「ん〜…やっとゆっくり背筋が伸ばせる!疲れたぁー…。」
口元から覗く八重歯がやんちゃさを感じさせる。3番機の『雷』はそう言ってベッドに倒れこんだ。
「今日は、早く寝た方がいいのです。明日からも忙しいみたいですし…。」
自信なさそうに話すのは4番機、『電』。到着から駆け足で基地内の施設の説明を受けた彼女達は、2人部屋2つに分けて案内されていた。尤も暁と響もすぐ隣の部屋であるが。
「明日の朝に関しては何も言われてないし…。久し振りに寝坊したいなぁ〜。」
「…駄目とは分かっているけど、今は私も同意なのです。」
施設からここに来ることが決まったのが一月前。それからは殆ど休みもなく、毎日の様に準備と訓練に追われた。疲労が溜まるのも無理はない。
「私たち、明日から何するんだろうね…。」
そう言った雷は珍しく不安げだった。
「でも、優しそうな隊長さんで良かったのです。」
「優しい…かなぁ。余り喋らなかった気がするけど…。」
「そんなことないのですよ。上手くは言えないですけど、何となく、優しい人な気がするのです。」
「電がそう言うならそうかもね!まぁ、今は最低限の荷物だけ整理して、早く寝ましょ。」
「はいなのです!」
そんな話をしながら、彼女達は眠りについた。二段ベッドの下段だけを使って。
「…暁は、あの隊長のこと、どう思う?」
寝巻きの帽子に銀髪を纏めながら、響は呟いた。
「どうって…。まだ分からないわよ、今日あったばかりだもの。」
濡れた黒髪をタオルで拭きながら、暁は答えた。
「とにかく、明日の事は明日考えるわ。今日は早く寝て、明日に備えるわよ!私達もいつ実戦に出るか分からないんだから!」
そう話す暁の口調は、何処か誇らしげだった。長い訓練課程を終えて、遂に実戦に出るのだ、という自負が彼女にはあった。
「…そうだね。もう寝ようか。」
そんな暁を微笑ましく、同時に少し心配しながら響もベッドに潜り込んだ。
翌朝 午前3時
(早すぎた…。)
眠い目を擦り、起きてしまった身を戦闘態勢に移す。
「なんともな…落ち着かない。」
昨日半日エスコートした身が疲労を訴える中、駒藤は緊張と期待、不安の入り混じったなんとも言えない思いを胸にベッドを降りた。顔を洗って衣服を整えると、少しばかり頭も冴え、
本日のプランを再確認した。
「取り敢えずは、"アレ"のテストを兼ねた腕試し…だな。整備長が起きてるといいが。」
声に出して自らを鼓舞すると、彼は部屋を出た。
小煩い電子音で目を覚ますと、電は取り敢えず目覚まし時計を止めた。寝乱れてもごもごと唸る隣の雷を軽く揺すぶって起こすと、洗面所に向かいながら、寝惚けた頭を振って気怠さを払った。
(今日は…どうなるのかな…。)
愈々来てしまった
「電、髪の毛セットするよ?」
「あ…はい!お願いなのです。」
雷、
「…緊張しなくて大丈夫だよ。」
「え…?」
いきなりの雷の言葉に、電は反応できなかった。
「あれ、違った?なんか顔こわばってたから、緊張してるかなーって。」
そう言ってクシを動かす雷の顔も、電からすればこわばっている。
「…雷ちゃんだって、緊張…してますよね。」
そう返した電に、雷は一瞬驚いた様子だったが、すぐに安堵の表情に変わった。
「バレバレってとこね。姉妹だもん、仕方ないよ。」
そう言って雷は笑い、つられて電も笑っていた。
「響だよ、朝はロシアンティーじゃなくコーヒーだよ。」
「アンタは一体誰に話してるのよ…。」
珍しく寝坊しなかったと言えば可哀想だろうか、響はそんな事を考えながらコーヒーを淹れて、暁の身支度を待っていた。
「今の所何も連絡はないし、ゆっくりで大丈夫だよ。」
「焦ってなんかないわ!ちょっと慌ててるだけよ。」
「…」
今一つ年上には思えない「1番機」に抱いた不安を、苦めのコーヒーで流すと意味もなく天井を見上げた。
「お待たせ。あ、コーヒーありがと。」
そこで響の口角が微かに上がったのを暁は見逃さなかった。
「え、何をしたの…?」
「別に何もしてないさ。」
いや絶対してる、暁はむっとした顔で響を睨むと、コーヒーを一口飲んだ。その瞬間の暁の、形容し難い顔と声を響は忘れまいと心に誓った。が、暁が苦味から立ち直る前に、部屋をノックする音が響き、響の微かな楽しみを奪い去った。
(隊長さんかな?)
そう思い響がドアを開けると、予想通りの人物がそこに立っていた。
「おはよう、業務連絡だ。午後一時に工廠に4人全員集まってくれ。」
「了解、雷達にも伝えておこうか?」
「いや、隣だしこのまま私が行く。暁にだけ伝えておいてくれ。」
「了解、失礼する。」
ドアを閉めてから、漸く口中に安息をもたらしたらしい暁を見て、響はその過程を見れなかったのを残念に思った。
「午後1時、工廠に集合らしい。早めにお昼食べて、そのまま行こうか。」
「…その前に何か言うことあるでしょ、響…。」
「…何のことかな。」
同日午後12時 工廠
「中尉殿、聞こえますか?」
若干おどけた調子の整備長の声に微笑とハンドサインで答えると、彼の笑顔が濃くなった。どうやら画像もきちんと見えているようだ。掌をアームレイカーに戻すと、肩の力を抜いて大きく息を吐く。
「戦闘プログラム、起動できます?」
「行けます。画面に軽くノイズが走るかもしれませんが、気にしないで下さい。」
「了解、頼みます。」
言い終わらない内に、目の前のモニターが
「半径2キロ以内に敵が出たはずです。まだ未調整なので一機ですが。」
「了解、交戦してみよう。」
駒藤はAGの望遠スコープを起動し、水平線を見渡した。CGと知っている身には分かってしまうが、知らなければ本物と見間違うほどの広い海である。
「見つけた、接敵する。」
距離約1.8キロ、北北東。口中に報告を済ませた駒藤はAGを加速させ、距離を詰める。自機の武装は13.2mmAG用軽機関銃に、対艦戦闘を考慮した中型の実体剣、それに機動力を阻害しない程度の規模のシールドである。遠距離戦のできる機体ではない。敵も此方を捕捉している以上、軽機関銃の射程距離に入る他に戦い用はない。
「訓練用AIがどんなもんか、見せてもらうか。」
そう独りごちると、1キロ以内に敵機を捉えた瞬間、自機を右に大きくスライドさせた。同時に軽機関銃を連射し、足のスラスターを狙う。敵機も素早く反応し初弾を回避すると、機体をスピンさせつつ胴体を狙ってきた。13.2mmの弾をシールドで受け流すと、軽機関銃を垂れ流しながら後ろに退がる。同じくシールドで受けながら迫る敵機を正面に捉え、一気に加速を殺し機体の位置を入れ替える。2つの機影が交錯した刹那、駒藤は左背部の実体剣を振り抜いていた。辛うじてシールドで受け止めた敵機に、至近距離から乱射を浴びせ掛ける。バランスを崩された機体に、大量の銃弾が食い込み、抉る。機能不全の塊と化した敵機の胸に刃を突き入れ、引き抜く。
「お見事です、中尉。」
「取り敢えずは、ね。そろそろ姫君達が来ると思うが。」
「そうですね、映像を出力します。」
若干のノイズが流れ、大海原は影と消えた。同時にモニターに岩中と、例の4人が浮かび上がる。
「暁以下4名、参上しました!」
暁の声がコクピットに響く。
「了解。これよりシミュレータによる演習を行う。貴官らが施設で使っていたものとほぼ同じだ。全員分用意してあるので、接続してくれ。」
「了解です!」
元気な返事だ、と駒藤は思った。人間の少女と何ら変わるところはない、と思えるほどに素直で、あどけない声。彼女はアンドロイドであると、自らに言い聞かせモニターに視線を戻した。
「全員の接続が完了しました、中尉。各機のコクピットの映像に切り替わります。」
岩中の言う通り、4機のコクピットの中がモニターに映るのを確認して、駒藤は言い放った。
「了解。全機、聞こえるか。今から君達には模擬戦を行ってもらう。それぞれがどれ程の力を持っているかを見せてもらう。」
「模擬戦…2対2での戦闘をするの?」
率直な疑問をぶつけてきた雷に質問で返す。
「選んでくれ。2対2か、4代1だ。」
「4対1って…隊長一機で私達4人を相手にするってこと⁉︎」
驚きを隠せない雷に、不敵な笑みで返すと、暁の顔が険しくなる。
「勘違いしないで欲しいが、馬鹿にしている訳ではない。ただ4人の力を見たかっただけだ。」
ただでは済まさない、とでも言いたげな暁の目を見て冷静に話す。
「分かったわ。4対1、私達の力を見せてあげる。」
力強い暁の声がコクピットを揺らし、駒藤の中で今日のメニューが決まった。
「良い?あの隊長を見返してやるんだから!暁達の力を見せるのよ。分かった⁉︎」
「落ち着いてよ、暁。私に任せなさい。」
「雷ちゃん、あんまり突出しないで下さいね…。」
「大丈夫よ!あれ響、どうしたの?」
「いや…隊長は何を考えているのかなって、ね。」
幾ら実戦でAGを動かした隊長でも、4対1で勝算はあるのか。自分達の力を見るなら2対2の模擬戦を観戦すれば良い。わざわざ無謀な挑戦をする意味があるのだろうか。響はそんな事を考えていた。
「響ちゃん、考えるのも大事ですけど、もう始まります。今はとにかくこの模擬戦を、頑張るのです。」
「そうだね…。前に出るよ。暁、援護任せる。」
「了解よ!足を止めちゃえば、私が撃ち抜けるから!」
「響、電、正面から来るわ!行くよ!」
CGの海面に波を起こして、隊長のAGが接近してくる。雷と響が先頭、後方から狙撃する暁と前の2人の間に電が動く。
「狙える…!当たれ!」
暁の狙撃銃が開戦を告げ、駒藤のAGを掠める。回避行動を挟んでも尚加速する駒藤機に、一気に距離を縮めた雷の散弾が降り注ぐ。軽機関銃で応戦しつつ距離をとろうとするが、響と電の射線が安易な回避を阻み、更に暁の狙撃も的確に駒藤を狙っていた。駒藤は、包囲されかけた機体を急減速させて包囲網からずらすと、軽機関銃の連射で牽制しつつ距離をとる。連射に晒された雷をカバーしつつ、響が追いすがり、電が後ろに回り込む様に動くが、駒藤機は盾を構えた響に突進し、左手に抜き放った実体剣を叩きつけた。加速の乗った一撃はシールドに止められて尚、威力を残し、響の機体が大きく退がる。同時に右手の軽機関銃を、碌に見もせず後ろに向けて撃ちまくり、電の足を止めた。雷の散弾が装甲に食い込み、アラートが鳴るも無視して、実体剣を突き入れる。後退して回避した雷が左手に握った大型実体剣を振り下ろす前に、駒藤機は暁に向かって猪突していた。狙撃銃の射撃を躱して接近し、その右手を斬り落とす。真っ先に追い付いてきた電を軽機関銃で牽制し、脚を止めて斬りかかる。が、2機の間に割り込んだ響によってその斬撃は止められ、更に横合いから雷の散弾がスラスターに損傷を与えていた。スピードを殺された機体に大型実体剣が襲い掛かり、受け止めた左手はへし折れる。駒藤は必死体を入れ替え、至近距離から軽機関銃を連射するも、銃弾はまたも響に止められる。電が拳銃を連射し装甲を食い破り、トドメとばかりに大型実体剣がその胴体に突き刺さる。コクピット部分の大破で、駒藤機はロストしていた。
「…ここまでだな。」
結果は最初から分かっていた。所詮逃げ回るしか能の無い自分に4対1で戦えるはずはなかった。
「模擬戦を終了する。接続を外し、ミーティングだ。」
そしてモニターはブラックアウトした。