「えっと、話し合いに来たのに前置きというか、違う話が入っちゃってごめんなさい。
それで、白騎士さんが私に聞きたい事ってなんですか?」
話し合い。まずはひがつちがそう切り出した。
「いや、謝らくてもいいよ。むしろいい体験をさせて貰った。生まれて二十数年、そういった事に縁がなくてね…。私が君に聴きたいことは、長年追い求めたもの、『人の心』『人の在り方』についてだ」
「ひ、『人の心』……ですか?
そうですね、ぼんやりですけど。ぐちゃぐちゃ……? いや、ごった煮……?とにかく混沌としている……、ものなんじゃないんですかね……?
私には白騎士さんがどうしてそれについて知りたいと思ったのか知らないのでうまいこと言えないんですが、その辺りのことを教えてもらえればひょっとしたらもう少し言える事があるかも知れないんですが」
ひがつちは白騎士の問いにそう頭を悩ませながら答える。
未だひがつち十数年しか生きていない若造なのだ。人生も半ばも半ば。人の心というものに対してそんなに何か言えるものを持っているわけではない。
だが、それでも何か言えることがあるのではないかと、お人好しの少女は問いを投げる。
「ああ、すまない。言葉が足りないのは私の悪いところだ。そうだな、先ずは私の事を話す必要があるな。少し長くなるが、構わないかな?」
「はい、大丈夫です! 私どんな話でも聞きますから!」
「私の最も古い『記録』は母の腹から産まれた時からだ――」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
別にその時から自我が芽生えていたからではない。たんにそれは、私の起源故のことだ。
私の起源は『観測』。産まれたその瞬間から私の起源は無意識に目覚めていた。
私は私の生まれる瞬間を第三者の視点、というよりは俯瞰から眺めていたんだ。
そして、きっとその時から私は壊れて…いや、欠落していたんだ。
なにせ普通なら産声をあげる筈なのに、当時の私はそれをしていなかったんだ。
ただ呆然と、周囲を観ていた。そう表現するのが最も正しいと私は理解している。その事に両親は気味悪がっていたよ。
赤子が行う『泣く』といった行動を取らず、幼少期を迎え、自我が確立し、学業を学び始めた頃、クラスで飼っていた動物が死んだ時、私は他とは異なっていると理解したのは。
回りの皆が悲しみに溢れ涙を流すしているのに、私だけが泣いていなかった。
生物に限らず、この世の万物には始まりがあれば必ず終わりが来る。その当然の結果に何故、彼らは泣いているのかが理解できなかった。
そして時が進むにつれ疑問が増えるばかり。
何故、人は誰かと繋がりを求める?
何故、人は誰かと反発する?
何故、人は誰かと愛を育む?
何故、人は愛するものと離れると涙を流す?
何故、人は『心』という抽象的かつ非物質に重きをおくのか。
そもそも『心』とは何だ。
その疑念が尽きることがなかった。
だから、この聖杯戦争に参加した。
万能の願望器なら、この疑問に答えれくれると予想した。
そして、そんな中――君を見つけた。
昨日のことだ。君の日常を観測していた時、君は笑っていた。怒っていた。時折、哀しみをみせる時もあったが、君は笑顔が絶えることがなかった。
その時思ったよ。君こそが私の求める答えなのだと。
君なら『心』というものを何なのかを知っていると。
私は『心』を持たないブリキの人形。
君は私にとって、オズの魔法使いだ。
一方的な押し付けであることは理解している。
だが、答えてほしいんだ。
求めた答えが文字どうり目の前にある。
この欠陥だらけの『人間』に成り損なった『人形』の私を哀れだと思うのならどうか、救ってほしい――。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
目の前の男の過去は壮絶だった。普通の人間なら嫌悪や不気味といった事を思うだろう。
それを、少女は、
(あぁ、この人――)
(――不器用なんだな。)
そうとしか思わなかった。
ひがつちには白騎士が袋小路に迷い混んで泣いている子供にしか見えなかった。
だから、
「人がなんで繋がりを求めるのか、ですか。それは多分寂しいからですかね。
あ、白騎士さんがそう思ってなかったとしても人間じゃないってことじゃないですよ?
誰だって自分のことを全部分かる訳じゃ無いですし、むしろ分からないことだらけかも」
そうひがつちは言葉にする。自らの心の内を。だってそれが彼の求めていることなのだから。
「それに、白騎士さんが泣いたり、笑ったりしないってこともないと思います。ほら、よく口下手な人とかいるじゃないですか、それと同じですよ。
それで、さっきの寂しいって話になるんですけど、どんな人だってずっと独りぼっちってことにはならないと思うんです。どんなに人とはちょっと違った所があったって必ず理解してくれたり好きになってくれる人がいるんです。
えっと、なんて言えばいいのかな……。悪い人だって誰かを好きになったりしないじゃないですか、白騎士さんにも傷ついたりすると嫌な感じになる人がいると思うんです。どんなに突き放そうとしても突き放しきれなかったりとか、そういう……?
ですからほら、えっと……。大丈夫です! 神様だって誰かを好きになったり泣いたりするんですから、『人間』の白騎士さんに心がない筈がないんです!
例え世界中の人が白騎士さんのことを人形だって言っても私は白騎士のこと人間だって信じてますから!私が保証します!」
そうひがつちが言って白騎士が何か言う前に幽鹿が横から言う。
「横から口を挟んで悪いが、つまりあれだろ? アンタは考えと身体が大人な子供ってことだろ? 他人から聞いて心が手に入るわけが無いんだよ。
恋とかしたら案外ココロとか手に入るかもしれないが……まあ、その欲しいって気持ちがアンタの心の一部から来ているのは確実だろうけどな」
それからひがつちの言葉に幽鹿は若干引き気味な感じで思う。
(アイツの過去を口下手で済ますんかい……ひがつちから正義の味方目指してる魔術使いと同じニオイがするんだけど……)
「なあ、なあ、ひがっちゃん、これ白騎士にフラグ立てたんじゃね?ココロ手に入れたらひがっちゃんに猛アタックして来たりして。ゲラゲラゲラ」
ヒソヒソとひがつちと喋りますね。
「ふぇ!?ふ、フラ……ッ!
大丈夫ですよ!私には好きな人がいるっていったじゃないですか!
それに、フラグ云々なら私のフラグは紅さんが立てましたし……」
赤面しながらひそひそと返す。
「俺が、ひがつちに、フラグ?」
ボンッ! と顔が紅くなる幽鹿。
「え、いやいやいいや、そんな、え、そんな場面あったけ? え、え、え」
さらに顔が紅くなる。
「う……、あっ……。……………………はい。」
そうさらに赤面しながら肯定するひがつち。
クロエはそれを見て眩しそうに、それから心配そうに目を細めます
(なるほど、通りで眩しいわけだ。ひがつち、お前の生は眩しいな、本当に。だけどな、螺旋が見える。綺麗な螺旋だ。だがな、それはねじれだ。歪みだ。
お前は誰よりも人間らしい。怒るし、泣くし、笑いもする。普通の女子高生なのだろうさ。だが、盲打ちに信用の基準と教訓を聞いてこれか。なるほど、盲打ちが危惧するわけだ。だが、だからこそ白騎士ですら救い得るのかもしれないな。
さて、預かっているアレ、返すことにならなければいいが)
それから幽鹿へと視線を向ける。
(…………まったく何をやっているのだろうな、このロードは)
呆れたような子供を見るような温かい視線を向ける。淀みが見えるが、子供の幸せを願う気持ちに嘘はない。
できれば彼らの結婚式をここで上げることが出来ればいいと静かに思うのだ。
「え、ど、どうして、俺なの?ほら、盲打ちとかアサシンとか阿礼様とか有部理生とかアサシンとかアーチャーとかいるじゃん」
顔真っ赤状態で少しもじもじしながら幽鹿は言う。
「なんでそこでキャスターさんとか有部さん、アーチャーの事が出てきたのか分かりませんけど……紅さん、私が盲打ちさんに襲われた時必死になって助けに来てくれたじゃないですか、あの時すごい嬉しかったんです。
その後も魔術も丁寧に教えてくれて、何があっても守ってくれるって言ってくれて、その、好きになっちゃったんです。
お養父さん逹の了解を得て一つ屋根の下に住むっていうのも恋人みたいだなって意識しだしたら止まらなくなっちゃって……あの、迷惑ですか?」
そう顔を真っ赤に染めて不安そうにチラチラ見る。胸の前で人差し指つんつんしながら。
「迷惑ですかって、それは……」
ひがつちの告白を受け混乱するが、幽鹿はひがつちの問いに答えるべく考える。
(ひがつちが俺を? いやいやいや、どうしてそうなった。そもそも助けたのはあそこで見殺しにするのが嫌だっただけで……いや、本当にそうか?俺、本当はひがつちのこと……いや、でも、本当にあるのか一目惚れなんて……あの子と似ているから? いや、違う。それだけは絶対にありえない。彼女とあの子は違う。……うわぁ、本当に一目惚れってあるんだな。しかも、俺自身がそうなるなんて……。よし、答えよう。クールに答えよう)
自問自答を繰り返し、ひがつちの想いに応えるべく幽鹿は口を開ける。イメージはクールな表情で告白に答える映画俳優であるが、
「あ、ああ、あの、女々しくて、若干病んじゃう不束者の僕でふが、よ、よ、よ、よろしくおねぎゃいしみゃふ」
顔をこれでもかと真っ赤にし、噛み噛みで告白しながら綺麗な正座をして頭を下げるその姿はイメージからは程遠い。
「……ぷっ、あ、あはは……。
紅さん噛みすぎですよ。もう……。
はい、こちらこそ不束者ですがよろしくお願いします。
――幽鹿さん」
そう告白を受け入れた。
(話し合いの最中に何をしているのやら。いや、これを見せる方が白騎士にはいいか。問題は――)
視線はひがつちについていた水晶の小鳥へと動く。ついにそれを通して見ていた理生が白騎士に声をかけたのだ。
「はじめまして。私、ひがつちさんの同盟者の有部理生と申します。心を求めるというのでしたら、私もお手伝いいたしましょう。アサシンは肉体のみならず、精神にも通じた医師ですし、私はジェノメトリクスという、治療用の精神接続の技術を保持しております。いかがなさいますか?」
そう提案をするが、その前にクロエが
「ようやく覗きやめたかアサシンのマスター。一応は、初見だな。一つ言っておく、この話し合いに参加するのであれば同盟者だと言っても次からは最初に名乗っておけ。
同盟者だから見逃していたが、その方が話を円滑に進めやすい。それにそれが礼儀というものだ」
と注意する。
「申し訳ございません。以前何処かの聖杯戦争で監督役が不正を働いていたと聞き、少し警戒をしておりました。貴女は高潔な方だ、無礼をお詫び申し訳上げます。……あとは、単純に機を逸したというか、うっかり忘れておりまして。以後はきちんと許可を頂き、このようなことが無いよう努めさせていただきます」
思いっきり猫を被って。
水晶の小鳥は地に降り、光とともに有部理生の姿をホログラフィーで映し出す。
「この方が喋り易いでしょうか。私は現在ひがつちさんの学校におります。其方に伺うことはできないので、失礼ながらこの状態でお邪魔します」
「……構わん。聖杯戦争において監督役がやったことは知っているからな。警戒して当然だ。それに盲打ちの突発的な行動に完璧に対応しろと言うのが無茶だ」
「寛大なお言葉をありがとうございます。なるべく街に被害を与えぬよう心掛けます」
それからなんか告白大会を見て、
(お、おっおーい、マジかよ!)
と実物を見て驚愕する。
「気にするなと言った。被害を考えるのはありがたいが、その生を大事にしろ。死ぬなとは言わんが、被害を考えて死んだと言われては目覚めが悪いのでな。被害の隠ぺい、対処はこちらの仕事だ。存分に戦えば良い。そして、己の望みを果たすことだ。私は、それを見届ける」
「ご心配いただきありがとうございます。考慮すべき被害の中には、私やアサシンの命も含まれますのでご安心を。自分の生を蔑ろにする気はありませんから……そういえば、ホログラフィーって貴女にはどのように見えているのでしょうか?」
「どのように視えるか、か。お前自身が見える。二つの輝きの合一化された球体だ。綺麗なものだな。ただ、親にあまり心配をかけるのは良くないな」
視えるということは生き方が定まっているということだ。魔術師らしく、一般人はただの光だが、彼らはどいつもこいつも定まっている。
「どうだ、白騎士。お前の答えは見つかったか」
その言葉に
――ああ、そうか、そうだったのか。
白騎士は頷いた。
目の前の少女の言葉に白騎士は今まで感知したことがない、『なにか』を感じる。
それが何なのかを理解できないでいるが、それでも確かに感じた。情動の総てを理解できず、表す事がないこの身が初めて感じたものーーそれは『温かさ』だった。
彼女の言葉一つ一つが、空虚であった胸の内を埋めていくのを実感した。
パチリパチリとパズルをはめていくように、彼の中に生まれてくる――いや、はじめからあったのかもしれない。ただ、想うことも感じようともしなかっただけで。
「どうやら、私は本当に哀れで愚かな存在だったようだ」
――だってそうだろう。
彼女は最初から私を人として扱ってくれていた。
彼は自分の嫌う人種としてだが、それでも人として私と対峙した。
それにあの盲打ちでさえ、つまらない人間として接していたのだから。
「本当に愚か者だったよ」