眠い。
翌朝である。眠い。
結局、昨晩はメディアの自棄酒に付き合わされた。
それで、落ち込みっぱなしのメディアに良い物をあげようと思って、コリントス仕込みのオリジナルカクテルその名も「アイオニアン・ホワイトヴェール<意訳:紺碧のイオニア海に舞う純白のウェディングヴェール>」を披露したところ、一気飲みした後でまた泣きだしてしまった。メドゥーサは一通り味を褒めてからメディアと一緒に僕をなじった。そういえばコリントスはメディアの出身地かつイアソン&メディア夫妻の離婚記念地だったなあと後から気づいた。郷愁とか嫌な思い出とかを想起してしまったんだろうと、正直反省している。てっきりコルキス出身だと思ってたんだよ、コルキス王女だし。
召喚時に知識をインストールされるサーヴァント達と違って、僕には自前の知識しかないので知らないことは知らないし忘れることは忘れるのだ。どうか責めないで欲しい。
ちなみに味の評判は良かったので今度は因縁なさげな人たちに振る舞ってみようと思いました。
そんなことをつらつら考えているとドアがノックされた。メドゥーサだ。彼女も昨晩はだいぶ飲んだはずだが、酔ってもさっぱり乱れなかった。蛇繋がりでウワバミなのだろうか。
「おはようございます、マスター。酒気は抜けたようですね」
「おはようメドゥーサ。メディアは?」
「二日酔いでシャワーを浴びてくると言っていましたが」
「二日酔い……そうかぁ、二日酔いかぁ……」
なんとも残念な気持ちになる。アルゴー号といえばギリシャに煌めく英雄たちが集結した超大冒険の舞台であり、そこでヒロイン?的な立ち位置を務めたメディアには生前からソンケイの気持ちを抱いていたのだが……うん。
と、そこにメディアがやってきた。湯上がりということもあり生来の美貌が輝かんばかりだが、二日酔いウーマンフィルターを通せばそれさえくすんで見えるのだった。
「おはようメディア。二日酔いは大丈夫?」
「ええ、おはようマスター。あとその女の言葉を額面通りに受け取らないように。二日酔いと言っても気分の問題よ、気分の」
「?」
「あの程度のアセトアルデヒドの毒性でサーヴァントが侵されるわけないでしょう。酔いたかった、潰れたかった、二日酔いになってシャワーで治るところまで自棄酒の1プロセスってこと」
「……? よくわからないけど、とりあえずもう大丈夫ってことだね」
「そうね。さて、朝食を食べたらレイシフトでしょう。ふふ、カルデアスを早く見てみたいわね」
自棄酒で吹っ切れたのか、昨晩とは打って変わって何やら楽しそうなメディアさんである。
メドゥーサに車椅子を押してもらって食堂へ行くと(穏やかな字面に見えるかもしれないが、魔術強化車椅子のピーキーっぷりは想像以上に凄まじく、その実態はぶっちゃけ「マスターを食堂にシューッ!超!エキサイティン!!!」的な大惨事。やらかした
テーブルが指定されていたのでそこに向かうと、見事なギリシャ風朝食が並んでいる。昨日のお団子といい、ここの調理スタッフの腕前は相当なものと見える。更に僕達ひとりひとりに合わせて多少献立を変えているようで、ややトルコ風なオーソドックススタイルで提供されている僕に対して、メドゥーサには追加でタコのカルパッチョの小皿、メディアには……黒パンとザジキ(ギリシャ料理、前菜。肉料理のソースや付け合せとしても使われ、米国ではキュウリソース(cucumber sauce)とも呼ばれる)かな? どこから材料調達しているのだろう……
「……あの弓兵も来ていると。これは挨拶代わりというわけね、相変わらずいけ好かない男だわ」
「昨日は団子を作っていましたね。思い返せば、あの団子もサクラ風の味付けに寄せてあったのが嬉しいやらやり過ぎやら、という感じですが」
「今回の召喚は、よくよく昔の敵と共闘する縁があるわね」
「カルデアのマスターと契約しているわけではないようですよ。厨房に篭もりきりのようです」
「そうなの? グランドオーダーなんて誂えたような『人助け』を前にあの弓兵が躊躇するかしら」
「彼の矜持と信念は、余人には測り難いものもありますから。それにもう一人のマスター、グダコが騎士王と契約しているそうですから、戦闘は任せてバックアップに徹しようとでも考えているのでは」
「こじらせているのも相変わらずね」
そんな男はどうでもいいけど騎士王が来ているなら楽しみが増えたわ、とますます上機嫌なメディアさん。どうせこの先ロクな目にあわないだろうから、と小さなしあわせを見つけていく方向にシフトしたようだ。昔誰かの手記で読んだのだが、サヴァイヴァルのプロに言わせれば、"日々の中で小さな楽しみを出来るだけ見出すのがサヴァイヴァルに肝要なところである"とのことらしい。なるほど実践的なインストラクションである。
それにしても、厨房スタッフはどうやら彼女たちの知り合いのようだ。ということはサーヴァント? ダ・ヴィンチちゃん的な立ち位置なのかな? そして、僕すら知らないぐだ子さんのサーヴァントを把握しているメドゥーサの情報網はどうなっているのか。
「おや、聞いていなかったのですか。グダコ自身が病室で所長に報告していましたよ」
「ああ、あの時の」
睦言だろうと思ってシャットアウトしていた。あれ進捗報告だったのか……
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朝食を終えてカルデアスの元へ向かうと、既にぐだ子さんたちが揃っていた。マシュさんと並んで立っているのは、蒼銀の戦装束を纏った少女。彼女がぐだ子さんのもう一人のサーヴァント、騎士王なのだろうか。
「はじめまして。カルデアのマスター、ヒッポノオスです。君もぐだ子さんのサーヴァント?」
「……(無言で頷く)」
「はい、セイバーのアルトリア・ペンドラゴンさんです。とても頼りになる方なんですよ!」
「おはようマシュさん。騎士王が少女だったとは……というか、ええと、無口な人なのかな?」
「……」
「あら、本当にセイバーね。貴女と一緒に戦うことになる日が来るとは思わなかったわ」
「同感です。しかし、貴女の実力を知る身としては心強いですね。セイバー、よろしくお願いします」
「わたしも改めまして、シールダーのマシュ・キリエライトです。よろしくお願いします! ……ところで皆さん、今回はクラス名で呼び合わなくても良いのでは?」
「「「!」」」
うん、また癖が強いのが来たようだ。
……メドゥーサ&メディアを引き連れてる僕が言えたことでもないが。
さて、久闊を叙しているサーヴァントたちを置いて、所長とぐだ子さんのもとへ向かう。何やら物陰に隠れて姦しく賑やかな様子だが、その前に――
「よそ見すると危ないですよ、ドクター」
「うわっ何その車椅子!? 動きが気持ち悪いよ!」
慣性の法則を無視する華麗な動きでDr.ロマンをかわしたが、向こうは肝を冷やしたようだ。
オルレアンから戻るまでにダ・ヴィンチえもんにお願いして安全対策用のクラクションを用意しておくと言われてしまった。オルレアンから戻ったらこの車椅子ともオサラバの予定なんだけど……まあ、いらなくなったら適当なライダークラスに譲ればいいか。
一瞬、爆走する車椅子とけたたましいクラクション、そして跳ね飛ばされるDr.ロマンまで幻視したが……きっと白昼夢だろう。見なかったことにする。何かあってもデータ引き継ぎしておけば大丈夫さ。
……ドクターはどうでもいいんだ、今は所長とぐだ子さんだ。
「おはようございます。所長、なにしてるんですか?」
「ああ、おはよう……じゃない! こっち来ないで!」
バゴン!
「なっ」「えっ」
いきなり所長に突き飛ばされた僕は慣性無視車椅子に乗ったまま真後ろに吹っ飛んでいき――
ちょっぶつかる! カルデアスに突っ込んじゃう! 生きたまま無限の死がやってくる!!!
現世でお世話になった皆さんありがとうございました――
「……!」
「あ、ありがとう……」
わりと本気で死を覚悟した僕を引きずり戻したのは、一瞬の内に僕の横まで移動していたアルトリアさんだった。極まった直感と魔力放出による高速移動が実現した未来予知的な救出劇である。
「……」
くい、と僕のお礼に返答するように頷いて元の位置へ戻っていくアルトリアさん。
超クール。超カッコいい。英雄ってのはああじゃなくちゃな! やはり騎士王は格が違った!
「……ぐすっ」
おっと、所長の元に戻らなくては。なんかめっちゃ泣きそうな顔してるし。ただでさえ病み上がりの所長のメンタルにこれ以上負担をかけるのはあまりにもマズイ。
と、そこへこちらも申し訳無さそうな表情で僕の車椅子を押しに来たのはメドゥーサ。いやまあ、君も仕方ないよ。君のそばを離れたのは僕だし、今のも一瞬すぎる出来事だったし。
「あ、あの、ヒッポノオス……わたし、そういうつもりじゃ」
「ええ、分かってますよ、所長。車椅子の仕様を伝えてなかったこちらも悪いですから。それで、何があったんです?」
「……あ、新しいマスター用の魔術礼装を用意したのよ、それをぐだ子に着てもらおうと」
なるほど、着替え中だったわけか。先にひと声かけるべきだったな。
「へえ、どんな……うわぁ」
やばい。なんか所長への思いやりとか今後への反省とかそういうものがあまりのインパクトに消し飛んだ。なぜって、ぐだ子さんが着ていたのは、SFで出てきそうなスペース戦闘服的な魔術礼装だったのだ。
え、これ着てオルレアン行くの!? なんていうか、レフよりひどい歴史改変にならない? 主にUMAがやって来たぞー的な意味で……
「カ、カルデア戦闘服よ! 人員の入れ替えや全体の攻撃力を強化ができる攻撃的な礼装なの。ガンド撃ちで直接戦闘のサポートもできるわ」
「……あー、素晴らしい性能だとは思うんですが、ちょっと今回の任務には向かないのでは」
「ヒッポノオスもそう思う? 私もそう思ってたんだよな」
(良かった、魔術師的ファッションセンスこじらせてる所長と違って彼女は常識人だ……)
「やっぱり動きにくいし、裸で良いんじゃないかなって」
「あれ、こっちも駄目な人だ!?」
まて、まってくれ、これまでの話を思い出してくれ!
確かにここ最近のぐだ子さんは過去回想やらなにやらで影が薄かったかもしれないが、君はカルデアのゆかいな仲間たちと違って常識人枠だっただろう! サーヴァントのマシュさんとアルトリアさんもめちゃくちゃ良い人だし、彼女らを召喚できる人格者である君が魔術師こじらせてはいけない! 目を覚ますんだ、ぐだ子さん!
(ちょっと見ない内にマスターからグダコへの評価が天元突破していますね……そして暗に私は常識人枠ではないと?)
(!? 背後から恐ろしい気配が!)
「……とにかく。今回はこの魔術礼装を着て行ってもらいます。特異点を修復した時点で修正に至る歴史も失われますから、ヒッポノオスが懸念したようなことは起こりません!」
断言する所長。そういう問題じゃない気もするけど……まあ、そこまで言うなら。
着替えて戻ってくると、既にレイシフト用のコフィンの準備ができていた。
いつでもいけるよ、というDr.ロマンに介助されながら自分のコフィンへ向かう。
……そうだ、特異点修復を始める前に、所長に聞いておくことがあった。
「所長、作戦の前に確認しておきたいことがあるのですが」
「何?」
「人理焼却は『既に成された』と考えて良いのでしょうか」
「……なぜそれを聞きたいのかしら」
「スタンスの問題ですよ。僕達の行いが崖っぷちからの逆襲なのか、あるいは既に勝敗の決した盤面を丸ごとひっくり返そうとしているのか、一応はっきりさせておきたくて」
「……カルデアは、『既に焼却された未来を視認している』。そうね、確かに時の流れの外から盤面をひっくり返しに行くようなものだわ」
「では、グランドオーダーが成功したとしても人理焼却された時間枝の分岐は存在し続ける?」
「意味のない問いね。理屈としてはそうだけど、それを認識できるのは第2に至った宝石翁くらいでしょう。……まあ、人類が絶滅した世界なんて、フィクションではお馴染みすぎて在るのが当然のような気もするけれど」
「ありがとうございます、やる気が湧いてきました」
「普通逆じゃないかしら。英雄は試練が好きだとでも?」
「そんなところです。……いや、今の僕は
ベレロポンはもう死んだ。これはヒッポノオスの戦いだ。そこは切り分けておきたい。
それは、今の僕を育ててくれた父母のためでもある。まだ事情も感謝も伝えていないのに、人理焼却なんてことが起きたせいでそれさえ出来なくなってしまった。よくわからない公募に乗ってカルデアなんて辺鄙な研究所に赴くことを許してくれたというのに。その理由すら話せなかった僕を、きっと心配してくれただろうに。
――そもそも、カルデアが観測する人理などに興味はなかったのだ。
僕がここに来たのは、ただそのレンズを通して確認したいことがあったからだ。マスターの才能があったこと、レイシフトの才能があったこと、それも自分の望みが正しいと確信させるピースに過ぎなかった。レフ・ライノールが人類の未来を滅ぼすなどという邪悪な欲望を露わにするまでは。
(
タルタロスに囚われ続ける祖父を、遠く遠くからでも一目見たいという僕の望み。レフ・ライノールが放った炎がそれを変質させたのに気づいたのは、つい昨日のことだった。
(人理焼却、そんな手段があったとはね)
人理焼却。人の歴史の全てを歪め、2016年から先の未来を行き詰まらせる最悪の改変。
人類史を遡り改変する。ゆえに、その時点から先の偉業も愚行も繁栄も衰退も、
全て全て
考えるだけでも恐ろしい冒涜だ。だが――もしその炎が、許されぬ罪まで焼き滅ぼすならば。
(……
『人理焼却は既に成った』。ゆえに、人理定礎を歪められたその世界では『シーシュポスが罪を犯さない』可能性が存在する。
その世界がたとえ2016年を迎えられない絶望の世界だとしても――そこでシーシュポスは自由のままだ。正しく生きて英雄となれば、そこから座に至ることも出来るだろう。だって、罪人ではないのだから。
あるいは、タルタロスの苦役から抜け出すことも可能かもしれない。たとえアリアドネの糸より細い可能性でも、神すら欺ききる男ならば、可能性さえあれば如何ようにもできそうに思われた。
そして何より、これから僕らがレフ・ライノールの野望を止めたとしても、僕らが生存する分岐が生まれるだけで、既に確認された焼却の未来への分岐がなくなることはない。
(やる気が出てきましたよ、本当に)
レフ・ライノール。僕は貴方に感謝する。感謝して、感謝して――殺す。その野望を打ち砕く。
「アンサモンプログラム スタート。霊子変換を開始 します」
さあ、戦いを始めよう。レフと彼の「王」が何かはしらないが、それが神でも構いはしない。
「全工程完了。グランドオーダー 実証を 開始します」
神に救いを求めるな。
神に許しを求めるな。
人だ。人がやるのだ――カルデアが。仲間が。この僕が。
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黒い聖女が嗤っている。
7騎の従者を侍らせて、かつて己を処刑した聖職者を跪かせて、黒い聖女が嗤っている。
「さあ、我が愛しき
春を騒ぐ街を、春を歌う村を、全て殺し、壊し、灰燼に帰しなさい。
それがどれほどの邪悪であれ、どれほどの残酷であれ、
罰をお与えになるならば、それはそれで構いません。
それは神の実在とその愛を証明する手段に他ならないのですから――」
邪悪が、龍が、人の歴史を歪めていく。百年戦争はまだ終らない。
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前略、父上様。
僕たちは今、1431年のフランスに来ています。戦争中とは思えない豊かな土地で――
「おい、いたぞ! こっちだ逃がすな!」
「また見つかりました! どうしましょうドクター!」
「とにかく逃げろ! タイムパラドックスの心配はないけど、現地民との敵対は避けよう!」
「どこからともなく軽薄な声が聴こえるぞ! 体を覆う
「やっぱりこの魔術礼装、駄目駄目じゃないですかー!!!」
前途多難な予感がします。
オルレアンに着いたぞ!(滑り込みセーフ)
厨房の弓兵ですが、本当はメディアにカッパ巻きを提供したかったけど、全体の調和を崩すのもプライドが許さないのでそれっぽいものに留めたという設定。
ちなみに、ぐだ子のサーヴァントは基本FGO準拠のステータスです。
参考資料:SF風ピッチリスーツことカルデア戦闘服
http://www.fate-go.jp/manga_fgo2/comic08.html