「ベルレ……フォーン?」
目も眩むような光の奔流が、彼方へ伸びていくのを見る。生前……ペガサスに騎乗し、黄金の手綱を繰り、その光の中に在った頃の僕には見ることのできなかった光景だ。神代から生きる幻想種ペガサスが放つ光の圧倒的な美しさは、僕の感情の全てを……抑えきれなかった激昂さえ白く塗り潰し、押し流した。後に残ったのは、疲労にも似た、呆けたような放心状態だけ。
――しかし、その美しい光芒の余韻にさえ、耳に残る違和感がこびりつく。
あの宝具の真名……メドゥーサに叫ばれるべきは、
だが、だとするならば……
「ゥ……」
うめき声が耳に届き、我に返る。アタランテの矢から身を挺して僕をかばったメディアは、全身に矢傷を負っていた。おそらくは、アタランテの元へ駆けて行ったメドゥーサも。サーヴァントの強靭な身体とは言え、早めに治療を行わなければ現界の維持も危うくなるだろう。
「ありがとう、メディア。メドゥーサが戻ったら休憩にしよう」
追手は消え、矢で覆われた戦場には一瞬の凪が訪れた。これからどうすればいいだろうか。
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Dr.ロマンから提示された逃走ルートは、ラ・シャリテから見て南東ルートと南西ルートの二つ。南東ルートを選んだぐだ子さん達は現在ジュラで召喚サークルを確立し、休息を取っている最中だという。南西ルートを選んだ僕らは、ロアール川を渡った先の荒野で同じく休憩中だ。このまま進めば刃物の町ティエールに辿り着くだろうが、行動の指針はまだ立っていない。
「……待ってくれ。メドゥーサ、君の言っていることは分かった……『座』に登らなかった
「……いえ、理屈ではなく、私が実際に見てきた事の話なのですが」
「ああ、そっちじゃない。それは良いんだ。いや、全然良くないんだけど。僕が言いたいのは、つまり……『騎英の英雄ベルレフォーン』なんて存在が確立されているなら、今ここに転生しているのも忘れ去られた
「はあ……?」
理路整然とした説明――きっと、既にどう話すか考えていたのだろう――とは裏腹に、胡乱げな返事を返すメドゥーサ。しかし、事情を掴めていないのは僕も同じだ。そして、それ以上に混乱している。
全部、無かったことになった? 友人ベレロスを失うに至った愚行も、死した友への弔いも、贖罪の戦いの日々も、英雄そして王としての治世も、全て全て……ベルレフォーンという男に置き換えられたというのか? それが僕の「座」に登らなかったことへの罰だというなら、今ここにいる僕は何だ? まさか、その事実に絶望させるために世界が転生させたとでも言うのか……?
「待ちなさい。さっきから訳の分からないことばかり言わないで。これ以上続けるなら、まず私に事情を説明してもらえないかしら?」
「ん、メディア……あれ、そういえば説明してなかったのか?」
不満気な顔をしているメディア。僕が彼女を召喚したのは……所長の病室で転生云々の話をした後のことだった。それから部屋で飲んだくれて、そのまま翌朝レイシフト、フランスに来てからはそんな話をする余裕なんてなかったし……あ、本当だ。説明してないや。
「すまない、機会がなかった。ええと、どう話せばいいかな……」
中途半端に話を聞いてしまった彼女に、どう整理すればいいかを考え、
「……戦の気配を嗅ぎつけて来てみれば、なんとまあ奇遇なことよ」
「「「!?」」」
見知らぬ声に、一斉に振り返る。休息中とはいえ、他人の接近を許すほど気は抜いていないはず……!
「はっはっは。そう睨むな。この身はお主らのよく知るサーヴァントの一人であろう」
呵々と笑うその男は和服に陣羽織を重ね、異様に長い長刀を帯びている。……何ということだ。その姿を、僕は知っている!
「ま、まさか貴方がジャパニーズ・セイバー・アサシンのサーヴァント……!」
「……いや、そんな奇妙な代物ではないがな。艶やかなる毒花を左右に従えるマスターよ、私はアサシンのサーヴァントだ。名は小次郎と呼んでくれればそれでよい」
「なっ……なんで貴方がここにいるのよ!?」
小次郎と名乗ったアサシンを、メディアは知っているらしい。メドゥーサも訳知り顔で頷いている。……この2人の直接の接点は第5次聖杯戦争だったはずだけど、冬木で召喚されたアサシンは山の翁ハサンではなかっただろうか。
「まあ、色々あったのですよ。可能性の坩堝なのです、あの冬木の時空は」
「そうなのか……確かに特異点になる程だもんなあ」
「そんなことはどうでもいいわよ! 何なの貴方、フランスくんだりまで来てその格好、農民なんだから農民らしく改める気とか無いわけ!? というかそもそもフランスに呼ばれる縁とか無いでしょう――!?」
メドゥーサと僕が話している脇で、メディアが大混乱に陥っている。そして、それを気に掛ける風もなくズカズカと僕らの輪に加わり背に負った荷物を降ろすアサシン小次郎。優男めいた風貌にそぐわず図太い
「ちょうど良い。そろそろ食事にしようと思っておったのだ。女狐、火を起こせるか」
「その呼び方やめなさい!」
「ふむ? あいにく今の私は野良サーヴァントでな。主の言葉ならば従おうが……どうかな?」
「僕と仮契約ってこと? こちらは構わないけど……うん、メディア、とりあえず火をお願い」
「きぃーー!」
奇声を上げながらも焚き火を起こしてくれるメディアさんは、律儀なキャスターの鏡です。
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焚き火を囲み、食事の支度をする。食材は小次郎が持ち込んだワイバーンの肉だ。曰く、「要はトカゲやらワニやらと同じで、適切な身の捌き方と下処理を覚えたら意外と食えるようになった」らしい。
調理の間に、ぐだ子さんが確立した召喚サークル経由で治療スクロールをもらい、メドゥーサとメディアを治療する。それにしても、ぐだ子さんのタイミングの良さが神懸っているな。さすがはぐだ子さんだ、略してさすぐだ。
「ふむ、焼き加減はこんなところだろう」
「……貴方、料理とか出来たのね」
「ははは。冬木では山門に縛られておったゆえ披露する機会もなかったがな、それに此度の現界に当たり、現地料理の知識も与えられたようだ」
「なにそれ単独行動スキルも持ってないくせに! チートじゃない!」
「己の料理下手を他人に当てつけるでない。まあ、此度はちと特殊な現界であったのも事実だが」
「特殊?」
そう尋ねると、小次郎は手にしていた酒瓶を脇に置き、こちらに向き直る。僕も食べかけの肉塊を皿に戻した。ああ勿体ない、冷めてしまう。食後にすればよかったかな。
「あいにく草双紙の類は読まぬのだが……仮のマスターよ、『ノックスの十戒』というものを知っておるか?」
「ノックス……いや、知らないな?」
「どこかで聞いたわね……小説の話だったような……メドゥーサ、貴女は詳しいんじゃないの」
「ええ。ではマスター、私から説明してよろしいですか。良いですか。では……『ノックスの十戒』とはその名の通り、推理小説家ノックスが提唱した推理小説におけるルール集です。推理に超自然能力を使わないことや、推理に必要な手がかりは全て提示しておくこと、双子の存在は事前に提示すべしなど、フェアに謎解きを楽しむための規範とされています。もっとも、後年にはそれを逆手に取った十戒破りのミステリーも多く生み出されていますし、そもそもノックス自身が十戒を破った小説を書いたりもしているので、ある種の自主規制というべきでしょうか、要は楽しめれば良いということなのですが……そうですね、例えば私のオススメを上げさせてもらえれば」
「分かった、分かったメドゥーサありがとう!」
「……まだ半分も話していないのですが……」
不満気な顔のメドゥーサを黙らせる。このサーヴァント、普段は無口な癖して本の話になると急に早口になるんだな……
「あー、ええと、要するに、何?」
「……すまぬ、例えが悪かったな。その『ノックスの十戒』とやらには、『中国人を登場させてはならない』というルールがあるのだ。別に人種差別などではなく、東洋人は気功やら仙術やら不可思議な技を使うので、謎解きも何もなくなってしまうという話だな」
「なるほど……『壁越しに気功の遠当てで殺した』なんて言われたら本をぶん投げるもんな。あれ、でも“探偵が知らない魔術”とか“本物と見分けの付かない人形”とかが出てくる小説を知っているんだけど、それはどうなんだろう。『ロード・エルメロイ2世の事件簿』っていう……」
「……その話はやめなさい。というか、あれはあれでちゃんと楽しめるように出来てるわよ」
「その通りです! ライトなミステリーを中心に、魔術を含め不可思議な現象を前提にして、その上で論理と証明を楽しむものも様々に書かれています。マスターが挙げた本もそうですし、例えば『折れた竜骨』は日本推理作家協会賞を受賞しています。コミック分野では『絶園のテンペスト』等が近年アニメーション化されたので記憶されている方も多いのではないでしょうか。それに」
「メドゥーサストップ! 分かったからありがとう! ありがとう!」
「……まだ1割しか話していないのですが」
明らかに話し足りなそうなメドゥーサを黙らせる。三度目はないぞ。というか令呪だぞ。
「……で、何を話していたんだっけ?」
「……つまりだな。『中国人を出すな』などというネタがまかり通るほどには、西洋の人間にとって東洋人は神秘的な存在だと思われていたのだ。世間に広く通用する妄想は、ある種の信仰とも言えよう? そういう『不可思議な技を使う東洋人』として私は召喚されたのだな」
そう言って、ぐいと酒瓶を呷る小次郎。なんか色々どうでも良くなってきたので、僕も肉塊に齧りつく。メドゥーサの皿は既に空だが、一体あの長口上の間のどのタイミングで食べたのか。蛇だからといって丸呑みしてなければ良いのだけど。
「もぐもぐ……で、小次郎っていうのは謎の東洋人代表としての名前なの?」
「ごくごく、ぷは……いや、そうではない。そこなライダーとキャスターとは冬木の聖杯戦争で関わったのだが、そのとき私は『佐々木小次郎』として召喚されていてな」
「佐々木小次郎……! それは僕も知ってる、あの剣客の!」
「ああ、それも違う。私は佐々木小次郎の代名詞『秘剣・燕返し』を披露できるという一点から、かの剣客のガワを被せられた名も無き農民に過ぎぬ。此度は、再び尋常ならざる秘剣の使い手、謎のSAMURAI小次郎として召喚されたということだな」
「……秘剣じゃなく魔剣よ。剣術の範疇で第2の域に到達されてたまるものですか」
「第2!? え、あの宝石翁の第2!?」
「魔術師共はそう言うが、知らぬ事。燕を斬ろうと棒振りしておったら剣が増えた、それだけよ」
「はあ……いや、それは、何というか……心強いよ」
本人は何でもない事のように言うけど、剣が増えるって何事だ!? ギリシャにひしめく英雄達だって……それこそ僕たち皆が憧れた大英雄ヘラクレスだって、見えない程の超高速で剣は振るっても剣そのものが増えたりはしなかったぞ……!
「まあ、此度は厳密には佐々木小次郎として呼ばれたわけではないからな。秘剣の名も変えねばなるまい。燕ならぬ『ワイバーン返し』というのはどうだろう」
「秘剣の扱い軽いな!?」
「ははは。元々私は特に名づけていなかったからなあ」
「ギリシャにはいないタイプの武芸者だな……あ、そういえばマリー王妃に同行してたって聞いたけど」
「彼女と合流したか、それは重畳。いや、彼女たちと分かれてフラフラ歩き回っていたら、自分がどこにいるか分からなくなってしまってなあ。ひとつところに縛り付けられるのは勘弁極まるが、土地勘がないのも厄介なものだ」
「彼女たちとも共闘することになっている。いずれ合流するよ」
「そうか、ならばその時こそ、約束の料理を振る舞うとしよう」
「……冬木にいた頃と違って、ずいぶん料理にこだわるのですね。あの赤い弓兵でもあるまいし」
「む? ああ。可憐な花には然るべく栄養を与えるべきであろう。そこな毒棘魔女花と違うてな……おっと仮マスター、そこのキレる魔女に短剣をしまうよう言ってくれ……それに、第六天魔王・織田信長を知っておるか? かの信長公に仕えたとされる料理人、『信長のしぇふ』のケンという男は素手で鴨を捌いたそうだ。私も負けておれぬと思うてな、せっかく貴人に会うたのだし、マリー・アントワネットの料理人を気取ってみたというだけの話よ」
「……色々言いたいことはあるけど……やばいな、日本。魔境過ぎる」
小次郎だけでもヤバイのに、なんか更にアレな料理人の存在を示唆されてしまった! いや、召喚されないとは思うけど!
「いやいや、そうも限るまい。そら、刀を指して『人斬り包丁』と言うであろう。肉を斬るならSAMURAIもRYORI-NINも同じよ。我が長刀とて、実は鍔の付いたマグロ包丁であるやも知れぬぞ?」
「包丁で戦うアサシンとか嫌すぎる……」
皿の上の料理がなくなった。小次郎の酒瓶も空になったようだ。あとで召喚サークルから取り寄せて上げよう。
……さて。ここまで小次郎の話を聞いて、一つ気づいたことがある。それは、
「……小次郎。要するに君は、英霊として召喚されたわけじゃないってことだね」
「その通りだ、仮のマスター。この宇宙には人類のデータベースとでも言うべきものがあるそうでな、そこから秘剣を使える人間として呼び出されたようだ。英霊ではなく亡霊というべきだな」
「……そうか」
それなら、一応の理屈が通る。英霊召喚の儀式で、英霊ならざる亡霊が召喚されうるなら……
……何故そうなったか、は未だ分からないが。僕の一族は……両親は、「僕」……ヒッポノオスに一体何をしたのか。英霊ベルレフォーンではなく亡霊ベレロポンが呼び出されたのは何故だ。小次郎の秘剣・燕返しのように、ベレロポンにしか再現できない何かがキーになったのか?
「……マスター?」
「ああ、すまない、考え事をしていた」
……今考えても分からないことだ。そして、考えても一文の得にもならない。今やるべきは、敵サーヴァントの全てを倒し、黒ジャンヌの手から聖杯を取り戻すことだけだ。出会う機会もないだろう英霊ベルレフォーンなど、人理焼却の危機の前には些細な事にすぎない……
「ヒッポノオス君、休憩はもういいかい?」
「ドクター……ええ、大丈夫です。もういけますよ」
「そうか、じゃあ、このまま進んで刃物の町ティエールに向かってくれ。ぐだ子ちゃんが契約したサーヴァント『エリザベート・バートリー』がこの世界に召喚されて、そこにいるはずだ」
「!? ……はい、了解しました。でも、何でそんなことが分かるんですか?」
「……実に、言いにくいことなんだが」
僕の質問に、Dr.ロマンは言葉を濁す。ややあって、こう繋げた。
「召喚サークルが確立されただろう? それで、通信回線が安定した……スマホゲームがプレイできるようになったんだ。ぐだ子ちゃんも喜び勇んでガチャを回してね、ずっと待っていたし耐えられなかったんだろう。ガチャ沼というのは恐ろしいよ、ヒッポノオス君も気をつけて」
「ドクター、話がそれてます」
「……ごめん」
どうにもシリアスに決めきれない人だ……ゴホン、と咳払いをしてドクターは告げる。
「エリザベート・バートリーも同じさ。このフランスに召喚されて以来お預けを食らっていた彼女は、もう耐えられなかった。回線が復活するなり『ガチャを引いてしまった』。で、課金通知がカルデア宛に来てね……そこから居場所がわかったのさ」
「……」
「……」
「……」
「……」
……課金ガチャは、程々にネ!
・というわけで、飛び入り参加の「小次郎のようで小次郎でない少し小次郎なアサシン」でした。
・昨日のエイプリルフールFGOリヨ祭りは驚きましたね! あとリヨぐだ子ならソロモン鷲掴みにするくらい平気でやりかねないと思っていましたが、本当にやるとは! さすぐだ!
参考資料:ガチャ沼に嵌まるエリザベート・バートリー
http://www.fate-go.jp/manga_fgo2/comic15.html