「へぇ~、サーヴァントの契約、そんなことがあったでござるかぁ~。それがし蚊帳の外でござったなぁ~」
「いいから貴方は街の外でワイバーン狩りしてなさいよ。あ、牙は回収しておきなさいね」
「マスターでもないのにどうしてそんなに偉そうでござるかなあ、この女狐は」
小次郎の溜め息が、留置場の壁を通して伝わってくる。
衛兵たちの言う「先生」がやって来るまで、僕らはこの部屋で一回休みというところだ。小次郎には時々留置場になっている部屋の外まで来てもらって、当座の指示を与えたりしている。
あのエリザベート・バートリーへの伝言についても小次郎が代行してくれたそうで、爬虫類ズは既にぐだ子さんと合流するためリヨンへ出立したとのことだ。いやあ、あんなクセモノさえ従えるぐだ子さんのマスター振りには参っちゃうね!
……まあ、癖のあるサーヴァントということなら、こちらも負けてはいないのだけど。
「――で、マスターの話を聴き終わったメドゥーサが私に念話で言ったのよ。『直接目を見て話したいので邪視避けをお願いします』って! 何、何なの、少女漫画なの!? 」
「愚痴のわりには楽しそうでござるなあ」
「た……楽しくなんてないわよ! 見なさい、今にも砂糖吐きそうなんだから!」
「味気ない壁しか見えぬでござるなあ」
メドゥーサは再び無言になり、壁の外の小次郎相手にマダム・コイバナと化したメディアさんを横目にしながら、何やら思いつめたような表情である。
……しかし、僕の目は見逃さなかった! メディアが念話内容バレをかましてからというもの、メドゥーサの耳朶がかすかに紅潮し続けていることを! え、フラグですか!? メドゥーサフラグ立ったんですか!?
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……実に17話目にしての告白になるが……こう見えて、僕もかつてはギリシャ神話時代に生きた男だ。言ってみれば大神ゼウスの同期あるいは後輩であり、率直に申し上げて美人には弱い。
正直に言おう。いまや僕の双肩には人類の未来があり、かつて殺めた友ベレロスの名があり、今生にて背負わねばならないヒッポノオスの生がある。シリアスな、実にシリアスな人生なのだが……それはそれとして、彼女も欲しい。わりと本気でそう思っている。
もちろん
「……何かしらマスター、当事者コメントの希望でも?」
「いや、なにもないよ」
思考を空転させながら、人妻とバツイチの境界線を行く
とはいえ、人の枠を超越した死後の存在である英霊に人間倫理を求めるのは案外難しい話で、なにせ彼ら彼女らは既に自分の人生を完結しているのだ。『病める時も、健やかなる時も~』とはキリスト教の誓詞だが、添い遂げ、召され、天上の狭き門をくぐった先でまで婚姻届が効力を発揮しはすまい。死後には死後の生き方(?)があって然るべきだろう。
――ごほん。
長広舌になったが、要するにサーヴァントって第二の生みたいなものだし気兼ねなく恋愛したって問題ないじゃない! って話である。では、問題ない方じゃない方……僕はといえば、
(これ、父上の愛人NTRってことになっちゃうのかな……?)
大問題であった。
――オヤジの愛人。
父(神)とはいえ、このパワーワードは強烈だ。高速思考を展開する僕の脳内で、前世のギリシャ神話時代的価値観と今生の西暦2015年リアルタイムな価値観がせめぎ合うのを感じる。
……ああ、見ろ、脳に、脳に……!古のテーバイから僕の脳裏に向かって、あの母親と結婚したオイディプス王が微笑みながらサムズアップしてる! せめてカルデアに来てから物を言ってくれ!
(……いや、でも相手から求められた上に具体的問題もないのに応えないなんて、ギリシャの男としてどうなんだ? 本来、姉二人同様愛されるために生まれたメドゥーサだ、
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……高速思考終了。決断はなされた。
すまないメディア、現在独身の君には申し訳ないが、此処から先はFate/Grand Order(メドゥーサ編)だ。ギリシャ人の情熱(意味深)を色々と見せつけることになるだろう!
「メドゥーサ! 恥ずかしがることはない、幸い時間はいっぱいある! まず『友人以上』辺りから……」
「申し訳ありません、マスター」
「えっ」
断られた! 言い切る前にごめんなさいされた! すごく冷たい声だった!
石化の魔眼並のスピードで心が凍てついていくのを感じながら、僕は何とか返事を返す。
「あ……いや……勘違いしてすまなかった……」
……恋は当たって砕けろ、黙って見てても売り切れるだけだと言っていたのは誰だったか。フランス初夏の太陽にのぼせたのか、フライング気味にうぬぼれ温度が急上昇してしまったようだ……もう大丈夫。心は冷えた。今の僕の前には涙すら凍るだろう。
と、メドゥーサが再び何やら難しげな表情になり、
「……なぜそこで貴方が謝るのです?」
「え?」
質問された。いや、この状況で何故と言われても困る。
困惑する僕に困惑しつつ、メドゥーサは改めて口を開いた。
「……その。申し訳ありません、マスター。場の流れに乗せられたとはいえ、あまりに浅慮でした。人類存亡の瀬戸際でマスターを魔眼に晒そうなど」
「え?」
さっきから、「え?」しか言ってない僕。ふと気づくと横でメディアが笑いをこらえている……なんだこれ。
「貴方を見定めなければならないと思ったのは確かです、しかし、この窮地において我らサーヴァントが自ら危害を加えるなど……」
「いや、あの、あんまり難しいこと考えなくていいんだよ、後々マスター危険に晒す奴らが出てきたとき気まずいから……」
そしてメドゥーサの悩みに気づかず恋愛脳してた僕も気まずいから!
「ふふ、ふふふ、随分真面目なのねメドゥーサ。そんな真面目な貴女の大事なマスターが何を考えていたのか、教えてあげようかしら」
「やめろメディア―ッ!?」
「ふふふ、力尽くで止めてもいいのよ、マスターの資質が試されるわね?」
「う、うう……」
そうして手も足も出ず唸る僕の眼前で、
「え…………えぇと…………はぁ……なるほど……」
ああ、メディアに耳打ちされたメドゥーサの声音がどんどん冷たくなっていく! さっきとはカテゴリの違う冷たさだ、凍るというよりは沁みる! 心に沁みて痛い!
「……はぁ。マスター……好意は嬉しいのですが」
「いや、すまなかった、気の迷いだ! 忘れてくれ!」
残された手は一つ。平謝りして信頼の失墜を防ぐのみである!
「………………………………気の迷い?」
あれ? メドゥーサの声色が変わった。
なんというか、サディスティック? 表情に愉悦が混じっている気がする……
「主従の絆、あるいは愛、なべて仲良き事は善きことと思っておりましたが……そうですか、マスターの好意は気の迷いと。ゆえに忘れろと。そう仰るのですね?」
「ッ違う、そうじゃない! いや、分かって言ってるだろ!?」
「さあ、何のことやら……」
愉悦を孕んだ真顔のままメドゥーサはすっとぼけた事を言うと、するりと僕の耳元に寄り、そっと囁いた。
「……私の好みの殿方は、信念を貫ける人、そして、守るべきものを守れる人……ですよ」
「………………努力します」
正しく蛇の甘言だった。頑張ります。
【絆レベル0→1】
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「おい、お前ら。『先生』がお着きになったぞ、外に出ろ」
「ああ、やっとか」
それから暫く。留置場に漂う変な空気が換気されきった頃になってようやく、衛兵たちが僕らを留置場から出してくれるようだ。先生とやら、よほど街の住人から信頼されていると見える。
「ああ、『先生』はこの街の恩人でなあ。いや、竜が襲ってくるようになってからというもの、『先生』に恩義を感じぬ者はこの辺りにはいねぇよ」
「それほどですか」
「ああ、そうさ。お前らが巻き込まれたあの女の子らの喧嘩もな、最初に見た時は俺らでとっ捕まえようとしたんだが、『先生』が大丈夫と仰るんで放置してたんだ」
「……大丈夫? あれが?」
急に不安になってきたぞ。頭は大丈夫か、その先生。あるいは図抜けた善人なのか。
そしてやっぱり迷惑だったんじゃないか、爬虫類ズ。
「……と、着いたぞ。失礼のないようにな」
しばらく廊下を歩くと、先導の衛兵が立ち止まる。ノックして扉を開いた先には人影が一つ。
(ヒッポノオス、サーヴァント反応よ。注意なさい)
(了解です、所長)
「先生」。それは、鎧にサーコートを纏った、時代にそぐわぬほどに騎士らしい騎士だった。
「……さて、彼らが街で騒ぎを起こしたと伺いましたが」
「ああ、いや、そりゃあいいんです先生。ただ、街を街とも思わぬ様子があの女の子らと似た感じがしたんで、知らない顔だし一応先生にお伺いをと思ってですね」
衛兵が「先生」の問いかけに答え……いいって何が!? 「そりゃあいいんです」って何も全然良くないよ!? その「一応お伺いを」が人類滅亡の決定打かもしれない、そして僕らを爬虫類の仲間扱いするのを今すぐやめろ!
「ふむ。確かに、彼女たちの同胞のようですね」
「あ、そりゃあ良かった。じゃあ、後はお願いしまさあ」
そう言って、衛兵は部屋を出て行った。その間1分。延々待たされたのに対して――体感だが、何故だか3週間近く待っていた気さえする――その後の面通しの短さときたら、さながら遊園地の乗り物待ちである。
「では、自己紹介を。私の名はゲオルギウス。ライダークラスでこのフランスに顕現したサーヴァントです」
「……ゲオルギウス……聖ジョージ?」
「英語読みならば、そうなりますね」
そう言って、ニコリと笑うゲオルギウス。
伝承に名高い聖人である聖ゲオルギウスは、その高潔な精神を具現化したかのように清廉たる装いであり……そして、腰に吊られた剣こそ、かの聖剣アスカロンであろう。
「私もサーヴァントですから、こうして見れば一目了解です。ようこそフランスへ、聖杯戦争ならざる聖杯戦争のマスター」
「ゲオルギウス、じゃあ貴方は、やはり黒ジャンヌとは関係のないサーヴァントなのか?」
「ええ。かの竜の魔女に一人で挑むはあまりに無謀、困窮する民を見捨てて負け戦に出ることも出来ず、こうして辺りの街を巡っては竜退治を続けていたわけです」
「だったら、力を貸してくれないか。僕らは未来……カルデアというところから来た。あの黒ジャンヌを排除しないと人の未来が崩れるんだ」
「なるほど……いいでしょう、お引き受けします」
話が早い。
…………話が、早い!
なんだこのサクサク感は! こんなに話が分かるサーヴァントがいるなんて!
フランスに来てからというもの個性派揃いのサーヴァントに続けざまに出会ったせいか、色々こみあげるものがある。
メドゥーサとメディアの冷ややかな視線を感じつつも感動に震えていると、ゲオルギウス……否、ゲオルギウス先生……長いな、ゲオル先生! ゲオル先生はこう言った。
「……しかし、協力するにあたって、まず一つ質問に答えてもらわねばなりません」
「質問?」
首を傾げる僕らに、ゲオル先生は微笑みながら告げる。
「なに、簡単な質問ですよ。………………『汝は竜?』」
あ、やっぱり個性派一人追加だわ。
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刃物の町ティエール、その門のそばにある衛兵詰所。その一室で、中世魔女裁判ならぬ竜裁判が開かれようとしていた!
被告人は僕ことヒッポノオス、メドゥーサ、メディアの3人。対して検事・弁護士・裁判長を兼任するのは、西洋が誇る守護騎士にして聖人・ゲオル先生である…………司法は死んだ。
胡乱な目をした僕らの前に裁判官ゲオル先生が立ち、まずメドゥーサに問いかけた。
「それでは……ご婦人、汝は竜?」
「いえ、蛇ですが」
「よろしい」
(いいんだ!?)
僕の困惑をよそに満足気な顔で頷いたゲオル先生は、続いてメディアへ向かい。
「汝は竜?」
「魔女かしら、不本意ですけど」
「む、魔女……まあ、悪魔と契約はしていないようですし、今生において悪行を成していないのであれば、今すぐ私から言うべきことは特にありません」
「それで終わり?」
「いえ、お手持ちの毛皮から竜の気配がします。嘘はいけません……では改めて。汝は竜?」
「金羊の皮はコルキスの眠らない竜からぶんどってきたのよ。むしろ竜の敵じゃないかしら」
「よろしい!」
再びゲオル先生は満足そうに頷いた。そして、今度は僕の前に。何がしたいかよくわからないが、とりあえず彼が竜の気配を感知できるのは確かなようだ。
竜の因子をもつアルトリアさんと契約しているぐだ子さんなら一悶着あったろうが、今の僕らのパーティに竜はいない。さあ、さっさと終わらせて娑婆に出よう!
「さて、最後は貴方だ……汝は竜?」
「これ以上ないほど人間です」
「ほう……繰り返しますが、嘘はいけませんよ?」
「え、嘘なんて」
「汝は竜?」
「違います」
「残念です。貴方からは竜の気配が垂れ流されています、申し開きがあれば聞きましょう」
あれ、引っ掛かってしまったようだ。
しかし竜の気配? 知らないな……僕は元・神の息子で怪物殺しで王様で転生者で魔術回路持ちでサーヴァントを使役できるマスターだけど、竜要素なんてどこにもないはずだ。その竜チェッカー、ちょっと壊れてません? どこぞの毒チェッカーとか、相当ガバガバだって聞いてますよ?
僕の不満気な様子を察したのか、ゲオル先生は腰に佩いていた剣を抜き、僕に突き付ける。彼の代名詞とも言える剣、誰もが知るその真名を彼自身が口にする。
「さあ、この
「……冤罪だ。無罪を主張します」
「……ふむ。あくまで何も知らないと。……こういうとき、素直にならない相手に対して貴方の時代ではどうするのでしたか。……確か……そう、『おい、ちょっとジャンプしてみろ』?」
「少なくとも、僕の故郷にそれをやる聖人はいなかったね」
要するに、さっきのメディアみたいに持ち物全部出してみろということだろう。
荷物をひっくり返して手持ちのアイテムを示す。大量のメロンゼリーと
「そこです」
「え、ここには予備の概念礼装しかないけど」
「それです」
そう言って、ゲオル先生は礼装を出すよう促した。高レア礼装は切り札なので未契約の相手に晒したくはないのだが、仕方ないのだろうか。
「じゃあ……黒鍵。ペンダント。ペンダント。偽臣の書。千年黄金樹……は成仏しちゃったから、えっと、次の赤いのは…………あ。竜、種」
「お分かりいただけましたか? …………さて。汝は、竜?」
ギラリ、とアスカロンが鈍い輝きを放つ。今宵の聖剣は血に飢えているに違いない。そして前言撤回、ゲオル先生の竜チェッカー、まことに高性能であるようだ。
「えーと。竜種にも(主にメディアの
「ふむ。では、人と魔女の違いをお聞きしましょうか」
第二の質問が飛んできた。人と魔女の違いか。魔女といえば隣のメディアさん……じゃない。いや、それも間違っちゃいないが、キリスト教の聖人が魔女と言ったら、
「悪魔と契約して邪悪な魔性の術を扱う者を、魔女と呼びますね」
「よろしい。では……人の手に過ぎたる力である英霊を契約・使役し、竜種の概念さえ礼装として利用する貴方は、いったい何者でしょうか?」
……そうくるのか。
ヴラド・ドラクルが悪魔扱いされるように、竜と悪魔は似た概念だ。存在自体が邪悪で、それに関わった者もまた邪悪の一端を担ぐ者、あるいは魔女ともみなされよう。
カルデアのマスターとして、この質問にだけは真面目に答えなくてはいけない。僕らの存在そのものの是非を問われているのだから。
「――ゲオルギウス、カルデアのマスター・ヒッポノオスが答えよう。僕は魔女じゃないし、僕のサーヴァントも礼装も悪魔の類じゃない。僕らは人と人の未来を救うためにこの地を訪れた……僕の力は悪魔殺しの剣であり、それ以上の何物でもない」
ゲオル先生は目を細める。
「……いいでしょう。マスター・ヒッポノオス、そしてカルデアといいましたか。力の行使者として、貴方達と竜の魔女ジャンヌを隔てる壁はあまりに薄い。『人の未来を救う』、その目的と意思を見失ったならば、強大過ぎる力を持つ貴方達は容易に人類の敵となるでしょう。それだけはお忘れなく」
……釘を刺されたが、取り敢えずは及第点だったようだ。まあ、僕らに同行するということは僕らも彼に試され続けるということなのだろうが……
ゲオル先生が入り口の扉を開くと、外で待っていた衛兵たちが各々謝罪の言葉を口にしながら入ってきた。ゲオル先生がいる安心感からだろうか、だいぶフランクなノリである。
街の周りのワイバーンも小次郎が掃除してくれただろうし、いやあ、色々あったがわりと良い感じに状況が進んでいるのではないだろうか……
ピピー。
「ヒッポノオス! ティエールに向かっていたマリー・アントワネットとアマデウス・ヴォルフガング・モーツァルトが敵サーヴァントに襲われたわ! そこからの距離では間に合わないかもしれないけれど……全速力で急行して!」
……そう上手くはいかないようだ。
・今回、大して凝った展開でもないのに大変迷走しました。出来と手間は比例しないんですね……ボツネタは大量にできたので、そのうちどこかでリサイクルします。
・15話「契約」最後で唐突にメドゥーサさんが眼帯外した件について。今回の話で出てきた理由も勿論ありますが、メタな理由としては第一再臨後に眼帯外すのを一時的にでも再現したかったというのがあります。……なんでFGO本編では平気で目を晒せるんだろう……マシュの耐毒スキル?
(余談・一方その頃)
小次郎「はあ……全くマスターも女狐も、ブラック労働が過ぎるでござるよ」
町人1「あ、見て! あの方が最近ワイバーンを狩ってくださっているKOJIRO様よ!」
町人2「わあ、あんな細身なのに、すごく頼りになるのね……素敵だわ……」
町人3「それにそれに、エキゾチックっていうのかしら。彼、イケメンじゃない?」
キャーコッチミター! キャー! KOJIROサマー! カタナナガーイ!
小次郎「……剣を振るうだけで黄色い声が上がるとは。生前の待遇とは似ても似つかぬ、所変われば品変わると言うべきか…………うむ。もうワンセット狩ってくるとしよう」
キャー!