二天龍の恋物語   作:グラドラル

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プロローグ

「なんだ……まだ紙芝居のおっちゃんいないのか……」

 

 誰もいない公園に着くなり、少年、兵藤一誠は小言を漏らす。

 

 というのも、一誠の目的は、最近この公園で行われている紙芝居だったからだ。

 

 それも、ただの紙芝居ならば微笑ましいものだが、内容がおっぱいを織り交ぜた、とても子供には見せられないようなものだから、たちが悪い。

 

 その影響か、同年代の子供と比べて、一誠の性やエロに対する興味は並々ならぬものがあり、両親の数少ない悩みの種でもある。

 

 素直に育っているのは嬉しいが、それ以上にエロ方面に知識を付けていく。

 

 その事に葛藤する両親だが、一誠はそんなことなど露知らず、いつものように紙芝居を求めて公園へと足を運ぶ。

 

 だが、今回はいつもより早く来たためか、紙芝居を行う人物はまだ来ていないようだ。

 

 楽しみにするあまり、早い時間に来たことが裏目になってしまった。

 

 一誠はそれを残念に思うも、ならば来るまで待てばいいと前向きに考える。

 

 とはいえ、まだ幼い一誠が、ただ何もせずにじっとしていることもできない。

 

 ならば公園を回って時間を潰そうか。一誠が思いついたのはそんなことだった。

 

 別段広いわけでも、隠れられる場所がそう多いわけでもない公園だが、探せばまだ行ったことのない場所もあるだろう。

 

 そう思い立った一誠はその場を後に、真っ直ぐに歩き続ける。

 

 向かった先は公園にある木々の中。目的地があるわけでも、探し物があるわけでもないのに、一誠は歩みは迷いないものだった。

 

 あえて言うならなんとなく、又は直感だろうか。一誠はそこに向かわねばならないかのように歩みを進める。

 

 

 行きついた先は人気がないはずの場所。

 

 

 一誠の視線の先には銀色があった。

 

 正確には銀色の髪。木に寄りかかり蹲った少女の髪の色。眠っているのか瞳は閉じている。

 

 歳は一誠と同じぐらいで顔も半ば隠れているが、それでも相当の美貌なのは分かった。

 

 人とは思えないほどの顔立ち。一誠はそれを見て呆然と見惚れてた。

 

 普段であれば美人を見れば妄想を浮かべるものだが、彼女を見てそんな感情は浮かばなかった。

 

 一誠が初めて感じた思い。それは邪な感情は一切存在しないものだった。

 

 その感情の赴くままに、せめて顔をよく見ようと一歩を踏み出し、小枝を踏み抜いてしまう。

 

 その音に少女は目を覚まし、一誠に気づくやすぐに距離を開け、怯えた表情で手を翳す。

 

「待った、俺は……」

 

「くるな!」

 

 少女の叫びの直後、轟音と光と共に、一誠の目前の地面が吹き飛ぶ。

 

 予想外の衝撃に思わず一誠は目を閉じ、次に目に入ったのは大きく抉れた地面と、震えながら此方に手を向けている少女の姿。

 

 信じられないようだが、この光景は彼女が引き起こしたようだ。

 

「お前も、あいつらみたいに酷いことをするんだろう!」

 

「待ってくれ、俺はそんなことするつもりは……」

 

 そこまで言って一誠は気づく。自分に向いている少女の白い腕には、所々に強く叩かれて腫れたような痕があった。

 

「私の家族がやったように、お前も私をこんな目に遭わせるんだろう!」

 

「違う、俺はそんなことしない!」

 

「なら、私に一体何の用だ!」

 

 そう言われて、一誠は言葉に詰まる。何の用と言われても、顔をよく見てみたいと思って近くに行こうとしただけだ。

 

 それを今の彼女に言うのは、何の意味もないと思った。

 

 ならばどうすればいいのか。決して良くはない頭で必死に考える。

 

 自分を見て怯えている少女に何と言えばいいのか。

 

 いったい自分はどうしたいのか。その答えは意外なほど早く出た。

 

 まるで魔法でも使ったかのように容易く地面を消し飛ばした少女が、同じような歳で何の力もない自分を恐れているのだ。

 

 少女に何があったのか一誠にはわからないが、ここまで怯えているのを見て、このまま放っておくことはできなかった。自分に何ができるかも分からずとも、唯、少女を助けたいと思った。

 

「俺は……」

 

 少女が願ったわけではない。それでも、その言葉を言わずには言われなかった。

 

「俺は、君を助けたいんだ!」

 

 感情のままに、一誠はそう言った。少女はそれに驚いたように目を見開くが、すぐに顔を恐怖に歪ませる。

 

「そんな言葉信じられるか!」

 

 そう言った直後に、少女の手から放たれた光が地面を消し飛ばす。それも、先ほどよりさらに一誠に近い場所を。

 

「私を助けるだと? そんなの嘘に決まっている!」

 

「違う、俺は嘘なんか……」

 

「嘘に決まってる、私を助けるなんて……」

 

 そう言った少女の背中から翼が現れる。動物の蝙蝠のような、まるで……

 

「悪魔の私を助ける奴なんているもんか!」

 

 悪魔のような翼を広げ、少女は今にも泣きだしそうな表情でそう叫んだ。

 

 一誠はそれを見て、以外にもすんなりと彼女の言葉を受け入れた。

 

 人間離れした美貌や彼女が使った魔法のようなもの。いきなり現れた翼の事も、いっそ悪魔だと言われれば納得ができる。

 

「お前なんかさっさと消えろ!」

 

 今度は足元が吹き飛ばされる。その際石の欠片でも飛んだのか、頬に傷ができる。

 

 ほんの少し引っ掻かれた程度の傷が、なぜかひどく痛んだ。

 

 自分の身を案じるならここで逃げるべきだ。背中を見せて一目散に逃げるべきだろう。

 

 それを理解してなお、一誠は一歩、少女に歩み寄る。

 

「やめろ、来るな! 私のことなんか放っておいてくれ!」

 

「そんなこと出来ねえよ!」

 

 今度は炎が向かってくる。咄嗟にかばった左腕が焼かれ、一誠は思わずその場で蹲る。

 

「あ……」

 

 少女がその光景を見て我に返る。自分に敵意を一切見せなかった少年を、この手で傷つけてしまい呆然としてしまう。だが、これで少年は逃げてくれるだろう。ここまでされれば、幼い人間の子供なら、逃げ出してくれる。

 

 そう願う少女の心とは裏腹に、一誠は痛みに涙を流しながらもまた一歩近づく。

 

 敵意や恐怖など浮かべず、少しずつ少女へ近づいていく。

 

「なんで……」

 

 少女は一誠に向けていた手を下ろしてしまう。

 

「なんで逃げないんだ……」

 

 力が抜けたようにその場に座り込んでしまう。

 

「なんで化け物の私なんて助けるっていうんだ……」

 

 一誠が少女の元までたどり着く。そのまま一誠の右手が近づき少女は目を瞑る。

 

 

「泣いている女の子を放っておけるわけないだろ」

 

 

 そう言って、先ほどから流れていた少女の涙を拭う。

 

「悪魔とか化け物のことはよくわかんないけど……」

 

 涙を拭った手で少女の頭を撫でる。

 

「俺にとって、君はただの女の子だよ」

 

 超常の力を見せ、自分を傷つけた少女に、一誠はそう告げる。

 

 その言葉で限界だったのだろう。少女は縋りつくように、一誠に抱き着く。

 

 震えて、声を上げ泣き続ける。一誠は何も言わず、ただ撫で続ける。

 

 これから自分に何ができるのかは分からないが、今だけは、少女を助けられるのだと信じて。

 

 

 

 

 

 あれから程なくして泣き止んだ少女は、傷ついた一誠の腕を治療する。

 

 手を翳した場所が淡い光に包まれ、傷が消えていき痛みも引いていく。

 

 こんなことも出来るのかと驚きながら、一誠は少女の顔を見る。

 

 間違いなく、今まであった中で一番美人と断言できる。

 

 申し訳なさそうな顔をしているが、此方を恐れる様子はない。

 

「すごいな、全然痛くなくなった」

 

「傷を治すのは慣れてるから」

 

 やがて光が消えていき、傷跡が完全に消える。

 

 直後、視線に気づいたのか、一誠に顔を向け互いに目をそむけてしまう。

 

 治療の為とはいえ、予想以上に近づいていたため顔が間近にあり、お互いに整った顔立ちの二人が見つめあうようになり、気恥ずかしくなってしまう。

 

 お互いに頬を赤く染め黙りこくってしまう。声を掛けようにも一体何を言えばいいのか。

 

 

 不意に沈黙を破ったのは、パトカーのサイレンの音。

 

 その音でようやく思い出す。先ほどのやり取りで何度も轟音が鳴り響いていた。

 

 人気がないとはいえ、あれが誰にも聞こえていないはずがない。

 

 一誠は咄嗟に少女の手を取り走り出す。

 

「行くぞ!」

 

「行くって、どこへ……」

 

「俺ん家! 帰る所ないんだろ、だったら家に来いよ!」

 

 そう言われた少女は戸惑う。実際に拠り所がないとはいえ、彼に頼ってしまっていいのか。

 

「私なんかがいて大丈夫なのか?」

 

「君みたいな子が来てくれるなら大歓迎。それに……」

 

 一誠は少女を見て笑みを浮かべながら告げる。

 

「言っただろ、助けるって」

 

 真っ直ぐにこちらを見る少年を見て、少女の心に初めての感情が浮かぶ。

 

 顔が熱い。胸が高鳴る。今まで感じた事のないそれの名前がわからず、それがなぜか心地いい。

 

 裏表のない一誠の笑顔。少女は釣られて思わず笑みを浮かべる。

 

「やっと笑ってくれた」

 

「え……」

 

 言われて気づく。自分は今笑っていたのか。そういえば最後に笑ったのはいつだったろうか。

 

「やっぱり、笑ったほうが可愛いぜ!」

 

 その言葉。最初は意味が分からなかったが、理解した途端顔が真っ赤に染まる。

 

 悪魔である自分が初めて言われた言葉。それがこんなに恥ずかしくて。

 

 こんなに嬉しいものだとは思わなかった。

 

「俺は一誠、兵藤一誠だ。君の名前は?」

 

「私は……」

 

 忌み嫌った自分の名前。それでも一誠になら言ってもいいような気がした。

 

「ヴァーリ、ヴァーリ・ルシファー」

 

 悪魔としての名前。それを口にしたヴァーリに驚くが、一誠はそれが無性にうれしかった。

 

 自分を頼ってくれている様な、そんな気がして。

 

 家へ向かう一誠は、紙芝居のことなどすっかり忘れて、ただヴァーリのことだけを考えていた。

 

 

 

 今代の赤龍帝と白龍皇の出会いは宿命ではなく、少年少女の運命の出会いだった。

 

 平穏に暮らせずとも、二人はこの出会いを後悔することはないだろう。

 

 自分たちにとって、最も大切な存在となる人と出会うことができたのだから。

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