘の勝利条件は、厳密にはこの地球の人間が、『敵』の操縦者を殺すことである。

 規定の勝利回数を達成することで、この戦いは終了する。

 それぞれの地球に、それぞれの規定の勝利回数が存在する。

 

○ルール5

 ロボットは操縦者の生命力を糧として動く。

 そのため、操縦者は戦闘終了後に死亡する。

 

○ルール6

 選べる選択肢は三つ。

 戦闘に勝利し、地球を守るため死ぬか。

 戦闘に敗北し、地球を守れずに死ぬか。

 戦闘から逃げ、両の地球と共に死ぬか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (たちばな) 雄都(おと)は、四機目のロボットのコクピットを踏み潰す。

 これで四回目。

 平行世界の地球人を皆殺しにして、宇宙を淘汰するのも四回目。

 踏み潰したコクピットの中に、十人くらいの人間が居た……ような、気がした。

 

『よくやった、オト』

 

「一人殺せば殺人者、百万人殺せば英雄……百億人づつ殺してるオレは、じゃあなんなんスかね」

 

『オト』

 

「分かってるっスよ、コエムシ。このくらいでどうにかなるヤワな精神はしてないっス」

 

 オトと呼ばれたは少年は、周りに誰も居ないコクピットの中で一人、安堵の息を吐く。

 "コエムシ"と呼ばれた者は厳密には人間ではない。

 だから、一人だ。

 

『この地球の戦いは、我輩の地球での戦いより厳しいように思える。無茶は……』

 

「その気持ちだけで十分っすよ。ここで無茶しなくて、いつするんスか」

 

 オトは巨大ロボットの足元に、コエムシと共にワープする。

 すると、ロボットはまばたきの間に消えていった。

 

『帰るぞ、オト』

 

「へいへい……オレは帰る家があるけれど、コエムシは家に帰りたくならないんスか?」

 

『思わんでもない。だが、我輩の地球の命運をかけた戦いは既に終わった。

 我輩の仲間は我輩の地球を守った。

 我輩は姿を変え、我輩達の機体と共に、この地球の戦士達の手助けをするために来た。

 ならば今はそれに全力を尽くすのみ。家に帰るのは、お前達の地球を守りきってからだ』

 

「次の地球の戦士を支えるサポーター、コエムシ、ね……オレとしては助かるけど」

 

『素直に頼ればいいのだ』

 

 夜の街を歩きながら、橘雄都はひとりぼっちの家に向かう。

 それなりに資産を持っていた独身の母親という、厄介事の匂いしかしない親から雄都は生まれ、母親は雄都が生まれてすぐに病死した。

 雄都はその後色々とあり、中学二年生になった今も、一人暮らしを続けている。

 コエムシが来てからは、一人と一匹だ。

 

「それにしても、あの機体強いっスね」

 

『"ヘラクレス"のことか。ああ、あれは強い。

 何せ既に我輩達の地球を守り、勝ち抜いた実績があるからな。

 名前は勝手に我輩達が付けた者だが、我輩達の時のコエムシも強いと言っていた』

 

「そこだけはまあ、運が良かったっス」

 

 二人は橘宅に着き、今のソファーにぐでっと寝っ転がる。

 

『本当に運が良いのはこの世界そのものだ。

 お前のような"何度でも生き返れる"人間が操縦者になった世界など、いくつもないだろう』

 

「……」

 

 この世界を守り、別の世界を滅ぼす戦い。

 最初の一回はこのコエムシの仲間が"ヘラクレス"に乗って戦い、勝利してくれた。

 その後四回、雄都は"ヘラクレス"に乗って地球を守った。

 一度乗れば死ぬはずのロボットに乗って、だ。

 

『昨日は興奮してすまなかった。我輩のせいで話を中断させてしまったな。

 だが、お前の力が"神"から貰った物なのだと、想像もしていなかったものでな……』

 

「オレが勝手に神って呼んでるだけっスよ」

 

『構わん。

 お前に"十二個の命"を与えたのも。

 この戦いを始め、続けさせ、平行世界の数を削っているのも。

 どちらも同じ"神"であると我輩は考えている。教えて欲しい』

 

 そこには、一つのカラクリがあった。

 

『お前が死に、生まれ変わった時のことを』

 

 

 

 

 

 彼は一度人生を生き、死後に生まれ変わり、"橘 雄都"という名でこの世界に生を受けた。

 転生した人間、と言い換えてもいい。

 その過程で『何か』を見て、触れ、力を得た。その『何か』を、雄都は神と呼んでいる。

 

「あれは……何て言えばいいんスかね……人の形をした光の渦、と言うべきか」

 

 死んだ後、生まれ変わる前に見た光。雄都はそれの姿をまだ、目に焼き付けている。

 

「たぶん現象とか、そういうのに近いと思うっス」

 

『現象……仮説の一つではあったが、それが一番最悪なのだがな』

 

「あれを蛇が見たら、きっと蛇に見えるっス。

 虫だったら、きっと光の虫に見えてたと思うっス。

 おそらくオレ(ひと)だから、人に見えてたんじゃないかな……」

 

『鏡に近い、のか?』

 

「いや、違うと思うっス。

 なんとなくだけど、化学反応とか、そういうのに近いような……」

 

 雄都は神を理屈や理論で語れない。

 感覚でしか語れない。

 "神"は、そういうものだったから。

 

「例えば、死んで生まれ変わったのがオレ以外の人だった場合……

 傲慢な人には、謙虚な神に。

 卑屈な人には、尊大な神に。

 女好きの人なら、女の神に。

 格闘家なら、剛健な神に見えたんじゃないかな、と思うっス」

 

『神は見る者によって姿を変える……いや、違うな。

 接触した者によって、千差万別の反応を返す、ということか』

 

「あ、それしっくり来るっスね。

 オレが神様に触れて、オレにこの力を与えるって形で反応が返って来た、みたいな?」

 

『うむ』

 

 雄都の感覚的な言葉を聞き、コエムシはそれを正答に近い形に組み立てていく。

 コエムシの正答を聞き、雄都は感覚の記憶にしっくり来る答えを導き出していく。

 

「オレはそれで、この力を得たんスね」

 

 生まれ変わった雄都は神から12個の命を与えられており、11回までなら死んでも復活することが可能で、死の原因に耐性がつくという特性があった。

 生前は無かったもので、今の彼を支えている力だ。

 死に方の問題なのか、命を吸うロボット側の問題なのか、戦闘毎に与えられる死に耐性が付かなかったことは大問題だったが、解決できる問題でもない。

 

『今のお前なら、漢字二文字でその神を表せるはずだ』

 

「漢字二文字? えー、うーん……」

 

『これに関して、我輩の星の論文で見たことがある。

 直接見たお前ならば、我輩と同じ答えが出るはずだ。

 同時に言うぞ。3、2、1……』

 

 突然の無茶振りに、雄都は慌てて思考を回転させる。

 

 そして考える間をくれないコエムシに、何も考えず感覚的な答えを返した。

 

 

 

『「根源」』

 

 

 

 そして、雄都とコエムシの声は被る。

 

「あれ? 本当に答えが同じになったっスね」

 

『我輩の世界では、それは"「 」(から)"とも呼称されていた』

 

「から?」

 

『人の想いに応じ、人に全知と全能を与えるこの世全ての根源、と聞く。

 枝状分岐宇端末点の根本にあたる部分……

 まあよく分からんものだ。

 人の一部だったものだとも、それを加工したものだとも、そうでないとも言われていた』

 

 コエムシはこことは別の、全ての戦いが終わった地球の出身だ。

 その世界で見た論文の記憶を参考に、コエムシは推測を組み立てていく。

 神様、根源の渦、「 」(から)

 人がそれに望めばなんだって形になるであろう、雄都が人の形の光に見えたそれ。

 その存在を推測の軸に置いてみれば、色々と見えて来るものがある。

 

『仮定は出来た』

 

「マジっスか?」

 

『おそらくはどこかの誰かが触れたのだ。

 過去は分からん。未来かもしれん。

 世界に屈折した想いを抱いた誰かが、根源と呼ばれたりもする何か……"「 」(から)"にな』

 

「で、このロボットの戦いが始まったと?」

 

『ここまで"人が作った印象の強い"ものだと、どうしてもその可能性を追わざるを得んな』

 

「オレの力は……死に際に死にたくないとか思ってた記憶あるので、それっスかねえ……」

 

『推論だ。我輩は全知ではない、あまり信じるなよ』

 

「でも直接見たオレがしっくり来てるわけでスからね」

 

 コエムシが語る話は、全て根拠も証拠もない推論だ。

 しかし直接見て触れた雄都の同意があると、いくらか信憑性が増す。

 

『お前が"神"と呼び、我輩が"「 」(から)"と呼ぶもの。

 尋常な手段では辿り着けず、人が恒久的に手にしたままにもできないもの。

 それが、平行世界同士を潰し合わせているものと見て間違いあるまい』

 

「……倒せたりするっスかね?」

 

『不可能だ。……知りたくもなかった事実ではあるが。

 神とやらが居たなら、一度でいいから殴りたかったのだが』

 

 二人が会話から得たものは、真実に近づいたかもしれないという実感と、途方も無い徒労感。

 

 そして、この戦いをどうにかする方法など無いという、推論だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 五勝目。

 橘雄都は危なげなく勝利し、こことは別の地球に生き、こことは別の地球を守ろうとした人間達の詰まったコクピットを握り潰す。

 雄都の地球、及び雄都が戦う可能性のある並行世界の地球の人口は、約100億人。

 彼は400億人を殺した自覚があり、今また100億人を殺した手応えを感じていた。

 

「……ごめんな」

 

 目を瞑り、握った拳を額に当てる雄都。

 謝ることが最悪の侮辱になる可能性があると分かっていながら、彼は謝らずには居られない。

 この機体には命そのものを見る機能があり、それがまた雄都の罪悪感を倍増させていた。

 

『気に病むなオト。殺さなければ、お前とお前の地球が滅びていた』

 

「……」

 

『仕方のない事なのだ。

 この行為を、仕方のない事以外の何かにしないで欲しい。

 でなければ……望まぬまま他の世界を潰している全ての人間が、救われない』

 

「分かってる……分かってるさ……」

 

 何よりお前が救われない、という言葉をコエムシはぐっと飲み込んだ。

 その言葉を口にした瞬間に、雄都という人間の中でコエムシが"道理に反してまで雄都を擁護する存在"と定義されてしまい、雄都が本当に救われなくなると分かっていたから。

 

「あと、七回……」

 

 雄都は唸るように、小さく低く震えた声で呟く。

 

「あと、七回敵を倒して……七つの世界を潰して……オレの残る七つの命を使いきって……」

 

 マラソンで苦しい時に、ゴールまでの距離を脳内で計算するように。

 この苦しい戦いの終わりまでの、道のりの長さを計算する。

 

「それで、それで終わる……オレ以外の誰にも、こんな気持を味わわせちゃ、いけない……」

 

 雄都が命を一つ使い潰して、守った明日がやって来る。

 この世界の多くの者達が、来ることを疑ってもいなかった明日がやって来る。

 肉体的には中学二年生の雄都は、戦いの翌日の朝もまた、学校に足を運んでいた。

 

「おっはよー!」

 

「おはよーっス」

 

 クラスメイトに挨拶しつつ、雄都は朝のHRが始まるまで机に突っ伏す。

 話し相手が居ないぼっちだからではない。

 眠かったからでもない。

 クラスメイトの話題が一色に染まっている中で、自分の顔を見られたくなかったから。

 表情を取り繕う時間を、できる限り短くしたかったからだ。

 

「あのロボットすごかったねー」

「ねー」

「かっこよかったよなー」

 

 雄都が住んでいる街、雄都が通っている学校は、小さな島の上にある。

 近くに本土の大きな港街があるが、基本的に周囲は全て海に囲まれていた。

 『敵』との戦いは、基本的に操縦者の居る土地で行われる。

 周囲が海で、人口が少ないこの島は、戦いにはもってこいだった。

 

「あれロボットなの?」

「怪獣かもしれないけど、皆がロボットって言ってる内にロボットって定着した感じ」

「ニュースとかずっとそう言ってたもんね」

「ロボットだけど、誰かが乗ってるのか乗ってないのかも気になるわ」

 

 ヘラクレスと呼ばれた機体が滅法強く、雄都がコエムシに稀代の操縦者と呼ばれるほどに優れていたため、この地球ではいまだに死者が出ていない。

 戦闘でロボットの操縦者も死なず、誰も戦闘に巻き込まれていないためだ。

 だから子供達は、本当に"他人事"のようにかの戦いを語っている。

 

「俺らも乗りたいよなあ」

「なあ。敵が来てない時くらい、乗せてくれてもいいのにな」

「ケチなんだよケチ、あのロボットを独り占めしてるんだ」

「へへっ、俺が乗ってたらもっとすごい動きできるぜ! たぶんな!」

 

 顔を伏せる雄都は、今の自分がどんな顔をしているのか、よく分かっている。

 とても他人に見せられない顔だった。

 

「知ってるか? 損害賠償とかなんとかで起訴されるって話」

「え、なにそれ、教えてくれよ」

「ほら、この前戦いで会社が一つ壊れたじゃん?」

「あー」

「で、そこ管理してた社長があのロボット達に損害賠償求めて起訴しようとしてんだって」

「バカなのかしら」

 

 ある者は、ヘラクレスを見てロボットではなく怪獣だと思った。

 その姿は機械的でありながらも、同時に生物的でもあったから。

 ある者は、ヘラクレスを見て、人を守る正義のロボットだと思った。

 『敵』がこの地球を攻撃し、その攻撃をヘラクレスが弾き、人を守ったのを見たからだ。

 ある者はヘラクレスに敵意や警戒心を持っていた。

 俺の会社を壊しやがって、味方であると断定はできない、と利害や安全を考えているからだ。

 誰も彼もがそれぞれに、ヘラクレスに対し何かを思っている。

 

 一方的に、自分勝手に、無責任に、何も知らないままに。

 

(考えるな)

 

 橘雄都は必ず死ぬ。

 敵との戦いは十二回、命の数は十二。この戦いが終わると同時に、彼は必ず死ぬ。

 必ず死ぬという絶望。

 何もせずのんきに生きているだけで、座して明日を手に入れられる人々。

 この世界で、戦わずとも明日を生きていける者達への嫉妬。

 平行世界を潰し合わせる"神"とやらへの虚しい怒り。

 そして、それらのどれよりも大きな『孤独感』。

 

 今の雄都は、それら全てがぐちゃぐちゃに混ざり合った酷い顔をしている。

 

(考えるな……)

 

 机に突っ伏していないと、周りに当たり散らしてしまいそうで。

 

(考えるなっ……!)

 

 気持ちを胸の奥にぐっと押し込んで、あと少しで表情を取り繕える所まで行った、そんな時。

 雄都の肩を、誰かが叩く。

 彼が寝たふりをしていることを見抜いて、彼に呼びかける。

 

「や、おはよう」

 

 その少女の声が、雄都の中の醜い気持ちを、なんとか抑え込んでくれた。

 雄都は表情を取り繕って顔を上げ、話しかけてきた少女に対応する。

 

「ふっふーん、今日は元気無さそうね、オト」

 

「そんなことないっスよ。これまたもう元気バリバリで!」

 

 少女の名は日ノ本(ひのもと) (みこと)

 長い黒髪に白い肌、容姿端麗で深窓の令嬢という理想像をそのままにしたような外見。

 明るく元気で活動的、間違っていると見れば大人相手でも突っかかっていく熱い性格。

 月のような美しさに太陽の激烈さを加えた少女、と近所でも噂になる美少女であった。

 

「第一、ミコと比べたら誰だって元気無いっスよ」

 

「そうかしら?」

 

 雄都の話し方はどこか軽薄な印象を受けるが、尊の話し方には品と、芯がある。

 

「ねえ、昨日の夜九時ぐらい、どこに居たの?」

 

「家に居たっスよ。ちょっと早めに寝ちゃってて、避難遅れちまったっス」

 

「ふっふーん……」

 

「なんスか?」

 

「いやいや、聞いただけよん」

 

 嘘だった。

 昨日の夜九時頃、雄都はヘラクレスの中に居た。

 尊は雄都が避難していないことに気付いて、心配したんだと言いたげな素振りを見せる。

 

「さ、笑いなさい。さんはい!」

 

「えっ……こ、こうっスかね」

 

 そして気持ち落ち込んでるように見えた雄都に、笑うよう促す。

 不器用に笑う雄都を見て、尊はその十倍は魅力的な笑顔で応えた。

 

「それでよし」

 

 雄都は人並みに譲れないもの、信じるもの、といったものを持ってはいない。

 だが、そんな彼にも信じているものはある。

 彼は他人を笑顔にできる人間こそ、本当に価値のある人間なのだと、信じている。

 

「笑いなさい。辛い時も、楽しい時も。

 笑えないような気持ちも、笑って無理やり吹き飛ばしなさい。その方がきっといいことあるわ」

 

 日ノ本尊は、橘雄都が考える、生きる価値のある人間の筆頭だった。

 

「なんスか、それ」

 

 尊の言葉に根拠はない。理論もない。証明もない。

 それでも、そんな言葉に救われている少年が居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は待たない。

 敵も待ってはくれない。

 神には待つ理由がない。

 時は流れ、六体目の敵が雄都の前に現れる。

 

『行けるか?』

 

「よゆーよゆーっス。ま、そこで気楽に見てるといいっスよ、コエムシ」

 

 橘雄都に救いはない。

 コエムシは雄都に救いがあって欲しいと思っているが、今の彼のどこに救いがあるものか。

 その胸に去来するのは、拭い去れない死の恐怖と、絶対的な孤独感。

 彼は一人だ。

 一人で十二回死んでいく。

 この世界を守りながら、この世界の誰も死なせずに、死んでいく。

 

 仲間が居れば、何か違ったのだろうか。

 『この苦しみは自分一人だけが感じているものじゃない』という、小さな救いはあったのだろうか。その孤独感だけでも、どこかに行ってくれたのだろうか。

 仲間の死が、彼に何かを残すこともあったのだろうか。

 

(他の誰にやれと言えばいい? 12人に死んでくれ、と頼むのか……?

 受けてくれるわけがない! 騙すしかない……

 騙したら、騙された人はどうなった!? どんな絶望をする!? それも、12人……!)

 

 どんなに悩もうとももう遅い。

 別のパイロットを探したとしても、雄都の命を使い尽くすまで、ヘラクレスは別の人間の命を吸うことはない。

 雄都が死の運命を回避したかったのならば、最初にそうすべきだったのだ。

 最初に、自分の代わりに12人ほど"殺せば"よかった。

 

 けれど、彼はそうしなかった。

 

 彼は一人で死んでいく道を選んだ。選んでしまった。

 

(―――オレが、オレが、12の命を貰って、この世界に生まれて来た意味は―――!)

 

 敵の装甲を引き剥がし、雄都が操作するヘラクレスが、損壊させた敵のコクピットを掴み出す。

 

 握り潰す直前、割れた敵のコクピットの中から、「助けて」という声が聞こえた気がした。

 

 小さな女の子の声だった、気がした。

 

 

 


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