異世界喰種   作:白い鴉

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東京喰種の実写化、一体どうなるんだろう……。


第十六話 変化 

 金木達が魔法学院に帰還してから三日後に、正式にトリステイン王国王女アンリエッタと帝政ゲルマニア皇帝、アルブレヒト三世との婚姻が発表された。式は一ヵ月後に行われるはこびとなり、それに先立って軍事同盟が締結される事になった。

 同盟の締結式は、ゲルマニアの首府であるヴィンドボナで行われ、トリステインからは宰相マザリーニ枢機卿が出席し、条約文に署名した。

 アルビオンの新政府樹立の交付が為されたのは、同盟締結式の翌日。両国の間にはすぐに緊張が走ったが、アルビオン帝国初代皇帝、クロムウェルはすぐに特使をトリステインとゲルマニアに派遣し、不可侵条約の締結を打診してきた。

 両国は協議の結果、これを受けた。両国の空軍力を合わせても、アルビオンの艦隊には対抗しきれないからだ。喉元に短剣を突きつけられたような状態での不可侵条約だったが、未だ軍備が整っていない両国にとって、この申し出は願ったりだった。

 そして、ハルケギニアに表面上は平和が訪れた。政治家達にとっては夜も眠れない日々が続いたが、普通の貴族や平民にとってはいつもと変わらぬ日々が待っていた。

 それは、トリステインの魔法学院でも例外ではなかった。

 

 

 

 

 

 早朝、金木は一人ヴェストリの広場で一人目を閉じて立っていた。すぐ近くの塔の壁にはデルフが立てかけられている。

 金木が静かに意識を集中させると、メキメキ……という音と共に、金木の腰から赫子が出現する。そして()()の赫子が完全に腰から出現すると、金木はふうと息をついてデルフに言った。

「どう思う?」

「どう思うって何がだよ」

 ある意味当然とも言える質問をデルフが発すると、六本の赫子をそれぞれ自由に動かしながら金木が説明する。

「この世界に来るまでは、僕の赫子は四本だった。それなのに、アルビオンでワルドと戦った後は何故か六本に増えている。何か知らない?」

 金木が尋ねると、デルフはうーんと悩んでいるような声を出した後、

「たぶん、ルーンのせいだろ」

「ルーンが?」 

「ああ。あの時、相棒は殺されたウェールズと傷つけられた娘っ子を見て完全に心を震わせていた。言ってなかったが、ガンダールヴの強さは心の震えで決まる。それは喜び、悲しみ、怒りでも何でも良い。相棒の怒りに反応したルーンが、その相棒のカグネとやらに力を与えた。そういう事なんじゃねえのか?」

「………」

 金木は無言でひゅんひゅんと赫子を動かしていたが、不意に赫子をデルフに伸ばすと先端を柄に巻き付ける形でデルフを掴む。うおっとデルフから驚いた声が出るが、それを無視して赫子に掴まれたデルフを自分に近づけると、再びデルフに尋ねる。

「ルーンに、そんな力があるの?」

「普通はねぇよ。使い魔のルーンって言えば聞こえは良いが、一言で言っちまえば契約完了の証だ。主と視界を共有させたり、ある程度の特殊能力を与える事はあるが、ガンダールヴのルーンほどの力は持ってねぇ。カグネに力を与えたのも、ガンダールヴのルーンだったからだろう」

「……なるほど、ね。じゃあもう一つ聞いていい?

「何だよ」

「……この世界に来てから、いや、正確には子のルーンを左手に刻まれてから僕の空腹が抑えられているような気がする。これも、ルーンの力なの?」

 金木はある意味で、最重要と言える質問を口にした。

 喰種の空腹は、彼らが生きていく上で最も気にしなければならない事だ。喰種が空腹だと彼らの特徴である驚異的な傷の回復がうまく機能しなくなる上に、赫子を出せない、喰種の特徴とも言える赫眼の制御が効かない、さらには意識に何らかの変異をもたらすなど多くのデメリットが発生する。だからこそ多くの喰種は、空腹になる事を人間と同じぐらいに、いや、下手をしたらそれ以上に避けている。

 それは半喰種である金木も例外ではない。だからこそこの世界に来た当初は自分の空腹にいつも以上に気を付けていたのだが、最近確信した事が一つある。何やら、自分の空腹が抑えられているような気がするのだ。

 前の自分ならば、これだけ時間が経っていれば人間の肉を食いたくて仕方が無くなってきている所だ。それなのに、空腹感というものをあまり感じず、人間の肉を食いたいとも思わない。今まではそんな事は一度も無かったので、何らかのカラクリがあるに違いないと金木は思っていた。

 すると案の定、デルフからこんな言葉が飛び出した。

「ああ、それもルーンだろうな。前に聞いたけど、相棒達喰種とやらは主に人間を食うんだろ? 空腹のお前さんが我を失って主である娘っ子を襲ったりしたら大変だって判断したルーンが、相棒の空腹感を抑えてるんだよ」

「やっぱりそうか……」

 金木は自分の左手のルーンを見つめた。このルーンは自分をルイズに縛り付けている一種の呪縛のようなものだが、こうして色々と自分に力を貸してくれたり空腹を抑えてくれている事を知ると、言葉はおかしいかもしれないが感謝のようなものが生まれて来る。だが、そんな金木に棘を指すようにデルフが言った。

「だけど気を付けろよ? いくら空腹を抑えられるって言っても完全じゃねぇ。食欲っていうのは人間だけじゃなくて、生物が生きるために必要な絶対的な生存本能みてぇなもんだ。ルーンがどれだけすごくても、食欲を完全に抑えられるわけじゃないんだ。マジでやばくなったら、最悪死体を食う事ぐらいは考えとけよ」

「……分かった。忠告ありがとうね」

 自分の身を案じて言ってくれるデルフに、金木は感謝の念を込めて礼を言った。それからデルフを背中の鞘に納めると続けて言う。

「じゃあ、もうそろそろ帰ろうか。勝手に外に出てる事がバレたら、ルイズちゃんに怒られるし」

「そうか? 今の娘っ子なら許してくれるんじゃねぇか?」

「そうとは限らないよ。とりあえず、もう帰ろう。使い魔の仕事だってあるしね」

「ま、それもそうだな」

 一人と一本はそんな会話を交わしながら、主が眠る部屋へと戻って行った。

  

 

 

 

 アルビオンから帰ってきた翌朝から、ルイズの金木に対する態度が変わり始めた。

 一言で言うと、優しくなったのである。

 前までは金木に対する言動がキツかったルイズだが、ここ最近はそのキツさが鳴りをひそめている。それどころか、金木を気遣う言葉が時々出るほどである。突然の変化について金木は何回も考えたが、これと言った答えは出てこなかった。この世界に来るまでの体験がかなり過酷なのもあるとはいえ、変な所で鈍い青年である。

 早朝での赫子の様子を確認した金木は部屋に戻ってくると、ルイズが顔を洗うための水を張った洗面器を用意した。この中の水で寝起きのルイズの顔を洗うのが、前までの金木の日課だった。ちなみに、当の本人は低血圧なのか、眠そうな顔をふにゃっと歪めたままベッドに腰かけている。

 床に洗面器を置き、金木が両手で水をすくったが、ルイズは動かない。柔らかそうな、桃色がかかったブロンドの髪の毛が、ふにゃふにゃと崩れて顔にかかっている。眠そうにふがふがと目をこすると、ぼんやりとした表情のまま口を開いた。

「そこに置いといて。自分で洗うから、良いわ」

 その言葉に、金木は思わず目を丸くした。今まで彼女の口から、そんな言葉が出てくるなど一度もなかったからだ。

「良いの?」

 頷く代わりにそう言うと、ルイズは拗ねたように唇を尖らせて横を向いた。何故か頬が赤く染まっている。

 何故か怒ったような調子で、ルイズが言った。

「自分で洗うから、良いの。放っておいて」

 ルイズが洗面器に手を入れて、水を救うと思いきり顔を振って顔を洗った。その拍子に、水が辺りに飛び散る。

 その様子をきょとんとした顔で見ていた金木だったが、すぐに自分の役割を思い出すと次にルイズの着替えをクローゼットから取り出した。下着をベッドのそばに置くと、後ろを向く。その間に、ルイズが下着を身に着けるからだ。

 下着をつけ終わった頃を見計らうと、金木は振り向いた。手にはこれからルイズに着せるための、彼女の制服が握られている。金木が振り向くと、下着姿のルイズは慌てた顔になってさっとシーツを体に巻き付けた。

「服、置いといて」

 顔の下半分をシーツで隠してルイズは言った。その言葉に、金木は思わず目を大きく見開く。

 いつもならば眠そうな顔をして、だらんと腕を伸ばして『早く着せなさいよね、ぐず』とか言うような少女である。おまけに体をシーツで隠している。いつもならば見ても一部の特殊な嗜好を持つ人しか得しないその体をまったく気にせずに晒しているのに、一体どういう風の吹きまわしだろうか。

「え、良いの?」

 金木が聞き間違えではないかと思いながら言うと、ルイズがシーツから顔を出した。

「置いといてって言ってるじゃない!」

 それからルイズは再びシーツに顔の下半分をうずめ金木を睨むと、う~と唸った。

 そんな彼女の態度に首を傾げながら、金木は言われた通りに服をルイズのそばに置いた。

「向こうむいてて」

「え?」

「向こうむいてなさいって言ってるの」

「あ、うん」

 どうやら着替える所を見られるのが嫌なようだ。それは年頃の少女ならば至極当然の感情ならば、今までは見られても平気な顔をしていたルイズである。

 一体どうしたんだろう、と金木は心の中で考えながら、ルイズに背を向けた。

 数分ほど経つと、「振り向いて良いわよ」という声が後ろから聞こえた。金木が振り向くと、そこには制服に身を包んだルイズが金木を見つめていた。

「ほら、朝ごはん行くわよ」

「う、うん」

 ま、良いかと内心呟くと、金木はルイズと一緒に部屋を出た。あのアルビオンでの旅で心境に何らかの変化があったのかもしれないし、彼女の態度が柔らかくなったのは自分にとっても悪い事ではないからだと思ったからである。

 しかし、ルイズの驚くべき変化はそれだけでは無かった。

 二人がアルヴィーズの食堂に着くと、金木はいつも通りに床に座り込んだ。しかしそこで、奇妙な変化に気づいた。目の前に、いつもならば置かれているはずのスープの皿が無かったのだ。すると、椅子に座っているルイズが何故か頬を赤く染めて、そっぽを向いたまま言った。

「今日からあんた、テーブルで食べなさい」

「……え?」

 金木は驚きを声に出しながら、ルイズを見つめた。今まで床に座る事が当たり前となっていただけに、そんな言葉を掛けられるとは予想もしていなかったのだ。

「良いから。ほら、座って。早く」

 呆然としながらも、ルイズの隣に腰かけた。すると、そこにいつも座っている風上のマリコルヌが現れて、抗議の声を上げた。

「おいルイズ。そこは僕の席だぞ。使い魔を座らせるなんて、どういうつもりだ」

 ルイズはきっとマリコルヌを睨んだ。

「座る所がないなら、椅子を持ってくれば良いじゃない」

「ふざけるな! 平民の使い魔を座らせて、僕が椅子を取りに行く? そんな法は無いぞ! おい使い魔、どけ!そこは僕の席だ! そして、ここは貴族の食卓だ!」

 マリコルヌは思い切り胸を反らせて、精いっぱいの虚勢を張った。見てみると、ちょっと震えている。ギーシュを難なく倒し、あのフーケを捕まえた金木はなんと伝説の使い魔らしい、という事はすでに学院中の噂になっているのだった。おまけにルイズ達と数日学院を留守にしている間に、なにかとんでもない手柄を立てたらしい、という事さえ昨日の今日なのに噂されていた。

 金木はそんなマリコルヌの虚勢に苦笑しながらも、言われた通り席を空ける事にした。貴族の自分に対する態度もいい加減慣れてきたし、ここで言い争っても自分にとって得する事は何一つない。目の前に並べられている食事も半喰種である自分には不味いものでしかないので、むしろ好都合だった。空いた時間は、図書館で本を読めばいいのだし。

 そう考えながら金木が立ち上がろうとすると、ルイズが金木に言った。

「どく必要なんてないわよ、カネキ。主のわたしが座っていいって言ってるの。そんな奴の言う事を聞く事は無いわ」

 予想外の彼女の言葉に、金木は思わず目を丸くして彼女の顔をじっと見つめた。そして金木と同じようにマリコルヌも呆然とした表情を浮かべていたが、やがて顔を少し赤くしてルイズに叫んだ。

「何だと! ゼロのルイズの分際で……!」

 その瞬間、ルイズの殺気が込められた視線がマリコルヌを貫いた。彼女の視線に、哀れな少年はひっと声を出して尻餅をつく。それからすっと立ち上がると、マリコルヌを見下ろして言った。

「あんたがわたしの事をどう言おうがあんたの勝手よ。正直、ほんっとうにムカつくけど、聞き流してあげても構わないわ。……だけど、わたしの使い魔を侮辱するのは許さないわよ。こいつを侮辱するって事は、わたしを侮辱するのと同じ事。それでもこいつをこの食堂から追い出したいって言うなら……相手になるけど、構わない? あんたの風の魔法とわたしの爆発、どっちが速いか勝負してみる?」

 言いながらルイズが杖を取り出すと、マリコルヌは半べそをかきながら首を一生懸命横に振った。それを見てルイズはふんと鼻を鳴らすと、再び自分の席に戻った。その光景に金木が固まっていると、背中のデルフが呟く。

「(……こりゃあ、おでれーた。一体、娘っ子に一体何が起こったんだい?)」

「(……僕が知りたいよ)」

 背中の剣に、金木はそう返す事しかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 教室にルイズが入っていくと、すぐにクラスメイト達が取り囲んだ。ルイズ達は学院を数日空けていた間に、なにか危険な冒険をして、とんでもない手柄を立てたらしいともっぱらの噂だったからだ。

 事実、魔法衛士隊の隊長と出発するところを何人かの生徒達が見ていたのである。誰がどう見ても、穏やかじゃない光景である。何があったのか、クラスメイト達は聞きたくてううずうずしていたのだった。彼らは、潮汐の席には教師達がいるので遠慮していたのである。

 キュルケとタバサとギーシュは、すでに席についていた。その周りも、やはりクラスメイトの一団が取り囲んでいる。

「ねえルイズ。あなた達、授業を休んで一体どこに行っていたの?」

 腕を組んで、そう話しかけたのは香水のモンモランシーだった。

 見ると、キュルケは優雅に化粧を直しており、タバサはじっと本を読んでいる。

 タバサはぺらぺらと話すような性格じゃないし、キュルケもお調子者ではあるものの、何も知らないクラスメイトに自分達の秘密の冒険を話すほど口は軽くなかった。

 クラスメイト達は押しても引いても自分のペースを崩さず何も話さない二人に業を煮やし、ギーシュと新たに表れたルイズに矛先を変えた。

 ギーシュは取り囲まれてちやほやされるのが大好きなので、調子に乗ったらしい。君達、僕に聞きたいかね? 僕が経験した秘密を知りたいかね? 困ったウサギちゃんだな! あっはっは! と呟くなり足を組み、人差し指を立てたので人壁をかきわけて近づいたルイズに頭をひっぱたかれた。

「何をするんだね!」

「口が軽いと、姫様に嫌われるわよ。ギーシュ」

 アンリエッタを引き合いに出されたので、ギーシュは黙ってしまった。二人のそんな様子で、ますますクラスメイト達は「何かある」と思ったらしい。再びルイズは取り囲み、やいのやいのと騒ぎ始める。

「ルイズ! ルイズ! 一体何があったんだよ!」

「何でもないわ。ちょっとオスマン氏に頼まれて、王宮までお使いに行ってただけよ。ねえギーシュ、キュルケ、タバサ、そうよね」

 キュルケは意味深な微笑を浮かべて、磨いた爪の滓をふっと吹き飛ばした。

 ギーシュは頷き、タバサは変わらずじっと本を読んでいる。

 取り付く島がないので、クラスメイト達はつまらなさそうに、自分の席へと戻っていく。

 みんなして隠し事をするルイズに頭にきたらしく、口々に負け惜しみを並べた。

「どうせ、大した事じゃないよ」

「そうよね、ゼロのルイズだもんね。魔法のできないあの子に何か大きな手柄が立てられるなんて思えないわ! フーケを捕まえたのだって、きっと偶然なんでしょう? あの使い魔が、たまたま破壊の箱の力を引き出して……」

 見事な巻き毛を揺らして、モンモランシーが嫌味ったらしく言った。ルイズは悔しそうに唇をきゅっと噛み締めたが、何も言わなかった。

 そしてそれと同時に教室にコルベールが入ってきて、授業が始まった。

「さてと、皆さん」

 コルベールは禿げ上がった頭をぽんと叩いた。彼は昨日まで、土くれのフーケが脱獄した一件で、城下に裏切者が! すわトリステインの一大事! と怯えていたのだ。

 しかし、今朝になってオスマンに呼び出され、「とにかくもう大丈夫じゃ」と言われたので安心して、いつものの呑気な彼に戻っていた。元々彼は政治や事件にはあまり興味がない人物なのだ。

 興味があるのは学問と歴史と、研究である。だから彼は授業が好きだった。自分の研究の成果を、存分に開陳できるからである。

 そして本日、彼は嬉しそうに、でんっ! と机の上に妙な物を置いた。

「それは何ですか? ミスタ・コルベール」

 生徒の一人が質問した。

 果たしてそれは、妙な物体だった。長い、円筒状の金属の筒に、これまた金属のパイプが延びている。パイプはふいごのような物に繋がり、円筒の頂上にはクランクがついている。そしてクランクは円筒のわきに立てられた車輪に繋がっていた。

さらにそれだけではなく、車輪は扉のついた箱に、ギアを介してくっついている。

 一体何の授業を始めるつもりなのだろう? と生徒たちは興味深くその装置を見守った。

 コルベールはおほん、ともったいぶった席をすると、語り始めた。

「えー、『火』系統の特徴を、誰かこのわたしに開帳してくれないかね?」

 そう言いながら、教室を見回す。すると教室中の視線が自然とキュルケに集まった。だが、それも無理のない事である。ハルケギニアで『火』と言えば、ゲルマニア貴族である。その中でも、ツェルプストー家は名門だった。そして彼女も二つ名の『微熱』の通り、『火』系統の魔法が得意なのである。

 キュルケは授業中だというのに、爪の手入れを続けていた。ヤスリで磨く爪から視線を外さず、気だるげに答える。

「情熱と破壊が『火』の本領ですわ」

「そうとも!」

 自身も『炎蛇』の二つ名を持つ、『火』のトライアングルメイジであるコルベールは、にっこりと笑いながら続ける。

「だがしかし、情熱はともかく、『火』が司るものだけが破壊だけでは寂しいと、このコルベールは考えます。諸君、『火』が司るものが破壊だけでは寂しいと、このコルベールは考えます。諸君、『火』は使いようですぞ。使いようによっては、色んな楽しい事ができるのです。良いかねミス・ツェルプストー。破壊するだけじゃない。戦いだけが『火』の見せ場ではないのです」

「トリステインの貴族に、『火』の講釈を承る道理がございませんわ」

 キュルケは自信たっぷりに言い放つ。だがコルベールはキュルケの嫌味にも動じず、にこにこと変わらずに笑顔のままである。

「でも、その妙なカラクリはなんですの?」

 キュルケはきょとんとした顔で、机の上の装置を指差した。

「うふ、うふふ。よくぞ聞いてくれました。これは私が発明した装置ですぞ。油と、火の魔法を使って、動力を得る装置です」

 クラスメイトはぽかんと口を開けて、その妙な装置に見入っている。一方金木は、コルベールが語った仕組みの装置に心当たりがあり、机の上に置かれているそれが本当に自分の知っている物なのか気になって、装置を食い入るように見つめていた。

 コルベールは続けた。

「まず、この『ふいご』で油を気化させる」

 コルベールはしゅこっ、しゅこっ、と足でふいごを踏んだ。

「すると、この円筒の中に、気化した油が放り込まれるのですぞ」

 慎重な顔で、コルベールは円筒の横に開いた小さな穴に杖の先端を差し込む。

 それから呪文を唱えると、断続的な発火音が聞こえ、発火音は続いて気化した油に引火して、爆発音に変わる。

「ほら! 見てごらんなさい! この金属の円筒の中では、気化した油が爆発する力で上下にピストンが動いておる!」

 すると円筒の上にくっついたクランクが動き出し、車輪を回転させた。回転した車輪は箱についた扉を開き、ギアを介してぴょこっ、ぴょこっと中からヘビの人形が顔を出した。

「動力はクランクに伝わり車輪を回す。ほら! するとヘビくんが! 顔を出してぴょこぴょこご挨拶! 面白いですぞ!」

 しかし、生徒達はぼけっと反応薄げにその様子を見守っている。それを熱心に見ているのは金木だけだった。

 誰かがとぼけた声で感想を述べた。

「で? それがどうしたって言うんですか?」

 コルベールは自慢の発明品が、ほとんど無視されているので悲しくなってしまった。おほんと咳をすると、説明を始める。

「えー、今は愉快なヘビくんが顔を出すだけですが、例えばこの装置を荷車に載せて車輪を回させる。すると馬がいなくても荷車は動くのですぞ! 例えば海に浮かんだ船のわきに大きな水車をつけて、この装置を使って回す! すると帆がいりませんぞ!」

「そんなの、魔法で動かせばいいじゃないですか。なにもそんなみょうちきりんな装置を使わなくても」

 生徒の一人がそう言うと、みんなそうだそうだと言わんばかりに頷きあった。

「諸君! よく見なさい! もっともっと改良すれば、なんとこの装置は魔法が無くても動かす事が可能になるのですぞ! ほれ、今はこのように点火を『火』の魔法に頼っておるが、例えば火打石を利用して、断続的に点火できる方法が見つかれば……」

 コルベールは興奮した調子でまくしたてたが、生徒達は「一体それがどうしたって言うんだ?」と言わんばかりの表情だった。コルベールの発明のすごさに気づいているのは、この教室の中では金木だけだった。

「すごいな……エンジンか」

 金木の呟きは大きなものではなかったが、それは広い教室の中でよく聞こえた。教室中の視線が一斉に金木に注がれる。

「えんじん?」

 コルベールはきょとんとして、金木を見つめた。金木はしまったと内心思いながら、仕方なくコルベールに言う。

「僕の国ではそれを使って、先生が言ったような事をしているんです」

「なんと! やはり気づく人は気づいておる! おお、君はミス・ヴァリエールの使い魔の青年だったな」

 コルベールは、彼が確か伝説の使い魔『ガンダールヴ』のルーンを手の甲に浮かび上がらせた青年である事をもい出した。あの件はオスマンが「わしに任せなさい」と言ったので、しばらく忘れていたが……、さきほどの発言と合わせて、金木に改めて興味を抱いた。

「君は一体、どこの国の生まれだね?」

 身を乗り出して、コルベールは金木に尋ねた。

 仕方ないので、金木は仕方なく嘘をつく事にした。

「僕はその……東方の方からやってきたんです」

 すると、何故かコルベールは驚いた顔になった。

「東方……まさか、ロバ・アル・カリイエの方から!?」

「はい……」

 金木が相槌を打つと、コルベールは驚いた表情のまま続けた。

「あの恐るべきエルフの住まう土地を通って……。いや、『召喚』されたのだから、通らなくてもハルケギニアへはやってこれるか。なるほど……、エルフ達の治める東方の地では、学問、研究が盛んだと聞く。君はそこの生まれだったのか。なるほど」

「ええ、まぁ……」

 納得したような頷くコルベールに、金木は顎をこすりながら肯定する。すると、そんな金木に話を聞いていたキュルケが質問した。

「でもカネキ。あなたの国ではそのえんじんとやらを使っているって聞いたけど、本当にそんなのが役に立つの?」

 キュルケが抱いている疑問は他の生徒達も同じなのか、皆金木の方を見つめている。それは、金木の横にいるルイズも、いつもは無表情のタバサも例外ではなかった。金木としてはあまりコルベールの授業の時間を邪魔したくなかったのだが、当の本人も聞きたくてうずうずしているような表情を金木に向けている。仕方ない、と金木は息をつくと説明を始めた。

「役に立つよ。さっきの誰かの質問を例に出すと、確かにメイジの魔法で船を動かしたりする事はできる。それに僕は専門家ってわけじゃないからあまり詳しい事は言えない。だけど、これだけは断言できる。もしもメイジ一人の魔法とエンジン、どっちが船を早く動かす事ができるかって言われたら……エンジンが勝つよ」

 その言葉に、不穏な雰囲気が教室に満ちるのを感じたが金木はそれを無視した。この世界の貴族は、自分達の魔法に絶対的な自信を持っている人間が多い。こんな言い方をすれば、反感を持つのは当然の事だろう。

「とは言っても、コルベール先生のエンジンじゃまず話にならないし、普通のエンジンでも分からない」

「……? 済まない、カネキ君。普通のエンジンとはどういう意味だね?」

 コルベールが生徒のように金木に質問をすると、金木はさながら教壇に立つ教師のようにその質問に答える。

「エンジンにも種類があるんです。僕らの国では、商船の場合はディーゼル機関を採用してます。確か以前は蒸気タービン機関を採用してたけど、燃費の問題でディーゼル機関になったんじゃなかったっけ……」

「でぃ、でぃーぜる? じょうきたーびん?」

 ちんぷんかんぷんと、言いたそうな口調でルイズが言う。周りの生徒達も、同じように困惑した表情を浮かべている。唯一好奇心で顔を輝かせているのは、コルベールだけだ。

「ああ、ごめんごめん。話を戻すね。ディーゼル機関を用いた商船の場合、速度は約12ノットから18ノットになるんだ。……ノットってどれくらいの速さだって言いたそうだね」

 周りの生徒達の表情から彼らが何を言いたいのか察した金木が言うと、生徒達が一斉に頷いた。金木は仕方ないと言うように息をつくと、席を立って黒板の方へ向かう。もう本格的に教師みたいになってきたが、今さらそれを突っ込む者は誰一人いない。教師であるはずのコルベールが好奇心で目をキラキラさせているし。

「1ノットは約1.852km/h(キロメートルまいじ)。これはつまり一時間に1.852リーグ進めるって事。こういう細かい文字になるのには理由があるんだけど、今は省くね。で、商船の速度は最低でも約12ノットだから、単純計算で22.224km/m(キロメートルまいじ)。つまり、一時間でこれほどの距離を進めるって事。だけど、これぐらいなら君達メイジでもできるよね?」

 その言葉に生徒の何人かが頷いた。金木の言う通り、自分達ドットやラインのメイジなら難しいかもしれないが、トライアングルかスクウェアのメイジならできない事ではない。

「問題は、速度に特化した船だよ。こういった船は文字通り次元が違う。僕達の国の人間はパワーボートやモーターボートって呼んでるんだけどね。こういった船には速さに特化したエンジンが積まれてるから、速度が尋常じゃない。僕が知ってる国でアメリカって国があるんだけど、その国で行われたドラッグボートレースじゃあ速度が400km/h(キロメートルまいじ)を越えたボートがある。これはつまり、一時間で400リーグ進めるって事になる」

 金木の言葉を聞いて、生徒達全員の顔が引きつった。少なくとも、ハルケギニアにそれほどの速度を叩き出せるほどの船はない。というよりも、そんな速度を出したらどんなメイジでもすぐに魔力が底をついてしまう。そんな生徒達を見ながら、金木はチョークを手に持つと黒板に簡単に船の絵を描く。

「で、どうしてこれほどの距離を進めるかって言うと、もちろんエンジンの性能もあるんだけど、それ以外にもあるんだ。モーターボートのような小型艇は船底をフラットに作る事で、強力なエンジンの力で船体そのものを浮かばせる。で、スキーのように水面を滑走して走る事ができるんだ」

「カネキ、スキーって何?」

「僕達の国のスポーツだよ。今度話してあげる」

 飛んできたルイズの質問にそう返しながら、金木はさらに説明を続ける。

「だから、航走中は水の抵抗がほとんど無くなるからかなり高速になる。だけど、こうなると気をつけなきゃならない事がある」

「気をつけなければならない事、とは?」

 それまで話を黙っていたタバサが手を挙げて質問した。いつもは無口のタバサが口を開いた事に生徒達が驚くが、問われた金木は黒板に描いた船の絵に波のような絵を付け加えた。

「この速度になるとわずかな波でも船体はバウンドして、再び着水する時に受ける反動はまるで地面にぶつかったような衝撃を受ける。ちょっとでもバランスを崩せば、船体を破損したり沈没したりする危険性をはらんでいるんだ。実際、パワーボートでは死人も出てる。……で、改めて聞くけど、君達メイジは船を操作する時に、約400リーグの速度を叩き出しながら、船が吹き飛ばされないようにコントロールできる自信はある?」

 放たれた問いにキュルケがタバサを見てみると、彼女は険しい顔をしたまま顔を横にフルフルと振った。

 しかしそれは、当然の反応だとクラスの誰もが思った事だろう。そんな事は、魔法のコントロールが上手いか下手かという問題ではなく、生物である以上不可能なのだ。まずそれほどまでの速度を叩き出す事に魔力をつぎ込めば魔力が先に尽きるし、船のコントロールをしようとしても速度維持に精一杯でそれまでに気が回らない。そうなれば、船もろとも自分も水面に投げ出される羽目になる。

 だが、何よりも脅威なのは、今自分達の目の前にあるあの妙な機械が、それほどまでの可能性を秘めているという事だった。エンジンを凝視している生徒達を見て、金木は何故かふっと笑った。

「……と、まぁさんざん驚かせちゃったけど、今このエンジンにそこまでの力はないよ。これをさらに調整・改良させなきゃそこまでの出力は出ないと思うしね。それに何も速度だけがエンジンの良い所じゃない。とても大きな船にこれをさらに大きくしたエンジンを組み込めば、人間のメイジでもとても運べない大きさと重さの荷物を大量に、一気に運ぶ事ができるんだ」

 エンジンを撫でながら、金木は静かな声でそう言う。それに生徒達が視線を向けると、金木は生徒達の目をまっすぐ見据えて告げた。

「つまりこのエンジンは、凄まじい可能性を秘めた機械だとても思ってくれればいい。今は大した事は出来ないけど……この技術を発展させれば、君達メイジだけじゃなくて、君達メイジが導く平民の人達の大きな助けになるって事だけは、間違いなく言える。ま、僕から言える事はこれだけだよ」

 そう言うと、金木はその視線をコルベールに向ける。

「出しゃばったような真似をして、すいません」

 しかし、コルベールは何故か穏やかな笑みを浮かべて、

「いや、私の方こそありがとう。おかげで貴重な話を聞く事ができた。良ければ今度、詳しい話を聞いても良いかね?」

「……良いですけど、さっきも言ったように僕は専門家じゃないんで、あまり深い話はできませんよ?」

「それでも構わないよ」

「では、暇があれば」

 金木は軽くコルベールにお辞儀をすると、元の自分の席に戻っていた。金木が席に座ると、ルイズはかすかに目を見開きながら金木に言った。

「……あんたってもしかして、あんたの国じゃ教師とかだったの?」

「ただの学生だよ。それにあの程度なら、僕の国の学校で習うから」

「あれほどの知識を? 冗談でしょ……」

 信じられない、と言うようにルイズは呟くが、それも仕方ないかと金木は思った。科学技術があまり発達していないこの世界では、自分にとっては馴染みのある知識でも、彼女達にとっては未知のものに思えただろう。

 一方で、コルベールは教壇に立つと、教室を見回した。

「さて! では皆さん! 彼の素晴らしい講義の直後で申し訳ないが、誰かこの装置を動かしてみないかね? なあに! 簡単ですぞ! 円筒に開いたこの穴に、杖を差し込んで『発火』の呪文を断続的に唱えるだけですぞ。ただ、ちょっとタイミングにコツがいるが、慣れればこのように、ほれ」

 コルベールはふいごを足で踏んで再び装置を動かした。爆発音が響き、クランクと歯車が動き出す。そしてヘビの人形がぴょこぴょこと顔を出した。

「愉快なヘビくんがご挨拶! このように! ご挨拶!」

 すると、生徒達の何人かの顔にさっきまで無かった好奇心という感情がありありと現れ始めた。もしかしたら、先ほどの金木の説明を聞いて、エンジンの仕組みにわずかでも触れてみたいと思っているのかもしれない。

 すると、何故かモンモランシーがルイズを指差した。

「ルイズ、あなたやってごらんなさいよ」

 そんな彼女に、ルイズが何のつもりだと言いたそうな視線を向けると、モンモランシーはふんと鼻を鳴らしながら、

「土くれのフーケを捕まえて、何か秘密の手柄を立てたあなたなら、あんな事造作もないはずでしょう?」

 その言葉にルイズは気づいた。モンモランシーは、自分に失敗させて恥をかかせようとしているのだ。恐らく、最近ルイズが派手な手柄を立てて、舞踏会の主役になったりちやほやされているのだが気に入らなかったのだろう。モンモランシーは自分に輪をかけて嫉妬深く、そして目立ちたがり屋である事をルイズは思い出す。

 モンモランシーは挑発を続けた。

「やってごらんなさい? ほら、ルイズ。ゼロのルイズ」

 ゼロと呼ばれたルイズはかちんときた。モンモランシーごとにナメられては、黙ってはいられない。

 ルイズは立ち上がると、無言でつかつかと教壇に歩み寄る。

 参ったなぁ、と金木は内心で呟いた。あの様子では、自分が何を言っても耳を貸しはしないだろう。それどころか、下手な事を言えばさらに逆上する可能性すらあり得る。

 ルイズの危険性を知っている生徒達が、こそこそと椅子の下に隠れる。

 そんな生徒達の行動とモンモランシーの台詞で、ルイズの実力と結果と二つ名の由来を思い出したコルベールは、その決心を翻そうとして、おろおろと説得を始めた。

「あ、いや、ミス・ヴァリエール。その、なんだ、うむ。また今度にしないかね?」

「わたし、洪水のモンモランシーに侮辱されました」

 冷たい声でルイズは言った。鳶色の瞳が、怒りで燃えているのがここからでも分かる。

「ミス・モンモランシーには私からよく注意しておくよ。だから、その、杖を納めてくれんかね? いやなに、君の実力を疑うわけではないが、魔法はいつも成功するというわけではない。ほら、言うではないか。ドラゴンも火事で死ぬ、と」

 すると案の定、ルイズはきっ! とコルベールを睨んだ。

「やらせてください。わたしだって、いつも失敗しているわけではありません。たまに、成功、します。たまに、成功、する時が、あります」

 ルイズは自分に言い聞かせるように、区切って言った。声が震えている。彼女がああなったら、もう止められない。ルイズは完全に怒ると、声が震えるのだ。

 コルベールは自分の発明品の末路を想像したのか、天井を見上げて嘆息した。

 ルイズはコルベールがしていたように、足でふいごを踏んだ。気化した油が円筒の中に送り込まれる。

 それから目をつむり、大きく深呼吸をするとおもむろに円筒に杖を差し込んだ。

「ミス・ヴァリエール……。おお……」

 コルベールが、祈るように呟いた。

 ルイズは朗々と、可愛らしい鈴の音のような声で呪文を詠唱する。

 教室中の全員がぴきーんと緊張した。

 期待通りと言うべきか、順当に円筒は装置事爆発し、ルイズとコルベールを黒板に叩きつけた。生徒達から悲鳴が上がり、爆発が油に引火して、辺りに炎を振りまく。生徒達は逃げ惑った。

 椅子や机が燃える中、ルイズはむっくりと立ち上がった。見るも無残な格好である。制服は焼け焦げ、可愛らしい清楚な顔は煤だらけ。しかし、ある意味流石である。大騒ぎの教室を意に介した風もなく、腕を組んでから呟いた。

「ミスタ・コルベール。この装置、壊れやすいです」

 コルベールは気絶していたので、答える事ができなかった。代わりに生徒達が口々にわめいた。

「お前が壊したんだろ! ゼロ! ゼロのルイズ! いい加減にしてくれよ!」

「というか燃えてるよ! 消せよ!」

 モンモランシーが立ち上がり、呪文を唱えた。『水』系統の魔法、『ウォーター・シールド』である。瞬時に現れた水の壁が、燃え盛る炎を一気に消し止めた。

 モンモランシーに、クラスメイト達の喝采が飛ぶ。

 それからモンモランシーは勝ち誇るように、ルイズに言った。

「あら、もしかして余計なお世話だったかしら? なにせあなたは優秀なメイジだもんね。あのぐらいの火、どうって事無いものね」

 ルイズは悔しそうに、唇を噛み締めた。

 

 

 

 

 その夜、教室の後片付けが終わったのは夜だった。燃えた教室の机を取り換え、水浸しになった床を拭きあげる作業は大変だった。金木はくたくたになったルイズと共に、部屋に戻ってきた。

 金木がわら束の上に座り込むと、ルイズも同じようにベッドの上に座り込んだ。そろそろ寝る時間である。いつものようにルイズの着替えを取ろうとクローゼットに向かったら、ルイズが突然立ち上がって何か作業をし始めた。

「何をしているの?」

 金木が尋ねても、ルイズは頬を染めたきり何も答えない。手にシーツを握っている。それを、天井から吊り下げ始めた。どうやら簡単なカーテンのつもりらしい。

 ルイズはそのカーテンでベッドの上を遮ると、ベッドから下りてクローゼットに向かった。目を丸くしている金木をしり目に、着替えを取り出すと再びベッドの上に向かうと、カーテンの中に入り込んだ。ごそごそとベッドの上から音がする事から、どうやら着替えているようだ。

 カーテンが外されたので金木が視線を向けると、ルイズは髪をブラシですいていた。

 やがて髪をすくい終えると、ルイズはベッドに横たわった。

 机の上に置かれたランプの明かりを、杖を振って消した。そのランプには、持ち主の消灯の合図に応じる魔法が付与されているのだ。なんてことのない魔法だが、これでも高価な物らしい。

 金木は寝ようと思い、目を閉じた。

 すると、もぞもぞとルイズがベッドの上から身を起こし、金木に声をかけた。

「ねえカネキ」

「何?」

 返事をすると、しばしの間があった。

 それから、言いにくそうにルイズが口を開く。

「いつまでも、床っていうのはあんまりよね。だからその、ベッドで寝ても良いわ」

 その言葉に、金木は思わずルイズの顔を凝視した。

「……ええ?」

「勘違いしないで。へ、変な事したら殴るんだから」

「いや、僕はさすがにそこまで特殊な趣味は持って」

 無い、と言いかけた金木をルイズの殺意がこもった視線が貫いた。危ない危ない、と思いながら金木は口を閉じる。あのまま言葉を続けていたら、ルイズの爆発を食らっていたかもしれない。

「別にこのままでも良いよ。床でも寝られる事は寝られるし」

「使い魔の体調管理も主の仕事よ。良いからベッドで寝なさい」

「いや、だから……」

「わたしに二回同じ事を言わせる気?」

「……ベッドで寝ます」

 やれやれと思いながら金木はベッドに向かうと、端に潜り込んで毛布を被った。ルイズはと言うと、ベッドの端の方で毛布にくるまり丸くなっている。

 二人がしばらく無言でいると、ルイズが口火を切った。

「ごめんね」

「何が?」

「勝手に召喚したりして」

「別に良いよ。命を助けてもらったしね」

「きちんと帰る方法、探すから。でも、どうすれば良いのか分かんないの。ロバ・アル・カリイエへ帰る方法は無いわけじゃないんだけど……そこに行くためには、色々と難しい問題があるから」

「そうなんだ……。だけど、大丈夫だよ。ゆっくりと探していけば良い」

 金木がそう言うと、もぞもぞと動きながらルイズが尋ねた。

「ねえ、あんたって向こうで何してたの?」

「何をしてたって言われても……色々かな。大学生とか、アルバイトとか」

「大学生って何?」

「ルイズちゃん達がやってる事とあまり変わらないよ。勉強するのが仕事みたいなもの」

「それで、大きくなったら何になるの?」

 ルイズのその質問に、金木の言葉が止まった。

「どうしたの?」

「……分からないよ。あまり考えた事、無いから」

 別に今までそういった事をまったく考えた事が無いというわけではない。しかし、自分の運命はある日突然一変してしまった。狂った医者の手によって半喰種の体にされ、血にまみれた非日常に巻き込まれ、生きるか死ぬかの生活を送る事になってしまった。そんな事になってしまったからは、自分が何になりたいかなど考える余裕が無くなったのだ。

「あのワルドが言ってたわ。あんたは伝説の使い魔だって。あんたの手の甲に現れたのは『ガンダールヴ』の印だって」

「みたいだね。そう言えば、デルフリンガーもそのガンダールヴが持ってた剣らしいよ」

「それって、ほんとなのかしら」

「だと思う。そうじゃなかったら、練習も無しにあんな風に武器を使う事なんてできない」

 それに、デルフには魔法を吸収するという破格の力が備わっている。そんな力が備わっている以上、デルフの言っている事が全て噓だとは思えないし、彼の言う事には不思議な説得力がある。どうやら昔の記憶はほとんど失われてしまっているようだが、しばらく経てばまた何か思い出すかもしれない。

「だったら、どうしてわたしは魔法ができないの? あんたは伝説の使い魔で、わたしが知らない事をたくさん知っているのに、どうしてわたしはゼロのルイズなのかしら。嫌だわ」

「……どうして、そんな事を?」

 金木が尋ねるとルイズはしばらく黙っていたが、少し真面目な声で言った。

「あのね、わたしね、立派なメイジになりたいの。別に、そんな強力なメイジになれなくても良い。ただ、呪文をきちんと使いこなせるようになりたい。得意な系統も分からない、どんな呪文を唱えても失敗で、使い魔に頼りっぱなしのままなんてイヤ」

「………」

 金木が何も言わずに黙っていると、ルイズはさらに話を続ける。

「小さい頃から、わたし、ダメだって言われてた。お父様も、お母様も、わたしには何にも期待していない。クラスメイトにも馬鹿にされて、ゼロゼロって言われて……。わたし、ほんとに才能ないんだわ。得意な系統なんて、存在しないだわ。魔法唱えても、なんだかぎこちないの。自分で分かってるの。先生や、お母様や、お姉様が言ってた。得意な系統の呪文を唱えると、体の中に何かが生まれて、それが体の中を循環する感じがするんだって。それはリズムになって、そのリズムが最高潮に達した時、呪文は完成するんだって。そんな事、一度もないもの」

 ルイズの声が、小さくなった。

「でもわたし、せめてみんなができる事を普通にできるようになりたい。じゃないと、自分が好きになれないような、そんな気がするの」

 それはきっと、ルイズが今まで胸の中に溜め込んできた不安や恐れなのだろう。今まで魔法を満足に使う事ができず、親や姉からは魔法が使えない事で叱られ、同級生達からは馬鹿にされ続ける日々……。それは、彼女にとってどれほど辛い日々だったのだろうか。

 金木は寝転がりながら、口を開いた。

「魔法が使える事が立派な人間の証明だとは、僕は思わないよ。例え大きな力を持っていたとしても、使い方を間違えたら、誰かを傷つける暴力にしかならない。僕は強大な力を持っているなら、誰かを傷つけても良いって思ってるような奴らを、ここに来る前に散々見てきたから」

 例えば、自分が初めて出会った時の西尾錦。例えば、喰種の組織『アオギリ』の一員であり、自分に過酷な拷問を行ったヤモリ。それ以外にも、人間達(じゃくしゃ)喰種達(きょうしゃ)に全てを奪われても良いと考えている喰種達を金木は嫌というほど見てきた。

 だが、それと同時に金木は知っている。例え自分が喰種でも、人間達の社会のルールを破らず、生きていく上で最低限の殺ししかしない喰種達を。喰種でありながら、人間が好きだと言い切ったある喰種の事を。護れなかったという事実があったとしても、彼らの表情は今でも金木の記憶に鮮明に残っている。

「だからルイズちゃん。君はゼロなんかじゃないよ。確かに君は魔法が使えないかもしれない。だけど、誰かを思いやる心、誰かを護ろうとする気高い心を持っている。例え他の誰かが否定したとしても、僕はこう言い切るよ。君は、僕が出会ってきた中で最高のメイジだって」

 金木は心の底からそう言ったが、ルイズから返事は帰ってこない。金木が振り返ってルイズの方を向くと、彼女はあどけない寝顔を見せていた。どうやら寝入ってしまったらしい。

 うっすらと開いた小さな桃色の唇の隙間から、寝息が漏れている。

「くー……」

 金木は苦笑を漏らしながら、仕方ないかと心の中で呟いた。今日は教室の片付けなどあったので、彼女も疲れてしまっていたのだろう。話の途中で眠ってしまっても無理はない。

 金木はルイズに背を向けると、目をつむる。それから間もなく、金木の意識は眠りの世界へと落ちて行った。

 

 

 

 寝たふりをしていたルイズは、金木の寝息でぱちりと目を開けた。

 そして眉をひそめて、「寝てるし」と呟く。

 それから、ルイズは胸に手を置いた。やはり、気のせいではない。この青年のそばにいると、何故か胸が高鳴る。

 金木が妙に感じるほどルイズが優しくなったのは、自分を何度も助けてくれる上に、この前自分勝手な命令を下したにも関わらず、変わらずに自分に接してくれる金木への恩返しのつもり……。だが、それだけではない。

 異性に対するこんな気持ちは初めてで、ルイズはどうして良いのか分からないのだった。

 着替えを金木に手伝わせたくなったのは、そのせいだ。意識しだしたら、急に肌を見られるのが恥ずかしくなったのだ。本当だったら、寝起きの顔だって見せたくない。

 いつごろから、こんな風な気持ちを金木に抱くようになったのだろう? 

 たぶん、あの時からだ、とルイズは思う。

 フーケのゴーレムに潰されそうになった時、金木に助けられた。あの時初めて、死ぬかもしれないという状況なのに何故か心臓が大きく跳ねたのだ。

 しかし何よりも一番嬉しかったのは、アルビオンを脱出した時に自分のそばにいると言ってくれた事だった。ワルドに裏切られて心に傷を負った自分を、彼はその言葉で救ってくれたのだ。もしもあの言葉が無かったら、自分は今でもベッドの中で泣いていたかもしれない。

 金木は自分の事をどう思っているんだろう。嫌な女の子? 意地悪で、意地っ張りで、わがままなご主人様? 

 少なくとも、好意を抱いているという事は無いと思う。今まで彼がそんな素振りを見せた事は一度もない。精々、手のかかる妹ぐらいにしか考えていない可能性すらある。そこまで考えて、何故かルイズは悔しくなって金木の頭を枕で叩いた。一瞬起きるかと思ったが、その心配は杞憂だったようで、金木はぐっすりと寝ていた。

 それからルイズは、金木の顔をじっと見る。どこか頼りなさそうに見えるが、本当はとても強く、自分をいつも護ってくれる青年。遥かに遠い、別の国から来た青年。そしてルイズの使い魔。伝説の使い魔……。

 だが、考えても考えても、ルイズには今の自分が抱えている気持ちが分からなかった。

 どうすれば、その問いの答えが見つかるのだろう。

 そんな事を考えながら……、ルイズも使い魔の青年と同じように、眠りの世界へと旅立っていった。 

 

 

 

 

 




次回は、少しオリジナル展開が入ります。
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