Fate/Grand Order 騎英の絆   作:乃伊

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今回は真面目な話。


第15話 契約

「待ってください、話を聞いて! 貴方がたも見たでしょう、あの二人が火を吐いたり怪音波出したりしてたのを! それを差し置いて僕らだけ投獄されるのはおかしくないですかー!?」

「ああ、話は聞いてやろう。だがそれは『先生』が来てからだ。それまでは大人しくしていろ」

 

 そう言うと、衛兵たちは僕らをまとめて小部屋に放り込み、扉に鍵を掛けて去っていった。留置場代わりとはいえ、元は普通の空き部屋だったものを使い回しているようで、メドゥーサの怪力なりメディアの魔術なりを使えば無理やり出て行く事も出来そうだ。もちろん、扉の外で見張り番をしている兵士には即座に気づかれるだろうが……

 

「どうしましょう、ドクター」

「とりあえず、強引な手段はなしかな。ティエールの街は、今のところ散発的な竜の襲撃があるくらいで、今日明日にどうこうなるような状況じゃない。ぐだ子ちゃんに同行してるヴォークルール兵の皆さんに来てもらえるよう手を打つから、ひとまず休憩しておこう。この街までは強行軍だったし、君らも疲れただろう?」

「……そうですね、分かりました」

 

 ラ・シャリテでの戦闘からというもの、状況に流されるまま無理を重ねてきたけれど、サーヴァントとの遭遇戦がいつ起きるとも知れない状況でこれ以上の無茶はできない。切り札たる令呪も未だ回復しきっていないし、何より僕自身の体力がかなり限界に近い。車椅子で押されての旅程ではあったが、積み上がった疲労は既に全身を凝り固まらせている。留置場とはいえども、屋根と床のある場所で落ち着いて休息を取れるのは、正直ありがたかった。

 

「じゃあ、ボクはぐだ子ちゃんのサポートに回るから何かあったら連絡して……って、所長? どうしたんですか?」

「こちらは一旦わたしが受け持ちます。聞きたい話があるのよ」

 

 通信先に所長が来ているようだ。前回話をしたのは、レイシフトの少し後……ヴォークルールの砦で空に浮かぶ光帯についてだったか。そういえば、あれも結局上空で輝き続けるまま、何が変わったというわけでもない。と言っても、この特異点は黒ジャンヌと竜に焼かれているのであって、あの光帯が直接何かしているというわけでは無さそうに思うのだが……

 

「そう決めつけるのは早計というものよ。ヒッポノオス、貴方も一応魔術師の家系の出でしょうに……わざわざあんなものを作り出した以上、何らかの必然が存在しない方がおかしいわ。魔術師は無駄を嫌う生き物なのだから」

 

 呆れ顔でそう言う所長に、曖昧な相槌を返す。

 魔術師としての僕は落第生もいいところだが、それでもその手の話は耳にタコが出来るほど聞かされて育ってきた。……もっとも、所長が最後に付け加えるべき一言を省略したのは、神代の大魔術師メディアに遠慮してのことか、あるいは魔術の大家アニムスフィアを継ぐ者としての矜持なのか。

 

 所長の言うとおり、魔術師は無駄を嫌う生き物ではあるが……同時に、魔術師が最初に学ぶのは「オマエがこれから学ぶことは、全てが無駄なのだ」という絶望だ。そして絶望が深ければ深いほど、その絶望を共有する先祖からの妄執も一層深まり……無駄だと知りながらも、大元の一、究極なる空白、すなわち「根源」に向けて悲しいほどに些末な小石を積み上げ続けるのだ。

 

「まあ、確かにあの光帯には何の動きも見られないわ。とりあえず、現状において優先すべき脅威ではないでしょうね」

「何か推測とかはあるんですか?」

「それはもう、推測だけなら、いくらでも。時間の無駄だとは思うけど」

「あら、そうでもないわ。カルデアの見解、伺ってみたいわね」

 

 割り込んだのはメディアだ。魔術関係の話をできる相手がいて楽しいのだろうか、機嫌が良さそうに見える。僕もメドゥーサも魔術は本業じゃないからなあ。

 

「……メディア、貴女がそう言うなら。そうね、まず、あれは見ての通りの光の帯だけど、全体としては地球全体を囲む巨大な()()()なのよ。空に浮かぶ光輪……モチーフとしてはあまりにも安直なのだけど」

「天使、かしら」

 

「ええ。『天使の光輪』、あの光帯をそう仮定すれば、この時代にそれが存在する理由も考えられるわ。聖女ジャンヌ・ダルクは、天啓を受けたその時に『聖マルガリタ』、『聖カタリナ』、そして『大天使 聖ミカエル』を幻視した……上空の光輪はその再現であり、それゆえジャンヌは天啓を受けた聖女として時代を焼却するほどの力を振るうことが出来る」

「……」

 

「付け加えるなら、ジャンヌが幻視した聖人……聖カタリナの象徴は()()であるし、聖マルガリタは竜に飲まれながらも十字架の加護で無事生還したとされる聖人よ。竜絡みの逸話なんて持たないジャンヌが竜を使役できるのは、そのあたりが理由かもしれないわね」

「あの光帯が存在していることが、黒いジャンヌ・ダルクの力の源泉だと?」

 

「かもしれない、よ。繰り返すけど、推測ならいくらでも立てられるわ。……いずれにせよカルデアには衛星軌道上の光帯に干渉する手段がないし、サーヴァントと竜については貴方達の力で十分対処できるでしょう」

 

 そんなことより、と話題を打ち切った所長が僕を呼ぶ。いっそ昔のロボットアニメみたいに通信映像そのものが動いてくれれば、いちいち話し相手を呼び出したり周囲から「姿無き声」とか疑われずに済んだり楽なんだろうけど……魔術的に再現とかできないものだろうか。

 

 ああ、昔のロボットアニメといえば、宇宙に浮かぶ「天使の光輪(エンジェル・ハイロゥ)」で人類抹殺しようとする作品があったなあ。あれは人類平和のために地球人類を丸ごと安楽死させるとかいう話だったけど、案外こっちの黒幕もそういうトンチキなことを考えているのかもしれないな……

 

「ヒッポノオス。せっかく時間ができたんだから、例の転生の話をきちんと聞かせなさい。……ただし、隠し事はせずに」

「……いやだなあ。かくしごとなんて」

「そう。……ここに、あなたが冬木特異点のぐだ子と会話した通信記録があるのだけど」

「!」

 

 あ、駄目だ。一瞬で既に状況がどうしようもないことを悟る。この展開は、駄目だ。

 

「通信記録にはこうあるわね。『カルデアの資料によれば、2004年の冬木……聖杯戦争が起こったその時その場所で、翼の生えた空飛ぶ馬――天馬が目撃されている。』……さて、あなたは一体どこでその『資料』とやらを見たのかしら?」

「あー……そのですね……」

「あなたは最初から、カルデアとは無関係に『2004年の冬木聖杯戦争でペガサスが現界した』ことを知っていた。そうでしょう?」

「……はい」

「説明、してもらえるかしら?」

「……はい」

 

 そうか、そりゃあ通信記録くらい残っているよなあ。まさかそんなところから見つかるとは……いや、でもメディアにも転生の話をしろと言われていたし、身動きの取れない現状は、話をする良い機会なのかもしれない。

 

「……前置きしておきますが、僕も、自分が置かれている状況全てを理解しているわけではありません。それに、こちらにレイシフトしてから初めて分かったことも色々ありますし」

「いいわ。続けなさい」

 

「メディア、最初に結論だけ言っておく。僕は、君らと同じギリシャの神代で生涯を終え、色々あって現代に転生してしまった元・英雄だ」

「は? ……いえ、転生……英霊の受肉ではなく?」

「その辺を今から話そうと思うんだけど……とりあえず、生前はベレロポンと呼ばれていたよ」

「ベレロ……ポン? 聞いたことないわね。というか、そこのメドゥーサのペガサスに乗っていた英雄の、某国製パチモノ版みたいな名前に聞こえるのだけど」

 

 小首を傾げるメディアさん。知らぬとはいえ酷い感想もあったものだ。

 実際、「座」の登録担当……なんて奴がいるのかどうか知らないが、そいつは一体何を考えてこの絶妙に違和感を覚える名前の英雄を創り出したのか。

 

「……そうだな。メドゥーサ、最初に君から説明してもらえないか? ……ベルレフォーンについて、さ」

「私ですか?」

「それは僕も知らなかった話だから。認識を共通にしたほうが話しやすいんだ。頼む」

「……わかりました」

 

 首肯し、メドゥーサが語り出す。それを聞きつつ、何をどう説明したものか思考を整理する。

 

「――()()然々(しかじか)と、そういうわけで、ベルレフォーンなる英雄が生まれたわけですが……」

「……なるほどね。道理でベルレフォーン以外の記録が存在しないわけ」

 

 所長、僕の知らないうちにかなり色々調べていたらしい。そもそも、最初に前世の名前を名乗った時点で怪しまれていたのか。全く気づかなかった……

 

「――実際、容姿は今のマスターと瓜二つでして。正直、彼に召喚されたのかと思いましたが」

「ヒッポノオスは貴女の神性でメドゥーサだと分かったと言っていたわね。貴女が違うと気づいたのはなぜかしら」

「……それはもう。あのベルレフォーンに、マスターみたいに内心筒抜けの百面相を晒すような可愛げがあるはず無いですから」

「……おい」

 

 僕は口を挟まないだけで、何を言ってもいいと許可したわけじゃないぞ! 君が「不要なことを口にしないのは美徳」とか言っていたのを忘れたわけじゃないんだからな!

 

「――メドゥーサ、貴女の話はとりあえず分かったわ。でも、同じサーヴァント同士もう少し早く教えてくれても良いと思うのだけど」

「メディア……それは貴女の運が悪かった、換言すれば幸運ランクが足りなかったのでは?」

「はぁ?」

「何か?」

 

「……やめなさい、二人共。メディア、貴女は何か思うところはなかったの?」

「……別に。マスターがまともで目的もまともなら、あえて従わない理由もないでしょう。メドゥーサの態度を見れば、とりあえず信用できそうだとは思えたし」

「私を?」

「あら、気づいてなかったの? 貴女、意外と顔に出るわよ。あのマキリのワカメ君と妹のお嬢さん、衛宮の坊や、遠……とにかく、不満があると貴女やたら事務的になるもの」

「……」

 

 無言で押し黙るメドゥーサだが、どうも本当に驚いているようで……不満がないなら、僕としてはマスター冥利につきるというものだけど。

 

「ありがとうメドゥーサ。それで、ここからが僕の話なのですが。……とりあえず最初に言っておきますが、この話は必要がない限り他言無用にしてもらえると助かります」

 

 全員が頷くのを待って、僕は口を開く。愚直に愚直を重ねた魔術師一族が思いがけず至ってしまった、失敗作の話をするために。

 

 

-------------------------------

 

 

「僕がギリシャの魔術師一族の出身だということは、先ほど所長が仰ったとおりなのですが……実は、さらに遡ると英国のとある『霊園』の一族に行き着きます。と言っても、ずっとずっと昔に袂を分かって、分家としてギリシャに移住したそうなのですが」

 

 英国、霊園。その二つのキーワードだけでも何か察するところがあったのだろう、所長の眉がピクリと動いたのが見えた。

 

「その霊園は、英国に数ある『アーサー王』の墓所の一つでした。グラストンベリーやブリタニー、コーンウォールに比べればずっとマイナーと言ってもいいのですが……そこの墓守の一族が魔術師の家系で、僕の遠い先祖にあたるわけです」

 

 アーサー王……アルトリアさん。ギリシャ人ヒッポノオスの昔語りに突然登場した知人の名前に、メドゥーサとメディアの視線の色がやや変わる。ああ、続けたくない。

 

「……実のところ、その霊園の墓守一族は、魔術師としては異端もいいところでして。彼らは『根源』を目指すことをやめ、ひたすらに『とある宝具』を扱えるヒトを作っていたのです。それが何なのか僕は知りませんし、知りたくもありません。

 とにかく、その宝具を扱えるヒトを作るために、彼らは()()()()()()を模すことにしたのだそうです。父親と母親の遺伝的組み合わせに始まって、顔のつくりを真似、四肢の骨格や筋肉の構造・発達具合を整え、魔術的な介入による調整を行い、あるいは見立て、とにかく使える手段を全て利用して、ひたすらに……彼らは本来の持ち主、つまり墓所の主たる『アルトリア・ペンドラゴン』を再現しようと挑み続けてきた」

 

 何十年も。何百年も。あるいは……人理焼却の起きるその瞬間まで、その霊園ではアルトリアさんに似て非なる者が生み出され続けていたのだろう。既に神秘の時代はどうしようもなく遠ざかったというのに。彼女の持つ竜たる因子を再現するなど、不可能に決まっているはずなのに。

 彼らは失われた神秘を前に完全な模倣を諦め、しかしそれでも何らかの光明を求めて、報われるはずのない失敗を続けてきたのだ。……せめてヒトの部分だけでも、と。

 

 それは、何という恐ろしい妄執か。彼らをそこまで駆り立てるものは何であったのか……その『宝具』の正体を知れば、あるいは分かるのだろう。

 英国に今なお残る、神代と幻想の最後に立ち会いし円卓の騎士王が遺した、一族の過去現在未来の全てと引き換えにしてもいいほどの……宝具。

 

 ……それは、きっとエクスカリバーではない。その聖剣の担い手は未だにアルトリアさんであるのだから。ならば、それはきっと、かつて彼女が手放したというもう一つの神造兵装なのだろう。エクスカリバーと同じく星の光を束ね、しかし最果てにて輝ける……

 

「……続けましょう。しかし、あるとき。僕らの先祖は、その挑戦を諦めました。

 ……いえ、魔術師としては正道に戻ったというべきでしょう。先祖は墓守の一族と手を切り、霊園を出て、遠くギリシャの地へと移りました。再び、『根源』を目指すために」

 

 言葉を切り、一度深く呼吸する。ここからが、本題だ。

 

「『根源』。あるいは『根源の渦』。冬木の聖杯戦争を含め、魔術師の営みは全てそこに到達するためにあります……って、所長やメディアの前で言うことじゃないですね。

 ……ギリシャにおける神秘が語るところの、万象の始まり『根源』とは、すなわち原初の混沌たる神『カオス』に他なりません。……しかし、カオスの本質は混沌ではない。Chaos(カオス)を形作る語根Cha-とは、『口を開けた』『何もない広がり』『もやもやとした無限』……要するに何もない空隙そのものを意味します。それゆえ、かの神を言い表すならば……言い表せないこと、つまり「 」、あるいは(カラ)とでも言えばいいのでしょうか」

 

 ずっと格上の魔術師相手に、こんな講義めいた話をすることになるなど、カルデアに来た頃は思いもしなかった。今だって、心底から逃げ出したいと思っている。

 

「その「 」を目指して、僕の先祖は再び歩みを始めたわけですが……しかし、彼らが知る方法は、既に『アーサー王を模したヒトを作ること』しか残っていませんでした。霊園の一族は、ただひたすらにそれだけを突き詰めてきたのですから。……そこで、彼らは……発想の転換を行いました。アーサー王の似姿を、ギリシャ神話に求めたのです」

 

 ちらり、とメドゥーサを見る。表情はいつもの無表情だ。

 

「……ご存知でしょうか。ギリシャ神話は、その知名度に反して『名のある剣』が非常に少ないということを。せいぜいがペルセウスの用いた鎌剣ハルペーくらいのもので、もちろん大英雄ヘラクレスの剣とされるマルミアドワーズやトロイアの勇士ヘクトールの剣とされるドゥリンダナも知られていますが……どちらも、後世に別の伝説でその名を言及されたものです。

 ……しかし、一人だけ、選定の剣『勝利すべき黄金の剣(カリバーン)』を抜いたアーサー王に見立てられる人物がいました。その名を、クリューサーオール。『黄金の剣を担う者』を意味する……メドゥーサの、もう一人の子」

 

 メドゥーサの表情を盗み見る……表情筋が全く動いていない! どうする。どうしよう!?

 

「……もう、話すことはあまりありません。僕の先祖は、袂を分かったはずの墓守達と同じことを再び繰り返しました。クリューサーオールはメドゥーサの子。メドゥーサの母は海神ケートーであり、ケートーの母は大地神ガイア……原初の混沌カオスに続いて生まれ出た存在です。『根源』への道が見える分だけ、同じ無謀といえども幾分目があると思ったのでしょうか」

 

「クリューサーオールを作り出すため、彼らは生まれてくる子……既にアーサー王に近い要素を持った子に対して、『クリューサーオール的な要素』を片っ端から魔術的に付与しました。いくつか挙げれば、『其は海神ポセイドンの縁者である』『其は怪物メドゥーサの縁者である』『其は天馬ペガサスの縁者である』『其は武勇に優れ』『其は馬と縁があり』『其は怪物と近しく』……あはは。どこか僕と似ていると思いませんか? ……そして、何がどうなったかも分からない無限の試行の果てに、ヒッポノオスが生まれたのです」

 

 留置場の中は、物音一つ無い静寂である。扉の外の兵士はどうしただろうか……もう注意を振り向ける余力もない。既に、僕は引き返せないところまで来てしまった。もはや降りることはできない。口を開く。

 

「ヒッポノオスは、平凡な少年でした。間違ってもクリューサーオールなどではなく、両親もそれはそれと存分に愛情を注いだものです。

 ……しかし、約10年前の2004年。突然、ヒッポノオスの肉体は変貌します。成長痛とは違う肉体の変化する音、骨と肉がきしみを挙げて別のナニカに組み上がっていく感覚、肉体が変わるに伴って変わりゆくココロ……」

 

 言葉を切り。また継ぎ直す。

 

「そして、それらすべてが終わったとき。僕、つまりベレロポンは限りなく完全に再現され、目覚めました。彼らは成功したのです。その源流たる墓守たちがアーサー王を模してアーサー王を作り上げようとしたように、英雄を模して、英雄を蘇らせることに成功したのです。

 ……ただし、それは彼らが臨んだ英雄ではなく。そして、依代たる『偶然ベレロポンと適合率が合ってしまった』少年ヒッポノオスが目覚めることは二度とありませんでした。彼の幼い精神と肉体は、もう一つの……元英雄の魂を受け入れるには、きっと脆弱すぎたのでしょう」

 

 話は、終わりだ。

 

「両親は、僕を一族から隠しました。何が起きたのか、おそらく察していたのでしょう。そして僕もまた、前世で背負ったベレロポンの名を下ろし、今生で僕が奪い去ってしまった少年の名前……ヒッポノオスの名を選んだ。……それで、全てです」

 

 

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「……」

「……」

「……」

 

 沈黙が降りる。僕にも、付け加えるべき言葉はない。

 きっと誰もが分かっている。英雄の、しかも神代の英雄の似姿を作るなど、到底できることではないのだ。彼らが愚直に築き上げたのは、多少似ているかもしれない程度の、粗雑な模造品だったのだろう。

 

 だが、2004年の冬木において、本物に近しい存在が現れた……すなわち、天馬ペガサスが。そして、無数の因子がたまたまベレロポンに近い形で発現していた少年ヒッポノオスは、彼の乗騎の顕現に引きずられるようにして、ベレロポンそのものを自身に呼び降ろしてしまった。

 ヒッポノオスは勇敢だったのだ。痛みに耐え、苦しみを見せず、父と母に笑顔だけを見せていたのだ。それを。……それを、僕が。

 

「……昔、聞いたことがあったのよ」

「……所長?」

「10年以上前、それこそ第五次聖杯戦争の少し前に、現代魔術科のロード・エルメロイII世のところへ内弟子が入ったって。その内弟子は英国のとある霊園の出身で……いつもフードをかぶっていて、誰にも顔を見せず。でも、噂では、神秘を宿す武器を扱えたって。……どんな顔を隠していたんでしょうね」

「……その、内弟子さんは?」

「知らないわ。ずっと前のことだもの」

「……そうですか」

 

 再び、沈黙。僕はメドゥーサに視線を向けることが出来ない。

 

「この身は、クリューサーオールを宿すために作られた魔術回路です。だから、ギリシャの英霊の魂とは総じて相性が良い……僕のマスター適正が高いのは、それが原因でしょうね」

「マスター」

 

 静寂を割るためだけに発した言葉に、メドゥーサが返事を返した。

 

「では、マスターからは、そのヒッポノオス少年の要素は全て失われているのですか?」

「……正直、分からない。容姿としては、限りなくベレロポンに近いと思う。身体能力が高くないのは……再現度が不十分だったせいかと思っていたけど、英雄としての能力を全てベルレフォーンに持って行かれたのかもしれない。

 ……心は、たぶん混ざっている。人格はベレロポンでも、ヒッポノオスの記憶が残っているんだ。だから、僕はベレロポンであり、同時にヒッポノオスでもある。……そう、信じている」

「……そうですか」

 

 でしたら、と言ってメドゥーサは僕に向き直る。何らかの念話が交わされたのか、メディアが僕に向かってその杖を向け、何かを呟いた。

 そして、メドゥーサがその手をバイザーに伸ばし……取り払う。

 

「! ……」

 

 ずぐん、と胃の腑がひっくり返るような、それでいて脳天を押し潰されるような重圧が内外から生じる。まだ()()()()で済んでいるのは、メディアが何かしたのだろう。

 身体の制御を失った僕を支えるように、メドゥーサが両手を僕の頬に当てる。視線が、僕を射抜く。……そして、唇が開いた。

 

「マスター。私は、ヒッポノオスのサーヴァントです。ベレロポンのサーヴァントになった覚えはありませんから、このような話を聞かされてはどうしようかと思いましたが……ええ。しかし、貴方は依然ヒッポノオスであると言い切った。

 ならば、私の立場もまた変わりません。私はヒッポノオスのサーヴァントです。貴方がグランドオーダーに挑み続ける限り、私は貴方の力になるでしょう」

 

 魔眼が。異形の瞳が僕をまっすぐ見据えている。僕の瞳も、彼女の目を見つめているだろう。

 全身が乾き、固まりゆくのを幻覚する。……耐えられる時間は、もうわずか。

 だから――僕は、ヒッポノオス(マスター)として、メドゥーサ(サーヴァント)に、応えなければ。

 

「……ぇ、m、め、どぅーさ。――――告。げる、

 なんじ、の身、は我が下、に。

 ……我が、命、運、は、汝の……け、剣に」

 

 回らぬ舌を無理矢理回して、言葉を紡ぐ。

 もはや僕の脳はメドゥーサの瞳しか映さない。時間が淀み、凝り、白く固まっていく……

 

「―――我に、従え。ならば。この、命運、汝が、剣に、預、けよう……!」

 

 言葉を終えた、その瞬間。バチン! と音がして、時間が弾けた。

 身体をよろめかせた僕を、メドゥーサの腕が支えているのに気づく。その目は、すでに見慣れたバイザーで覆われていた。

 

 ……だが、まだだ。この契約は、一人では成し得ない。

 僕は語り、メドゥーサは僕を視た。僕は契約の誓詞を以って直視に応えた。

 だから、今度はメドゥーサの番だ。

 

 メドゥーサが、その唇を開く。

 カルデアでは本来不必要な契約の言葉を、その舌に載せるために。

 未来を取り戻すその日まで、共に歩んでいくために。

 

「ライダーの名に懸け、誓いを受けましょう。

 貴方を我が主として認めます、ヒッポノオス―――」




予想以上に長くなりました。
「英国のとある霊園」については、『ロード・エルメロイII世の事件簿』が詳しく扱っています。そしてグレイが可愛い。
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