ヒフウノナナフシギ   作:ナツゴレソ

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3.妖怪と運転手

 チェックアウトを済ませた私とメリーがエントランスに行くと、メリー似の女性と刀の男性が待っていた。二人とも荷物をまったく持っていない。女性が日傘を片手に、男性が釣竿ケースに刀を隠しているぐらいだ。

 二人と合流した私達は会話もそこそこに外の駐車場へと向かうことになった。強い日差しに顔をしかめながら背を追いかけていると、おもむろにメリーが前を歩く女性の背に声を掛けた。

 

「これからどうするんですか? えーっと……」

「あら、そういえばまだ自己紹介も済ませていなかったかしら?」

「自己紹介どころか貴方達の目的も何も知らないんだけれど」

 

 女性のいい加減な物言いに呆れて、つい口を挟んでしまう。すると、男性が苦笑いを浮かべながら振り返る。その手には鍵が握られていた。部屋の鍵、じゃないみたいだけれど。

 

「ははは……色々話すことはあるだろうけど、詳しいことは移動しながら話すってことで」

「移動?」

 

 私が首を傾げていると、男性が駐車場の一部を指す。そこには大きな鉄の塊……もとい、自動車が停められていた。 マッドブラック塗装の四人乗りの普通車、って言うのかしら?

 昨今の時代は自動車の利用、特に自家用車は廃れつつある。そんな危険なことをしなくても、完全自動化されたバスや電車が普及しているし、料金も格安になっている。街中なら飲み物を買うくらいの値段で移動できる、それが現代の交通事情だ。

 だからわざわざ自動車で移動するのは運転が趣味の金持ちぐらいだ。事故の可能性だってあるし、維持費だって馬鹿にならない。私とメリーが後進的な乗り物を目前に戸惑っていると、男性が運転席を覗き込みながら首を傾げた。

 

「車を手配した、とは聞いてましたけど、これどこから用意したんですか?」

「藍に頼んでね。はい、貴方の免許証」

「流石藍さん何でもアリですね。あ、運転久しぶりなんで事故っても文句言わないでくださいよ」

 

 男性はサラリと不穏な発言をしながら運転席へ乗り込んでいく。どうやら男性が運転出来るようだけど、まさか本当にこれで移動するの? 昨日みたくワームホールを作って移動した方が早いし楽だと思うんだけれど……

 しかし、女性もいつの間に助手席に座って、私達に急かすような視線を向けている。私達は意を決して後部座席に着く。私が運転席の、メリーは助手席の後ろだ。相当な高級車なのか、座席はフカフカで少し安心してしまう。けれど、やはり車内空間端公共交通機関に比べて圧迫感を覚えてならない。

 

「みんなシートベルトつけてねー……って、この車ミッションか。軽トラと教習車しか運転したことないんだけど」

 

 男性が私達に注意しつつ独りごちった。自信がなさげな言葉ばかりで不安になるけれど、男性は特に手間取ることもなく慣れた手付きで操作を始めた。

 エンジンが掛かった瞬間、座席の下から重苦しい振動が伝わってくる。ガソリンエンジンで動く機械に乗ったのは初めてかもしれない。走り出しても音は想像より小さい。これから走っても少し声を張れば話は出来そうだ。

 車は酔いが酷いとよく聞くけれど、そんな気持ち悪さも感じない。思った以上に快適だ。

 ゆっくりと走り出した自動車はホテルを出ると、市街地の方へ走っていく。てっきり神社の方に行くと思っていたのだけれど、どこに行くのだろうか?私は女性聞いてみるが、着いてからのお楽しみだとはぐらかされてしまった。仕方なので景色でも見ながら大人しく座っていることにした。

 

「……私、初めて自動車乗ったかも」

 

 流れていく窓の外を見ながらメリーが感動したように呟く。私もバスはあるけど、この大きさの車に乗ったことはなかった。今の所不安半分、わくわく半分といった気持ちだ。

 ……昨日までの恐怖が消えたわけじゃない。けれど、現状はこの状況を楽しめていた。ただ心の奥に押さえつけているだけか、肝が据わったのか、はたまたタガが外れたかは、自分でもわからないけれど……とにかく今は大丈夫だ。

 女性は男性に何やら行き先を伝えてから、振り返って私達に話し掛けてくる。

 

「さて、まずは私達から自己紹介しましょうか。私は八雲紫。端的に言えば、妖怪よ」

 

 唐突に突拍子もないカミングアウトをされた私は耳を疑ってしまう。昨日襲われた蜘蛛も妖怪だとメリーが言っていたけれど、同じ存在には到底見えないのだけれど。どう見てもただのメリー似の人間だけれど、種族の違いなのかしら?

 そこら辺が気になって、質問しようとするけれど、紫さん……紫は私達を指で制し、隣に座る男性の肩を叩いた。

 

「さ、貴方も自己紹介を」

「聞いてますよ。輝星北斗(きぼしほくと)、一応ただの人間だ。短い間かもしれないけど、よろしく」

 

 北斗と名乗った男性はハンドルを回しながら呟く。すると遠心力でメリーの肩が軽く当たる。

 ただの、って本人が言っているけれど、普通の人間があんなアクションできるわけない。明らかに一般の域から逸脱している。メリーに似た自称妖怪の女性に一見常識人だけれど厨二っぽい男性。どうも胡散臭くて仕方ない2人組だ。呆れて疑う気も失せるほどの露骨さだ。そんな私達の考えを見透かしたのかはわからないけれど、紫がこちらをジッと見つめながら扇の先を向けてくる。

 

「私達の詳しい話をし始めると長くなってしまうから……先に先に二人の名前を教えて頂戴」

 

 紫に促された私とメリーはアイコンタクトを交わし合う。自己紹介、ねぇ。そういえば私達も名乗っていなかったかしら? まあ、簡単でいいでしょう。

 

「宇佐見蓮子よ。京都で大学生やってるわ。それでこっちは……」

「マエリベリー・ハーン、同じく大学生。呼びづらかったらメリーでもいいわ。蓮子はメリーとしか呼ばないし」

「だって長いじゃない。で、私達は秘封倶楽部っていうオカルトサークルなの。ここにも活動の一環で来たのだけれど……」

 

 予定では三日ほど街を回って境目を探すはずだったのに……はあ、せっかく立てたプランが跡形もないわ。そんな浮かない私の顔を見てか、紫が愉快げに笑った。

 

「それは災難だったわねえ。いえ、オカルトサークルなんだから幸先がいいのかしら?」

 

 紫がからかうような言い草に少しムッとなる。死にそうになったのに笑い事じゃ済まないんだけれど!?と怒鳴りたくなる気持ちを抑えて、代わりに質問をぶつけることにした。

 

「そもそもあの蜘蛛は一体何だったの? 貴女と同類かしら?」

「見ての通り私は足が八本もないわよ。そこのところなんだけれど、残念ながら私達にも分からないのよねぇ」

 

 皮肉混じりの言葉に返ってきたのは、紫のわざとらしいため息だった。

 この二人なら何か知っていると踏んで聞いてみたのだけれど、そんなことはないようだ。 回答の代わりに紫は独り言のような口調で話し始める。

 

「科学の発達し切ったこの世界じゃ妖怪なんてほとんど残ってないはずなのに、どうしてあんなはっきりと存在を維持できたか……まったく見当もつかないわ」

「死体も幻のように消えてしまって調べられませんでしたからね。ただあの妖怪って……っと、危ね」

 

 北斗が言葉を途切らせた瞬間、慣性の法則で体が前のめって目の前の座席に頬ずりしてしまう。何事かと思い前を見ると、どうやら急発進したバスを避けるために急停止したようだった。

 

「ぶ、ぶつかるかと思った」

 

 メリーが目を白黒させながら呟く。いつの間にか車は街の中心部まで来ていたようで、バスの交通量も格段に増えていた。自動車ってこんな危ないのね。これを私がやれって言われたら絶対無理だわ。

 私は小さく息を吐き出しながら窓の外を眺める。高層ビルが並び立つ光景は壮観だけれど、無機質な壁に囲まれたような圧迫感を覚えて好きではない。この上を飛べたら最高に好きになれるかもしれない。が、生憎私に翼はない。欲しいわけじゃないけどね、邪魔で目立ちそうだし。

 どうでもいいことを考えているうちに、北斗は何事もなかったかのように車を発進させた。

 市街地はほとんどバスしか走っていない。バスは一応道路交通法は守っているけれど路上の車を気にするような運転はしないようで、好き勝手に路上を駆けていた。

 対して、北斗の運転する車はバスとバスの間を縫うように進んでいく。周囲を常に気にした運転を見ているとハラハラして気が落ち着かなかった。またスピードが乗り始めたところで、北斗が背中越しに声を掛けてくる。

 

「悪い、まだこっちでの運転には慣れてないから運転が荒くなるかも。まあ、もうすぐ着くから我慢してくれ」

「は、はい。それであの、それよりさっき言いかけていたけれど、あれってやっぱり妖怪なの?」

 

 メリーがシートから少し身を乗り出すように聞く。すると北斗はあー、と長い溜めを作った後に前を向いたまま首を振った。

 

「いや、俺が勝手に思ってるだけだから違うかもしれない。本当に分からないんだ。ごめんね」

「い、いえ……大丈夫です」

 

 男性の物腰の低さに、メリーは困ったように言葉を絞り出す。

 そういえばメリーが男と喋っているところをあまり見た事がない。普段の言動で避けられているのかもしれないけれど、北斗との会話が少しぎこちなく見えるのはその所為かしら?

 もしかして意識してるとか、ないわよね? メリーの意外な一面にモヤモヤしたような歯切れの悪い気持ちになっていると、自動車が赤信号で止まる。

 

「……ただ、俺達はこの街で起こっている『異変』を解決するためにここに来た。調べている内にきっと何かわかるかもしれないな」

 

 エンジン音だけが響く車内に、北斗の呟きが落ちる。異変、その言葉がやけに耳に残った。何気ない台詞選びなのかもしれないけれど、私には何か重苦しい意味があるような言い方に聞こえた。気になった私は割り込むように北斗へ問いかける。

 

「異変って、あの蜘蛛妖怪が現れたりとか?」

「ぐらいだったらいいんだけれどね……異変についてはまだ俺達も調べる前の段階なんだ。まずは街でどんな何が起こっているのか知らないと……紫さん、この辺りですか?」

「ええ、突き当たりを左に曲がってすぐの所よ」

 

 北斗は話の途中で何やら紫に尋ねる。外の景色は高層ビル街から閑静な住宅地に変わっていた。市街地で情報収集するならともかく、どうして住宅地に来たんだろうか? 不思議に思ってると、車はとある家の前で止まった。

 車から降りてその家を眺める。少し型が古い気もするけれど、二階建ての大きくて綺麗な家だ。運動が出来そうなほど広い庭と車が二台は余裕で置ける車庫が付いている。

 けれど、どうも人の住んでる様子がない。玄関にも庭、車庫にも物がなく、まるで新築の家そのもののような家だった。メリーは帽子を抑え、呆然とそれらを見つめながら紫に尋ねる。

 

「ねぇ、これって……」

「これからどれくらい調査が続くかは未定だけれど、その間ずっとホテルを借りる訳にはいかないでしょう?だから拠点を用意したわ」

「拠点を用意、って……ここに住むってこと!?」

「そういうこと。さあ、部屋に上がりましょう。これが二人の鍵よ」

 

 紫さんはメリーと私にそれぞれ鍵を手渡す。えっ、本当にここで暮らすの!? 四人で!? 北斗も一緒に!? 私は脳内で動揺の叫びを上げる。思わず北斗に視線を向けると、ちょうど目が合った。

 

「北斗、これマジで言ってるの?」

「あー、えっと……うん、多分マジで言ってる。紫さんに常識は通用しないから諦めるしかないと思う」

 

 北斗が申し訳なさげに頭を掻きながら言う。どうやら本気らしい。私はなんとも形容し難い思いを抱きながら、メリーと一緒に玄関へと荷物を運んだ。

 

 

 

「広い……」

 

 居間を見た瞬間、メリーが目を輝かせながら呟く。二階まで吹き抜けになっており、螺旋階段が付いている。一段高くし、障子で区切った8畳ほどの和室もある。大きなソファに食卓も備えられいる、テレビも無駄なほど大きい。カウンターキッチンもオシャレだ。二階は個室になっているようで、ドアが6つも見える。一人一部屋使っても余ってしまうわね。

 

「おお、大型冷蔵庫にオーブンに4口のIHコンロまで!」

 

 いつの間にか北斗がキッチンに入って子供のような歓声を上げていた。って、あれ? 反応からしたら北斗もこの家に初めて入ったのね。

 そういえば、この二人はどこから来たのだろう? 日本語が通じたり、北斗の容姿からしたら海外とかじゃないと思うんだけれど。それに時折世界って単語を使うけれど、何か意味があるのかしら?

 ……やっぱりまだまだこの二人は謎が多いわ。信用し過ぎないようにしないとね。

 

「こんないい家持ってたり車使ったりしているけれど、もしかして紫はお金持ち?」

 

 メリーが耳打ちする素振りをしながら尋ねるが、紫は薄笑いを浮かべるだけだった。

 私はこれからこの三人と生活することに一抹の不安を抱きながら、目の前にあったソファにしなだれかかった。

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