神様にヘラクレスの十二の試練を貰って転生した主人公がぼくらの世界で十二回死ぬ話   作:ルシエド

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 橘雄都が、橘雄都として生まれ直す前の話。

 彼の最初の人生の話。

 

「その薄汚い手をどけろ」

 

 彼は路地裏に連れ込まれた女性を助けるため、女性を無理矢理に路地裏に連れ込んだ暴漢共に向かって、力強くそう言った。

 

「もう大丈夫。安心していいっスよ」

 

 彼はボクシングを習っていた男だった。

 彼は人を守ることに憧れていた男だった。

 彼の目の前には助けを求める女性、女性を害そうとする男達。

 鍛えた拳を人のために振るわずして、男は男と名乗れない。

 

「男が拳を鍛えるのは、こういう時に人を守るためっスからね!」

 

 そうして彼は、全てを失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雄都の操作するヘラクレスが、七体目の敵に突きの連打を浴びせていく。

 敵はそこそこに頑丈な装甲を持っていたが、ヘラクレスの攻撃力の前には無力であり、一撃ごとに装甲に穴が開いていく。

 必然、敵は必死にガードするしかない。

 雄都が一撃の破壊力ではなく、手数を重視していることにも気付けずに。

 

「そこ、コクピットっスね」

 

 人は無意識に"攻撃されてはいけない場所"を意識する。

 人間であれば顔がそうだろう。顔を攻撃する素振りを見せれば、人は反射的に顔を庇う。

 このロボットによる戦闘において、それはコクピットの他にはない。

 コクピットに攻撃が飛んで来た場合と、コクピット以外に攻撃が飛んで来た場合に、人が反射的に見せる行動が違うのは当然のこと。

 

 雄都の優れた洞察力は、その微細な動きを見逃さない。

 他の人間が見逃すようなものであっても彼は捉えて、そこを潰すために動き出す。

 

 ヘラクレスの腕が下方に振るわれる。

 足を折られる、と思った敵がガードを下げた。

 そうやってガードを下げて、すかさずヘラクレスは"手を抜いた速度"から加速し、"機体に大きな負荷がかかるくらいの全速"にスイッチ、敵のコクピットがある右胸を貫く。

 

 意図して付けられた攻撃速度の差に、敵は反応すらできずコクピットを潰される。

 そうしてまた、一つの世界が消滅した。

 

「……ふぅ」

 

 雄都は目眩がした……ような、気がした。

 殺した時に感じる動揺にムラがあったのは、精神的に不安定だったから。最近は殺してもさほど動揺しなくなったのは、殺すのに慣れてきたから。

 あまり嬉しくない変化だと、雄都は思う。

 

『やはり、強いな。この機体もそうだが、お前が強い』

 

「この機体は子供の癇癪で動かしてもそうそう負けないと思うっスけどね」

 

『この地球の戦いは敵の機体も十分に強い。常勝の要因は操縦者にある』

 

 ヘラクレスと呼ばれたこの機体は、本当に強かった。

 敵の攻撃を受けてもそうそう沈まず、殴れば敵の防御ごと砕き、レーザーなどの補助武装まであった。シンプルに強い、と表現すべきなのかもしれない。

 しかしコエムシには、今回の戦いで現れる敵達も、ヘラクレスと同クラスに強いように見えた。

 ならば、勝利の理由は操縦者の差にあるのだろう。

 

「パンピー相手ならオレはまず負けないっスよ。

 練習キツくてドロップアウトした、雑魚相手にイキがってる元格闘家なんかにもっスね。

 とはいえプロ級の腕があれば普通に負けるっス。勝負勘で今日まで勝ってるようなもんスから」

 

『……うん?』

 

「オレ、生前はボクシングやってたこともあるんスよ」

 

『なるほど、合点がいった。お前の駆け引きと勝負強さのルーツはそこにあったのか』

 

「素人は足踏みする。素人は躊躇う。素人は焦る。カモにするのに慣れてれば、楽なもんっス」

 

 生身ならば、彼は素人相手にまず負けない。

 ロボットに乗っても、彼は素人相手にまだ一度も負けていない。

 

「オレは死ぬ直前までヤクザの用心棒してたっス。

 なんで、トーシロをなるべく早く倒すなんてのは、手慣れたもんなんスよ」

 

『ヤクザの用心棒、だと?』

 

「夜の街で何も習ってない雑魚、格闘技齧ってただけの雑魚……

 見てるだけで苛ついたんで狩ってたら、自然と就職内定が決まってたんス」

 

『……お前、どういう人生を……』

 

 雄都が右の拳を突き出す。

 その動きに応じ、ヘラクレスもまた"地球を守るために勇気を出した『素人』を突き殺した"、その右腕を突き出す。

 戦いの終わりと同時にヘラクレスは消え、拳を突き出した雄都とコエムシだけが、誰も居ない海辺に残される。

 

「知ってるっスか? 格闘技経験者は、パンピーに手を上げちゃいけないんスよ、絶対に」

 

 その言葉に込められた言葉が"自嘲"であると、コエムシは理解していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、コエムシは姿を消しながら、登校途中の雄都を見守っていた。

 コエムシはその役職に与えられた力の関係上、その地球に課せられた戦闘回数に最適な質と数の人間(そうじゅうしゃ)を見つけることも、操縦者を常時見張ることも容易に行える。

 コエムシが見守る中、雄都は学び舎に登校し、誰も居ない教室で勉強していた尊と会っていた。

 

「おはよー、ふっふーん」

 

「おはよっス、ミコ」

 

 早朝の時間帯、二人だけの空気が出来る。

 二人はクラスメイトであると同時に、小学校からの付き合いだった。

 オト、ミコ、と気安く呼び合っているのがその証拠。

 もっとも、二人にはそれだけでない繋がりがあるのだが。

 

「また自習っスか?」

 

「最近、色々あったからね。

 あんな大きなものが暴れてるんじゃ、いつもの私を維持しようにもできないもの」

 

 ロボットが頻出し、この島が危険になっても。

 観光客の急増・島から出て行く人間の急増で、島の顔ぶれが一気に変わっていっても。

 避難の繰り返しとその準備で、自分の時間が削られに削られても。

 日ノ本尊は、自分で自分に定めた"この期間にこの量の学問を修める"という目標を揺らがせていなかった。

 カリキュラムが遅れ、皆が遅れる授業に何も感じていない中、尊は一人自習を繰り返している。

 

「んなことやらなくていいと思うんスけどねえ。

 出されてない宿題やるようなもんじゃないっスか?」

 

「勉強は自分で決めて始めたものよ。学校も望んで学ぶために来ている場所。

 "これだけやる"と定めた目標を達成することは、ただの最低条件じゃないかしら」

 

「中学校でそういう風に言う奴、オレは初めて見たっス」

 

 ちょっと意識が強すぎやしないだろうか、と雄都は密かに戦慄する。

 意識が高いのではない。意識が強いのだ。

 周囲に影響されない、苦を苦と感じない異様なストイックさが目に見える。

 

「オトにだって、自分の中に譲れない『最低条件』はあるでしょ?」

 

「オレに?」

 

「でなければ、あの時私を助けてくれるわけがないもの」

 

「……」

 

 雄都は"何のことを言っているのか分からない"といった感じの顔を意図して作り、感情を隠し、すっとぼける。

 

「あれ、もしかして覚えてない?」

 

「……話が抽象的すぎて、どれのこと言ってるのか分からねっスよ」

 

「ふっふーん……そうなの? 分かってて誤魔化してるとかじゃなくて?」

 

「なんで誤魔化す必要があるんスか」

 

 長い黒髪をさらりと流して、尊は首をかしげる。

 そしてニカッと笑い、髪をばっとかき上げて、芝居がかった口調で語り始める。

 

「小学校にて繰り広げられるいじめ。

 男女の中でも特に力自慢な者達が集まったいじめ集団。

 彼らは悪意なくいじめを始めます。狙われたのは、何も悪いことはしていない、穏やかな子」

 

 たたん、と尊が教室の床を踏む音が心地いい。

 窓から差し込む朝日が、尊の横顔を照らす。

 舞台の上で物語を語るかのように言葉を紡ぐ彼女は、どこか楽しそうですらあった。

 

「日ノ本尊はいじめられた子を庇います。

 しかし身の程知らずなこの少女には、力も、頭も、話術もありませんでした。

 何もできず、いじめられていた子を守ることもできず、暴力を振るわれそうになった、その時」

 

 尊は雄都の目の前にまで歩み寄り、その両肩に両の手を置く。

 

「ヒーローが、現れた」

 

 ぽんぽんとその肩を叩き、くるりと回って背を向けて、腰の後ろで手を組む尊。

 

「私を守ってくれた」

 

 その背中を見て、雄都は罪悪感を覚える。

 

「『男は女を守るもんなんだ』って! あの時のあなた、私の知る誰よりもカッコ良かった!」

 

 胸に手を当て、尊は断言する。

 反論を許さない語調で、断言する。

 

「あなたは私のヒーローなのよ。古今東西、未来永劫、たった一人の」

 

「―――」

 

 こうもストレートに気持ちをぶつけられると、さしもの雄都もたじろいでしまう。

 

「ヒーローの隣に立つ人間には相応の能力が必要だもの。頑張って、バチは当たらないわ」

 

「持ち上げすぎっスよ」

 

「持ち上げすぎかどうかを決めるのは、私よ」

 

 彼女のストイックさの源泉を見て、雄都は罪悪感を覚える。

 やがてクラスメイト達も続々と登校して来て、二人が二人だけで話せる時間は終わってしまう。

 

(……違う……違うんだ……)

 

 昼休みになっても、その罪悪感はしこりのように胸の内に残っていた。

 

 

 

 

 

 昼休みに休息をかっこんで、いつものように話しかけて来る尊から逃げるように、雄都は屋上に居た。屋上が立ち入り禁止になっていない辺りが、田舎な島の学校らしい。

 

『慕われているではないか』

 

「……コエムシ」

 

『我輩、ちょっと内緒の恋バナも好きだぞ』

 

「なんで並の中学生では拮抗できない中学生女子力を急に発揮してくるんスか……?」

 

 すっと現れたコエムシが、他人の恋バナには興味あるくせに恋人が出来たことはない、好奇心で他人の恋路を時たま崩壊させる中学生女子のような絡み方をしてくる。

 尊と雄都の仲を邪推しているのだろうか。

 

「そういうのじゃないっスよ」

 

『違う、真偽はどうでもいいのだ。そういうことをきゃっきゃ話すのが楽しいのだよ』

 

「中学生女子力をビンビン感じるっスね」

 

 ちょっと違和感があるくらい、今日のコエムシの絡み方は俗っぽさががあった。

 

「でもあんまおふざけが続くと、流石にコエムシの言うことでも無視するっスよ」

 

『我輩の声無視か』

 

「……」

 

『……今のは正直すまなかった。オッサンのおちゃめと思って、許してくれ』

 

 今日のコエムシは、どうにも変だ。

 どこか無理矢理に空気を明るくしようとしている様子が見える。

 その理由が、雄都には痛いくらいに分かった。

 

「無理に明るくしようとしなくたっていいっス」

 

『……オト』

 

「あなたのキャラじゃないっスよ。

 励ましてくれてるのは分かるっス。だから……いつも通りで、いいっス」

 

『逆に、気を遣わせてしまったな……すまない』

 

 七体目の戦いが終わり、もう一ヶ月が経とうとしている。

 そろそろ八体目との戦いも始まるだろう。

 その戦いが終われば、雄都の命の8/12が使い切られたことになる。

 

 命の刻限が、迫って来ている。

 コエムシは雄都を気遣ったのだ。

 せめて、暗い空気にはしないようにと。

 せめて、無念のままに死なぬようにと。

 彼なりに考え、雄都に振る話題を選んでいたのだ。それにしたって、ふざけすぎだが。

 

(次に勝てば残り、1/3……)

 

 雄都は叫び出しそうになる気持ちを、ぎゅっと閉じた口元で止め、そのまま飲み込む。

 

『その……なんだ、心残りはないのか。

 我輩達の時の地球では、女に別れを告げて逝った男が居たが』

 

「だーかーらー、ミコはそういうのじゃないっす」

 

『だがお前は、あの子を特に守ろうとしていたのではないか』

 

 コエムシから見ても、雄都は尊に"特別な感情"を持っているように見えた。

 それは尊が雄都に向ける分かりやすい"特別な感情"とは違うように見えたが、雄都が尊を特別扱いし、他の誰よりも守ろうとしていることは事実である。

 

「オレは価値のある人間を守って、今度こそ証明しないといけないんスよ」

 

『……価値? 証明?』

 

「コエムシはさっきの会話も覗いてたと思うので、その前提で話すっス。

 あのいじめ、オレは一回ミコを庇っただけっス。

 いじめを終わらせたのはミコっスよ。

 いじめてた奴も、いじめられてた奴も、まとめて友達にして謝らせて和解させたんス」

 

『……それは、すごいな……』

 

 雄都は力で結果を出した。

 尊は言葉で結果を出した。

 雄都は一度だけ、振り下ろされた拳から尊を守った。

 尊は力ではなく、人と向き合うことで他人を守った。

 だからこそ、雄都は尊を"価値のある人間"として定義する。

 

「ヒーローだなんて、とんでもない」

 

 雄都は遠くを見るような目で、自分が生まれるよりも前くらいの遠くを見ながら、呟く。

 

「自分の事しか考えてない、暴力を振るう事しかできない、そんなオレはヒーローには程遠い」

 

 コエムシは、雄都と初めて会った日のことを思い出した。

 一つ前の地球を守ったヘラクレス、最後の操縦者・ココペリ、前の地球の人間でありながら次の地球の人間のサポートをするコエムシ。

 三者は雄都の前に現れ、十二の命を持つ彼に全てを話した。

 12の命を持つ彼は、操縦者の変更がしにくいという欠点こそあるものの、この戦いで生まれる犠牲を最小限に抑えられるかもしれない、理想の操縦者であったからだ。

 

 "自分以外の人間の死を前提に、死の運命を免れる"という選択もあった。

 普通の人間ならば、まずそちらを選ぶ。

 けれども雄都は、"一人で十二回死んでいく"道を選んだ。

 その時はコエムシも実感できなかったものが、今、コエムシの心にさざ波を立てている。

 

『お前、最初の人生で、何が……』

 

 雄都の内側にコエムシが踏み込もうとした、その時。

 

 世界が揺れた。

 

「まさか『敵』!? このタイミングで!?」

 

 戦いの前兆。それを感じ、雄都は屋上で走り出す。

 

「コエムシ!」

 

『問題ない、行けるぞ!』

 

 右足は屋上の床を蹴り、体を跳ね上げる。

 左足は屋上の手すりを蹴り、更に体を跳ね上げる。

 特に要らない三歩目で、空を蹴った。

 

「来いッ!」

 

 叫ぶ。

 

「―――ヘラクレスッ!」

 

 雄都の叫び、ヘラクレスの召喚、コエムシによる雄都のコクピット転送、八体目の敵の出現が、同時に行われる。

 小さな島の街の中で、ヘラクレスは自分よりもずっと人型に近い『敵』と対峙した。

 八体目。

 雄都は油断なく敵の動きを観察しながら、街から海へと敵を誘導していく。

 敵は特に攻撃もせず、誘導されるがままに、海へと移動していた。

 

『敵は街中での戦いは選ばない、か』

 

 コエムシはほっと息を吐いた。

 今日まで戦ってきた七体の中には、雄都が住む街に破壊行動を行い、それによりヘラクレスの行動を制限しようとする者も居たのだ。

 無論、その全てが雄都によって阻止され瞬時に血祭りに上げられたのは言うまでもない。

 コエムシはそれに安堵したが、雄都は敵の動きを見て、その警戒心を引き上げる。

 

「あの動き……ヤバいっスね。プロっス」

 

『何?』

 

 ジャブにもならない攻撃の応酬で、互いの技量を測る小手調べが始まった。

 敵はヘラクレスの物理攻撃範囲ギリギリを見切り、そこから踏み込んで殴っては、そこから下がって回避もする。

 ヘラクレスがレーザーを撃たんとすれば、カメラアイにてその前兆を見て取り、レーザーの直線軌道を避けて回避する。

 攻撃パターンも多様で、実に読みづらい。

 まだ本格的に接近戦はしていないが、そうなれば打・投・極・組のどれも高レベルであることは目に見えていた。

 

「プロの、格闘家っス……」

 

 プロ相手には負ける、と言ったのは雄都本人だ。

 

『前に我輩が言ったことを覚えているか?

 この戦いに用いられるロボットは若い命を吸った時の方が強い。

 魂が若ければ若いほど、出力が上がるのだ。

 敵が熟練のプロであるのなら、相応の年齢のはずだ。出力は相対的に下がる』

 

「なるほど」

 

 ロボットは、生命力を吸って動く。

 その際、魂が若ければ若いほど出力は高くなる。

 原理は分からないがそうであると、このコエムシは前のコエムシから教えられていた。

 

「オレが本物の十代なら、それも励ましになったんスけどね!」

 

 前世で二十代、今生で中学二年生。

 "敵と自分のどちらが若いのか"も分からぬまま、雄都は敵に襲いかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 呆然としながら、雄都はヘラクレスの動きを止め、佇んでいた。

 真昼間の陽光がヘラクレスを照らし、海面に大きな影を形作っている。

 

『雄都、お前……ずっと最初の戦闘と同じ感覚で、戦っていたな』

 

「……え?」

 

『ヘラクレスは、ずっとこの出力だったのだ。お前が、出せていなかっただけで』

 

「そんな……」

 

 雄都は今回の敵に、完全に技量負けしていた。

 このままでは負ける。この星の、この世界の全ての命と一緒に、死ぬ。

 そう思った瞬間、雄都は理性を捨てて獣のような戦いを始めた。

 全ての技を捨てて、力任せに。

 

「なんだ、これ……」

 

 "苦戦すらしなかった"。

 『狂戦士』と化したヘラクレスは、敵を力任せに押し潰し、蹂躙する。

 勝利の実感を感じられないほどに圧倒的に、雄都は勝ってしまっていた。

 

『……覚えているか、雄都。

 魂の構造と、生まれ変わりの話を』

 

「え、あ、ああ、覚えてるっス。

 魂は構造からして、何億分の一かって確率で生まれ変わる可能性がある、って話っスよね」

 

『そうだ。生まれ変わり自体は有り得る話なのだ。

 生まれ変われば、魂の若さもリセットされる。

 お前が特別なのは、生まれ変わったからではなく、その後に付随したその力にある』

 

 雄都に限らず、人の魂は何億分の一かという確率で、生まれ変わる形を形成する。

 つまり雄都という人間は、宇宙でも希少な"生まれ変われる魂の形"をしているということ。

 そこに、11回の蘇生権が加わると、どうなるのか?

 

『お前は生まれ変わった。

 そして12の命によって、11回"死んで生まれる"権利を持っている』

 

 雄都の"魂の年齢"を計ったコエムシは、ここでそれを理解した。

 

『お前は蘇生するたびに、魂の年齢がリセットされているのだ』

 

「……え?」

 

『気付くべきだった。

 お前のその、力と直結した魂の歪な構造に。

 今日まで精査もしていなかった自分が恥ずかしい』

 

 雄都の魂は、死ぬたびに誕生しているのだということに。

 

『本来ならば、操縦者が若ければ若いほど出力は上がる。

 しかし操縦者が若ければ若いほどデメリットも増えていく。

 本来ならば両者は反比例の関係にあった。

 だが、お前は違う。

 橘雄都は、鍛え上げた武技と、0歳の若さから来る出力を両立しているのだ』

 

 例えば、それぞれの地球における操縦者とロボットの基礎ステータスを力や速さに分け、アルファベットにて表記するとする。

 BCCBBだとか、BCACEだとか、DCCBEだとか、CEBBDといった感じにアルファベットは並ぶだろう。

 しかし今のヘラクレスはおそらくA+AABAといったありえない高さであり、その気になればまだ上がりかねない。

 

 "理性ある狂戦士"。

 先程までの、雄都とヘラクレスによる戦いを言葉にするなら、これ以外ありえないだろう。

 

『だが、朗報だ。もう油断しなければ、お前が負けることはないだろう』

 

「確かにそうっスね」

 

 コエムシの表情は分からないが、声が少し嬉しそうな、そんなニュアンスを含んでいた。

 雄都もどこかほっとしたような、緊張感が抜けた表情をしている。

 

(そうだ……明日からは楽に……)

 

 明日からは負ける要素がない、と雄都が安堵した、その時。

 彼の思考が停止する。

 "互いの地球の命運をかけて戦う"という要素が、もうほとんど消失してしまっているという、その事実に気付いてしまったがために。

 

(……まるで、一方的な虐殺だ)

 

 明日から雄都の戦いは、決闘ではなく虐殺に近いものになるだろう。

 自分が死ぬ可能性はなく、敵を皆殺しにするまで終わらない戦いを、虐殺以外の何と言うのか。

 互いに自分の命と自分の世界の命運を懸けているという、一種の公平感はもう消え失せた。

 適当にやったとしても、もう負ける可能性はない。

 勝てる可能性があると信じている、どこかの地球を守ろうとする戦士達を、雄都は明日から圧倒的な力で『苦労もせずに』蹂躙していくのだろう。

 

 そして、単純作業のように何も感じぬまま、単純作業に感じる気持ち以上の何の気持ちも感じられないまま、他の世界とそこに生きる命を押し潰していくのだ。

 

 圧倒的な力に何の意味があるのだろう。

 一方的な蹂躙に何の意味があるのだろう。

 そんなものがあったところで、この残酷はなくなりはしないというのに。

 

 雄都は自分に技で勝っていた相手の残骸を、自分が機体の力任せに叩き潰してしまった敵の残骸を見下ろし、虚しさを噛み締める。

 

(勝って、よかったのか……?

 道から外れて、ボクシングを途中で放り出したオレが……

 その道を外れず、ちゃんと懸命に歩いていたであろう、人に……)

 

 その残骸が、明日からの不公平な蹂躙を暗示しているかのようで。

 

(いや、勝ってよかったんだ……でなければ、この星も、ミコも……)

 

 雄都はこれから不公平に、理不尽に、圧倒的な力に叩き潰される地球の者達の気持ちを想い、自分がどれだけ残酷なことをするのかを自覚し、歯を強く食いしばった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雄都の心に救いはない。

 けれども、彼の心を救おうとする者は居る。

 たとえば……雄都を戦う時もそうでない時も見守っている、コエムシとか。

 

『教えてもらうぞ。お前の前世のことを』

 

「ええぇ……教えなくたって問題なく戦えるじゃないっスかー」

 

 お前のためでもある、という言葉をコエムシはぐっと堪えた。

 "事実であってもそれを言ったら関係がどうしようもなくなってしまう"という一言はある。

 コエムシは言葉を選びながら、雄都に話しかけ続けた。

 

『お前には言っていなかったが、この世界の戦いの勝敗は我輩達にも影響がある。

 この地球が他の地球に勝利した数が、我輩達の世界にも利をもたらすのだ。

 具体的に言えば、我輩の世界が滅びる可能性が減る。

 前の地球の人間がコエムシとなって次の地球を手助けするのには、そういう理由がある』

 

「え、そうだったんスか? 初耳っスよ」

 

『言えばお前は、気負いすぎると思ったのでな』

 

 雄都のため、ではなく。コエムシの地球のため、という言い草を選ぶ。

 

『お前の勝敗は、我輩達の地球とも無関係ではないのだ。

 不安は出来る限り取り除いておきたい。隠すほどの話ではないのだろう?』

 

「ま、そーなんスけどね」

 

 雄都はコエムシに気を許していたからか、あるいは本当に隠すほどの過去話ではなかったのか、あるいは死を前にして自分のことを誰かに聞いて欲しかったのか。

 前世の終わり際の話を、コエムシに語り始めた。

 

「聞いてても面白くはないっスよ。ただのボクサー崩れの人生なんて」

 

『ボクサー崩れ?』

 

「バカだったんスよ。

 女の人のピンチ!

 男が集団で連れ去ってる!

 プロになったばかりだけどオレが!

 期待の新星とか呼ばれてるオレが! 助けるんだ!

 ……なーんて、調子に乗って。バカはバカらしく、相応の結末を迎えたっス」

 

 それは正義感であり、人情であり、使命感であり、人を助けようとする優しさだった。

 しかし調子に乗っていたことも、また確かなことで。

 最初の人生における雄都は報われず、『人助けの報い』を受けた。

 

「気付いたらオレは、鬱憤晴らしに一般人をボコった外道になってたっス。

 襲われてた女性は居なかったことになっていた。

 男達は善良な一般市民ということになっていた。

 アザもつけてないのに、医者は男達の骨が折れてるだの内臓が傷付いただの。

 記事を書いた記者といい、この捏造に何人関わってたのか結局は分からなかったっス。

 ライバルジムの陰謀だったってことだけは、後々分かったんスけどね」

 

『……なっ』

 

「一度火が着けば大炎上。

 グルじゃない人間も煽り立てて大興奮。

 自慢じゃないっすが、若手では強くて有名な方だったっスからね。

 ボクシング界に二度と戻れなくなるくらいには、叩かれた覚えがあるっスよ」

 

 人を助けるために自分が愛した格闘技を使い、愛した格闘技の世界から追放された。

 

「んで、転がり落ちて転がり落ちて夜の街。

 ボクシングが忘れられなくて、喧嘩売られたらすぐ買って。

 落ちて墜ちて堕ちてった先でよりにもよって、ヤクザの用心棒っス」

 

『……っ』

 

「バカっスよねー。

 ボクシングしかやって来なかったから、職も見つけらんなかったんスよ。

 勉強とかも全然してなくて、落ちぶれてからようやく色々気付いたっス。

 オレ、学生の頃から好きなことしかしてなかったんだ、って。

 だからボクシングが無くなったオレに、何の価値も無いのは当たり前なんだ、って」

 

 雄都は尊を"価値のある人間"と言った。

 それは逆説的に言えば、"価値の無い人間"を知っているということ。

 

「だから最後は、仲間に盾にされた。

 ヤクザが撃った銃弾が胸にズドン、ってね。

 価値が無い人間は、そりゃ盾くらいにしか使えないよな」

 

 そうして彼は死んだのだ。

 そうして彼は生まれ変わった。

 そうして彼はここに居る。

 

『何故……何故、そうやって死んで、他人を守る道を選んだ……?

 そんな人生を生きた後で、何故"女を守ろう"と……他人を守ろうと、思えるのだ……?』

 

 コエムシには分からなかった。そんな人生を生きた人間が、こんな風に生きている理由が。

 

「オレは、今でも信じたいと思ってる」

 

『何をだ』

 

「女の人を助けようとしたあの時のオレの選択は、間違いなんかじゃなかったんだって」

 

『―――』

 

「たとえ、結果がどうなるのだとしても。

 人を助けようとする選択は、間違いなんかじゃないんだって、信じたいと思ってる」

 

 あの時の後悔を抱えたまま、あの時の後悔を塗り潰すように、彼は戦い続ける。

 女を守ろうとして全てに裏切られ、全てを失った記憶を抱えながら。

 ()を守ろうという気持ちを幼少期から抱え続け、一貫させている。

 

「オレは証明したい。

 この世界は、人が生きる世界は……

 人を助ける人間が必ずバカを見る世界なんかじゃないんだって、証明したい。

 世界はそんな残酷じゃないんだって、もっといいものだって、証明したいんだ」

 

 "信じたい"という言葉と同じ意味合いで、雄都は"証明したい"という言葉を使う。

 

「悪かったのはオレをハメたやつと、巡り合わせと、オレの運だ。

 人助けが悪い結果に繋がることなんて滅多にないって、証明したい。

 オレが生きた世界じゃないどこか、平行世界のどこかには……

 あの時オレが何事もなく助けて、"ありがとう"と言われて、それで終わる世界だって、きっと」

 

 きっと、あるはず。

 

「きっと―――」

 

 橘雄都は、"価値のある人間を守って、今度こそ証明しないといけない"と言った。

 価値のある人間とは、日ノ本尊のことだろう。

 証明は、"人を守ろうとすることが『正義』である証明"……といったところだろうか。

 ちっぽけな正義だ。

 けれども雄都は、この正義の味方として、今この瞬間を生きている。

 

「……もしも世界が、人を助けようとした人間が、何もかも報われなくて当たり前な世界なら」

 

 逆に言えば、世界がそんな正義も許さないくらいに残酷ならば。

 

「オレは、世界に生きていたくない」

 

 彼はこの世界に生きている意味を、感じられなくなってしまう。

 十二の命を持っていたとしても同じことだ。

 人を守ることが間違っていないと証明できなければ、彼は十二個の命を全て自殺で使い切るだろう。

 

「コエムシ、約束しろ……約束して欲しいっス」

 

 雄都は自分以外の人間が操縦者として死ぬ可能性を排除した。

 戦う場所を選び、戦闘に誰も巻き込まずにここまでの戦いを越えて来た。

 あと四戦。

 四つの命を使い切った時、"それ"を証明できるのか……それは、雄都にすら分からないことだった。

 雄都は世界と、尊を守り続ける。

 あの時、女を守ろうとして、救いのない結末を迎えた過去を塗り替えるために。

 

 それは尊に向ける個人的な感情よりもずっと大きなもので、尊をもし守れなかったなら、彼はその瞬間に心のバランスをも崩してしまうだろう。

 

「この世界でオレ以外の人間は、誰も犠牲にしないって」

 

『オト……』

 

 死に怯えながら、生の中にある何かを証明しようとしている雄都を見て、コエムシは複雑な感情の入り混じった声を漏らす。

 だがコエムシの返答は、口にされる前に遮られてしまった。

 

「! 『敵』……!」

 

 九体目の出現。

 雄都とコエムシは目を合わせ、同時に頷く。

 二人は言葉を交わす時間も惜しんで、出現させたヘラクレスに搭乗した。

 

「敵は……」

 

 九体目の敵は、まるで弓兵のようだった。

 その体にいくつも接続された弓を引き絞り、地球を一周させようと思えばできそうなくらいの速度と勢いで、複数の弓矢を解き放つ。

 その矢の着弾地点付近に、避難途中の日ノ本尊が居るのが、ヘラクレスの目には見えた。

 

「―――!」

 

 雄都はヘラクレスを跳躍させ、尊を庇える位置の、誰も居ない地面に立つ。

 そして、両の腕とそこに付属している刃を全力で振るった。

 ボクシングの技を用いず、腕力任せにがむしゃらに振るうそれは、まるで暴風。

 暴風を引き起こすヘラクレスは、まるで狂戦士のよう。

 そうして全ての矢を海へと弾き、ヘラクレスはデフォルト装備のレーザーをチャージする。

 

「邪魔だッ!!」

『邪魔だッ!!』

 

 そしてレーザーを束ね、九本のドラゴン型レーザーとして解き放った。

 レーザーは光速だ。

 間に地殻があろうと貫通し、事前動作から予測しなければ回避はほぼ不可能。

 当然ながら、それが着弾した敵機体は見るも無残な姿になっていた。

 

『オト!』

 

「分かってる! まだやってない!」

 

 雄都はヘラクレスを跳躍させる。

 背中に"守ってくれてありがとう"といった声を受けながら、雄都は敵懐に飛び込んだ。

 そして上半分が無くなって中が見えるようになった敵コクピットを、握り潰そうとする。

 

「トドっ、め―――?」

 

 握り潰そうとする。

 握り潰そうとした。

 握り潰せなかった。

 

「……み……」

 

 雄都の思考に反応し、ヘラクレスが"検索対象"にモニターのピントを合わせる。

 避難する者達に混じっている日ノ本尊が、そこに居た。

 敵のコクピットの中の者達に混じっている日ノ本尊が、そこに居た。

 

 日ノ本尊が、二人居る。

 

「……ミコ……?」

 

 雄都がモニターの中の二箇所で、視線を行ったり来たりさせるも、モニターに映る二人の尊は変わらずそこに居る。

 

『バカな……』

 

「コエ、ムシ……これは……」

 

『平行世界の同一人物など、めったにあるものではないはずだ!

 この戦いにおいて、戦いの組み合わせの問題上、ありえないはずだ!

 同一人物が居る平行世界二つが選ばれ戦うことなど、めったに、めったに……!』

 

 ああ、そうだとも。

 平行世界同士が戦うのであれば、滅多にないことだが、こういうこともある。

 敵の地球に日ノ本尊が生まれ、日ノ本尊として育ち、日ノ本尊としてロボットの操縦者に立候補し、日ノ本尊の地球を守る……そういう、ことが。

 尊は操縦席に座ったまま、ヘラクレスを睨んでいる。

 

「ミコを……」

 

 つまり、尊を雄都が殺さなければ、この戦いの勝利判定は得られない。

 

「ミコを殺さないと、オレ達の世界を守れない……?」

 

 尊を守ると、雄都は誓った。

 それは彼の前世が残した強烈な意志があったから。

 ……そして、一人の個人として、日ノ本尊という人間を尊敬し、好ましく思っていたから。

 

「そんな……そんなこと……」

 

 手が震える。

 殺せと念じれば、ヘラクレスは尊を殺すだろう。

 神話の中のヘラクレスが、子供を殺した時と同じように。

 

 地上から、尊がヘラクレスを見ていた。

 コクピットから、尊がヘラクレスを見ていた。

 モニター越しだと、それが二人の尊に見られているように見えて、雄都の手は動かない。

 

「で……できる、わけ……!」

 

 思考がグルグルぐるぐる回り、言葉や単語が浮かんでは消える。

 

 敵。

 自分。

 尊。

 世界。

 敵の世界。

 今日まで潰してきた他の世界。

 殺した責任。

 世界と一緒に生き残った責任。

 前世の後悔。

 未練。

 執着。

 助けたい。

 守りたい。

 救いたい。

 殺さなければ。

 殺さなければ。

 本当は誰も殺したくない。

 殺さなければ。

 殺さなければ。

 殺さなければ。

 尊を殺したくない。

 守ると誓ったのに。

 48時間が過ぎれば二つの地球は終わる。

 ズタボロな敵の機体はもうヘラクレスを倒せない。

 ヘラクレスならトドメを刺せる。

 殺せ。

 殺せ。

 殺せ。

 

 今まで殺してきた責任を果たせ。

 

 この世界に生きる人間として、この世界を守る義務を果たせ。

 

「……れ」

 

 たったひとつの言葉だけを呟いて、雄都はヘラクレスの手を動かす。

 飛び散る血潮。

 死体になる尊。

 消えていく星。

 消滅する世界。

 二人の尊に見つめられながら、雄都は尊を握り潰す。

 

「許してくれ」

 

 雄都はコクピットの中で一人、涙を流しながら、絶叫した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦いが終わり、涙と声を出し尽くし、寝床で眠りに就いた雄都を見ながら、コエムシは謝る。

 

『すまぬ、オト』

 

 コエムシに表情があったなら、その顔は苦渋にまみれていたかもしれない。

 

『この星の人間が戦わなければならないのは、"引き継ぎ戦"を含めて13回。

 ……足らんのだ。お前が全ての命を賭しても、誰か一人は犠牲になってしまう』

 

 涙を流せていたならば、その顔に涙が流れていたかもしれない。

 

『誰も犠牲にせず、自分だけを犠牲にしてこの星を守るというお前の願いは、叶わない』

 

 雄都に真実を話さなかったこと、今なお話せていないことを、コエムシは謝罪する。

 

『叶わないのだ……』

 

 謝罪するコエムシの脳裏に浮かぶのは、ヘラクレスに乗せればとても強い戦士として戦ってくれそうな、雄都もよく知る、一人の少女の姿だった。

 

 

 


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