「やってられんな…」
ぼそりと呟いた言葉に当直の兵士が怪訝そうな顔をしているのを見、林田は不敵な笑みを返すと、再度書類に目を落とした。
「AG戦闘用アンドロイド、『艦娘』だと?一体どんな趣味の奴が造ったのか。」
これをデザインしたやつはどんな顔をしているのだろうな、と無意味な想像をしてしまうほどに、彼は困惑していた。軍人としての感性がどうにも受け入れ難い美しさを持つ「それ」は今週中にはこちらに配属されるのだろう。
AG適応者の少なさは確かに戦略的なAG運用の大きな妨げとなる。それを補う為の
「昨今の軍人は戦場にまでこの様な嗜好を持ち込むのか?」
再度口中に呟いた言葉を、強引な理論で否定する。何か普通の軍人には分からない意味があるのだろう、と。
「まぁいい、姫君達のお守りは彼の仕事だ。」
苦労するだろうな…と、林田は彼の不運に暫しの間同情した。
どうにもこうにも道の分かりにくい基地だ、と駒藤は朝から悪態をついていた。昨晩は最悪の眠りだった。まさか自分にあんな仕事が来るとは思ってもいなかった。しかし文句を言っても来るものは来るのである。姫君達の到着予定は一週間後、それまでに少しでも準備しておく必要があった。その為に整備場で自らのAGについて、整備兵と話そうという、我ながら殊勝な心掛けを持っていたが…道に迷っていた。
「失礼致します!駒藤中尉殿でありますか!」
焦っていて周りが見えていなかったのだろうか、背後からかけられた声にオーバーリアクションしてしまった。
「あ…人違いでありましたか。申し訳ありません!」
「いや、違わない。君は?」
「申し遅れました、整備兵の石村上等兵であります。」
偶々通りすがり、不審者気味の行動をしていた駒藤をもしや例の中尉殿ではないかと、声を掛けたと言う。尤も彼は基本的に気になった人間には話しかける、非常に社交的、悪く言えば煩い人間なのであるが。彼の様な整備兵達なら安心かもしれないと駒藤は思った。彼の話によると、自分のAGは既に工廠に搬入されており、整備兵達は我先にと弄くり回しているそうだ。また、整備長はAGの設計にも関わった優秀な技術者であり、信頼に足る人物らしい。一先ずホッとした駒藤は、彼に整備ドックへの案内を頼んだ。
「初めまして駒藤中尉。整備長の岩中です。」
穏やかな物腰の整備長を見て、駒藤は少し緊張を和らげる事ができた。
「初めまして。聞いた話ではAGの開発にも携わったとか、よろしく頼みます。」
「開発に関わったと言ってもほんの僅かなものです。余り過剰に期待されると困りますね。」
そう言って苦笑した岩中は長身に眼鏡を掛けた温厚そうな人相の中年である。正直なところAGの開発に関わった程の人物には見えないが、人は見かけによらない、と駒藤は胸中に呟いていた。何にしろAGの整備は直接自分の生命に関わる、少しでも不安要素は排除したいと思うのが自然であろう。
「早速だが、自分のAGについて何か思うところは?」
「至ってシンプルな青龍型のAGですね。多くのパイロットが自分好みに改造したと聞いていましたが、殆どそのまま使っていた様ですね。自動小銃はお気に召さなかったのですかね、13.2mmAG用軽機関銃に変更されていますが後は目立った特徴のない、平凡な機体です。」
なんとも簡潔な評価だが、駒藤はこれに納得し、また満足もしていた。彼の思想では兵器に最も必要なのは信頼性と安全性なのである。完成されたAGである青龍を、これ以上改造する必要は感じなかった。岩中整備長の言う通り初期兵装の自動小銃だけは性に合わずに変えてしまったが、逆に言えばそれ以外はロールアウトされた機体から殆ど変化はない。これなら性能も安定するし、整備性も良い。何よりも機体負荷が少ない為、故障しにくい、と駒藤は考えていた。
「そうだ、例の姫君達の機体のデータが先んじて送られてきましたが、ご覧になりますか。中尉殿とは違い大分カスタマイズされています。」
皮肉とも取れる言葉だが、微笑で受け取り頷くと、彼はコンピュータの前に座り、隣に来る様に促した。
「全部で4機のAGです。こんなに整備兵が集められているのも納得というものですね。ご覧ください、かなり個性的なお嬢さん方のようだ。」
パイロットである以上、駒藤にもある程度のAGに関する知識はある。その4機は確かに個性的な面子であった。
「一番機は電子戦と狙撃特化、二番機は盾持ちだな…三番機は…こんなデカイ剣は実戦で使えるのかどうか不安だ。四番機はいたって普通だが、短機関銃に拳銃か、運動性能を重視したってことなのかな?」
AG操縦過程を並の成績で出たにしては悪く無い推測だ、と駒藤は考えつつ言葉を紡いだ。
「今仰った感想でほぼ合っていると思います。一番機『暁』は索敵用の高出力レーダーにジャミング装置、更に高精度の光学照準を搭載したAG用の狙撃銃を装備しています。後衛に置いて援護させるには良い機体ですが、接近されると大分辛いものがありますね。一方、二番機『響』は本体の装甲も強化されているようですし、展開式稼働防盾を装備していますから『暁』の直衛につけるか、前線への切り込み役とするかは悩ましい所です。」
「しかしあれだな…個性的すぎる。特に三番機だ。パイロットはどんな神経をしているんだ。」
「アンドロイドの神経構造は自分には分かりませんが、三番機も侮れない存在だと思いますよ。正面の装甲はそれなり以上に強化されていますし、背部スラスター周りを強化して重い装備によるスピードの低下を補っています。尤もかなりピーキーな挙動になると思われますが…。」
「一撃離脱戦でも仕掛ける気なのかな?この姫様は…。」
「散弾銃にこの馬鹿デカイ剣ですからね、強化された推力と装甲で強引に接近して近接火力で圧し潰すのでしょう。」
命令書の顔写真の印象とは違う好戦的な娘なのか、と駒藤は嘆いた。そんなじゃじゃ馬は出来れば部下にしたくない。
「前衛にするしかないという意味では簡単かもしれんな。個人的には四番機の様な存在がもう一人位欲しい所だが。」
「確かに四番機の安定感は安心できる材料かと、但しこの機体も中々微妙な調整がされていますね。以外と曲者のパイロットかもしれませんよ。」
判断材料が揃うと、より鬱になることもある。駒藤はその日、こんな結論に達した。
自室に戻った駒藤は、結局物思いにふけるしかなかった。
ともかく、あと数日もすれば例の姫君達はやってくる。命令書によると教育及び指揮をすればいいらしいが、それはつまり、いつ敵襲があってもおかしくないということだ。戦闘用アンドロイドなのだから訓練くらい卒業してから来て欲しいものであるが、やはり実戦の経験者のが良いとでも言うのだろうか。自分の様にただ逃げ回っていただけの者でも。
「とてもじゃないが、戦術指揮なんて俺には無理だ。」
しかも4人。アンドロイドとは言え見た目は少女である。無残に殺されて良い存在とは思えない。彼女達を失う訳にはいかないが、自分一人で戦い抜く力も無い。尚且つ4人を導く力も無い。八方塞がりとは正にこの事だな、と彼は独り溜息を吐いた。
「AG同士の戦闘は人類史上初めてなんだ。お手本も無い、先駆者もいない、俺にあるのはほんの僅かな経験だけ。それだけで5人が生き延びるには何をすれば良い?確かにあいつらは個性的な機体を使うらしい。でもそれが実戦でどこまで通用するか、それはまだ未知数なんだ。何か確実な面は無いのか、俺達5人が持つ、確実な力は。」
逃げるだけで精一杯の二流パイロットに、実戦経験の無い試作段階とも言えるアンドロイド。常識的に考えて生き延びられる可能性は高くない。
「どう考えても生き延びれない…まさか上層部は、俺達を生きて戦わせる気はないのか?」
AG同士の戦闘のデータを取る為、試作段階のアンドロイドと二流の隊長を捨て駒にするのか。そんな考えを駒藤は思いついてしまった。必死に否定しても食らいついてくるその考えを振り払う為、彼はベッドに横になった。
そして次の朝から、彼は本格的に工廠に出入りし始めた。まずはできる事をする。整備兵との交流を深め、AGと戦争について話せる様になることが、生き残るには必要だと考えついたのだ。そう彼は昨夜、上層部についての考えを思いついてから、彼は是が非でも生き残ると決めていた。
(上が俺達を捨て駒にすると言うなら、俺は何が何でも生き抜いてやる。5人揃ってだ。あいつらの思惑通りに2階級特進なんてごめんだ。石に齧りついても生きる、それが俺なりの意地で、プライドなんだ。)
嘗て上層部の独断で空への夢を断たれた男は今、新たなる決意を胸に戦おうとしていた。
「司令、大本営より入電、例の輸送ヘリがこちらに向かって出発とのことであります。」
「ご苦労だった、下がって良い。」
「はっ、失礼いたします。」
固いな、とは思うが、その実直さは好感が持てる。林田は彼の様な兵士がいる事を素直に喜べた。やはり人間というのは良い。不確実で、非効率だがそれを補って余りある温かさ、柔らかさを持っている。しかし今日はとうとう例の姫君を迎えなければならない。無粋で、汚れた
(私がこんな風では、
聞く所によると、彼は日々工廠に入り詰め、岩中にAGのカスタマイズや戦略を相談していたらしい。その気合の入り様は、整備兵の中で評判になる程だったと言うから、相当のものだったのだろう。今は彼に期待するしかない。4人の姫君を連れて歩く、呪われた
「いよいよですね、姫君のご到着は。」
普段と変わらない調子で岩中は言っているが、駒藤からすれば早過ぎる到着だった。勿論、スケジュール通りの到着なのであるが、彼としては幾ら準備期間があっても足りないと言うものだった。しかし、着任してから今日まで、岩中整備長の助けを借りて出来る限りの準備をした。後は自分と、彼女達の運、そして努力。
(俺は決めたんだ、あのクソッタレの上層部の思い通りになんかならないと。その為に、5人で生き残ると。)
輸送ヘリのローターの轟音の中、思ったよりも小さな人影がタラップを降りてきた。4人。飽きる程見た顔写真と、殆ど変わらない幼い顔であった。不意に、黒い帽子が風に舞い、駒藤の足元に落ちた。拾い上げると、銀髪の少女が目の前に立っていた。帽子を渡す1秒の間に、2番機の『響』だと記憶を読み込んだ駒藤は、何か囁く声を耳にした。何といったのか考える暇もなく、黒髪の少女が凛とした声で叫んだ。
「暁型、暁以下4名、着任しました!」
「基地司令の林田だ、貴官らの活躍には期待している。」
基地司令殿の挨拶の間、駒藤が先程の銀髪の少女をみると、澄んだ眼を帽子のつばの下に隠し、無表情のまま直立していた。と、その口が僅かに動き、先程の囁きを駒藤に理解させた。
『Спасибо』