「人がゴミのようだ」
どこかに建っている誰も知らない、今にも崩れ落ちそうな廃ビルの屋上の手すりにもたれ掛かりながら僕はそんな戯言を吐き出した。
「いや、」
この世はまるで人間たちが吐き出した廃棄塵をたんまり溜めていった腐ったゴミ溜めのようだった。そんな腐った世界からお別れを、別にそんなに惜しまない感じに手すりを足を引っ掛け、越えて、空を飛んだ。
「景色がゴミのようだ」
―――僕は世界から飛び降りた。
生まれてからこの10年間。それは至って普通の人生だった。
いや、世間一般的には…だけれど。他人から見て普通じゃないというなら、それはきっと普通じゃないのだろう。ただ僕にとってはそれは普通の人生だったのだ。少なくとも、幸せを感じられるくらいにはとても充実した人生だった。そう”だった”。
10歳、小学四年生低学年。
あの頃の僕は幸せで平和だった。ちょっと理屈っぽい父親が居て、少し口うるさい母親に、少々我が侭な妹。僕を取り巻く世界は凡そ普通という言葉が似合う環境で、そんなありふれた人生に何の疑問も持たず。不安や閉塞とは無縁の毎日だった。まるで独裁的な義務教育的学校の授業が終わり。家に帰って言い付けられた宿題を片付け、必要な栄養を摂取し、明日の予定に遅れないように早めに就寝。
これが生まれてから10年間。僕――赤梨黄泉(あかなしよみ)の馬鹿みたいに繰り返していた行為だ。よく飽きなかったなぁと今更ながらに関心する。
「私的には。三日前に退院したばかりなのにも関らず性懲りもなくまた病院(ここ)に入院した君に対し、医師としての怒りを通り越して逆に関心してくるよ。なに? マゾなの? 新種の構ってちゃんなの?」
新種過ぎる。聞いたことないよ。初耳だぜ。
「おはようございます。七視さん」
彼女は遺原七視(ゆいはらななみ)さん。この遺原病院に勤める脳神経外科医だ。自称愛され系ナースの七視さんは少し不機嫌そうに笑いながらも「おはよう」と返してくれた。うん。何時も通りだ。
体を起こし腕を回してみたり足を曲げてみたりするも、別段と痛むトコはないようだ。目に見える怪我と言えば左腕の包帯くらいか。というかあの高さから落ちて、いったいどうやって助かったんだろう。
「僕がここに来てどれくらい経ちました?」
「一億と二千年くらい」
「三日も寝ていたんですか」
直ぐ横の机に空っぽの花瓶と常備されたカレンダーを見ると、日付ごとに赤いマーカーで線を引かれていた。そして現在僕のベットの4割を独占している七視さんから舌打ちが聴こえた。あんたは僕とコントがしたいのか。
「ねぇねぇ、よーくん」
「なになに、なっちゃん」
さらりと布団を奪われた。窓を開け放しているので少々肌寒い…。まぁ、つまり。これで身を守る外壁がなくなったわけだ。七視さんは相変わらずの微笑で僕に詰め寄る。ああ、撤回だ。これは相当怒ってるぞ。かなり間近に七視さんの顔があり、思わず後ろに後退するが、当然の如く壁にあたる。溜息を吐き、七視さんを睨む。
ウィンクされた。
「キミはいつになったら死ぬのをやめるの?」
「一億と二千年後くらいですかね」
思いっきり頭部を強打される。それはもう容赦なく。病人に暴行を加える自称愛され系ナースの姿がそこにはあった。
「なに人のネタ取ってんのよ」
そこに怒ったのかよ。それと別にこれはあんたのネタじゃねぇ。
「ねぇねぇ、よっちゃん」
「はいはい、なーくん」
頭をわしゃわしゃと掻き回される。僕は訳もわからず目を白黒させてると七視さんはにんまりと満足そうに笑って僕の髪から手を離し、溜息混じりに言った。
「そろそろさ、生きてみなよ。良心的自殺ももう三回目じゃん? 流石にドクターストップだよ」
「…………」
良心的自殺…か。言い得て妙だ。まぁ確かに自殺って自発的にやるものだけど。あはは、なんというか…
「ねーよ」
「それを抜きにしても。黄泉くんってさ、かなりのお人好しだよね。自分嫌いのお人好し? っていうのかな。ま、お人好しを抜いたら何も残らないけど」
褒められているのか貶されているのかよくわからない評価をされました。たぶん貶してるんだろうなぁ。僕が”××である自分が嫌い”だからお人好しってか? あはは…。
「ねーよ」
マジでねーよJK(常識的に考えて)。お人好しだなんて…。これほど僕に似合わない言葉もないだろうに。七視さんは何を思って僕の事をそう形容したのかはわからないけど、これはどちらかというと悪意的自殺だよ。たぶん。
「ま、黄泉くんと私は他人なわけだし。保護者でもない私がとやかく言う事じゃないけどさ」
ただ、キミを見てるとなんだか危なっかしいんだよね。ふよふよしてて存在が定まらないというか、まるで雲を見てるようだよ。
(`・ω・´)