異世界喰種   作:白い鴉

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第一話目です。お楽しみください。


第一話 召喚

(僕は……ここで、死ぬのか……)

 日本の首都、東京の地下に広がる地下空間で、白い髪の毛の青年――――金木(かねき)(けん)は仰向けに倒れながらそう思った。

 体中に激痛がする上に、左目からはまるで刃か何かで貫かれたような痛みが走っている。もう指の一本も動かす事ができない。普通の人間ならばすでに死んでいるが、金木研は死んでいなかった。

 それは何故か。理由は単純。金木研が普通の人間ではないからだ。

 喰種(グール)。人間の体を簡単に貫く筋力に、刃物などを通さない強靭な体、そして赫子(かぐね)と呼ばれる捕食器官を持つ人類の天敵である。金木研も、その喰種の一人だった。

 とは言っても金木はある事情で喰種の臓器を移植された存在――――隻眼の喰種と言う存在であり、正確には半分人間半分喰種という方が正しい。

 そして喰種は再生能力も高いので、大抵の怪我ならばすぐに治るのだが、ここまで深手だと再生するのにかなりの時間がかかる。

 それに、仮にこの怪我が治ったとしても、彼は生きて地上に上がれない事を察していた。

 その理由が、彼にゆっくりと近づいてきていた。

「――――IXA(イグザ)の防御壁を、損傷させるとは思わなかった」

 それは、男性だった。

 白いコートを身に纏い、眼鏡をかけている。その髪の毛は金木と同じような白髪だった。

 有馬(ありま)貴将(きしょう)

 人を食らう喰種を狩る組織、CCGにおいて彼はこう呼ばれている。

 CCGの死神。無敗の喰種捜査官。

 それが、彼……有馬を表す代名詞だった。

 その名にふさわしく、この地下空間には大量の喰種の死体が転がっている。

 全て、有馬が駆逐した喰種だった。

「……そうだな。新しいクインケが、いる」

 倒れている金木のそばに歩み寄ってきた有馬はそう言いながら、手にしている剣のような武器の切っ先を金木の右目に向けている。どうやらもう一度右目に刺して、完全に息の根を止めるつもりのようだ。

(……ああ、死ぬな……)

 うっすらとした意識の中で金木がそう思い、有馬が剣を動かそうとしたその時だった。

 

 

 突然光の鏡のような物が現れ、金木の体を包み込んだ。

 

 

「………」

 ばっ! とその鏡に警戒した有馬は即座に後ろに跳び、その鏡を警戒する。

 しかしその鏡は金木を包み込んだ以外は特に奇妙な動きを見せる事無く、そのまま消えてしまった。

 ――――鏡が包み込んだ、金木もろとも。

「…………」

 有馬は驚きや落胆をその表情に表す事も無く、水音が響き渡る空間の天井を仰ぐ。

「……逃げられたか」

 有馬のその呟きは、誰の耳に入る事も無く空気に溶け消えていった。

 

 

 

 

 

 

 爽やかな青色の空に、ドォン!! という轟音が鳴り響いた。

 その爆発の音源は、トリステイン魔法学院。長い歴史を誇る魔法学園であり、魔法を始めとした様々な教育を貴族の子供達に行う学び舎だ。

 そして現在行われているのは、春の使い魔召喚の儀式である。

 生徒達はこの儀式を行う事で自分の属性に合う使い魔を召喚し、自分の魔法属性と専門課程を決めるのだ。この使い魔は呼び出した人間の属性によって異なり、モグラやカエルなどを召喚した人間もいれば、サラマンダーやウィンドドラゴンの幼生など非常に珍しい生き物を召喚した者もいる。

 しかしその中に、まだ何も召喚できていない少女が一人いた。

 桃色がかったブロンドの髪に透き通るような白い肌、それに鳶色の目がくりくりと踊っている。黒いマントの下には白いブラウス、そしてグレーのプリーツスカートを身に纏っている。

 顔はかなりと言って良いほど整っているが、今その顔は苛立ちと焦りの表情で彩られていた。

 悔しそうに奥歯を噛み締める少女に、あちこちから罵詈雑言が投げかけられる。

「さすがゼロのルイズだな! 召喚もまともにできないなんて!」

「どうでも良いけど、早くしてくれよ!」

「さっきから爆発ばっかりじゃないか! もう諦めた方が良いんじゃないか!」

 それに少女――――ルイズは観衆達に黙れと言いたくなったが、どうにかその言葉を呑み込んで歯を食いしばる。

「ミス・ヴァリエール」

 自分の名前を呼ぶ声に振り返ると、そこには一人の中年の男性が立っていた。黒いローブを着用しており、顔には眼鏡、頭は見事に禿げてしまっている。使い魔召喚の監督を行っている教師、『炎蛇』のコルベールだ。

「だいぶ時間が押してしまっているし、続きは明日にしましょう」

「お、お願いします! あと一回だけ召喚させてください!!」

 叫びながら、ルイズはコルベールに向かって頭を下げた。

 さっきから何回もやっても爆発ばっかりで、一向に成功する兆しが無い。もしかしたらこれ以後も爆発するだけかもしれないが、このまま諦めて明日に回すのはルイズのプライドが許さなかったし、何よりもそれでは周りの諦めろという声に負けたようで悔しかったからだ。

 するとルイズの気持ちを察したのか、コルベールは少し考え込んだ後優しい声音でルイズに言う。

「……分かった。じゃあ、あと一回だけですよ。これでだめだったら、明日にします」

「……っ! ありがとうございます!」

 ルイズは再びぺこりと頭を下げると、深呼吸した後に息をついて心を落ち着かせる。

「何だよ、またやるのかよ!」

「もう無駄だってのに……」

 うるさい黙れ、とルイズは心の中で言い返してから杖を握る。

「宇宙のどこかにいる私の(しもべ)よ!」

 自分のありったけの力を込めて、ルイズは叫ぶ。

 ここまで失敗したのだ。もうドラゴンやグリフォンなどの贅沢は言わない。せめて。せめて犬や猫、最悪自分の大嫌いなカエルでも構わない。

(お願い……お願いだから、成功して!!)

「神聖で美しく、そして強力な使い魔よ! 私は心よりも訴え、求めるわ! 我が導きに答えよ!!」

 そして杖を振り下ろすと、今日一番の爆発が起こった。

 爆風が辺りに吹き渡り、灰色の煙で周囲が見えなくなる。

「おい! また爆発したぞ!!」

「もう勘弁してくれよ、ゼロのルイズ!」

 だがルイズは周りの言葉に耳を貸さずに、徐々に薄れていく灰色の煙をじっと見つめる。

 すると地面に、何かの生き物が横たわっているのが見えた。

(やった!)

 心の中で歓声を上げながら、ルイズはその生き物に駆け寄る。

 しかしそれを目にした瞬間、ルイズは思わず目を見開いた。

「えっ……?」

 そこにいたのは、確かに生き物だった。

 が、それは犬や猫でもなければ、カエルですらなかった。

 黒を基調にした服に、同色の短パン。しかも髪の毛は白髪。

 それはどこからどう見ても、普通の人間だった。

 

 

 

 

「ん……」

 鼻孔に入ってくる風と草の匂いに、金木研は目を覚ました。

 それからゆっくりと起き上がると、彼に向かってどこか不機嫌そうな声が投げかけられた。

「あんた誰?」

 その声に金木が目の前を見ると、桃色がかったブロンドの髪の毛の少女が金木の顔をまじまじと覗き込んでいる。

 金木が彼女から視線を外して周囲を見渡してみると、彼女が身に着けているのと同じ黒いマントを身に着けて自分を物珍しそうに見ている人間がたくさんいるのが見えた。さらに豊かな草原が広がっており、遠くにはヨーロッパにあるような石造りの巨大な城まである。

 その光景に、金木は混乱しそうになった。

(……どうして僕は、こんな所に……)

 そこまで考えた所で、金木は自分の体のある異変に気付いた。

(傷が……治ってる……!? あれだけ酷い傷だったのに……!)

 有馬との戦闘で負った全身の傷、さらには彼の武器で貫かれた左目まで完治している。いくら金木が再生力に優れている鱗赫(りんかく)喰種(グール)だとしても、これほど早く再生した事は無かった。おまけに、自分の着ていた服まで修復されている。

 自分の置かれた状況に戸惑っていると、金木に向かって少女が再び口を開いた。

「ねえ、あんた誰って聞いてるんだけど」

 見てみると、少女の表情は先ほどよりも不機嫌そうである。仕方ないので、金木は自分の名前を言う事にした。

「僕の名前は……金木研」

「どこの平民?」

 平民? と金木は思わず訝しげな表情を浮かべる。すると金木と少女を遠巻きに見つめている観衆の一人が目の前の少女に言った。

「ルイズ、サモン・サーヴァントで平民を呼び出してどうするの?」

 その言葉と同時に、金木の顔を覗き込んでいた少女以外の全員が一斉に笑い始めた。

「ちょ、ちょっと間違っただけよ!」

 ルイズと呼ばれた少女が鈴の様によく通る声で言い返すが、周りの笑いは止まらない。

「間違いって、ルイズはいつもそうじゃん」

「おまけに何だよあの髪! 真っ白だぜ、真っ白!!」

「さすがはゼロのルイズだな!」

 誰かが言うと、人垣がどっと再び爆笑する。

 自分が置かれている状況が分からずに金木が呆然としていると、

「ミスタ・コルベール!」

 ルイズが誰かに向かって怒鳴った。ルイズの声に反応するかのように、人垣が割れて、中年の男性が現れる。その姿を見て、金木は思わず目を丸くした。

 何故なら彼が大きな木の杖を持ち、真っ黒なローブに身を包んでいたからだ。その姿は、紛れもなく『魔法使い』と呼ばれる格好である。

「何だね。ミス・ヴァリエール」

「もう一度召喚させてください!」

 召喚? と金木が少女の顔を見ると、コルベールと呼ばれた男性が首を振ったのが見えた。

「それはダメだ。ミス・ヴァリエール」

「どうしてですか!」

「決まりだよ。二年生に進級する際、君達は『使い魔』を召喚する。今、やっている通りだ」

 今度は使い魔である。これでは本格的に本で読んだ事のある魔法使いの世界だ、と金木はますます混乱した。

「それによって現れた使い魔で、今後の属性を固定し、それにより専門課程へと進むんだ。一度呼び出した使い魔は変更する事は出来ない。何故なら春の使い魔召喚は神聖な儀式だからだ。好むと好まざるにかかわらず、彼を使い魔にするしかない」

「でも! 平民を使い魔にするなんて聞いた事がありません!」

 ルイズがそう言うと、また周りが笑い出した。ルイズがその人垣を睨み付けるが、それでも笑いが止む事は無かった。

「これは伝統なんだ、ミス・ヴァリエール。例外は認められない。彼は……」

 コルベールは金木を指差しながら、

「ただの平民かもしれないが、呼び出された以上は君の使い魔にならなければならない。古今東西、人を使い魔にした例はないが、春の使い魔召喚の儀式のルールはあらゆるルールに優先する彼には君に使い魔になってもらわなければ困る」

「そんな……」

 それを聞いて、ルイズはがっかりと肩を落とした。

「さて、では儀式を続けなさい」

「え……。あ、あの、彼と?」

「そうだ。早く。次の授業が始まってしまうじゃないか。君は召喚にどれだけ時間をかけたと思ってるんだね? 何回も何回も失敗して、やっと呼び出せたんだ。良いから早く契約をしなさい」

 コルベールに賛同するように、そうだそうだと野次が飛ぶ。

 ルイズは金木の顔を困ったように見つめた後、彼に言った。

「ねえ」

「な、何?」

「あんた、感謝しなさいよね。貴族にこんな事されるなんて、普通は一生ないんだから」

「き、貴族?」

 金木が鸚鵡返しに言うと、ルイズは諦めたように目を瞑った。手に持った小さな杖を、金木の目の前で振る。

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」

 朗々と呪文らしき言葉を唱え、杖を金木の額に置いてから彼女はゆっくりと唇を近づけてきた。

「え、ちょ……」

 金木は少し顔を赤くして止めようとするが、もう遅かった。

 次の瞬間、ルイズの唇が金木の唇と重ねられた。

「っ!?」

 柔らかい唇の感触に金木は目を見開くが、身動きもできない。

 永遠とも思える数秒の後、ようやくルイズが唇を離した。

「終わりました」

 よく見ると、彼女は顔を真っ赤にしていた。どうやら照れているらしい。

 ルイズの報告を聞いて、コルベールが嬉しそうに言った。

「サモン・サーヴァントは何回も失敗したが、コントラクト・サーヴァントはきちんとできたね」

 だがそれを冷やかすように、また周りからからかいの言葉が飛ぶ。

「相手がただの平民だったから、契約できたんだよ」

「そいつが高位の幻獣だったら、契約なんかできないって」

 すると、ルイズがその生徒達を睨み付けながら叫んだ。

「馬鹿にしないで! わたしだってたまにはうまくいくわよ!」

「ほんとにたまによね。ゼロのルイズ」

 見事な巻き毛とそばかすが特徴的な少女が嘲笑うように言うと、ルイズが少女を指差しながらコルベールに言う。

「ミスタ・コルベール! 『洪水』のモンモランシーがわたしを侮辱しました!」

「誰が『洪水』ですって? わたしは『香水』のモンモランシーよ!」

「あんた小さい頃、洪水みたいなおねしょしてたって話じゃない! 『洪水』の方がお似合いよ!」

「よくも言ってくれたわね! ゼロのルイズ! ゼロのくせに何よ!」

「こらこら。貴族はお互いを尊重し合うものだ」

 コルベールが二人を諌めるように言う。

 わけの分からない単語に金木が困惑していると、金木の体が急に熱くなった。

「熱っ……!?」

 痛みにはある程度慣れている金木だが、それにしてもこの熱さは予想外だった。そんな金木に、先ほどよりも若干落ち着いたルイズが声をかける。

「すぐ終わるわよ。待ってなさい。使い魔のルーンが刻まれるだけだから」

「使い魔……?」

 金木が呟くと、体の熱が無くなり平静を取り戻した。そんな金木にコルベールが近寄ってきて、金木の左手の甲を確かめる。

 彼の視線を追うように金木も自分の左手を見てみると、そこにはルーン文字のような文字が躍っていた。

「ふむ、珍しいルーンだな」

 そう言いながら、コルベールは金木の左手のルーン文字をスケッチする。

「さてと、じゃあ皆教室に戻るぞ」

 コルベールは踵を返すと、宙に浮いた。

 それに金木は両目を限界まで見開き、その様子を凝視する。

「と、飛んだ……!?」

 自分が出したその声は、あまりの驚きでかすれていた。だが、それも仕方ない事だろう。あらゆる修羅場を経験してきた金木だが、それでも生身の人間が空中を飛ぶという現象は見た事が無い。これでは本当に魔法である。

 浮かんだ全員は城のような石造りの建物へ向かって飛んで行った。

「ルイズ、お前は歩いて来いよ!」

「あいつフライはおろか、レビテーションさえまともにできないんだぜ」

「その平民、あんたの使い魔にお似合いよ!」

 そう言って笑いながら、少年少女達は飛び去って行った。

 残されたのは、ルイズと呼ばれた少女と金木だけ。

 ルイズは二人きりになると、ため息をついた。それから金木の方を向き、大声で怒鳴る。

「あんた、一体何なのよ!」

「……何なのよ、って言われても……」

 それはこっちの台詞だよ、と金木は内心思った。さっきまで殺し合いをしていたのに、気が付いたらこんな所にいたのだ。一体何がどうなってるのかを聞くために、金木はルイズに向かって口を開く。

「えーと、ルイズちゃん、で良いんだよね?」

「ご主人様って呼びなさい。馴れ馴れしいわね」

「ここは一体どこなの? あの人達さっき飛んでたけど、もしかして君達って……魔法使いなの?」

 ルイズの言葉は無視して、とりあえず一番気になる事を尋ねる。するとルイズはこいつは一体何を言っているんだろう? と言いたそうな顔になってからまたため息をつき、

「ったく、どこの田舎から来たか知らないけど、説明してあげる」

「う、うん」

「ここはトリステインよ。そしてここはかの高名なトリステイン魔法学院」

「トリステイン……?」

 ルイズから聞いた単語に、金木は訝しそうな表情になる。そんな地名、今まで聞いた事もない。

「わたしは二年生のルイズ・ド・ラ・ヴァリエール。今日からあんたのご主人様よ。覚えておきなさい!」

 ご主人様、という言葉に金木は頭が痛くなってくるのを感じた。額に手を当てながら、金木は再び尋ねる。

「あの、ルイズちゃん」

「だからご主人様って……」

「本当に僕は召喚されたの?」

「だからそう言ってるじゃない。何度も。口が酸っぱくなるほど。もう諦めなさい。わたしも諦めるから。はぁ、なんでわたしの使い魔、こんな冴えない生き物なのかしら……。弱っちそうだし、髪の毛白いし……」

「髪の毛の色は関係ないと思うけど」

「もっとカッコいいのが良かったのに。ドラゴンとか、グリフォンとか。マンティコアとか。せめてワシとか、フクロウとか」

 どうやら彼女の口ぶりからして、ドラゴンもグリフォンもここにはいるらしい。そして、召喚と使い魔という単語。これらから導き出される結論は、

「って事は……君達は本当に、魔法使いなの?」

「そうよ。本来なら、あんたなんか口が利ける身分じゃないんだからね!」

 ルイズの強気な口調に、金木は思わずため息をつきそうになった。自分のいた世界には、魔法など存在しない。ドラゴンやグリフォンもだ。

 つまり、ここは自分がいた世界ではない可能性が高い。

 荒唐無稽な話だが、今はそれしか考えられないのだ。否定しようにも、今自分の目の前に広がっている光景がその証拠である。自分の置かれた状況に金木が本当にため息をつこうとしたその時。

(……あれ?)

 それまで金木は、ある事を忘れていた。

 それは有馬との死闘のせいもあるが、何よりも突然トリステインに召喚されたショックが大きくて頭から一瞬吹き飛んでいた事も大きい。

 だが、それを忘れていたのは金木にとって何よりも大きなショックだった。

 何故なら……、

(ちょっと待てよ……。僕がここに召喚されたって事は……!!)

 そこで金木は最悪の事実にたどり着き、限界まで目を見開く。

 金木は振り返ると、自分を怪訝な目で見ていたルイズの肩を勢いよく掴んだ。

「な、何するのよ!」

「僕を今すぐ帰してくれ!! 早く!!」

「ど、どういう事よ!?」

「そのままの意味だよ! 僕が元いた場所に戻してくれ!! 召喚する魔法があるなら、送り返す魔法もあるはずだよね!?」

 金木がここまで焦るには、ある理由がある。

 そもそも金木が有馬と戦っていたのは、自分がかつて働いていた喫茶店『あんていく』の店長の芳村を助けるためだ。そこの従業員である古間と入見はすでに助けていたが、あの地下空間に有馬がいた以上、彼らの無事も今では分からない。

 本来ならばここで目の前の少女と話している暇などまったく無いのだ。

 一刻も早くあの戦場に戻り、芳村達を助けなければならない。

 だが、金木の剣幕に押されたルイズの口から放たれたのは、予想外の言葉だった。

「む、無理よ……」

「どうして!?」

 

 

「使い魔を元に戻す呪文なんて存在しないの。あるのは、使い魔を呼び出す『サモン・サーヴァント』だけ。それにそれを唱えるためには、一回呼び出した使い魔が死なないといけないの」

 

 

「―――――」

「だから、唱えるためにはあんたが一度死ぬ必要が……。ちょ、ちょっと!?」

 ルイズは慌てた声を出した。金木がルイズの肩から両手を離し、地面に両膝をついたからだ。

(帰……れない……?)

 さっきまであった希望が、粉々に打ち砕かれる。

 金木は地面を見ながら、絶望的な事実を思う。

(僕は……守れなかった………)

 あんていくも。芳村も。古間も。入見も。

 彼が本当に守りたかったものは………失われてしまった。

「ね、ねぇ」

 ルイズの声に金木が顔を上げると、彼女は心配そうな顔で金木を見ていた。尋常ではない金木の様子が気になったのかもしれない。

「……何?」

「とりあえず……わたしの部屋に行きましょう? もうすぐ夜になるし……ね?」

 金木はこくりと頷くと、のろのろと立ち上がる。ルイズはそんな金木の様子をちらちらと見ながら、石造りの建物へと歩いて行く。その後を、金木はゆっくりとした足取りでついて行った。

 

 

 

 

 

 

「………」

 金木は空に浮かぶ二つの月をじっと見つめていた。そんな金木を、夜食のパンを握っているルイズが見ている。

 二人はテーブルを挟んだ椅子に腰掛けている。

 ここはルイズの部屋だ。十二畳ほどの大きさであり、窓を南向きとするならば、西側にベッドが置かれ、北側に扉がある。東には大きなタンスがある。どれもこれも、高価なアンティークに見える。

 だが今の金木には、そんなのどうでも良かった。彼はただ死人のようにぐったりしながら、空に浮かぶ月を眺めている。

(……これから、どうすれば良いんだろう……)

 もう、帰る場所は無い。帰ろうにも、ここは異世界だ。それはこの城と、空の浮かぶ二つの月が証明している。

 帰る場所もなければ、手段もないし手がかりもない。まさに八方塞がりだ。ここで笑う事ができれば少しは気がまぎれるのだろうが、生憎今はそんな気分ではなかった。

 戦いの最中ここに召喚されたので、財布や携帯電話など何も持っていない。

 いや、正確には一つだけあった。

 金木は懐からそれを取り出し、じっと見つめる。

 それは歯と歯茎が剥き出しになったデザインの、眼帯をイメージした黒いマスクだった。これだけが、自分が持っていたただ一つの所有物だった。

 だが、これが何かの役に立つわけではない。精々顔を隠すのには役に立つだろうが、それだけだろう。金木はマスクを再び懐に戻すと、ルイズの方を見た。

「………」

「な、何よ」

 すると、彼女はどこか警戒したような声を金木に返す。

 ルイズ・ド・ラ・ヴァリエール。自分を召喚した少女。悪く言えば自分をこんな世界に召喚した元凶。良く言えば……自分の命の恩人。

 あの地下空間であのまま有馬と戦っていれば、金木は今頃死んでいるだろう。最悪、CCGが喰種と戦う時に用いる武器『クインケ』の材料にされていたかもしれない。

 つまり、結果はどうあれ自分の命は彼女に救われたのだ。

 だったら、

「……ルイズちゃん。使い魔って、何をすればいいの?」

 するとその言葉がよほど予想外だったのか、ルイズは目を丸くして、

「ど、どうしたのよいきなり」

「いや……元の世……故郷に戻れないなら、せめて君の使い魔でもしようかなって……」

 死にかけた所を助けられた身だ。ならば、彼女の使い魔になって彼女の世話をするのも悪くはない。

 この世界で人を食えなくなって死んだとしても、それならそれで構わないし、彼女も新しい使い魔を呼び出す事ができるだろう。

 ……金木が自分の命に無頓着に見えるのは、大切なものを守れなかった罪悪感と喪失感のせいというのが大きい。

 だが今の金木は、それに気づく事ができなかった。

 それほどまでに、金木が心に負った傷は深いのだ。

 一方ルイズは、金木が自分から使い魔になると言いだしたせいか、打って変わって無い胸を張りながらふんと鼻を鳴らした。

「自分から言い出すとは殊勝な心がけね。良いわ、教えてあげる! まず使い魔は主人の目となり、耳となる能力を与えられるわ」

「……つまり、僕が見たものは君も見る事ができるって事?」

「そういう事。でも、あんたじゃ無理みたいね。わたし、何にも見えないもん!」

「そうなんだ……」

「それから、使い魔は主人の望む物を見つけてくるのよ。例えば秘薬とかね」

「秘薬って?」

「特定の魔法を使う時に使用する触媒よ。硫黄とか、コケとか……。でもあんたじゃ無理そうね。秘薬の存在すら知らないのに」

「ごめんね……」

 ルイズは金木の苦笑にため息をついた。

「そしてこれが一番なんだけど……。使い魔は、主人を護る存在であるのよ! その能力で、主人を敵から護るのが一番の役目! でも、あんたじゃ無理そうね……。弱そうだし。カラスにも負けそう」

 あはは……と金木は力のない笑いをしたが、それは大きな間違いである。

 金木は一見弱そうに見えるが、実際はその体はかなり鍛えられている。それに赫子の威力も相当であり、その実力はCCGからSSレートの認定を受けるほどであり、『ムカデ』という呼称まである。カラスにも負けるどころか、戦い方次第ではグリフォンやドラゴンすら屠りかねない存在なのだ。

 しかし、そんな事をルイズが知っているはずが無く、

「だからあんたにできそうな事をやらせてあげる。洗濯。掃除。その他雑用」

「うん、頑張るよ」

「そうしてちょうだい。喋ったら、眠くなっちゃったわ」

 そう言ってルイズはあくびをした。

「僕はどこで寝ればいいの?」

 ルイズは床を指差した。まぁ、ベッドは一つしかないからしょうがないか……と金木は諦めた。

 しかし毛布を一枚投げてよこしてくれので、少しはマシになりそうである。

 それからルイズはブラウスのボタンに手を掛け、一個ずつボタンを外していく。すると下着が露わになったので、さすがの金木も慌てて声を上げた。

「な、何してるの!?」

 きょとんとした声で、ルイズが言った。

「寝るから、着替えるのよ」

「い、いやそういう問題じゃなくて! いくら何でも男の前で着替えるのは、その……」

「男? 誰が? 使い魔に見られたって、何とも思わないわ」

 どうやら本当に犬か猫扱いらしい。金木は深いため息をつくと、毛布を掴んでそれにくるまり横になる。

「じゃあこれ、明日になったら洗濯しといて」

 ぱさぱさっと何かが飛んできて、金木はそれを取り上げる。

 レースの付いたキャミソールに、パンツだった。白く、精巧で緻密な作りをしている。女性の下着に顔を赤くしながら、金木はそれらを床に置いて床に転がる。その後、ルイズがぱちんと指を弾くとランプの明かりが消えた。どうやらランプまで魔法らしい。

 まもなく、金木を睡魔が襲い始めた。考えてみればついさっきまで有馬と死闘を繰り広げ、気が付けばこんな所に召喚されていたのだ。自分の予想以上に疲弊していたのだろう。

 目を瞑ると、まもなく金木は眠りについた。

 こうして、金木研という喰種(グール)の、異世界での生活が始まった。

 

 

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