神様にヘラクレスの十二の試練を貰って転生した主人公がぼくらの世界で十二回死ぬ話 作:ルシエド
十体目。
既に失われた九の命を、今失われていく一つの命を、残る二つの命を噛み締めながら、雄都はヘラクレスを走らせる。
しかし、今回の敵には全く追いつけていなかった。
「速い……!」
『速さ自体はヘラクレスとそこまで差はないが、ヘラクレスは海上をロクに進めん!』
敵は槍を持った青色の高速移動仕様機。
それだけでなく、陸海空の全てを"走る"機能を持っていた。
対しヘラクレスはと言えば、空どころか海でもロクに動けない。
海中では地上の1/10程度の速度にまで減速してしまうほどだ。
その上、敵は動きがかなり慎重だった。
ヒットが滅多にないヒット&アウェイを繰り返しており、ヘラクレスの攻撃が当たらない距離、レーザーなども当てにくい距離を維持している。
ヘラクレスは敵が近付いて来た時にカウンターを狙うしかない。
なのに敵は、ヘラクレスがカウンターを狙えないタイミングを狙ったり、ヘラクレスが島を庇わなければならないタイミングを狙ってくる。
そして攻撃後、ヘラクレスに反撃される前にまた離脱するのだ。
ヘラクレスの頑丈さ故に決着は付いていないが、戦いは膠着状態に陥っていた。
敵は距離を詰めてからの槍投げで攻撃してくる。
槍が尽きた隙を狙えば、と一度は雄都も思ったが、あの槍は背中にストックされ六度までなら連続で投げても問題はないようだ。
距離を取られた時にリセットされることを考えれば、ここを突くのは現実的でないだろう。
『焦れるな……これで48時間をフルに使うタイプなら、後が厳しいぞ』
地球と地球の潰し合いは、48時間とリミットが設定されている。
この設定を聞き、操縦者達が考えることは大抵二つだ。
"48時間しかない"。
もしくは、"48時間もある"。
前者はこの時間を利用する。大抵は勝利に繋がらない何かのために。
例えば世界の全てを憎んだ人間が、戦闘から逃亡して敵の星の街の中に逃げ込み、敵の操縦者から姿を隠して"敵操縦者を殺す"という勝利条件を誰も満たせなくすることで、二つの地球を両方消滅させようとするとか。
後者は戦闘時に48時間をフルに使う。
48時間絶えず攻め続ける、あるいは攻め続けているように見せかけることで、敵操縦者の体力と精神力を尽きさせるのだ。
今回ヘラクレスに挑んでいる『敵』は、露骨に後者だった。
そうして手を尽くしたところで、勝てる相手でもないのだが。
「なら、攻撃したくなるような隙を用意してやるだけのことっスよ!」
ヘラクレスは雄都の指示に従い、装甲の一部と右腕をパージし、再接続する。
接続にエネルギーをだいぶ喰われたが、そこはヘラクレスの出力だ。何も問題にならない。
そうしてヘラクレスは、自分の右腕と装甲板で作り上げた、まるで岩から直接削り出したかのような形状の、切るのではなく叩き潰すための斧剣を左腕で振るう。
目に見えて、防御ではなく攻撃に偏らせた形態だった。
ヘラクレスの装甲が減ったため、敵の赤い槍がその体を貫ける状態になる。
しかしヘラクレスは雄都の反応速度と戦闘経験も合わさって、その斧剣を縦横無尽に振り回し、飛んで来る赤い槍の全てを叩き落としていく。
この距離からならば、槍の発射と着弾の間に時間の差が生じるために、対応できるのだ。
青色の敵が、今のヘラクレスに攻撃を叩き込む方法は一つ。
接近し、槍の発射と着弾の時間差を極限まで削った槍の六連射を決めることだ。
青色の敵の操縦者には、今のヘラクレスが焦っているように見えた。
防御を削って攻撃に偏らせたことといい、持久戦に焦り、勇み足を抑えきれずに攻めて来たように見えたのだ。
そう見えるような動きを、意図して雄都は演じていた。
先程まで、圧倒的な攻撃力と防御力を見せ、青色の敵の操縦者を絶望的な気持ちにしていたヘラクレス。そんなヘラクレスが見せた隙に、見せた勝機。
地獄に垂らされた一本の糸を見つけたような気持ちで、青色の敵はこれに食いついた。
青色の敵はヘラクレスに一気に接近し、その周囲を一瞬でぐるりと一周し、一周する間に六本の赤い槍を発射した。
槍は装甲の減ったヘラクレスの全身をくまなく突き刺し、突き刺し、突き刺し……けれども、コクピットだけは貫けなかった。
「かかった」
場所が分からないコクピットを貫ければ勝ちで、だからこそ全身をくまなく突き刺そうと考えた青い敵の思考は、雄都に完全に読みきられていた。
雄都はヘラクレスの機能を使い、360°からの攻撃全てを目視し、ヘラクレスの持つレーザー機能の全てを一点集中。一本の赤い槍を焼き尽くし、コクピットを守りきっていた。
赤い槍は、ヘラクレスの
「これで、決めっ……げ、ぼっ」
『オト!?』
ヘラクレスはそのまま、追撃に斧剣を振り上げる。
だが、振り下ろされない。
突如雄都が吐瀉物を嘔吐して、コクピットの中で倒れてしまったからだ。
『しっかりしろオト! どうした!?』
動きを止めたヘラクレスを見て、青色の敵の操縦者は勝利を確信する。
そしてコエムシが雄都に声をかけるも、雄都は胃の中身を全て吐き出しながら、自分に言い聞かせるようにぶつぶつと呟いている。
「大丈夫……大丈夫……今のオレは、死んでない……まだ苦しくない、だから死んでない……」
『……お前』
死とは、何にも勝る苦痛である。
死よりも恐ろしいものはない、と言う者も多い。
それを短期間に九回。最初の人生におけるものも含めれば十回、彼は死んでいる。
英雄の精神があれば、死の連続にも平然と耐えるだろう。
だが雄都は、そんな上等な精神の構造はしていない。
敵を殺す段階になり、"死"を意識したその瞬間、雄都をフラッシュバックが襲っていた。
『何故、今日まで黙っていた! 答えろオト!
いや、答えなくていい! まずは落ち着け! 今ここにある自分の体の感覚を優先しろ!』
今日まで雄都が死の実感に苦しんでいたこと、そしてコエムシに心配させないためにその苦しみを隠していたことに、コエムシはようやく気付く。
自分の不甲斐なさからつい語調を荒げてしまうが、すぐに雄都への心配が勝る。
雄都は言葉にならない呟きを、言葉にならない声に変え、言葉にならない叫びを出しながら、立ち上がる。
そして勝利を確信し、動きを止めていた青色の敵へ一歩踏み込み、斧剣を振り下ろした。
「■■■■■■■■■■■―――!」
声にならない咆哮を発しながら、敵の機体を粉砕する雄都。
喉を流れる吐瀉物で声は噎せ返り、その咆哮には濁音が混じっていた。
『や……やった、のか……?』
コエムシが声を漏らした直後、この地球の勝利判定が出る。
また100億の人間を殺し、命を殺した実感が、雄都を蝕む。
「げほっ、げほっ、がほっ、かっ、カッ、おぶぇ、え゛ッ……!」
もう胃液以外の何も出ないくらいに、雄都は吐いていた。
コクピットの中が汚れ、雄都のためにコエムシが吐瀉物を片付けつつ、新鮮な空気を入れる。
胃液は無色透明であるはずなのだが、今雄都が吐いている胃液には色があり、それがそのまま彼の体と心の状態を表しているかのようだ。
「はぁ……はぁ……ごめんっス、コエムシ。黙ってて」
『そうではない、そうではないのだ、謝って欲しいわけではないのだ……』
「……もうじき死ぬ奴に、気ぃ使ったってしゃあねえっスよ」
軽くて明るい印象を受けさせるための取り繕った話し方が、今は痛々しい。
「あと二回」
あと二回戦えば、彼の命はそこで尽きる。
「オレは、この命の役割を果たしきってみせるっス」
『オト……』
二人は帰路につき、無言のまま家に帰った。
コエムシが何度か話しかけるが、雄都はほとんど喋っていない。
『人間が美味いものを食おうとするのは何故か。
食べ過ぎなければ体にいいものを、美味いと感じるように出来ているからだ。
人間は何故増えるのか。
子を成す行為に関連するものを、気持ちいいと感じるように出来ているからだ。
人は何故死を恐れるのか。
死に繋がるものの全てが、苦しく、痛く、耐え難いものに感じられるように出来ているからだ』
「……」
『神様とやらは上手く作ったものだ。
オト、死を恐れていると知られることは恥ではない。
死の恐怖を抱え込むな。
もっと吐き出していいのだ。我輩が受け止めてやる』
コエムシが何度励ましても、雄都は曖昧に笑って、一言だけ言い、それで終わらせてしまう。
「ありがとう」
言葉が響いていない実感だけが、降り積もっていく。
家についてすぐ、雄都は食事も取らずシャワーだけ浴びて、自分の部屋に戻っていった。
食欲なんて、湧いて来るはずもなかった。
「ちょっと、一人にして欲しいっス」
『オト』
「大丈夫。オレは大丈夫っスよ」
コエムシに一人にしてもらい、雄都は布団の中で丸くなる。
頭の中に想いが浮かび上がっては消えて、彼の心はかき混ぜられていった。
死が迫る現実。
自分という存在の終わりの実感。
人を殺した罪悪感。
他の世界を消滅させた自責の念。
日ノ本尊を握り潰して、殺した記憶。
(―――ッ)
頭の中の想いに、押し潰されそうになる。
(オレは……オレは……オレは……オレは……オレは……オレは……オレは……)
就寝時、部屋の電気を消した後、夜の闇が雄都を包み込む。
この時間もまた、雄都の心を蝕む。
もう寝なければ限界だ、と軋みを上げている体と脳。
覚醒状態のまま、睡眠の邪魔をする思考と脳。
夜の闇の中、感じられる孤独。
このまま眠ってしまえば、闇に喰われてしまいそうだと雄都は怯える。
十度の死で、彼は知っているのだ。
死の直前に見る『闇』は、この夜の闇とどこか似ているのだということを。
いつしか微睡み、彼は薄い眠りにつく。
小さな物音でも飛び起きるような浅い眠りだが、コエムシが雄都の部屋に余分な音が届かないように手を尽くしたため、彼の貴重な眠りは守られていた。
夢の風景は、雄都の二度目の人生の小学生だった頃を映し出す。
小学生の雄都が、いじめる子供達と、いじめられる子、その間に立ちはだかる少女を見ていた。
どこにもでもある形の教室、どこにでもある加虐の形。
"女を助ける"という行為自体に躊躇いがある雄都は、ただ見ているだけ。
他人事のような顔をしている雄都の視界の中で、子供達は徐々にヒートアップしていった。
「どけよ!」
「そーよ!」
「じゃまよ!」
「嫌だ! 絶対にどかない!」
多勢に無勢。
それでも少女は手を大きく広げ、多勢に立ち向かい続けている。
幼い子供特有の、意固地になって後に引けなくなったわけない。
その目には、確かな信念があった。
「叩かれたら誰だって痛い!
それを知ってるのなら!
叩くのも、叩かせるのも、させちゃいけないんだ!」
「―――」
その言葉が。
周囲の全てと敵対しても、毅然としたその姿勢が。
揺らがぬ強い目が。
幼いその身に宿る、生来の強い在り方が。
迷いなく人を守る姿が。
"女を助ける"ことにトラウマを持っていた雄都に、この人生で初めての決断をさせた。
「これは間違ってることだから! だから私は、間違ったことなんて絶対にさせない!」
「なんだと!」
カッとなった男の子が、少女に向けて拳を振り上げる。
少女が目を瞑る。
そこで雄都は割り込んで、男の子の拳を受け止めた。
「え?」
雄都は脅しに、男の子の眼前に寸止めの拳を放つ。
拳の速度も精度も大したものではなかったが、"人の顔を容赦なく殴ろうとした精神性"と、"顔に向けて放たれた拳"という二つの道が、男の子の心をポッキリ折っていた。
「ひゃ、ひゃうっ!?」
「今日はやめとくっスよ。オレ以外の誰かが他人を殴ったなら、オレもそいつを殴るっス」
雄都の参入に肝が冷えたのか、ヒートアップしていた子供達の間に戸惑いが広がる。
教室の外からは、先生が教室に近付く足音が聞こえて来る。
少女は雄都の背中を見ながら、雄都の背中に問いかけた。
「なんで……助けてくれたの?」
雄都はつまらなそうな顔で、"価値のある人間を守る"、"女を助ける"といった考えから助けた少女の声を、背中に受ける。
「男は女を守るもんなんだ」
そんな言葉が自分の口から出て来たことに、雄都自身が一番驚いていた。
日ノ本尊は夢を見る。
自己研鑚を始めるきっかけとなった、あの日のことを。
「これは間違ってることだから! だから私は、間違ったことなんて絶対にさせない!」
「なんだと!」
少しだけ心細かった。
けれど尊は、自分のこの行動が間違っているだなんて、思いたくなかった。
だから、迷いなく人を守るために体を張る。
男の子が拳を振り上げたのを見て、尊は覚悟を決めた。
痛みを覚悟し目を瞑った少女であったが……いつまで経っても、痛みが来ない。
恐る恐る目を開けると、そこには頼り甲斐のありそうな背中があった。
「え?」
尊を庇った少年は、尊と友達でも何でもない。
助ける義理などないはずなのに。
なのにその少年は尊を庇い、拳を男の子の鼻先に突き付け、暴力にまで発展したいじめを止めてみせた。
「ひゃ、ひゃうっ!?」
「今日はやめとくっスよ。オレ以外の誰かが他人を殴ったなら、オレもそいつを殴るっス」
雄都が振るった拳が、"自分が殴られるかも"とこの場の全員の思考に
もう今日のところは全部うやむやになり、いじめが続行されることはないだろう。
顔も見えない雄都の背中に、その時、尊は見惚れていたのかもしれない。
「なんで……助けてくれたの?」
尊はその背中に問いかけた。
「男は女を守るもんなんだ」
古今東西、体を張って人を守り、"暴力"と言われることも覚悟で人を守ろうとする者が、何故人々に『ヒーロー』と呼ばれるのか。
この日、尊は心に沁みるように理解した。
彼女の目には、橘雄都が、理由もなく人を助けられる人間に見えたから。
そんな夢から、尊は目を覚ました。
「ふっふーん……いい夢見たなあ……」
楽しい記憶。
愛しい記憶。
誇らしい記憶。
それらを抱えて、尊は軽い足取りで登校を始める。
学校に行けばまた会える、だなんて思いながら。
「おはよ、オト」
「おはよーっス、ミコ」
そして、胸が高鳴っていることを自覚しながら、笑顔で雄都に朝の挨拶をしていた。
「宿題はやって来た?」
「そりゃ勿論っス。
ミコはいい加減オレが宿題忘れて来るの期待すんのやめねっスか……?」
「期待なんてしてないわよ」
「いーやしてるっス。宿題見せたそうな顔毎回してるっス」
二人はなんてことのない言葉を交わしながら、自然と屋上へと足を運んでいた。
尊が話して、雄都が笑う。
雄都が話して、尊が笑う。
とりとめのない話が、雄都の心を蝕んでいた昏いものを、少しづつ溶かしてくれていた。
「ね、オト」
「なんスか?」
尊が雄都に話しかける。
けれど尊は何も言わず、雄都は首をかしげてしまう。
「……ね、オト」
「だからなんスか?」
二度目ともなると、雄都は首をかしげるだけでなく、違和感も抱く。
何か言いたいことがあるのに、言い出せないでいる様子の尊。
いつの間にか空気が、少し重くなっていた。
「オト」
「だから……」
「あのロボットに乗ってて、危なくないの?」
「―――」
そうして。
尊は"最初から全部知っていた"ことを、雄都に明かした。
「本当は、ずっと知らないふりしてるつもりだったんだけど……
でも最近のオト、隠してるんだろうけど、見るからに元気が無いから」
「いつから……?」
「最初から。雄都が最初に、あのロボットに乗って私達を守ってくれた時から」
「……!」
「だって、戦い方があの時私を庇ってくれたオトそのものだったんだもの。
人を守る時のロボットの背中が、オトが人を守ってる時の背中と似てたんだもの」
「そんなちょっと、見ただけで?」
「見れば分かる。私には分かる。だってあなたは、私のヒーローなんだから」
「!」
尊は雄都を理解しているということを誇る。
それを誇らしく思い、誇らしそうに胸を張っている。
雄都を格好良いヒーローだと断じる今の尊は、疲弊し摩耗している雄都の目には、今の自分よりもずっと格好良く見えた。
「ずっと言いたかったんだ。ありがとう、オト。私達を守ってくれて」
正体を隠し、誰にも賞賛されないままに世界を守るヒーローにとって。
この世界を守るため、他の世界を苦悩しながら滅ぼすヒーローにとって。
物語の終わりに、必ず死ぬ運命を押し付けられたヒーローにとって。
その言葉は、これ以上ないくらいに最高の救いになった。
「守ってくれて、とっても嬉しかった」
「―――」
その言葉で、二回の人生の全てが、過去の自分の選択の全てが、報われたような気がした。
(……ミコ……!)
人を守るという行為そのものへの肯定。
人を救った行為に対しての感謝。
前世で善行を悪行と捏造され"悪行の報い"を受けた雄都にとって、"人を助けて報われた"に等しいこの感謝は、例えようもなく嬉しいものだった。
雄都はその嬉しさを、ぐっとこらえて飲み込んで、顔にも口にも出さないようにする。
この感謝だけで十分だった。
最後の最後まで、残りの短い人生を走り切れる気がした。
だから誤魔化そうとしたのだ。
橘雄都は、自分が死ぬ時は誰も悲しませず、生死定からぬまま、消えるように死にたかった。
「……なんのことっスか?
たぶん錯覚とかそういうのっスよ。あんなロボットに乗る筋合い、オレには無―――」
尊が自分の死を確信できないように、尊が自分の死に悲しまないように、雄都はこの世界を守るために命を使い切った後、誰にも死を気付かせないまま自分の死体をコエムシに消してもらうつもりだった。
その方針を、彼は無理に続けようとする。
確信に至った尊を、とぼけるだけで騙せるはずがないというのに。
悪足掻きをしている雄都を、見ていられないとばかりに出て来たコエムシがたしなめる。
『話すべきだ、オト』
「! コエムシ、ここであんたが出て来たら……」
「ぬ、ぬいぐるみが浮いて、喋ってる!?」
コエムシの出現に、雄都と尊が驚く。
驚きの理由は、それぞれ違ったが。
『お前には理解者が必要だ。
お前にとって大事な人で、お前が寄りかかれる、お前が内心を吐露できる人間が』
「何を……!」
『どの道、お前が全ての戦いを勝ち抜いたとしても"コエムシ役"は必要だ。
誰か一人は巻き込まなければならない。
この星の人間は一人、次の地球の人間を支えるナビゲーターにならねばならん』
「っ!」
コエムシ役は、この戦いで唯一ロボットに殺されないポジションだ。
安全と言えば安全であるし、酷な役目と言えば酷な役目でもある。
コエムシは"次のコエムシ役"を引き合いに出し、雄都を支える人間として尊を据えようとしていた。支える人間が居なければ、あと二回の戦い、雄都の心が保つか怪しかったから。
「それでも、余計なお節介っスよ、コエムシ……」
『神は見る者によって形を変える。
そしてお前は"人の形をした光の渦"に見えたと言ったな。
ならばお前は、心の底では本当は、光を求めていたのではないのか』
「―――」
『余計で構わん。その余計が、お前の光になってくれるのならば』
コエムシの目的は二つ。
この地球を勝たせて、自分の地球の未来を少しでも良いものに変えること。
そしてもう一つ。
橘雄都に、せめて何か救いを与えること。
『まずは我輩から話そう、日ノ本尊。
その次には雄都も全てを話すだろう。
お前には全てを知り、その上で雄都を支えてもらいたいと、我輩は思っている』
そのためならば、雄都の運命を知り、尊が絶望したとしても構わなかった。
その絶望を尊が乗り越え、雄都を孤独な戦いから救ってくれるのであれば、構わなかった。
全てを知った尊は、驚愕した。
信じられないものを見るような目で、雄都とコエムシを交互に見ている。
声もどこか、震えているようだ。
「そ、そんなことって……!」
『事実だ』
現実を受け入れられない尊を、コエムシが断じる口調で切って捨てる。
「そうだ、わ、私が操縦者になれば……!」
『お前が操縦者になっても、操縦者になれるのはオトの全ての戦いが終わってからだ。
オトが死ぬことは変わらない。変えられない。そこだけは、不動の事実なのだ』
「そん、な……そんな……」
尊が希望を探して、コエムシに何かを問う。
コエムシが極力感情を出さないように、それに答える。
そんな問答が何度も続いた。
十、二十と問答が繰り返されるたび、尊の内に絶望が募る。
尊が希望を思いついてはコエムシが否定する、どちらも得をしない問答の応酬。
いつしか尊は、何も口に出さないまま
"こうすればオトは助かるんじゃないか"と尊が口に出し、コエムシが否定するという形から、尊が口に出す前に心の中で自ら否定する形になってしまっていた。
だが、尊の心は強い。
彼女はやがてその事実を心の中で消化し、雄都と目を合わせられるまでになっていた。
「ミコ」
「オト……」
「ちょっとだけ、弱音吐いていいっスか?」
「……いいよ」
雄都と目を合わせて、尊は気付く。
自分の本音を取り繕わなくなった雄都の様子は、酷いものだった。
憔悴して、疲弊して、摩耗していた。
笑顔で取り繕うのをやめた雄都は、目の下の隈や
弱々しく、痛々しい。
だからだろうか。隣に大慌てしている人間が居ると、かえって冷静になるように。
砕け散る寸前の砂の城に近い今の雄都を見て、尊は弱さを抑えて強く在ることを選べた。
「死ぬのが怖い。オレ、死ぬのが怖い。
他にも色んな気持ちがあって、だから戦えてるけど……オレは、死ぬのが怖い」
死を恐れながら、死を受け入れながら、雄都は尊に本音を漏らす。
押し込んでいた本音が、ヒビだらけの器から漏れ出るように。
「いいよ」
「……ミコ」
「なら、もう、いいよ。頑張らなくていい。あなたはもう休んでいいって、私が言うわ」
尊はその本音を聞いて、雄都に『別の形の救い』を提示した。
「死にたくない人が自己犠牲にならないと続かない世界なんて、続く価値はない。
少なくとも私はそう思う。
世界のために死ななくちゃいけない責任なんて、誰も持っていないはず!
ここで終わりにしよう! そして残りの短い時間、好きに生きよう、ね?」
あとどのくらいの時間があるかは分からない。
けれど、十一体目の敵が現れるまでの時間と、十一体目が現れてから最高で48時間の間は、好きに生きることができるはずだ。
尊はその時間を自分のために使えと、雄都に言う。
自分の死と、世界の滅亡を前提とした上で。
雄都はそれを聞き、静かな笑みを浮かべて、首を横に振った。
「ダメっス。却下っス」
「なんで!」
「君が死んでしまうから」
「―――」
真っ直ぐに、伝えられる言葉。
「いいんスよ、これで。
人生なんて本来一回こっきりなのに、その人生の後悔を無くす機会を貰えた。
それだけで十分過ぎるくらいに、幸福なはずっス。それに何より、君がこの世界に残る」
「……オト……オト……!」
もう雄都自身にも、自分が取り繕っている時の口調なのか、自分が取り繕う余裕も無くしている時の口調なのか、分からなくなっていた。
けれども、語る言葉は間違いなく本音であった。
「ミコ、一つ頼んでいいっスか?」
「何? なんでも、なんでも、オッケーって言うよ……?」
「オレのこと、覚えておいて欲しいっス。
そして出来る限り長く生きていて欲しいっス。
君が生きていることが、オレが生きた証、オレが守るために戦った意味だから」
「―――っ!」
たとえ、戦いの果てに雄都が死したとしても。残るものは、ゼロではない。
「君がオレを、ヒーローと呼んでくれるなら」
自分がヒーローになれない人間だと知っていても。雄都は、自分をヒーローだと呼んだ少女の気持ちに、自分らしく応える。
「せめて、ヒーローらしく死なせて欲しい」
「……う、ぁ……!」
そうして話に一区切りがつき、コエムシが現れる。
『……オト。すまない……すまない……!』
「分かってるっスよ、コエムシ。コエムシのせいじゃないっス」
『敵だっ……!』
「! 待って雄都、行かないで!」
敵の襲来。
十一度目の戦いが始まる。
最初に十二個あったはずの命の、十一個目を使い切る戦いが始まる。
服の裾を掴んで止めてくる尊の手を優しく外し、雄都はその手を握ってから、優しく諭す。
「行くさ。この道を行くって決めたんだ。
一度は進もうとした道を外れて、過去の自分の選択を疑ったオレだから……今度こそ」
力づくでも行かせない、と尊は雄都の手を強く握る。
「―――オ――」
雄都の手を握り、雄都の名を呼びながら、尊がまばたきをしたその一瞬。
「――ト―――!」
その一瞬で、雄都はヘラクレスの中に転送される。
握っていた手の中から、雄都の体温が消えた。
尊は何も握っていない自分の手を見て、その手で顔を多い、泣きながらその場に崩れ落ちた。
十一体目の敵は、剣士とでも言うべき敵だった。
ヘラクレスの本来の出力に雄都が気付いていなければ、おそらくはその鎧のような装甲と剣のような武器に、真正面から力押しで破れていただろう。
雄都が操るヘラクレスは、そんな敵にすら反撃を許さず、両の腕の刃もどきを超高速で叩き付け続ける。
(オレは、幸せな奴だな。……できれば、長生きできてたら、もっとずっと幸せだったのに)
敵剣士は後方に跳躍し、その剣を振るう。
おそらくはそのロボの切り札なのだろう。ヘラクレスのレーザーに似て非なるビームを、振るった剣の刃の部分から解き放った。
500mはあろうかというヘラクレスを飲み込み、決定的なダメージを与えるであろうそのビームを、雄都の速い対応とヘラクレスの跳躍力のコラボレーションが回避する。
(だけど、いい)
全てのステータスがずば抜けた理性ある狂戦士に、生半可な攻撃は通じない。
(これでいいんだ)
ヘラクレスは
振り上げられた両腕から、斬撃とも打撃ともつかない乱舞が放たれた。
「―――ヘラクレスは、強いな」
敵を圧倒しながら、雄都は今日まで一緒に戦ってくれた『仲間』を褒める。
そして心の中で感謝する。
機械は何も答えない。だが、こうして口にすることに意味があった。
「やっちまえ、ヘラクレス!」
叩き潰される剣士の機体。
消滅していくもう一つの地球。
一方的な蹂躙という形で、雄都の手の中に転がり込んで来た勝利。
十一個目の勝利判定を、橘雄都は掴み取る。
橘雄都の命の残数、残り一つ。