「シルバーデビル、まずはご挨拶だ」
先に動いたのはテリーとシルバーデビル。
「仰せのままに」
シルバーデビルは飛び上がり太陽を背にして火炎の呪文、ベギラマを放った。直上から放たれたことや太陽に目が眩んでいることもあり、為す術も無くバベルボブルは炎に包まれた。
「それで呪文のつもり? 本当の呪文を見せてあげなさい!」
負けじとアロマも指示を出し、反撃に転じようとする。確かにベギラマの威力ではバベルボブルに致命傷を与えることはできない。しかしこの世界に"ギラ・ベギラマ・ベギラゴン"は存在しない。アロマにとっては全く未知の領域の魔物が未知の呪文で攻撃してきたことになる。口こそ強気だがその心は焦りに支配されていた。
バベルボブルは両手の剣で炎を振り払うと目の前で交差させて呪文を唱える。古代の言語の文章がバベルボブルを囲い、それが激しく発光すると同時に消えた瞬間に空中で爆発が起こる。一瞬遅れて音、更に一秒もない僅かな時間だけ遅れて衝撃と爆風が会場に届く。
アロマも当然これで勝ちを決するとは考えていなかった。相手の高い潜在能力を感じ取り、最上級剣技"ギガスラッシュ"を当てなければ決定打になりえないと感じていた。将を射んと欲すれば先ず馬を射よ。これは相手を空から引きずり降ろすための作戦でもあり、ギャラリーを喜ばせるパフォーマンスでもあった。
その狙い通り派手な攻撃にギャラリーも沸き立ち、どよめきが会場を包み込んだ。
「ファニーのイオナズンが炸裂!これにはテリーのシルバーデビルもたまったものではないか~!?」
「本当のイオナズンを見せてやれ!」
会場をまくし立てる実況者をよそにテリーが大声で叫ぶと、爆発の煙が吹き飛ばされシルバーデビルが姿を現す。先ほどのイオナズンを大防御で耐えていたのだ。テリーのシルバーデビルは邪配合によって耐性や潜在能力が高められているだけでなく、キラーマシンのように他の魔物が一回行動する間に複数回行動する能力も身に着けていた。
「―――ッ!」
何と言っているか聞こえないほどの早さで終わる呪文の詠唱。瞬時に二回分のイオナズンを唱え、地上にいるバベルボブルを先ほどシルバーデビルを襲った爆発よりも二回り大きな爆発が包み込んだ。
これにはバベルボブルも倒れるかと思った次の瞬間、重そうな巨体からは想像もつかないような跳躍でバベルボブルはシルバーデビルの目の前に迫りつつあった。
「これは爆発の勢いを利用したのか!?凄まじいジャンプだ!」
バベルボブルの両手に握られた剣が薄紫色の光を纏っている。間違いなく勇者の剣技"ギガスラッシュ"だ。振り下ろされた剣はシルバーデビルを切り裂き、スタジアムの地面へと叩き落とす。シルバーデビルが地面に落ちてから数秒遅れてバベルボブルも着地する。
シルバーデビルが立ち上がりバベルボブルを睨みつける。闘志は消えていないようだがその身体は満身創痍だ。一方バベルボブルもベギラマと二発のイオナズンが重なり万全と言える状態ではない。相当無茶をしていることはギャラリーの目からでも分かった。次の一撃で勝負が決まるという瞬間だった。
「うわあああ!」
上から聞こえてくる声に全員が振り向いた。会場に大きな影が落とされる。三つほどの大きな塊が降ってくるのが見えるが如何せん逆光でよく見えない。
「助けてえええええ!」
近づいてきてわかったがドラゴン系の魔物三匹と一人の少年が落ちてきているようだ。
「やれるか?」
「テリー様がやれと言うなら成し遂げるのが私の役目です」
「やれ」
「仰せのままに」
シルバーデビルは試合を放棄し、バベルボブルに背を向け落ちてくる少年を抱え上げる。首に巻いた船乗りのようなスカーフと腰から下げた鍵束が目に入る。
「あ、ありがとう。とりあえず降ろしてくれるかな?」
シルバーデビルは一切答えずに地面へと降り立って少年を下ろす。既にドラゴン系の魔物三匹はテリーとアロマの間に落ちている。一匹は金色の鱗に覆われたいかにも竜、といった風貌のドラゴン。もう一匹は紫の鱗に覆われ、金色の龍に比べるとトカゲ感のあるドラゴン。最後の一匹は足こそ無いが羽を持ち、蛇に近い姿をしている。
「グレイトドラゴンと…知らない魔物ね…」
「紫のがアンドレアル。足が無いのがコアトルだ。そんなことも知らないのか?」
「うるさい!協会のデータには無い魔物なのよ」
「あのー」
きっと今一番状況が呑み込めてない少年が困惑しているのに気付き、アロマがわざとらしく大きく咳払いをして話を切り替える。
「えー皆様、トラブルが発生しちゃったけど、とりあえず今までの試合の流れを見てテリーがマスターに相応しいと思った人は拍手!」
一瞬会場が静まり返り、それからはち切れんばかりの拍手がテリーを包み込んだ。星降りの大会の最終決戦決着後の拍手にも負けず劣らずの喝采がテリーに懐かしい記憶を思い出させた。
「勝負はお預けよ、会長室まで付いてきて。落ちてきたアンタ共々色々話しを聞かせてもらうわ」
「僕はテリー、"元"タイジュのマスターだ」
「僕はルカ、マルタの魔物牧場の跡継ぎです」
「改めてわたしはアロマ、バトルGP協会の会長よ」
テリーとルカは会長室と呼ばれる豪華な絨毯が敷かれ、高級そうな机とその後ろの壁一面を本棚が埋め尽くしている部屋に迎えられた。机を挟んで入口側にテリーとルカが並んで立ち、その反対にアロマが立っている。
テリーもルカも知った国の名前を聞きどこか安堵の息をもらす。しかしルカはその直後訝しげな顔をして隣に立つテリーの方を横目で見る。
「協会の情報によればタイジュもマルタも存在しない国よ。お伽噺の本の中から出てきたとでも言いたいの?まして主人公の名前を使うなんて」
「お伽噺?どういうことだ?」
テリーが尋ねると、アロマは後ろの本棚へと向かい一冊の本を取出し机に置く。
「星降りの冒険譚。第一章の主人公の名前はテリー、第二章の主人公の名前はルカ。まさか本人だなんて言わないわよね?」
「「本人だ(よ)」」
アロマが頭を抱えて机の上に上半身を乗せ崩れ落ちる。
「頭痛が痛いわ…アンタはどんな経緯と理由でここに来たの?」
顔だけテリーの方に向けてアロマが尋ねる。
「自分より強いマスターに会いたいとオルゴ・デミーラに頼んでここに繋がる旅の扉を作ってもらった」
アロマはわざとらしく呆れたような溜息を吐いてから姿勢を正した。
「とにかく。アンタをマスターとして登録してやってもいいわ。ただこの島々は協会のもの、変なことをしたらタダじゃおかないわ」
一流のマスターとして、そして会長としてテリーに念を押す。
「もちろん、君を敵に回せばここにいられなくなるんだろう?」
「わかったなら良し。これを受け取りなさい」
そう言ってアロマは机の引き出しの中から青い宝石の嵌められた銀の指輪を取り出してテリーに渡す。指輪には"No.000"と刻印されている。
「マスターの証、スカウトリングよ。戦闘中にその指輪を掲げればスカウトアタックができるわ。簡単に言えば峰打ちで力を見せつけて相手を屈服させる道具よ。多分アンタには必要ないけど協会施設の利用に必要だから持ってなさい」
「ありがとう。受け取っておくよ」
テリーは指輪を受け取り、左手の人差し指に嵌めた。青い宝石はが映すテリーの顔はどこか嬉しそうだった。
「それで、次はルカ君。どういう経緯でここに来たの?」
「マルタの精霊ワルぼうから渡された"みらいのカギ"を不思議な扉に使ったら空中に放り出されて…」
「何のために?」
「テリーを倒すために」
空気が凍りつく音が聞こえた気がするような沈黙が訪れる。アロマはルカとテリーの顔を交互に見て、それから首をかしげる。
「テリー、アンタ何やらかしたの?」
「ちょっと禁忌に手を出しただけさ」
「はあ?」
誰一人として状況を理解できていない惨状に(この中では)常識人のルカが打開を試みて口を開く。
「それじゃあ、テリーや僕がいた世界について話すよ」
そっちの世界の伝承としても伝わっているから知っているかもしれないけど、僕たちは精霊の加護を受けた樹上の国でマスターとして活動していた。テリーはマルタの精霊に攫われた姉を探すために樹上の国のマスターの頂点を決する星降りの大会で優勝するために奮闘し、見事優勝して姉と再会。その後もマスターとして活躍していったんだ。
その数年後に僕は家族と一緒にマルタの国に引っ越してきた。魔物牧場の経営を行うはずが訳あってマルタの生命エネルギーが漏れ出すのを防いでいる"マルタのへそ"を壊してしまったんだ。その代用品を求めて僕はマスターとして様々な異世界を旅したんだ。そしてその冒険の末に狭間の世界にいた魔王"ドーク"から"ふしぎなへそ"を奪い取ってマルタを救ったんだ。
そしてそれから一年くらい経ってからテリーが"邪の波動"っていうとんでもない力に手を出したみたいで、その影響で樹上の国の精霊は力を失って、タイジュ、マルタ、カレキ、タイボク、どの国も衰退して魔物は野生に帰り、配合を軸とした人間と魔物の共生関係は崩された。
魔物と強い結束で結ばれていた一部のマスターがテリーを倒し、邪の波動をこの世から消し去ろうと努力しているんだ。僕もその一人としてマルタを救うためにテリーを探していたんだ。
それで、うちの精霊のワルぼうがこのカギの世界にテリーがいるって言って"みらいのカギ"を渡してきたんだ。早速その世界に旅立ったらテリーと君が戦っていたんだ。
「アンタ…やっぱスカウトリング返しなさいよ」
「嫌だね」
凍りついた空気は棘付いた空気へと変わっていく。
「この世界でも邪の波動を使うつもりなのかい?」
「いいや、一匹だけ連れてきてちょっと初心に帰ってみようと思ってね」
「あのシルバーデビルが初心?ま、いいわ。私を負かしたアイツよりは弱そうだし、万が一何かあればアイツと一緒にぶっ飛ばしてやるから覚悟しなさい!」
「そっちこそ、僕の邪魔をするなら容赦しないよ?」
再び困惑するルカをよそにテリーとアロマが火花を散らし始める。
「僕だってその時は倒します。もし本当に普通のマスターに戻ると言うなら僕はテリーを応援したい」
ルカが二人の間に割って入り、テリーを牽制すると同時に擁護する。彼自身、テリーに直接の恨みなどないのだ。
「それじゃあ今度手合せ願おうかな。今の仲間じゃあちょっと力不足だしね」
テリーもその答えに満更でもなく、挑発や皮肉を抜きにルカに対戦の約束を取り付ける。
「というわけでアロマさん。僕もマスターに登録してくれませんか?」
「はぁ…何で次から次へとこんなことばっか…」
聞こえよがしに愚痴をこぼすアロマに一瞬ルカは顔を歪める。それを見たアロマは母性的な庇護欲を刺激された。
「べ、別にダメじゃないわ。ちょっと混乱してるだけよ。テリー共々明日には協会の施設を使えるようにしてあげるわ」
「ホントに!?」
「嘘はつかないわ。ほら、スカウトリングよ」
机の引き出しからもう一つリングを取り出してルカへと手渡す。
「ありがとう!」
かくしてこの場は収まり、ルカの落下沙汰は不良品のキメラの翼を使ったことによる事故であると後日報道された。テリーはその日のうちに協会本部にある図書館の本の1割を読破し、自分のいた世界と違う魔物の成長の仕方を入念に調査した。一方ルカはGPitに向かい、預り所の職員と一緒に魔物の管理法について話し合い、日が暮れる頃、アロマに分厚いレポートを提出した。異例の事態が相次ぎ疲弊したアロマが再び溜息と愚痴でルカの顔を曇らせたのは想像に易いだろう。
・グレーラ(グレイトドラゴン+42)
ルカのパーティーでは最も古参の魔物。
使用可能な特技はしゃくねつ、かがやくいき、ばくれつけん、まじんぎり、たいあたり、ちからをためる、いきをすいこむ、におうだち
・アンドレ(アンドレアル+36)
ルカのパーティーにおいて主に補助と追撃を行う。
使用可能な特技はジゴスパーク、マダンテ、スクルト、フバーハ、マジックバリア、あまいいき、やけつくいき、もうどくのいき
・コル(コアトル+34)
ルカのパーティーにおいて、サポートと回復を主に行う。
使用可能な特技はしゃくねつ、がんせきおとし、ビッグバン、バイキルト、ルカナン、ぶきみなひかり、ひかりのはどう、ベホマラー