ニセコイ Under Tale Color Wars 作:ゆうびん
時は過ぎて放課後、春は先生に頼まれていた用事を済ませて一人歩を進めていた。
「はぁ~、相変わらず人使いが荒いんだから、って愚痴りながら歩いてたらまたヘンなところに来ちゃった」
涼もポーラも用事があるからと先に帰してしまい、気を遣わせるのも悪いと思っていつも一緒に帰っている姉達も同じように帰してしまった。
すぐに終わらせて追いつこうと思った矢先にこれであった、おまけに自身の方向音痴ぶりも働き踏んだり蹴ったりである。
「ここは...、四階だな。さっさと帰ろ帰ろ!」
そういって踵を返し階段の方へと歩いていこうとする春だったが、誰かに呼ばれる声に足を止める。
「春っち!ここで何やってんの?」
声の主は莉緒だった、やけに最近縁があるな...と春は内心呟く。
「ちょっと先生に用事頼まれちゃってさ、今済んだところ。桃昇さんは部活?」
用事の内容と今四階に居ることは全く別の理由なのだが、うまくそれに触れず話題を逸らす春。
「そうなの、今からいくとこ。なかなか上手くいかないフレーズがあってさ。早く弾きたいんだ」
そういって背負ったギグバッグを撫でる莉緒。愛用のギターはもはや半身のようなものなのか、と春は一人納得する。
「そっか、桃昇さん、夢中になれるものがあっていいね」
その一言を聞いて莉緒の手がピタリと止まり視線を春に向け、今度は同じ階にある音楽室のカギを黒いカーディガンのポケットから取り出し指に引っかけクルクルと回す。
「うれしいこと言ってくれるね!春っち。ウチからも聞かせてもらってもいいかな?」
「ん、何?」
「春っちはさ、新しいこと始めたいって言ってたよね。何がきっかけなの?」
「えっ、何がきっかけって...、気分転換...かな」
まさか失恋が原因ですとは言えず、春は当たり障りないような答えを述べる。とはいえそれもあながち間違いではなく、大きな目的を無くし、心にポカンと大きな穴が空いた春は心機一転を図っているのも確かである。
「気分転換ね...」
その瞬間、春は莉緒の雰囲気が少し変わったことを察知した、いつもの快活な雰囲気から少し熱を引いたような、冷たいフィルターを重ねた不透明さだ。
「ゴメンね、ちょっと不真面目だったよね、桃昇さん一所懸命なのに...(怒らせちゃった...かな)」
「ううん、そんなことないよ。不真面目なんて思ってないし、別にそんな理由で楽器やりたいって人がいてもウチは大歓迎だよ。まぁ春っちにはご縁がなかったみたいだけどね」
一度表情をほころばせ、ニシシと笑う莉緒。
「春っちさ、ウチが人前でデカイこと言うたびにクラスの誰かが何か冷やかしてくるの知ってるよね」
再び表情を曇らせた莉緒が述べたことは春も昨日聞いたとおりだ、碌に実績も無く部員も莉緒たった一人で、文化祭でもステージの許可も降りなかった。そんな彼女の...夢と呼ぶにはあまりにも大雑把すぎる目標は一笑に付されることが殆どだ。
「ウチは何言われてもへこたれないし、気にしないよ。褒めて貰いたくてギターやってるわけじゃないしね」
「桃昇さん...」
「でもやっぱり感じるのが周りの目線だから、昼休みのあんなの見て応援してくれるのってすごくうれしかったし、すごくやる気になるんだよね。だから春っちも何かしようって思ったらそのチャンスを大事にしなよ!切っ掛けはどんなのであっても」
それから莉緒はいろんなことを話した、ギターとの出会い、家庭のこと、時間にしてわずか数分だったが、いつもの莉緒からは想像も出来ないほど真摯で引き込まれるものであった。
「.........」
「ごめんね、長ったらしく話しちゃって。...春っち?」
「.........」
春は何も言えなかった、クラスの賑やかしみたいなポジションにいる莉緒にこんな背景があったとは、“新しいことを始めたい”と軽々しく言った自分の浅はかさと夢中になれるものがある莉緒への僅かばかりの羨望、今の春の頭の中にはそれがちらついていた。
少しの間黙っていた春だったが、思い切ったように口を開く。
「なんか...、すごいなって思って」
それは素直な感想で春の気持ちだった。
「何かさ、あんなに熱心に話してるの見ると私も気になっちゃって、桃昇さんの...」
「莉緒でいいよ」
「じゃあ莉緒ちゃんはさ、毎日のように勧誘してくれるけど私その都度やんわりスルーしてたから、音楽も楽器も専門的なことは全然わからないし。その、ごめんね。軽音楽部一人だけで頑張ってるのに。でも莉緒ちゃんのギター好きだよ、まだちゃんと聞いたこと無いけど、是非聴いてみたいって思ったもん」
俯きながら謝意を言葉で示し、そのまま莉緒に視線を向ける。
「でもね、莉緒ちゃんのこと、元気で頑張ってるって言ってる人も何人かいたよ。表に出さなくても応援してくれるって結構いるんじゃないかな」
「......」
「......莉緒ちゃん?」
しばらく続いた沈黙に耐え切れなくなったのか春が会話を切り出したが、莉緒からのリアクションは意外なものだった。
「嬉しいよ春っち~」ギュ~
「うわっ、ちょ、ちょっとどうしたの?」
「嬉しいんだよ、嬉しくて嬉しくて。一人で部活続けていくのもしんどくて、ホントは分かってたんだ、しつこいだけの勧誘しても部員は入ってこないって。春っちも御実家の手伝いしてるって知ってたし他の人たちもきっと理由があるんだろうって、自分がやってるのはただの無理強いだったって」
「莉緒ちゃん...」
「そうやってムリヤリ名前覚えてもらうのがせめて部を続けてく手段だって思ってた。でもそんなことなかったんだ、できる事をやってればきっと何か変わるんだね」
春は微笑んで自分に抱きついている莉緒を離し、まっすぐ向き合う。
「私は楽器はできない、けどファンにさせてよ」
「もちろん!あ!でも一号はもういるけどね」
「え、そうなの」
「うん、入学してウチがこの部に入った頃、二年三年の先輩達がいたんだけど、うまく折り合いが合わなくて...、もう辞めようかと思ったんだけど、ウチのこと庇ってくれる人がいたの」
「へぇ~」
「結局先輩たちはそのまま辞めちゃって部員はウチ一人になっちゃったんだけど、その人にすごく感謝してるんだ。ま、一号っていってもウチが勝手につけただけなんだけど」
その後、二号になるといった春だが、二号も存在しており(案の定莉緒が勝手につけた)、結果的に三号に落ち着くことに成った。
「じゃぁそろそろ帰るね、部活頑張ってね!」
そういって手を振り合い春は帰路へ、莉緒は音楽室へと向かい歩いていった。歩いていく春の背後から大きな声で莉緒が呼びかける。
「春っち~!有名になったら春っちのお店のCMソング作ってあげるね~!ハリウッドスターもバシバシ来るくらいの激アツソング!!」
「アハハ...、ありがと!」
若干の苦笑いを交え返事する春、莉緒は周りから笑われるくらいスケールの大きな話を躊躇いもなくしてくる。だがそれこそが莉緒を形づくるパーソナリティなのだ。
(胸張っていいんだよ、莉緒ちゃん!)
「さぁ、帰ろ帰ろ!」
莉緒と別れ階段へと向かう春、こちらの校舎の四階へは数えるくらいしか来た事が無かった。一学期は移動教室で週に一度だけ視聴覚室を使った授業があったくらいだ。他には例えば授業で映像資料を見たりとか、入学したてのころ探検気分で四階まで涼と登ってみたりとか、屋上に入れる校舎は隣なので殊更この校舎に足を運ぶ理由は春には無かった。」
「............、............あれ?」
あとは階段を下りれば三階との踊り場を経て三階、二階、そして地上階へと着き、そのまま靴を履いて下校、となるはずだったが、階段に一歩足を踏み出すその瞬間、春の頭の中に一つの違和感が現れた。
「この部屋、いつも閉まってたよね......」
それでも、それでも尚、春は感じてしまった、この違和感を。一学期のころは何時も閉まっていた四階の一角、部屋の表札も色褪せて剥げてしまっているが、今日に限ってはなぜか数センチほど引き戸が開いていた。
「............」
先ほど莉緒と長々談笑をしていたというのに、わざわざその部屋の前まで足を戻してしまった春、この扉が開いているのをみたのは初めてだ。
「............ちょ~っと中見るだけ...」
今日のところは好奇心が勝ってしまったようだ。引き戸に手を掛けゆ~っくりと開く。
「なに...この部屋...」
開いてるのを見たことが無い部屋だったが、ほこりっぽさやカビ臭さといったものは全く感じられず、整頓された部屋であった。中にあるのは壁一杯に立てられた様々な本が詰まった本棚、反対側の本棚には本が半分、残りの半分は何やら器材が入ってると思しき段ボール箱がいくつか詰まっていた。そして窓に背を向けるように一対の長机と椅子が置かれていた。春は誰に言われるでもなく足を進めていた、教室の半分ほどしかないこの部屋だが、もっと見てみたいという好奇心を刺激したようだ。壁際の本棚に向かいその棚のラインナップを見る。大型の本や分厚い辞書のような本、その中の本を一冊手に取って、パラパラとめくってみる。
「わぁ~、キレー」
その本は外国...アラスカだったか南極だったか、春の記憶ではあまりよく思い出せなかったが、どこかの国で撮影したと思われるオーロラの写真が収められた写真集であった。ページをめくり、一通り見終えると棚に仕舞い、別の本を取り出しまたページをめくる。こちらの本は日本の古い時代の背景を特集した資料のようだ。
「スゴーイ!、こんな部屋があったなんて知らなかった...」
その資料もめくり終え、今度は厚めの大きな本を手に取りめくるが、その本は外国語オンリーの小説だったようで春は黙って本棚に戻す。
「でもホント、なんなんだろ...この部屋」
改めて部屋をキョロキョロと見回す春、そのときだった。
「...誰?」
「うひゃぁ!!」
背後から掛けられた声に驚いた春、しかも声の主は男。ギギギと体を後ろに捻らせ謝罪に入る。
「ご、ごめんなさい、開いてたからつい中に入っちゃって...、って、あなたは」
「君は...」
春に声を掛けた人物、それは春が今日の昼休みに莉緒に紹介されていた人物の一人、白いボサボサの頭に眼鏡をかけた男子生徒だった。
「たしか...藍川君!」
「...君は...、小野寺...」
入学して半年近く経っているのになぜか初対面のようなリアクションをする二人、それもそのはず、春はクラスの男子との会話を全くした事がなく、藍川もクラスで一番暗いキャラと勝手に周りが騒いでおり、自身もあまり他人と関わりたがらない性格なのでこの二人がこんな反応をしたのはある意味必然だったのかもしれない。
「なんで、藍川君がこの部屋に?」
「...それはこっちのセリフなんだけど...?」
あまり大きくない声で春の問いに問いで返す藍川。
「もしかしてこの部屋、藍川君が使ってるものなの?」
「...ああ、先生に頼んで空き部屋を使わせてもらっているんだ...」
藍川の答えを若干後ずさりながら聞き入れる春。やはりどうしても男性は苦手なようだ。
「な、なんのために?」
「...学校でやることといったら勉強の他に一体何があるの...?」
「そりゃそうかもしれないけど、なんでわざわざこの部屋を使ってるの?この本は一体何なの?」
立てつづけに質問してくる春にやや辟易しながら藍川は伏し目がちに応対する。
「...落ち着いて勉強したいから...それに教室は騒がしいし...、クラスの平均点も低いし」
「ああ、確かにね」
春は1人納得する、確かに自分のクラスのテストの平均は低めだし、なにかと男子が騒いでることも多い。ようするにあまり勉強に励める環境ではないのだ。
「それで部屋を...、でもこの本達は?」
「...これは...来たときからあったものだから...、勝手に片付けて何か言われたら面倒だし...」
頭をポリポリ掻きながら応える藍川。
「読んだ事あるの?」
「...息抜きによく読んでるよ。哲学書とか伝奇小説とか色々あるから...、絵本なんかも置いてあるの見たな...」
「いろいろあるんだね~」
「...あとは風景の写真集とか、世界遺産とか山の百選とか、退職していった先生達が置いていったものらしいよ...詳しく聞いてないからわからないけど...」
「そうなんだ...、よし!」
藍川の話を聞いて、何かを決心した様子の春。
「ねぇ、藍川君」
「...何かな...?」
「もし邪魔じゃなかったら私もこ...」
そういって何かを藍川にお願いする様子の春、だが...
「きゃあああ!」ガラガラガシャーン
その声は、絹を裂くような悲鳴と何かを倒したような物音にかき消されたのだった。
「何ッ?今の声」
「...おそらく音楽室のほうだな...なにかあったのかな...」
「音楽室...莉緒ちゃん!?」
音楽室と聞いて莉緒を思い出した春は慌てて部屋を飛び出し音楽室へと走り出した。
「...ちょっ、小野寺...」
そして、それを見た藍川も慌てて追いかけるのだった。
第二話でした!
次回、事件がおきます!