ヒフウノナナフシギ   作:ナツゴレソ

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9.信じたいものを信じて

『蓮子が出来ることを考えるんだ』

 

 北斗は私にそう言った。ぶっちゃけ私よりいろんなことができる彼がそれを言っても皮肉にしか聞こえないのだけれど……

 ううん、他人と比べても意味はないし、上を見上げるとキリがない。だからこそ北斗は私がやれること、という表現をしたのかもしれない。私は北斗のよう戦えないし、紫のような特殊な力もない。メリーにすら追いついてないかもしれない。そんな凡人の私に出来ることは……

 

「妖怪は幻想郷でしか生きられない。なのにこっちの世界に、北斗の知り合いの妖怪がいるのは変じゃない。これは一体どういうことなのかしらね?」

 

 私はスキマの中から顔を覗き込むようしながら、北斗に尋ねる。すると北斗は口の端をほんの僅かに釣り上げた。微かな笑み、鈍い人間なら見逃しそうな笑顔を浮かべていた。

 ……喜んでくれているのかしら? 大したことに気付いたわけじゃないけれど、そう思われているとなると、なんだか形容しがたい気持ちを抱いてしまう。純粋に嬉しいとは少し外れた……なんだかむず痒い感覚だわ。思わず顔を逸らしてしまう。すると、アメジストのように瞳を輝かせたメリーとバッチリ視線が合う。

 

「やるじゃない、蓮子にしては」

 

 掠れそうなほど小さなささやきが耳に届く。私はそれにウィンクを返してみせる。

 ……私の出した答え、それは秘密を暴くことだった。メリーと出会い、秘封倶楽部を作ってから私達は様々な不思議に、謎に、幻想に出会ってきた。そのたびに私達はそれの正体を確かめようとしてきた。

 時に触れ、時に言葉で理論付けて、時に瞳の奥に焼き付けて。非常識が常識になってる世界の住人にはできない行為。疑問に持つこと、それを追求する術を私は持っている。しばらく黙秘を続けていた北斗だったが、ふと柔和な笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「確かにその通りだ。現代で忘れ去られた妖怪は現代では生きられない……というか、幻想郷に流れ着くようになってるんだけどね」

「私にとってはどちらも同じことよ」

「……それもそうだ。だが俺達からしたら由々しき事態なんだ」

 

 北斗は笑みを引っ込ませ、険しい表情で机の端をジッと見つめている。太腿の上に乗せられた左手は震えるほど強く握りめられていた。一つ息を吐く音が聞こえてから、北斗は再び顔を上げる。

 

「あまつさえ妖怪が現代に戻っているだけでもあり得ないのに、ああやって異能を使いこなしている。それはこいしに起こっていることが原因なのか、それともこの街がおかしいのかはわからないけど……」

 

 そしてややしてから静かに顔を上げ、真剣な眼差しで紫を見据える。

 

「紫さん、これは幻想郷で起こっていること以上の異変ですよ」

「幻想郷の外で起こっているものを異変と呼んでいいのか定義が怪しいけれどね。このままでは幻想郷と外の世界の境界が危うくなるでしょう。早急に原因を突き止めなければなりませんわ。けれど……」

 

 そこまで言うと紫は間を作るように扇をパチンと鳴らしてから、北斗に向けて突き出す。暖かいけれど悪戯っぽい、大妖怪としての威厳を全く感じられない笑みを浮かべながら。

 

「そんならしい理由をつけなくても貴方がこいしを助けたい、と言うだけでいいと思いますわ」

「紫、さん……」

 

 その気遣いの言葉に北斗は虚を突かれたように黙り込むが……しばらくしてから大きく息を吐き出し、私達に向き直る。まっすぐな瞳、こんな真剣な表情を男から向けられるのは初めてかもしれない。私とメリー、二人で反応に困っていると、北斗は椅子に座ったまま深々と頭を下げる。

 

「紫さんの言う通りだ。俺は、こいしを助けたい。一人の友人として……助けたい」

「………………」

「こいしは蓮子にとって命を狙う危険な妖怪なのも理解してるし、きっと普通に退治してしまう方が二人に危険がないのもわかってもいる。だが……それでも助けたいんだ」

 

 北斗はジッと頭を下げたまま私達に頼み続ける。顔は見えないけれど……その真剣さ、必死さはヒシヒシと伝わってくる。

 私はこの北斗という異界から来た男を、あまり人間らしく思えていなかった。まるで誰かを助けるために造られたアンドロイドだと言われても納得してしまいそうな、都合の良すぎる性格過ぎると思っていた。

 

「こいしはきっと蓮子を狙ってくる。だからそのチャンスを、俺にくれないか?」

 

 けれど今、目の前で何の力のないはずの私達に懇願している北斗の必死な姿は……祈り、願う、人間にのみ与えられた知性の一つを体現している、なんて大それた感想を抱いてしまうほどに迫真に迫っていた。メリーも私と同じように感じたのか、少しだけ不安げな顔をしながら私を見つめてくる。

 

「蓮子。どうするの?」

「どうするって……」

 

 まあ、北斗だって私を命懸けで守ってくれた訳だし、私も一度くらい北斗のために命を張らないとフェアじゃないものね。私は自分をそう納得させ、北斗に向き直る。メリーも私の表情から意図を察したようで、ため息を吐きながら前を向く。

 

「いいわよ。囮でもなんでもやってやるわ。北斗、アンタにもう一度私の命を預けるわ」

 

 覚悟を決めて宣言すると、北斗は目を白黒させる。そしてしばらくしてから感慨深そうにポツリと言葉を漏らした。

 

「……男らしいなぁ」

「失礼しちゃうわ。こんな可憐な少女を捕まえて……」

「ごめんごめん。頼もしい限りだと思ってさ。幻想郷じゃなくても女の子は強いんだなぁ、ってね」

 

 随分感慨深く呟くけれど、北斗に言われると皮肉にしか聞こえないわね。非難の代わりに睨んでいると、それに気付いた北斗がコホンと小さな咳払いをして姿勢を正す。

 

「とにかく蓮子の命、確かに俺が預かった。絶対に守ってみせるから。もちろん、メリーも、紫さんも」

 

 北斗は不敵な笑みを浮かべながら右の拳を突き出してくる。ゴツゴツとした大きな手だ。よく見ると所々傷跡が残っていた。私は幻想郷での北斗を知らない。けれど、きっと彼は今みたいに安請け合いをして……本当に守ってきたのかもしれない。『こいし』って子もその一人だったりしそうだわ。まったくすけこましねぇ。

 

「わ、私も!? 何だか蓮子のついでみたいな感じがするけれど……いいわ、貴方に任せるわ」

「あら、私より弱いのにかっこいいこと言うじゃない。期待してるわ、北斗」

 

 それを見たメリーと紫は各々皮肉交じりの感想を口走りながら、北斗が突き出した拳に拳を合わせる。えー、私こういう体育会系のノリって、強要されてるようで苦手なんだけど……

 あまり乗る気がしないけれど、渋々私も拳を合わせる。すると三人の視線が私に集まる。え、私が言うの!? だからこういうのは苦手だって……あぁもう!

 

「秘封倶楽部、やるわよ!」

「「「おー」」」

 

 掛け声と供に手を上に上げる。とりあえず思いついたことを叫んでみたけれど、随分やる気のない声が返ってきて、思わず脱力してしまう。人にやらせといてそれはないと思うわ……

 まあ、多少ギクシャクしていた私達だけれど明確な目標ができて、ようやく全員が同じ方向を向けたような気がして、思わず頬も緩んでしまった。

 

 

 

 

 

「ねえ、ちょっと聞きたいのだけれどいいかしら?」

 

 話の間が空いたところで、おもむろにメリーが手を上げる。メリーさん……こいしを助ける方向を話し合っていたのだけれど、良い案が見つからず一時解散になろうとしていた矢先のことだった。何かいいアイデアでも思いついたのかしら?と北斗も思ったのか、やや食い気味に北斗が促す。

 

「ん、どうかしたの?」

「ちょっと気になったのだけれど、紫も妖怪よね。なのになぜ存在を維持できているのかしら?それがわかったら、メリーさん……こいしがこの世界で存在を維持できている理由がわかるんじゃないかしら?」

 

 メリーは紫のことをチラチラと横目で気にしながら尋ねる。いいアイデアだけれど、なんだかメリーが紫のことを知りたいだけじゃないと疑ってしまう。今のところなあなあに流されている謎……メリーと紫の関係性。きっとメリーも気になっているんでしょうね。

 

「それがわかったら、メリーさん……こいしがこの世界で存在を維持できている理由がわかるんじゃないかしら?」

「………………」

 

 けれど私は、その謎を解いてしまうことに一抹の不安があった。それをメリーが知った時……メリーは本当にどこかへ、私の手が届かない場所まで行ってしまうんじゃないかと、大袈裟な心配をしていた。妄想と言っても過言ではないかもしれない。

 ……まったく、私が謎から逃げようとするなんてできるはずもないのにね。本当にメリーと並びたいなら、その謎すら暴いてみせようとする気概が欲しいところだわ、なんて内心で強がってみる。

 まあ、本当に有益な質問だし私も聞きたい気持ちもあるんだけれどね。本人を除いた全員の視線が紫に集まる。すると紫は扇子を広げ、何とも嘘っぽい仕草でもじもじと身体を揺すった。

 

「あら、そんなに見つめられたら困りますわ……」

「そういうのいいんで、答えてください」

 

 北斗のにべない台詞に、紫が子供っぽく頬を膨らませる。年柄にもないのに似合うって思うのはなんでかしらね。

 

「……つれないわね。まあ、いいけれど。きっと期待しているような答えじゃないと思うわよ?」

「……というと?」

 

 メリーがメモに書き込みをしながら尋ねる。すると紫は境界を開き、そこから何故か一升瓶とおちょこ四つを取り出す。寝酒……太るわよ?妖怪が太るかは知らないけれど。

 

「私は天狗や河童のように名の通った妖怪ではない。スキマ妖怪なんて聞いたことないでしょう? あ、北斗、つまみ作ってー」

「はいはい……ちょっとだけですよ」

 

 北斗はソファから立ち上がると、冷蔵庫を漁りに行ってしまった。その背をメリーがジト目で眺めていたが、ややして諦めたようにため息を吐いた。

 

「真面目な話をしてるのに……まあ、確かに聞いたことないわね。だったら北斗が言うように幻想郷に流されてしまうんじゃないの?」

「ええ、そうね。けれど逆を言えばこちらの世界でも私という妖怪の存在が認められていれば、この世界にいられるってことになりますわ」

 

 紫はおちょこ全てにお酒を注ぎながら尋ねてくる。爽やかな匂いが鼻腔をくすぐる。スキマから手を伸ばしおちょこを手にとってみると、おちょこ含めてキンキンに冷えていた。流石にこの誘惑に逆らえない。

 クイと口の中に流し込むとアルコールの熱と酒の冷たさが一気に喉を通った。度数は高そうだけれど、飲みやすい。焼酎日本酒が苦手と言っていたメリーも美味しそうにおちょこを傾けている。

 ……ああ、いけない。話を忘れるとこだったわ。私は紫に日本酒を注いでもらってから咳払いを一つする。

 

「そうだけどさ、メリーですら知らない妖怪なんて信じるどころか誰も知らないんじゃないかしら?」

「いいえ。ただひとり、絶対に私の存在を信じている人間が一人いるわ」

「それって……」

「北斗のこと?」

 

 私とメリーは同時にキッチンの方を振り返る。ちょうど調理を終えた北斗がつまみの乗った皿を持ってこようとしていた。私達の視線に気付くと、立ち止まって困ったような声を上げる。

 

「え、何? 俺が何かした?」

「……いくら何でも北斗ひとりが信じていてもなんの意味もないんじゃないかしら?」

 

 私は紫がこっそりと作ったスキマに手を突っ込み、北斗の持つ皿に並んだ出し巻き卵を一つ摘んだ。その手を北斗が叩こうとするが、ギリギリで手を引っ込め口の中に放り込む。そんな私達のやり取りを紫は愉快そうに眺めながら、一献傾けてから喋る。

 

「そんなことはありませんわ。彼に限っては、ですけれど」

「あぁ、そういう話ね」

 

 北斗は私達のやり取りで察したようで、テーブルに皿を置き自分の席に座る。そして目の前に置かれたおちょこを一瞬で飲み干した。意外と男らしい飲みっぷりをするじゃない。

 

「ふぅ……さっきは普通の人間だって言ったけど、正確には違う。俺には人とは違った力があるんだ」

「いや、それは見てればわかるけれど……」

 

 普通の人間はあんなアクロバットな動きしないし、お札から衝撃を出したりできない。私からしたら車の運転すらありえないものの範疇だ。何を今更言ってるのかしら?

 そんな私達の反応を察したのか、北斗が困ったように頭を掻いた。

 

「……まあ、紫さんのみたいに目に見えるわけじゃないから説明しづらいんだけどね。とにかく『俺が信じるものならば、現代であろうと幻想のものは存在できる』って理解してくれたらいいよ」

「何そのご都合主義。それなら幻想郷なんていらないんじゃないの?」

 

 酔っているのかメリーが元も子もないことを口走るが、北斗はただ紫のおちょこに酒を酌みながら小さな声で呟いた。

 

「必要さ。少なくとも俺にとっては、ね……」

 

 俯きがちにしみじみと呟いた言葉。それには外来人である彼が、どうして幻想郷を守るためにここいるのか、その理由が込められているように思えた。そう感じながらチーチクを味わっていると、紫が北斗のおちょこにお酒を注ぎ返しながらメリーに扇子の先を突きつける。

 

「それに人間は恐ろしいと思うものを管理、場合によっては排除しようとしますわ。貴女は人間と妖怪の戦争を見たいのかしら?」

「そんなB級映画興味はないわ。それに言い返させてもらうけれど、人間は恐怖を楽しめる唯一の生物よ。でなきゃ遊園地も、オカルト話も存在しないわ」

 

 メリーは両手を広げ、劇がかった口調で討論を始めた。紫もムキになりはじめたメリーに扇を突きつけながら応じる。

 

「妖怪もアトラクションにするつもりかしら? 人間は信じたいものを信じるわ。果たして人間は貴女達のように妖怪を認めることはできるのかしらね?」

「世論は知らないわ。けれど、ネットや巷の噂話では確かにオカルトを肯定する人達がいる。水面下、いえ、意識下ではいてほしいと思っているのよ!」

「だから、受け入れられると……流石にお人好し過ぎないかしら?」

「人間は信じたいものを信じるんでしょう? 私は人間の寛容性を信じてるわ」

 

 ……なーんか面白くない。メリーとこういう口論はよくするだけに、紫とメリーの議論が白熱するのはなんだか癪に触る。そんなむしゃくしゃした感情を酒と一緒に飲み込む。するとすかさず北斗が酌をしてくれる。こうなったら徹底的に酔ってやろうかと考えていると……ふと、さっきの議論の内容に引っかかりを覚える。違和感、というよりふとした閃きだ。

 

「信じたいものを……信じる、ねぇ」

「……蓮子、どうかしたか?」

「うん、ちょっとやってみたいことがあってね……北斗、スマホ貸してくれる?」

 

 私は首を傾げる北斗に向かって手を出しながら、ニヤリと笑ってみせる。すると北斗もつられたように笑い返してきた。

 

「本当に、頼りになるなぁ……」

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