神様にヘラクレスの十二の試練を貰って転生した主人公がぼくらの世界で十二回死ぬ話   作:ルシエド

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 宇宙が幾多の並行世界を巻き込み、こんな風になる前のこと。

 『神』『自然現象』『根源』と、様々な宇宙で様々な呼び方をされるモノが、宇宙の可能性淘汰を始める前のこと。

 どこかの宇宙、どこかの場所、いつかの時間で、老婆が最後の結界を破壊していた。

 

「みつけた……」

 

 老婆は体の一部を機械に置換している。

 それだけでなく、強い生命の一部を取り込んだであろう部分、高位の霊的存在を接いだ部分も目に見えていた。

 自分で自分の体を改造した部分も、他人が老婆の体を欠損させたであろう部分も、ところどころにあるようだ。

 老婆は病魔と老衰に蝕まれているようにも見えるが、それよりもずっと体の中身がボロボロな方が深刻で、それよりも更に魂がズタボロな方が深刻だった。

 

 老婆が壊した結界の中心点には、魔法陣があった。

 魔法陣の中心には、和服を着た女性のミイラ。

 その手と一体化した黄金の杯は、古きモノでありながら今も変わらぬ輝きを保っている。

 杯の中には、英霊十騎分はありそうな無色の魔力が満ち満ちていた。

 

 それはどこかの世界、どこかの宇宙、どこかの地球で、どこかの誰かが作ったもの。

 根源とも、「 」(から)とも、地母神の母の具現化とも、聖杯とも呼ばれるもの。

 根源の渦とも、それの一部であるとも、それに接続するものとも呼ばれるもの。

 

 けれども根源の渦そのものでないことは確かで、人が作ったものであることは間違いない。

 

「やっと……やっと……」

 

 老婆は七騎の英霊と七人の魔術師を悪辣な手段で全て打倒し、ここにようやくやって来た。

 

「あのひとに……もういちど……あいたい……」

 

 けれども、老婆が求めたものに老婆が触れたその瞬間、老婆の命は燃え尽きる。

 

「……あい、し……て……」

 

 人の願望をそのまま世界に形にするそれに、想いだけが届く。

 死の直前の老婆の、擦り切れた想いだけが届く。

 理性による理論立てられた願いではなく、ぼんやりとした想いだけが届く。

 

 "もう一度会いたい"という引力。

 "そんな世界なんて要らない"という世界の選別方式。

 その二つが、幾多の並行宇宙全てに闘争の運命を上塗りする。

 

 そうして、特定の人間だけに向けられる神の見えざる手(ゴッドハンド)は、この宇宙に発現した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『我輩達の世界には、"人理"という言葉がある。この世界には無いようだが』

 

「人理?」

 

『人類をより長く、より確かに、より強く繁栄させる為の理……人類の航海図。

 これを我輩達の世界では人理と呼ぶ。人の理と書いて、人理だ』

 

 水平線が見える、小高い丘の上にある公園。

 そこのベンチに座る雄都と、その肩に座るコエムシ。

 

『人類史には、礎と定められた人の理がある』

 

「素敵な言葉っスねえ」

 

『何故そういう風に言われるのか。

 仮にタイムマシンなどでこれを消せば、人類史が消えるからなのだそうだ。

 そして人類史が消えても、これを復旧させ守りきれば、蘇らせることができるからだとか』

 

 二人はなんてことのない雑談を交わしていた。

 少しだけ楽しい、心が大きく揺れることもない、ちょっとだけ救いがある、そんな会話の応酬。

 

『所詮実証などできない仮想理論だ。

 だがこれは、我輩達の世界にヘラクレスが来てから実証された』

 

「え?」

 

『コエムシには、コエムシになった時にある程度宇宙の真理を知る権利が与えられる。

 我輩達の世界に現れたコエムシは、こう語ったのだ。

 この世界の空間には、かつて存在していたモノの履歴が刻まれてるのだと』

 

 それはここではない世界、宇宙の話。

 

『もしもの、話だが』

 

 どこか遠くの、ありえるかも分からない、夢見るような幻想の話。

 

『空間の履歴を辿り……

 既に失われた人類史を取り戻し……

 この狂った、宇宙同士の潰し合いを無かった事にして……

 全てを取り戻そうとする者達が、どこかの宇宙に居るとしたら……

 人の理が継続されることを保証するような機関が、どこかに居てくれれば』

 

「ファンタジーっスねえ。嫌いじゃないっスけど」

 

『だろう? 我輩もこういうのは好きだ。

 救いがない現実の中で、なんとなく救いがあるような気になれるからな』

 

 それは妄想や創作の類の話であった。

 コエムシは思いついたことを適当に話しているだけで、雄都も真に受けずに話に乗っているだけで、二人の話は雑談の域を出ていない。

 けれども、話していて肩の荷が下りるような、気楽な雑談だった。

 

「でもそういうの、オチは皆全てを忘れて平和に暮らしましたー。

 とかじゃないっスかね? 忘れるのは、個人的にはあんま好かないっスが」

 

『何、仮にそうなっても、我輩達は全てを忘れず、何かを覚えているだろう』

 

「どこで覚えてるっていうんスか?」

 

 コエムシが、ニッと笑う。

 

(ここ)にだ』

 

 雄都もまた、ニッと笑う。

 

「いいっスね。宇宙がどうなっても消えないもの。無くならないもの。大切なもの」

 

 二人の会話は、死を覚悟した軍人の会話にどこか似ていた。

 意味がなく、ちょっとした笑いがあって、悲惨な現状に不釣り合いな楽観がある。

 二人の会話は、明日に死線に投入されることを運命付けられた軍人が、空を見上げて語り合う光景にどこか似ていた。

 

 ベンチに座る二人の視線の先で、水平線と太陽が交わっている。

 

「ん?」

 

 早朝の静かな公園に、雄都のものではない足音が聞こえ始める。

 雄都がそちらに目を向ければ、見慣れた少女が息を切らせて膝に手を付いていた。

 

「はぁ……はぁ……やっと見つけた……」

 

「……ミコ」

 

「私の見てない所で死のうとするって、猫かあんたは……!」

 

 雄都とコエムシは、最後の戦いの予感を胸に、早朝にこの公園にやって来ていた。

 すぐに戦う場所を海に移せる位置であり、また、死の前に見るには最高と言っていい景色を見ることができる場所でもある。

 尊も嫌な予感を感じ、彼らを探していたようだ。

 雄都達が黙って消えた分だけ探すのに苦労して、雄都達が戦いを始める場所を合理的な思考で決めた分だけ早く見つかった、といったところだろうか。

 

「もう! ホントにもう!」

 

「わ、悪かったっス、ミコ」

 

「今更私の目の前で死なないように、なんて気の遣い方しないでよ!」

 

 ぷんすかしている尊に、愉快そうに笑うコエムシ、困った顔の雄都。

 

「……ちゃんと雄都が逝くのを看取って、ちゃんと泣いて、あなたの死を悲しむから……」

 

「ミコは本当に……良い奴っスねえ」

 

「良い奴なんかじゃない。でも、少しでも良い死に方をさせてあげたいって……思ってて……」

 

 尊は泣きながらでも、悲しみながらでも、死んでいく雄都を見送るだろう。

 少しでも雄都が満足して逝けるなら、そうするはずだ。

 雄都はそんな尊を眩しいものを見るような目で見ながら、何故か徐々に赤くなっていく尊の顔を見て、不思議そうにする。

 

「……思ってて……」

 

「ミコ?」

 

「……思っ……思ってて……」

 

 最初はほんのり赤かった。

 十数秒経った頃には、ゆでダコのように真っ赤になっていた。

 今や目がグルグル回っているような表情になっている。

 見るからに正気ではない。

 そして、頭に昇った血が、冷静さを失った尊を暴挙に走らせた。

 

「ミコ、ホントにどうし」

 

「ええい、ままよ!」

 

 立ち上がってミコの顔を覗き込む雄都。

 だがそこで、ミコが突如踏み込み距離を詰めた。

 触れ合いそうになる唇と唇。

 尊の踏み込むタイミング、踏み込みの仕方、意識の隙間を突くやり方、どれも完璧と言っていいものだった。

 

(回避ッ―――!)

 

 しかし雄都は、ボクシング特有のステップで軽やかに後退する。

 離れる唇と唇。

 いかな尊と言えど、一人の力では彼から唇を奪うなど不可能であった。

 そう、一人では。

 雄都の後頭部が押される。後ろから押される。

 コエムシだ、と気付けたのは、雄都の後ろに居るコエムシが見えていた尊だけだった。

 

(回避不可ッ―――!?)

 

 コエムシに後押しされた女の意地が、男の意地を貫いた。

 触れ合う唇と唇。

 尊の一つの人生、雄都の二つの人生において、初めてのキスだった。

 

「ふ、ふふふ、ふふ……」

 

「み、ミコ……」

 

「雄都がどうだかは知らないけど! 私のファーストキス叩き込んでやったぁ!」

 

 尊の顔は絵に描けないレベルの状態になっていた。

 顔はリンゴのように真っ赤。

 嬉しさと恥ずかしさで表情が定まっていない。

 感極まったのか涙まで出ている。

 声が裏返って、視線は泳いで、ちょっと息が荒い。

 

「あばばっばば、顔から火が出る火が出る」

 

「ミコ、ミコ? 落ち着こう。一番困惑してるのはオレっス」

 

『いやあ、我輩が多分一番楽しんでるな』

 

「コエムシぃ……」

 

 ジト目でコエムシを見る雄都の顔を引っ掴み、尊は自分の方に向けさせる。

 彼女の顔は少し落ち着いた今もちょっと赤かったが、その目は真剣だった。

 

「ね、オト。これが私のファーストキス。そして、ラストキスにする」

 

「え?」

 

「もう誰にもキスしないって約束する。

 私はずっと、あなたを好きで居続ける。

 たくさん考えたんだけど、これくらいしか私にはあげられるものがなかったから」

 

 彼女なりの、雄都への手向け。

 彼女なりの、世界を救って死ぬ英雄への報酬。

 彼女なりの、感謝と恋を形にしたもの。

 このキスを最初で最後のキスにして、この恋を最初で最後にする。

 そういう誓いを、彼女は橘雄都という一人の男に誓おうとしていた。

 

「手垢が付いてる話だけど、『永遠の愛』。これ、あげる」

 

「ミコ……」

 

「だから……」

 

 ありきたりな話なら、ここで男は女の愛を受け止めて、死んでいくのだろうか。

 ありきたりな話なら、そうして女は永遠の愛を誓って、一生貞操を守っていくのだろうか。

 けれど、雄都はその選択肢を選ばなかった。

 雄都は一世一代の告白をした尊に、"もう一度今度は自分から"キスをする。

 

「これで、ラストキスじゃなくなったな」

 

「……ぁ」

 

「ラストキスは、もっと君を大切にしてくれる伴侶(ひと)にあげなさい」

 

 雄都は本音を語る時の口調で、尊を諭す。

 

 尊は雄都に恋をしていた。

 雄都が尊を一人の女として見ていたなら、尊に対しほんの少しでも独占欲に近いものを持っていたなら、彼は二度目のキスをしなかっただろう。

 尊の最初で最後のキスという誓いを受け入れていただろう。

 けれども彼は、彼女の最初で最後のキスという誓いを壊した。

 それは、彼が尊を異性として愛していないということと、彼女を自分に縛り付けたくないと考えていることを、証明していた。

 

 彼のキスは、尊の恋を突き放すためのキスだった。

 

「君はちゃんと幸せになるんだ。幸せになれなかった人の分まで」

 

 "幸せになれなかった人"とは、雄都が殺した者達のことか。

 それとも、宇宙のどこかで今も潰し合いをしている者達のことか。

 あるいは、この戦いとは無関係に地球のどこかで不幸になっている者達のことか。

 もしかしたら、雄都自身のことなのかもしれない。

 

「っ……」

 

 キスで振られて、尊は涙を溜めている。

 雄都は慈しむような目で彼女を見てから、海を見た。

 そこに現れる、十二体目の敵。

 十二体目は朝日をバックに、その黄金の装甲を煌めかせていた。

 

「コエムシ」

 

『行くぞ。これがお前の、最後の戦いだ』

 

「そっスね。あと一つ、最後の命、最後の戦い!!」

 

 叫び、召喚、転送、戦闘開始。

 それら四つが同時に行われる。

 

「―――来い、ヘラクレスッ!」

 

 そうして、雄都とコエムシ"と尊"が、ヘラクレスのコクピットに乗り込んでいた。

 

「ミコが乗ってる!? コエムシ!」

 

『最後の戦いだけは同乗したい、と言われてな』

 

「あ、あはは……」

 

「なんだかなぁ……」

 

 雄都とヘラクレスに勝てる機体など、もはや存在自体がありえないだろう。

 加え、このコクピットは機体に核の直撃を食らっても、そうは揺れないようになっている。

 尊が一分一秒でも長く一緒に居たいと思うのも当然。

 コエムシがそれを聞いてやろうと思うのも仕方ない。

 危険がない以上、自分が十分気を付けていればいいかと、雄都も渋々納得していた。

 

『この世界とその子を守ろうとしている時のお前が、負けるわけがなかろう』

 

「そういう言い方はいやらしいっスよ」

 

 対峙する二機。

 ヘラクレスの暗い配色の装甲が、敵の黄金の装甲と対比のようになっている。

 

「ここで、全てを終わらせるっス!」

 

 そうして、雄都とヘラクレスは、最後の戦いに挑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雄都とヘラクレスに勝てる機体など、もはや存在自体がありえないだろう。

 ありえない。

 ありえない、はずだった。

 存在するわけがなかった。

 

 だが、十二体目の黄金の敵は、その"ありえない存在"だった。

 

「こ、こいつ!?」

 

 雄都が驚愕し、ヘラクレスを動かす。

 ヘラクレスがその両腕を高速で振るい、飛んで来る武器を片っ端から叩き落としていた。

 槍、剣、矢、銛、鎌、鋸、槌、鋏、錐、珠、針、網、液、粒、鑢、鉋、螺、その他諸々。

 武器はあまりにも多種多様で、一つ一つの数が圧倒的に多く、何故か空間から突如現れて射出されるという、おかしくも強烈な攻撃方法を構築していた。

 

 その攻勢はまさしく羅刹。

 通常の機体の持つ攻撃力の五倍以上の火力をゆうに発揮していた。

 ヘラクレスは距離を詰めようとするも、黄金の機体の背後の空間から射出される武器の嵐に、距離を詰めることができず、武器を叩き落とすことに専念せざるを得なかった。

 

 唯一の救いは、雄都が選んだ位置取りだろうか。

 黄金の敵は島を背後に立っている。

 黄金の敵を挟んだ島の反対側に、ヘラクレスが立っている形になる。

 ヘラクレスがどんなに攻撃を弾こうと、黄金の敵がどんなに武器を放とうと、島に流れ弾が行くことはない。

 悪くない位置取りだった。

 

「あんだけの数の武器、どっから取り出してるんスか!?」

 

 だが、ヘラクレスが近付こうとしても近付けていない現状に変わりはない。

 ヘラクレスはレーザーを放つが、あまりにも多い武器の弾幕に遮られてしまい、届かない。

 空間から現れる武器の嵐は、雄都のヘラクレスという規格外ですら、防ぐのに精一杯になるほどの代物であった。

 

「コエムシ! これはいったい何スか!?」

 

『素粒子セルの状態を書き換えているのか!?

 状態子にエネルギーをどれだけぶち込んでいるのだ……!?』

 

「分かるように説明頼むっス!」

 

『莫大なエネルギーを使い! この場で武器を世界に投影して射出しているのだ!』

 

 この宇宙は、この地球の人類が理解していない法則性で出来ている。

 例えば"素粒子セル"がそうだ。

 この宇宙は現在の地球の科学力では観測できない、移動しない素粒子で満ちている。

 移動していないこの素粒子に"情報"を叩き込み、この素粒子の状態を変化させるのに必要なエネルギーを注ぎ込めば、その情報の通りの物質が形成されるのだ。

 

 この十二体目の敵は、そうやって無数の武器を形成・射出して攻撃を仕掛けていた。

 

『だがそんなエネルギー、お前以上の出力が出せる"年齢"でもなければ不可能だ!』

 

「え? まさかオレと同じ境遇の操縦者なんスか?」

 

『……今さっき、敵の操縦席を見てきた。

 お前と同類とは思えない者が操縦していた。

 操縦していたのは……お前と同類の人間ではなく、"妊婦"だった』

 

「に、妊婦?」

 

『最悪の仮説が立てられる。

 あの機体の出力は"胎児"の年齢を基準に捻出されているのだ。

 0歳の赤子と比べても数ヶ月は若い、胎児の年齢を基準にな。

 そしてその出力を使って、母親の方がこの出力任せの操作をしているのだ』

 

「そんなことできるの!?」

「そんなことできるんスか!?」

 

『可能性は二つ。

 機体のバグ。

 それか、向こうのコエムシが少し助力した。

 おそらくはこのどちらかだろう……だが……だが!』

 

 全ての妊婦ができるわけではない行為。

 0歳以下の胎児と、成人の知能を併せ持つイレギュラー。

 天文学的な確率でも発生しないような、奇跡の存在だった。

 

「仮にコエムシが力貸していたとして、そこまで力貸していいもんなんスか?」

 

『ルール違反ギリギリの助力行動だ! 我輩と同じくらいにはギリギリだ!』

 

 コエムシが操縦者に協力できることは限られている。

 ゲームのルール上、不公平さが生まれるからだ。

 そもそも他の地球の奴らなんか知ったことじゃない、と考えるコエムシも居る。

 俺達の時と同じくらい他の地球の奴らも苦しめ、と考えるコエムシも居る。

 コエムシの助力の可能性、という時点で相当に珍しいイレギュラーだった。

 

『なにより! 分かってやっているのなら! 人道的にはギリギリですらない!』

 

 妊婦を使い捨ての最強戦士にする。

 戦いが始まってから妊婦を操縦者にしたと仮定した場合、この策を考えた人間は、相当に合理性を優先する人間なのだろう。

 偶然が重なってこうなったのなら、運命が非道であったと言う他無い。

 

『オトは一ヶ月前の戦いで死に、力で蘇生した。

 ……ならば、年齢は一ヶ月扱いになるだろう。

 基礎出力における優位は、これで消えたと考えていい』

 

「厄介、っスね!」

 

 雄都は基礎出力の高さを全てロボの基礎スペック上昇にあてている。

 敵は基礎出力の高さを武器の形成・射出に全てあてている。

 そのため、雄都は高い近接戦闘能力を一方的に封じられ、黄金の敵が最大の力を発揮する状況を強制されてしまっていた。

 この構図は、最強の剣と最強の銃が戦っている構図に等しい。

 

(どうにかして距離を……)

 

 打開策を模索する雄都。

 一方的に攻撃しつつ、付け入る隙を探す黄金の敵。

 戦いは一方的な展開から膠着状態になるかと思われたが、やがて黄金の敵が思いつきのように、空間に浮いた武器の先を島に向ける。

 

(!)

 

 雄都はその瞬間、敵の企みを理解する。

 そして跳躍二回でくの字を描くように跳び、敵が武器の先を島に向けた次の瞬間には既に、黄金の敵と島の間に割って入っていた。

 

「っ!」

 

 射出される無限にも思える数の武器の嵐。

 ヘラクレスはそれら全てを弾き、島を守る。

 

「うおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

 人を守る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時、一人の子供が、それを見ていた。

 黄金の敵が放つ無数の武器。迫る脅威。武器の矛先が向かうは、子供が立っていたその場所。

 そんな中、海面に大きな水飛沫を発生させながら、大きな影が現れる。

 子供に向かって飛んで来た攻撃を全て弾いて、大きな影(ヘラクレス)は仁王立ちした。

 

「わあーっ! 見て、お母さん!」

 

 子供は喜色満面の笑みで、ヘラクレスの巨体を指差し、嬉しそうな声を上げる。

 

「来てくれた! 守ってくれてるよ!」

 

 島の人々からは、ヘラクレスの背中しか見えない。

 ヘラクレスを操っている雄都も見えない。

 それでもなお、島の皆が雄都とヘラクレスに向ける感情は、守ってくれる者への信頼だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 弾く。

 弾く。

 弾く。

 黄金の敵が放つ武器の連射を、ヘラクレスは弾き続ける。

 

「あああああああっ!」

 

 だがやがて、島を庇いながら戦うことに限界が来る。

 装甲は片っ端から着弾の衝撃で剥がれていき、右腕も根本からもぎ取られてしまっていた。

 

「再接続!」

 

 雄都は取れた右腕を左腕で持ち、取れた装甲を右腕を中心に再構築。

 無骨な斧剣を作り上げ、それを全力で振るうことで敵の武具の連射を弾いた。

 

(受けに回っていれば、押し切られる!)

 

 雄都はコクピット・走る足・武器を振るう左腕だけ守ればいい、残ればいいとばかりに、被弾覚悟で突っ込んで行く。腰がちぎれる前にと、前へ、前へ。

 狂戦士と称すべき狂気の突撃。

 コクピットが露出してもなお止まらない。

 だがその進撃も、ヘラクレスの体をぎしりと絡め取る鎖に止められてしまった。

 

「鎖!? こいつ次から次へと、思いつきの戦術を―――」

 

『オト!』

 

「!」

 

 何も無い空間から突如現れた鎖は、ヘラクレスの動きを完全に止めてしまう。

 そこで敵は、その巨体に見合わない、人が使うようなサイズのワイヤーアンカーを射出した。

 アンカーはコクピットに直撃し、コクピットの硬い殻を貫通し、その奥にまで伸びる。

 

「あ」

 

 それが操縦者を殺す必殺の一撃であると、コクピットの殻を貫通されてから、彼らはようやく気付く。ワイヤーアンカーはコクピットの中の人間の心臓を、片っ端から抉るよう設定されていた。

 まず向かうは、雄都の隣に立っていた尊。

 その心臓を抉らんと、ワイヤーアンカーの先端が迫る。

 

(私、死―――)

 

 その瞬間。

 

 どん、と尊は突き飛ばされた。

 

「……え」

 

 尊を突き飛ばした雄都の心臓が、ワイヤーアンカーに抉り取られる。

 誰がどう見たって答えは変わらないであろう、致命傷だった。

 

「く、ぅ、かはっ……」

 

『オト!』

「オト!」

 

 これで死ぬのか。

 これで終わるのか。

 これでこの地球は消えてしまうのか。

 

 そう思われた、その瞬間。

 雄都は尊の方に向かおうとするワイヤーアンカーを両の手でがっしりと掴み、腕に巻き付けて固定し、叫ぶ。

 

「―――負ぁけぇるぅかぁぁぁぁぁッッッ!!!」

 

 その叫びに応じ、ヘラクレスが出力を引き上げる。

 鎖が軋むも、鎖は砕けず千切れない。

 

「射殺せ、ヘラクレスッ!」

 

 ヘラクレスの体から放たれる、九本のドラゴン型レーザー。

 それが鎖を粉砕し、自分の体を守ろうとした黄金の敵周囲の武器ことごとくを、吹き飛ばす。

 レーザーによって切り開かれた道を、ヘラクレスが突き進んだ。

 

(オレは、人を守ることの正しさを証明したくて戦っていた。

 けれど本当は、この戦いは、正しさなんて掲げないで、生きるためだけに臨むべき戦いなんだ)

 

 その胸の中に、心臓は無い。

 

(『人を殺してはいけない』という当たり前の正義は、この戦いにはない)

 

 けれども雄都は、精神力一つでこの世にしがみつき続ける。

 だから、彼はまだ死んでいない。

 だから、この戦いに勝利判定も敗北判定もまだ出ていない。

 だから、まだ何も終わっていない。

 

(人を殺したくなくても、心を(てつ)にして戦わなければならない。

 正義を捨てなければならない。

 汚れたこの手で君を守るよと、この星のどこかに居る、守りたい誰かを思い浮かべながら……)

 

 ヘラクレスがあと一歩で攻撃を届かせられる、そんな位置で、左腕に持った斧剣を掲げる。

 

(死が不可避であっても、自分の死の後に何かが残ると信じてるから、皆、戦ってる―――)

 

 心臓の無い胸を張り、口から血を吐きながら、雄都もまたその左腕を振り上げた。

 

「オト!」

 

 尊の声が聞こえて、雄都は穏やかな笑みで振り返る。

 

「言ったよな、男は女を守るもんなんだって。

 ―――オレは、男だ。なら、お前は守らなくっちゃな」

 

 そして前を見直して、剣を振るう。

 

「ああああああああああッ!!!」

 

 左腕一本で振るわれる斧剣。

 

 すれ違いざまに放たれるは、超高速の九連斬撃。

 

 それが十二体目の敵を切り刻み、粉砕し、それを黄金の屑へと還す。

 一つの世界を消滅させて、雄都は最後の"勝利"を手に入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「覚えておいてくれ。万人が、億人が、オレの人生をクソみたいなものだと笑っても」

 

「オレだけは、オレの二つの人生を誇ってる。

 人を助けようとすることは、あの時のオレの選択は、間違いなんかじゃなかったんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 十二の戦いが終わって、少しの時間が経った後。

 

『オトは心臓を抉られてもなお、生き続けた。

 精神力のみで生き続けたのだ。

 オトが死ねば、この地球は滅びる。それを知っていたために。

 戦いが終わるまでの僅かな時間生きていれば、オトはヘラクレスに殺される。

 そしてオトがヘラクレスに殺される対価として、この地球に勝利判定が与えられた』

 

 コエムシは、日ノ本尊に静かに語りかけていた。

 

『オトは最後まで生きようとしていた。

 死ぬために戦っていたのではない。

 その命を、この世界を救うために使い切るために、奴は生きようとしていたのだ』

 

「うん」

 

『我輩は奴に力を貸せたことを、誇りに思う』

 

 二人はヘラクレスのコクピットの中に居た。

 

「ねえ、コエムシってどんなところに住んでたの?」

 

『うん? 我輩の身の上話か……

 我輩は……そうだな、特別な専門学校のようなものの寮で暮らしていた。"時計塔"という』

 

「ふっふーん……」

 

『そこに入るには遺伝する貴重な才能が必要でな。

 我輩は突然変異でその才能を得た一人として、そこに籍を置いていた。

 雄都に話した根源の話や人理の話は特殊なものだ。

 その特別な専門学校でもなければ学べないような、特殊な分野の知識であった』

 

「へぇー」

 

『そしてその時計塔という場所で、我輩達はヘラクレスに乗り世界を守るという契約をした』

 

 コエムシはどこか懐かしそうに、しみじみと過去を語っていた。

 

『シロウ、リン、ルヴィア……

 フラット、スヴィン、ライネス、ロード・エルメロイII世……

 他にも、たくさんの者達が居た。

 皆、我輩の仲間達だった。皆、優秀な者達だった。

 皆、何かの理由を抱えてヘラクレスに乗っていた……』

 

「……」

 

『皆、死んで行った。

 我輩は誓ったのだ。

 彼らに恥じない生き方をしようと。

 彼らが守ってくれたこの命は、価値のある使い方をすると』

 

 コエムシが尊に近付き、尊がその右手でコエムシに触れると、コエムシがメガネをかけた男の姿に、尊がコエムシの姿に変わる。

 

「これで、我輩はコエムシではなくなった。次の地球ではココペリと名乗ろう」

 

『そして、私がコエムシ……だよね?』

 

「ああ。次の地球の者達を、よろしく頼むぞ」

 

 元コエムシの現ココペリは、"十三回目"の戦いに操縦者として臨む。

 十三回目の戦いは、引き継ぎ戦だ。次の地球の者達に、この戦いのことを教える戦いになる。

 元尊の現コエムシは、次の地球の戦士達を支えるサポーターとなるだろう。

 

『コエム……じゃなかった。あなた、本当の名前は?』

 

「凡庸な名前さ」

 

 尊であったコエムシに問われ、元コエムシは、自分の本当の名前を名乗った。

 

「我輩の名は、本田(ほんだ) (まもる)

 

 少し躊躇い、その苗字と名前を名乗った。

 

「我が母、本田千鶴を泣かせることになる……ただの親不孝者だ」

 

 故郷の地球に帰る権利を捨て、故郷の母に育ててくれたことへの感謝を告げる権利を捨て、故郷でもない地球のために死のうとしている自分に、その名を名乗る権利はないかもしれない、なんて思いながら。

 

 

 

 

 

 コエムシになった尊は、次の地球に渡ってから数日で、ココペリとなった護の前に操縦者候補達を連れて来ていた。

 

「これなに?」

「うわすっげ」

「漫画みてー」

 

 若い方が強くなる、という話は聞いていたので、尊が集めたのは子供が多かった。

 彼女が同年代の子供が二十人以上と、その子供達の教師らしき男性が一人。

 

「随分と連れて来たな、コエムシ」

 

『オトは孤独に蝕まれてた。

 ……だから、これがベストだと思う。孤独感だけは、排除できるはず』

 

「……まあ、どう転がるかは分からんか」

 

 尊であったコエムシがこれだけの大人数を連れて来たのは、前回の戦いで雄都がたった一人で戦っていた反動だろう。それが吉と出るか凶と出るかは、まだ分からない。

 

『ココペリ』

 

「これが、あやつに何もしてやれなかった……吾輩が取れる、唯一の責任だ」

 

『……』

 

「あの星を救い、この星を残し、あやつが生きた証を残そう」

 

『……今日まで、ありがとう』

 

「戦いに関する皆への説明は、頼んだぞ」

 

 そうして、護はヘラクレスの操作を始める。

 この機体をヘラクレスと名付けたのは、護の世界の人間だ。

 護には、ヘラクレスというこの機体の呼称を、この世界の人間に伝える気は無かった。

 皆が好きに呼べばいい、と考え呼称の継承をしようとしない。

 

「あの、すみません……ココペリさん、でいいのでしょうか?」

 

「ああ、そう呼べ、教師の人」

 

「画楽と申します。

 子供達にはガラ先生と呼ばれていますね。

 あの、これから何が始まるんでしょうか……?」

 

 画楽と名乗った男性に、話しかけられるココペリ。

 

「あたし、町 洋子。ねね、お人形さん、あなたの名前は?」

 

『コエムシ。そう呼んで』

 

「これから何が始まるの?」

 

 洋子と名乗った少女に、話しかけられるコエムシ。

 

 ココペリとコエムシは声を揃えて、画楽と洋子の二人に返答を返す。

 

「戦いだ」

『戦いよ』

 

 子供達の困惑が収まらないままに、戦いは始まった。

 本田護が、雄都を死の運命に招いた責任を取ろうとする戦いが。

 本田護が、死んで行った仲間達に胸を張るための戦いが。

 本田護が、その命を使い切る戦いが。

 

(止まない雨はない。明けない夜はない。溶けない雪はない)

 

 (ココペリ)は雄都の真似をしてみようとするが、全くできないことに苦笑する。

 ドラゴン型レーザーも出ない。

 装甲と片腕を素材にして造る斧剣も無理だった。

 とにもかくにも出力が足らず、雄都という特別な命だったからこその技だったのだと、よく分かる。あの狂戦士じみたスペックも、まるで発現していなかった。

 

(いつかは春が来る。桜が咲く。全てが"めでたしめでたし"で終わる日は来る)

 

 ココペリは人知れず笑い、今の自分が切れる手札で戦い始める。

 

(―――そう信じて、今は戦おう)

 

 きっと自分の死の後にも、何かは残るはずだと信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その戦いを見ながら、尊だったコエムシは、胸の奥から湧き上がる気持ちを抑え込んでいた。

 雄都が死んだ時から、ずっとある気持ち。

 「あの人にもう一度会いたい」。

 「あの人が居ない世界に意味はあるのだろうか」。

 そんな想いが、幾度となくコエムシの中に湧き上がる。

 

(私はもう一度、オトに……そうでなければ、世界なんて……)

 

 橘雄都には素質があった。

 死んで生まれ変わるための素質だ。

 彼の魂の構造は、死ねば生まれ変わる構造になっている。

 "死にたくない"という感情から十二の試練を得ることとは無関係に、彼は生まれ変わるのだ。

 

 日ノ本尊には、素質があった。

 最高の出会いがあり、最悪の巡り合わせがあれば、とびっきりの存在になる素質が。

 そうでなくとも、歴史に名を残せるくらいの素質が。

 具体的には、橘雄都と出会い、橘雄都と最悪の形で死別した場合、彼女はとびっきりの怪物に変貌する運命にある。

 蛇の女神が、恐ろしい蛇の怪物に反転するように。

 

(……違う。私は、オトと約束したんだ。だから、変なことは考えちゃダメ)

 

 しかしこの世界における日ノ本尊は、雄都に最後に言葉を残された。

 そのため、彼女が堕ちることはない。

 『あの人にもう一度会いたい』という気持ちをこじらせることはなく、『あの人の居ない世界に価値はない』とこじらせることもない。

 

 "もう一度会いたい"気持ちが、雄都の魂を根源に近いものに引き寄せる引力になることはない。

 "オトが居ない世界に意味はない"という気持ちが、変な形で噛み合って、宇宙の淘汰と選別という現象に発展することはない。

 少なくとも、この尊においては、そうはならない。

 

 辿らなかった道筋がある。

 この物語の日ノ本尊が成らなかった、未来の姿の可能性がある。

 "理想を追ってしまった"尊の、成れの果てがある。

 恋を振り切れずに堕ちていった場合、日ノ本尊は世界の全てを変える存在になる。

 

(私は強く生きよう。胸の中に雄都との思い出を抱えて。幸せを、目指して)

 

 この物語における日ノ本尊が、橘雄都に十二の命をもたらすことも、この宇宙に残酷な法則性をもたらすこともない。

 

 そうならなかったことが、この物語における日ノ本尊の、何よりの救いになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦いは続く。

 ヘラクレスと呼ばれた機体はまた別の者の手に渡り、その地球で新たな呼び名を付けられる。

 そしてまた、別の地球の未来を守るためにその力を振るう。

 

 雄都の地球の未来も続く。

 命を懸けて戦った雄都の想いを、皆知らぬままに。

 滅びの運命を回避した地球は、その未来を繋げていく。

 

 いつかのどこか、どこかの宇宙、宇宙のどこかで、また人から人へと戦う力が継承される。

 

「俺は衛宮し……ココペリだ。悪いな、ここからは俺も助けられないんだ。ここで死ぬから」

 

「オレは橘雄都っス。……謝らないで下さい。その気持ちだけで十分っス」

 

「何か困ったらあのコエムシって奴を頼ってくれ。俺の友達だから、信じられるのは保証する」

 

『……!』

 

「はい!」

 

「忘れないでくれ。

 何かの味方でもいい。誰かの味方でもいい。

 残酷な戦いの中でも、自分が自分以外の味方をしてるってことを、忘れないでくれ」

 

 こんな残酷の中であっても、人から人へ伝わるものはある。

 星が滅んで、星の未来が守られた。

 今日も、明日も、明後日も、きっと守られていく。

 

 他の何かを踏みつけにしてでも、大切なものを守ろうとする誰かが居る限り。

 

 

 




おしまい

最初に生まれ変わったノーマル雄都が無残に死ぬ(魂の構造が同じなら必ず転生する)
→BB並みのガッツを見せた尊が根源だか聖杯だか両儀さんの成れの果てだかに到達
→そこに「世界の選別」的作用と「雄都こっち来い」的な引力を発生させる
→到達した尊の死後もこれは続き、平行世界のあちこちで十二の試練持ち雄都が発生
→以下繰り返し
→雄都は生前も転生後も若くして死ぬという因果が固定化される
 という要約。

 ぼくらの世界が舞台と見せかけて本当の舞台は型月世界、ぼくらの世界の発祥が型月世界というクロス設定を追加、みたいな話でした。
 ぼくらの世界そのままだと救いはない方が良いのですが、fate世界が基本の世界であれば「あいつらがもしかしたら救いをくれるかも」と思わせてくれるカルデアが居るよ、みたいな話です。

 主人公とヒロインの名前は弟橘媛と日本武尊です(てきとう)

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